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test  作者: AMmd
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第一部 第四章「感情」

 校舎の三階に位置する教室。時刻はお昼時。想志と想乃華は音楽教師から、課題曲と自由曲の楽譜を渡された。

「はい、これ。」

「課題曲はいつものこれね。それで、こっちが自由曲。夏休み前に決めてたよね。」

「それじゃあ頑張ってね。分からないこととか相談したいことがあったらいつでも呼んで。先生、期待してるから♪」

 鼻歌交じりに教室を後にする音楽教師のテンションの高さに、二人は呆気にとられていた。

「まあ、何にせよ、美鮮とまた組めて良かったよ。」

「な‥‥‥。はぁ‥‥‥。」

「そうだった‥‥‥。想志はそういうこと恥ずかしがらずに言うタイプだった‥‥‥。」

「別にいいだろー。俺はそういうのちゃんと伝えたいんだから。」

 やれやれと呆れた様子の彼女を見て、彼は思わず笑みがこぼれていた。

「もう‥‥‥なに笑ってるの。」

 想乃華は頬を膨らませ、彼へ尋ねる。

「いや、美鮮とこうしてまともに話すのは一年ぶりかなって思ってさ。」

「‥‥‥そうだね‥‥‥。なんでかわかんないけど、私たちって本当にこういう時じゃないと話さないから。」

 そう。想志と想乃華は決して普段から仲のいい友達同士ではない。大げさな表現かもしれないが、辛い時間を一緒に乗り越えた戦友のようにお互いを感じ合っていた。

 二人は一年前の文化祭のことを思い出して、その懐かしさを大切なものを抱え込むかのように、言葉を紡いでいく。

「なんで俺らはこういう時じゃないと話さないんだろうな。」

「さあ‥‥‥なんでなんだろうね。‥‥‥ただ‥‥‥、それでも、私は今の距離感がすごく心地いいって思うよ。」

 想乃華は太陽のような明るい笑顔を向ける。屈託のない、幼い少女の笑顔。そのまぶしさを直視することに耐えかねたかのように、想志は顔をそらす。その頬がほのかに朱に染まっていたのは、外から入って来る日光の暑さによるものなのかは誰もわからない。

「そうだな。俺もそう思うよ。」

「今回もよろしくな。」

 想志は想乃華に手を差し伸べる。

「うん。また迷惑かけちゃうだろうけど、よろしくね。」


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 その日の放課後、音楽室にて想志と想乃華は自由曲についての打ち合わせを行っていた。内容としては、パートリーダーの選別、強弱表現のチェック、拍子の変化などだ。ある程度作業が終わったころ、想乃華はふと思いついたかのように尋ねる。

「そういえば、結愛とは仲良くなれた?」

「うん。まあ‥‥‥少しは仲良くなれたかな‥‥‥。」

「どうして、そんなに歯切れが悪いの?」

「いや、結愛がたまに変なこと聞いてくるから、それが引っかかってて。」

 想乃華はムッとした表情を表に出さないようにして尋ねる。

「変なこと?」

「うん。『先輩はもし誰かと付き合ったりしたら、手をつなぎたい派ですか?それとも服の裾を握ったりとか、直接はつなぎたくない派ですか?』って言われてさ。そんなの考えたこともなかったから、正直、返答に困ったよ。」

「それで‥‥‥。それで、アンタはなんて答えたの?」

「ん。手をつなぎたいって答えたよ。まあ、理由なんて別にないんだけどね。」

「そう‥‥‥。」

 彼女は消え入るように呟いた。

「それにしても、美鮮のそういう癖は治ってないんだな。」

「癖?」

「うん。焦っている時とか余裕がなさそうな時に、俺のことを名前で呼ばずに『アンタ』って言うところ。」

「‥‥‥。」

「どうやら、自覚は無かったみたいだな。俺はそういうの気にしないけど、他の奴がどう思うかは知らないから、気を付けた方が良いかもだぞー。」

「わかった、わかりましたよ!気を付ければいいんでしょ!」

 想志はそんな彼女を見て、優しく微笑む。想乃華はというと、彼の笑顔を見て思わず頬を朱色に染めてしまっていた。

「ほら、早く続き始めるよ!」

 彼女は身体を背にして、そう投げやりに発するのであった。


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 太陽はとうに沈み、時計の短針が十を指した頃、想乃華は自身の部屋のベッドに寝転がっていた。手にはスマートフォン。またもや、結愛からの仲良しエピソードが届いていた。

「今日、想志先輩に誕生日プレゼントを貰いました~。」

「めっちゃ嬉しかったです!」

 それと共に一つの写真が添付されていた。そこにはボールペンのセットのようなものが映っている。

 想乃華は唇をキツく締め、不満やら苛立ちやらの負の感情をあらわにする。

「誕生日プレゼントとかって、普通は恋人同士がやるものじゃないの?」

「同性なら普通のことだけど、異性で、しかも知り合って少ししか経っていないのに‥‥‥。」

「どういうつもりなの‥‥‥、アイツ。」

「まさか、結愛のことが好き‥‥‥とか?」

 その考えに至ると、なぜか余計に腹立たしくなった。唇を切ってしまいかねないぐらいに、強く噛んでいた。まるで、激情を押さえつけるかのように。

「っていうか、何で私が人の恋愛云々でこんなに悩まなきゃいけないんだろ‥‥‥。」

 想乃華自身、何に怒っているのか理解できていない。ただ、彼女の中にあるのは、彼がどこか遠くに行ってしまいそうな気がしたという、行き場のない感情。


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