第一部 最終章「最初の代償」
『理想のために生きる』
彼とて、最初からそのような在り方ができていたわけではない。『理想』などと口にしてはいるが、彼はまだあくまで中学生だ。年相応の欲求や夢など、誰しもが持っているようなものは、当然のように持っていた。それは、生徒会に入ってしばらくしてからも、まだ存在していた。
引き金は彼女らとの出会い。
想田結愛と美鮮想乃華に辛い思いを何度もさせてしまった。彼女らとの想い出は彼にとって、宝物のように大切なもので、彼女らを悲しませないためなら何だってやる覚悟はできていた。
そんな、覚悟を決めるに至ったある夜のこと。
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深夜零時。家族が寝静まった時間帯。自宅、台所にて―――。
俺は台所から包丁を取り出す。まず、心の中で母親に誠心誠意、謝罪する。
『家族のだんらんを作るために使い続けてきた包丁を、こんな自分の覚悟なんかのために使うことになってごめんなさい。』
家にある包丁の中で、おそらく一番鋭利な物。その切っ先をゆっくりと自分の首元に当てる。どの部位を刺せば人間の急所を突くことができるのか。そんなのは知らない。ただ、今は自分の命懸けてでも、彼女らの幸せを願い、そのために覚悟を決めることができるのか。それを確かめねばならなかった。そうしなければ、これからもっと傷つけてしまうことになる。
首元からチクリと痛みがさす。
乱れる呼吸。動悸が激しくなっていく。
だが、自分の心に問いかける。結愛と想乃華の顔を思い出す。
『オマエハ マタ カノジョタチヲ キズツケルノカ?』
「なんだ‥‥‥。ちゃんと出来てるじゃないか‥‥‥。」
思わず、笑みがこぼれる。
問いただせば、答えは最初から見えていた。
床には極めて小さな水溜まり。
「ここに誓う―――」
「同じ過ちは繰り返さない―――」
気づけば動悸や呼吸は治まっていた。包丁を下ろし、深く深呼吸をする。
「――――――」
覚悟の証明。己への誓い。それを真に理解する。全ては
『大切な想い出をくれた、愛する人たちを悲しませないために』
彼女らは悲しい思いをさせないようにする彼を見て責任や哀しみを感じ、やがて―――
彼は関わることを断絶した。
己の決めた信念のために生きる。
そのための最初の代償。
二人との『思い出』を『想い出』に―――




