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test  作者: AMmd
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第一部 第五章「特異点」

 二〇一七年。十月二十四日。 

 想志や想乃華らが通う県立想唯そうい学園は、今日は普段とは様子が違うようだった。各部活による出店や、クラスの出し物、体育館ではバンドや個人による歌唱などで盛り上がっていた。

「うわ~。なんかめちゃ凄い事になってますね、想志先輩!」

「そうだな。いつも通ってる学校とは思えないくらいだ。」

 想志と結愛は文化祭実行委員会から配布された案内マップを頼りに、校舎内を歩いていた。

「それより、そんなにはしゃぎすぎてると怪我しちまうぞー。」

 沢山のクラスや部活が出し物をしているため、飾りつけやらちょっとした展示やらで、廊下が普段より狭くなっているのだ。

「大丈夫ですよ~。」

 呑気な答えが返って来る。

「っつーか、人多すぎだろ‥‥‥。」

 それもそのはず、生徒や教師だけではなく、地域住民や保護者も今日この日だけは自由に学校への出入りが可能だからだ。書道部や美術部の展示物をじっくりと見ている保護者らしき人や、コンピュータ部が作成したオリジナルミニゲームをプレイしている小学生らしき人もいる。そのため、様々な教室への入り口となる廊下はとても混雑していた。

「このままだと、気付かないうちにはぐれちまうかもな。」

「‥‥‥。しょうがない。ほらっ」

 結愛は手を差し出された意味に気付いていないのか一瞬固まった。だが、すぐにそれの意味するところを察した。

「‥‥‥。はい、ありがとうございます‥‥‥。」

「そうだ。そういえば、前に結愛は手をつなぐんじゃなくて、袖を―――」

「いいんですよ。私は先輩が好きな方が良いんです。」

「なら良かった。それじゃあ行こうか。」

「はい―――」

 想志は彼女が消え入りそうな声で何か言ったことに気づいたが、声にならないそれを疑問に思った。

「今、何か言った?」

「いえ、何でもないですよ!」

 結愛は満天の笑顔を向け、俯いて頬を赤らめて、手を引かれるようにして歩いていく。その真意に彼が気付けるはずもなく、理解できるわけでもない。だってそれは、彼女にとって大切なおまじないなのだから―――


「あれ、今の―――」

 想志は視界の端に見覚えのある人影がいた気がして、目線を移動させる。しかし、

「なんだ、ただの見間違いか。」


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「はあ、はあ‥‥‥。」

 混雑した廊下を抜け出して、ようやくの思いで一息つく。

「ここなら、人いなさそうだし、休めそうかな。」

 想乃華はクラスの出し物に使われていない空き教室らが続いている廊下に腰を下ろす。壁を背に預け、体育座りのような姿勢で顔をうずめる。

「なんであんなの見ちゃうかな‥‥‥。ホント、タイミング悪すぎ‥‥‥。」

 手をつなぐ。二人が行うことにどれだけの意味と想いが込められているのだろうか。それはきっと計り知れないものだろう。ましてや、想乃華自身に湧き上がる大きな感情の渦のようなものに気付いていないならば、尚更だろう。

「私、なんかおかしくなっちゃったのかな‥‥‥。」

「結愛が想志のラインを聞いてきた時ぐらいから、なんかいつもの私じゃないみたいな気がする‥‥‥。」

「もう‥‥‥訳わかんないよ‥‥‥。」

「どうしたらいいの!どうしたら‥‥‥、このモヤモヤが晴れてくれるの‥‥‥。」

 まるで決壊するかのように、目から零れ落ちる雫と共に彼女の独白が、想いが少しずつ溢れ出していた。


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「よし。」

 想乃華は自身が持っている手鏡で、涙の痕が残っていないかを入念にチェックした。映っているのは悲壮な表情。それは、自身でもわかるぐらいに、今にも再び泣きそうな顔をしていた。

「あ、想乃華‥‥‥って、え‥‥‥。」

「茜‥‥‥。」

 茜は想乃華の表情を見て、始めは驚きこそしたが、すぐに何かを察したようだった。

「もう‥‥‥、何があったの?」

 まるで子どもと接する母親のように、優しく包み込むように胸にぎゅっと想乃華の身体を寄せる。静かに、慈しむように、優しい声色で尋ねるのであった。

「茜、あかね―――。」

 心の中の何かが外れてしまうかのように、ずっと堪えていた涙を、名前のつけられない想いを形にした―――。


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 想志と結愛は、様々な出店を回っていた。時刻は十六時。残るイベント事は体育館でのバンドのライブのみである。

