断章「Project SYmd 開発手記」
『Project SYmd 開発手記』
『時間は人にとって有毒であり、何よりの良薬でもある』
彼は研究室に籠っている間、事あるごとにそう言っていた。彼によれば、
『時間とともに人の記憶は忘却される。代えがたい大切な想い出を持つ人にとっては、それは有毒であるし、一刻も早く忘れてしまいたい苦い過去を持つ人にとっては、それは何よりの良薬である。
それだけでなく、時間は人々の想いすらも移ろわせてゆく。だからこそ、その限られた時間を尊いものだと思える人もいるだろう。だが、そんな簡単に割り切れない人間だって少なからず存在する』と。
だから、彼は今もこうして四六時中、研究室に籠りっぱなしの毎日を送っている。
記憶をデータ化し、保存する。そして、そのデータを××へと送信する。
現技術ではおよそ不可能とされている研究に身を捧げている彼はどうかしているとしか思えないが、この研究機関を維持している彼も大概だ。仮にその方法論が発見され、実証されたら、それを求めてあらゆる国家機関が動き出すのは間違いないだろう。なぜなら、それを手にするということは、時間や人の記憶を制する確かな一歩に繋がることを意味しているからだ。万が一この情報が漏洩してしまった場合、私たちは無事ではいられないだろう。そうなる前に、いち早く研究を完成させなければならないというわけだ。
なぜ、彼等がこんな危険を冒してまでこの研究に没頭する明確な理由はわからない。
でも、きっとこれは××のため‥‥‥何だと思う。だって、彼が身を挺してまで頑張る時は、決まって××のためだから。それは私たちが彼に手を貸す理由には十分過ぎるものだ。それさえあれば、私たちは何だってやれる。
まだたいした手掛かりは見つけられていないけれど、研究が完成するまではこれをプロジェクト名になぞらえて
『Project SYmd 開発手記』
と名付け、長くて遠い道のりの足跡として残していきたいと思う。
西暦 ××××年 三月十五日。






