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test  作者: AMmd
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EXTRA1「わたしたちは なんのために」

 10月23日


「結愛」


 神父は慎重な面持ちで声を掛ける。


「なーにー」


 それを察してか結愛は背筋を正す。


「今日は彼の家に泊まっていきなさい」


「‥‥‥ん‥‥‥ん‥‥‥!?」


「だから、彼の家に―――」


「ちょっとまっ‥‥‥え‥‥‥どういうこと!?急すぎない?ていうかなんで???」


 頬を赤らめ、わなわなと手足をばたつかせて年相応の反応をする結愛。

 それに安心してか、くすっと神父は微笑む。


「いえ、なんというか嫌な予感がするんですよ。

 ああ、もちろん想乃華さんではなくて想志くんのことですがね」


 それを境に場の空気は静まり返る。

 さっきまで聴こえていた虫の音も届かない。

 在るのは重苦しい空気だけ。


「大丈夫。彼の両親なら今日と明日は遠い親戚の墓参りに行ってるはずなので彼は一人ですよ」


「そういうことを言ってるんじゃない!

 ていうかなんでそんなプライベートなこと知ってんの!!」


「まあまあ、細かいことはいいじゃないですか。

 とにかく早く行ってあげなさい。まだそんなに遠くにはいってないでしょうし」


 結愛はムーっと頬を膨らませ、諦めたようにため息を吐く。


「わかった。行けばいいんでしょ行けば」


「ええ。彼の家はわかりますね」


 神父は満足そうな笑みを浮かべる。


「うん。行ってくる」


 着替え一式とその他諸々をカバンに詰め込み、靴を履く。


「ねえ」


 見送ろうとする神父に声を掛ける。


「どうかしましたか」


「貴方から見て先輩はどういう風に映った?」


「――――――」


 神父は唇に手を当てて考え込む。


「そうですね‥‥‥一言で表すのなら、いつ不幸に巻き込まれてもおかしくないような人‥‥‥でしょうかね」


 不吉なワードに靴紐を縛る手が止まる。


「彼が異常だというのは今更言うまでもありません。

 そしてその異常性は日常にありふれている危険と常に隣り合わせ。

 心配するなというのが無理な話でしょう」


「―――そう」


 結愛は神妙な面持ちで彼の話しに耳を貸す。


「だからこそ、結愛や想乃華さんみたいな人が彼には必要なんだと思います。

 否定でもない、哀れみでもない、その先にある何かをあなた達なら掴めるはずです」


 靴紐を結ぶ。

 踵を整える。

 よしっと自分を鼓舞する。

 鏡良し。私‥‥‥良し!


 直感する。

 きっと、今日なのだろうと。

 何かが進む。

 そんな気がしてならなかった。


「いってきます」


 自然な笑顔を浮かべ、彼女は背を向ける。

 彼にはそれがとても痩せ我慢のように見えて。


「いってらっしゃい」


 だから―――

 その見栄を蔑ろにだけはしないようにと、彼も笑顔で手を振った。



 -----------------------------------------------------------------------------------



「‥‥‥っは‥‥‥はぁ」


 駆ける。

 ただひたすらに彼の背中を求めて。


 なぜだ。なぜだ。なぜだ。


 夢を見た。目眩を感じた。

 鳥肌が立つ。

 あのときの異様な感覚が全身を巡る。

 10月末とはいえ、普段よりも寒く感じる。

 ただ単に、今はこの不吉な感覚をどうにかしたかった。

 彼を見て安心していつもみたいに軽口を言って、彼の存在証明をしたかった。


 バタつきそうになる足に意識を持っていき、素早く確実に前へ。


 自販機を右に回る。

 保育園の隣を走り抜ける。

 並木道を抜ける。

 屋台を右に曲がり、狭い小路に出る。


「あ‥‥‥」


 先輩たちらしき人が視界に映る。

 すぐ先。30メートルぐらい。

 声を掛ければ届きそうな距離。


 不意に足が止まる。

 飛び出してきたものの、なんて声を掛ければいい。

 ここまで来ておいて立ち止まるだなんて我ながら腹立たしい。


「――――――」


 頭が痛い。くらくらする。

 視界がモノクロ調になっていく。

 この感覚を知っている。

 あってはならないはずが、皆が感じた何か。


 知っている。

 この先には何も無い。

 誰も望んでいやしない。


「ねえ、ちょっと‥‥‥」


 声がする方に目を向けると、想乃華先輩が想志先輩に手を伸ばそうとしていた。

 その先は。


 手前の白線が見えた。

 行き交う音も聞こえる。

 そして今にも飛び出しそうな愛らしい動物が視界に入った。


「――――――あ」


 瞬間。

 空気が凍てつく。

 流れる時間がゆったりと感じられる。


「だめ‥‥‥」


 そんなことあっちゃいけない。

 許してはならない。


 先輩が走り出す。


 いいのか?これで。


 私は何のために。

 私たちは何のために。


 息を吐ききる。


 立て。

 前を見ろ。

 震える足に鞭を打て。


 体を巡る血管という血管に意識を向ける。

 全身で息を吸い込む。


 その身体は何のために。


 一歩。

 とてつもなく重い一歩。

 鉛が足にくくりつけられているかのように重い。

 張り付いた喉。

 乾いた唇。


 保身のためなんかじゃない。

 私は守ってもらうだけの人間じゃない。

 私は貴方と歩みたいと心から願う人間だ。


 あんな未来―――私たちは認めない。


「せんぱいッッッ‥‥‥!!!!!」


 トドケ。とどけ。届け!!


 あなたに助けてもらった。

 あなたの本当の優しさを笑顔を私は知っている。

 他人のためだけではなく自分のためにも笑っていられる人だと私たちみんなが知っている。


 だから―――

 あなたの行動を否定したくはないけれど―――


 その一歩だけは間違っていると確信できる。


「想志先輩!!!!!!!!」


 信じる。

 この先に本当の道があることを。

 守って。守られて。

 そんな関係だけでは幸せになれない人がいる。

 何があってもあなたをそこには行かせない。

 もう一人増えるだなんてまっぴらだ。


 叫べ。叫べ。

 この心はそのためにある‥‥‥!!!


「いつもいつも‥‥‥先輩は!私たちより大事な何かが!!あるっていうんですかああああああああ!!!!!」

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