「俺たちも、そろそろ行くか。」

「そうですね。」

 他の生徒たちも続々と体育館に集まっている。彼ら彼女らの表情を見れば、誰もがこの非日常を心から楽しんでいることは理解できる。だが、この非日常にせよ、何にせよ物事には必ずと言っていいほど終わりが存在する。だからだろうか、彼らの足取りが少し重く、そしてゆっくりと歩いているように見えるのは。それは、この時間を少しでも長く続くようにと、噛み染みよう、思い出に残そうというそんな気持ちが無意識に行動として表に出てているような気がした。

「先輩。」

「ん?」

 ゆっくりと結愛は手を差し伸ばした。

「わかったよ‥‥‥。」

 その意味するところを察した想志は彼女のか細い手を取った。


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 ライブ会場となった体育館は、この日一番の熱気に包まれていた。ここは、正面出入口、両サイドに二つずつの出入り用の扉があり、前方と後方に一つずつ存在している。

 想志と結愛は体育館の後方、向かって左側で熱気を帯びたライブステージを見上げていた。

「先輩。」

 結愛は想志の手を掴み、そのまま後方左側の出入り口から外に出た。想志は引っ張られるようについていく。

「どうした?急に」

 想志は困惑していた。しかし、結愛のもう泣きそうな顔を必死に堪えて何か固い決意をしたように見える表情を見ると、その疑念は霧散した。

「実は、先輩にどうしても大事な話があって‥‥‥。」

「うん‥‥‥。」

 彼は、彼女から大きな『何か』を感じていた。

 かすかに震えている口元や足。それを見れば必然、彼女が大切なことを口にするのだと感じ取ることができた。

「私は輝井想志君のことが好きです‥‥‥、大好きです‥‥‥。私と付き合ってください‥‥‥。」

 上ずった声。朱に染まった頬。潤んだ瞳。それら全てから発せられる「何か」を彼は理解することができなかった。

「ごめん‥‥‥、付き合うことは出来ない。」

 はっきりと口にする。

「そう‥‥‥ですか‥‥‥。」

 そう言って彼女は雫をその瞳に湛え、一瞬、笑顔を彼に向け、そして去っていった。

 想志は唇をかみしめたまま、彼女が去っていくのを、ただ見つめることしかできなかった。

 何より、彼は自分自身に対して隠しようのない苛立ちを覚えた。それが強すぎたのか、彼の唇からは真っ赤な血が幾重にも垂れていた。もちろん、当の本人はそのことに気付いてすらいなかった。


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 Interlude


「はあ、はあ‥‥‥。」

 私はただひたすらに走っていた。今は一人になりたかった。誰にも今の自分を見られたくなかった。人だかりが消え、校舎内に入ると彼女は空き教室に転がり込んだ。

 呼吸を整えようとするが、何度やっても上手くいかない。

「あれ、おかしい…な。部活の時はちゃんとできるのに。」

 部活の時によく行っている腹式呼吸を繰り返す。

「そっか‥‥‥。‥‥‥ちゃったんだ、‥‥‥私。」

 涙が勝手に溢れ出してくる。拭っても拭っても止まらない。それと共に、先輩との想い出が脳内にフラッシュバックされる。初めてのライン。名前で呼んでくれたこと。私なんかのために誕生日プレゼントを贈ってくれたこと。そして、一緒に過ごした文化祭。想いを受け取ってもらえなかったのは確かに辛いことだけれど、それと同時に彼女はとても大切な「何か」を理解した。

「これが‥‥‥、好きになるって愛するっていうこと‥‥‥なんだね。やっとわかったよ、お父さん‥‥‥、お母さん‥‥‥。」

 私、この気持ちを手放したくない‥‥‥。出来ることなら、ずっと持っていたい。そして何より、

「先輩と、もっと‥‥‥もっと一緒に居たいよ‥‥‥。」

 私の心の中にあるのは、ただそれだけ。もっと楽しい時間を過ごしたい。悲しい時も辛い時も一緒に居たい。先輩にフラれても、それでも、ずっと好きで居続けたい。

「諦めませんからね‥‥‥。先輩。」

 自分にそう誓った後、私はやるべきことをやる。スマホを開き、彼女を探す。そして、二・三のメッセージを送り、画面を閉じる。

「大好きです。」

 一文字を丁寧に噛みしめるようにゆっくりと、確かな想いを言葉にした。


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