第一部 第一章「再会」
二〇一九年。四月七日
「こんにちは、想志先輩‥‥‥。一年ぶり‥‥‥ですね。」
五分咲き程の桜が実り、春の訪れを予感させるそんなある日のこと。街からは少し離れた場所に位置する、ここ星乃花学園の裏門の一角で当の出来事は起きていた。
「どうして‥‥‥ここに」
思いもよらない再会に、声をかけられた少年は困惑しているようだった。
「さあ‥‥‥なんででしょうか‥‥‥。」
声をかけた張本人である実想結愛は手を後ろで組み、少しかがむような姿勢をとる。
「私、先輩のこと諦めてませんからね。」
瞳を潤ませながらも、強く、確かな想いを大切にゆっくりと咀嚼するかのように言葉を紡いだ。
「前にも言ったはずだ‥‥‥俺は―――」
「分かってます。全部分かってて‥‥‥それでも、ここに行くって‥‥‥先輩に会いに行くって‥‥‥そう決めたから―――これは単なる私のわがままです。それぐらいは許してくれますよね?」
「‥‥‥勝手にしてくれ‥‥‥。結愛が何をしようが、俺はもう何も言わない。」
「それにーーー」
「言うべきことはあの時に全て伝えた。」
先輩はぶっきらぼうにそう言った。少し、呆れたようなそぶりを示す。でも、彼とまた話せたことがたまらなく嬉しくて、とびっきりの笑顔を返す。
「うん、またよろしくね、先輩。」
ああ、どうしてだろう。「結愛」とそう呼ばれた少女は確かに笑顔なのに、彼にはどこか‥‥‥泣きそうな顔に見えた。
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時を同じくして、星乃花学園二階の向かって一番左端の教室。入り口には二年A組と記された看板がぶら下がっている。夕暮れ時の光景を視界に収めながら、工藤想太は窓から学校の裏門を見ているのだった。
「何だ、アイツ‥‥‥そんな顔もできるのかよ」
裏門にいる他校の女子生徒らしき人物と、彼と同じクラスに所属する輝井想志との様子を見つめているのだった。
「しかし、他校の女子と密会ねぇ‥‥‥。」
「アイツ、女子に興味が無いんじゃなかったのか?」
綺麗に上げられた前髪。整った鼻や眉からは青少年のそれを想起させる。一人、教室の中で独り言を口にしていた。彼にはぶっきらぼうに振舞う彼の姿がどのように見えたのか。ふと時計を見ると、針は19時を指していた。
「そろそろ帰るか」
「あれ‥‥‥、工藤~。何をそんなにじっと見てたの?」
廊下のほうから急に、女子生徒から声をかけられ、彼は少し驚いたようだったが、表情に出さずに応答する。
「おう、美鮮か。ちょっとおもしろそうな光景を見ちまったもんだから、つい‥‥‥な。」
「ふ~ん。ま、工藤がそんなに何かに見入るなんて珍しいこともあるもんだね。」
「るっせーな。別に何だっていいだろ。」
そんな軽口を叩き合いながら、美鮮と呼ばれた女子生徒は工藤の席に近づいていく。
「それで、何を見てたの?」
「ああ、うちのクラスにいる、全く女っ気の無さそうなヤツが他校の女子と密会してたってだけの話だ。」
「そうなんだ‥‥‥。」
美鮮はそれを聞くなりすぐさま窓に駆け寄った。だが、もうそこには、それらしき生徒らが密会している様子はなかった。ただし、
「あ‥‥‥、あの制服…‥‥‥」
チラっと見覚えのある制服を身に纏った後姿を視界に収めてしまった。
「そっか‥‥‥。本当に―――」
彼には彼女が続けた言葉が聞き取れなかった。それほど、か細い声で独り言を呟くように発していた。まるで、懐かしむような、そして悲しむようなそんな表情をしていた。
「それで、美鮮はこんな時間まで何やってたんだ?もう下校時間ギリギリで、しかも一人で」
彼は彼女のそんな顔を見たくないというかのように、少しの苛立ちを募らせながらぶっきらぼうに尋ねた。
「‥‥‥うん、まあ‥‥‥ちょっと、探し物をしてただけだよ。」
「そうかい。それで‥‥‥、見つかったのか?」
「ん?」
「『ん?』じゃねぇよ。だから、探し物……ちゃんと見つかったのか?」
「うん。見つけられたよ。」
「それなら良かったな。」
「じゃあ、先に帰るわ。またな。」
「うん。じゃあね。」
そう言って、彼は夕暮れの教室を足早に後にした。
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Interlude
「ったく、何なんだよ、あの顔は!」
自分でもイラついてるのがわかる。
『では何にイラついている?』
そう自分に問いかける。
そんなの決まってる。美鮮のあの表情だ。まるで大切なものを壊れないように、優しく触れるかのような、そんな代え難いモノを想う彼女の表情がたまらなく気に入らなかった。
「アイツのあんな顔、初めてみたな‥‥‥。」
泡と消えるかのように、かすかに呟く。俺ではアイツからあんな表情を引き出すことは出来ない。だからこそ、それをやってのけたであろう人物に、底知れない感情を抱いた。
「こういうの、何て言うんだったけ。」
まあ、今はそんなのはどうでもいい。ただ、『今日、誰と会っていたのか根掘り葉掘り聞いてやる。』
俺はそう心に決めたのであった。もちろん、そんなことをあいつは知る由もない。