私の理想のタイプはカマキリなんですが
いつもお読みいただきありがとうございます!
連載にしようかなと悩みつつもまず短編を投稿してみました。
私の理想のタイプはカマキリです。
別にカマキリ顔がいいとかそういうわけではありません。
私、子供は欲しいんです。でも旦那はいらないんです。だって、家に旦那がいるとイライラするじゃないですか。母がそうでしたから。
旦那が家にいると不要な期待をしてしまいます。
うちの母は父が子供の誕生日を覚えていないことに怒り、結婚記念日をスルーしたことに怒り、先代当主が急死したときに間が悪く飲みに行っていたことに怒り、先代の夫人の介護を押し付けられたことに怒り……とにかく怒りすぎてとうとう父に対しての期待をやめてしまいましたとさ。
だから、アレが終わったら食べられてしまうオスのカマキリって最高じゃないですか?
最初から無駄に期待しなくっていいですから。
つまり、結婚したら旦那は要らない。できれば子供の栄養になって欲しいんですよね。人間で言えば金だけ遺して死んでくれという辺りでしょうか。我ながら酷い話ですね。
こんなこと同い年の女性にはドン引きされるのでもちろん吹聴はしていません。そのくらいの常識はあります。
だって理想ですから。出来うる限り理想には近づけたいですが、金だけ遺して死んでくれるなんて思ってません。それに私も一応貴族の端くれなので婚約者がいますしね。
婚約者との仲はいい感じです。
三ヵ月に一回のお茶会という名の業務連絡。デートなし。お互いの誕生日にのみプレゼントは贈り合う(家に適当に見繕った物を送りつけるとも言う)。エスコートはしてダンスも一曲踊るけれど以降はお互い友人達と喋るのに忙しくて放置。
ね、いい感じでしょう?
ラブラブのカップルから見たら「ないがしろにされている」状態、お互い好き合っていない婚約者カップルから見たら「まぁ頑張ってるね」状態。
理想がカマキリの私からすれば世間一般の塩対応は最高です。
「子供が生まれたら男性って必要なのかしら?」
「私は必要なかったから離婚されたんですよねぇ。養育費はもちろん払っています。でも仕事に行っていると子供は私になかなか懐かないし……結局お金だけの存在ですかね……」
「そう考えるとカマキリは合理的よね」
「私は命がけの交尾は嫌なんですが……まぁ離婚ってなかなかキツイですからこんな思いをするくらいなら合理的とも言えますね」
こんな会話をうちに仕えるバツイチの執事といつもしている。
「アデラお嬢様! 大変です!」
目指せカマキリのような結婚生活!と日々を過ごしていたら侍女が血相を変えてやって来た。
「どうしたの、お父様が破産して没落が決まったの?」
「それなら無理矢理退職金貰うか、備品を盗んでさっさと逃げてます!」
「それもそうね。じゃあお母様が妊娠したとか?」
「いやいやいや、ないでしょう……」
「あ、やっぱりそっちの線はナイわけね」
「レーヴェン侯爵令息が事故に遭われまして!」
「喪服を用意して頂戴」
「生きておられますから!」
「あらそうなの」
レーヴェン侯爵令息というのが私の婚約者だ。カイル・レーヴェン。事故とは一体どうしたのだろうか。
「とにかくすぐにお見舞いに! 早くお着替えを!」
「整理するわね。カイル様は王太子殿下やら側近やらと遠乗りに出かけたと。そこでクマが現れて木に登ったはいいけれどクマがいなくなった後、木から下りるときに王太子殿下が落ちそうになって庇って落ちたと。で、特に酷い怪我はないけれど記憶喪失の疑いあり?」
「はい、そのように聞いております」
「あの辺りでクマが出るのっておかしくない?」
「お嬢様、気にするのはそこではありません。ちなみに、誰かがタヌキに餌付けをしておりそれを目当てて下りて来たのではないかと。すでに近くの村の猟師がクマが出た辺りに向かっているそうです」
「可哀そうよねぇ。よりによって王太子殿下のいる前に出て行ったから駆除されちゃうのね。クマが」
「お嬢様、婚約者の心配をしましょう?」
「だって生きているんでしょう? 大丈夫よ。顔に傷がついていようが何だろうが問題ないわ」
不在の旦那なら全く問題ないわよね。
「はぁ……冷静なのは良い事なんでしょうか……とにかく記憶喪失の疑いがあるので、確認のためお嬢様にもすぐに会って欲しいそうです」
「記憶喪失って本当にあるのね」
レーヴェン侯爵邸の彼の部屋には、彼の家族と王太子や側近達が勢ぞろいしていた。
こんなに部屋に人がいたら気が休まらないのではと逆に心配になる。
「セジウィック嬢! よく来てくれた!」
部屋に入ると早々に王太子に見つかり、腕を取られてカイルが身を起こすベッドにグイグイ引っ張られた。
王太子よ、あなたを庇って落ちたから焦る気持ちは分かるけど私にもちょっとは説明あってもいいんじゃないですかね? あと腕が痛い。私、見かけだけは儚い美少女なんですけど~。そんな美少女の腕を引っ張るとかナイわ~。
不満タラタラでベッドの側まで引っ張って行かれると、腕のあちこちに切り傷を作り、頭に包帯を巻いたカイルがいた。
「カイル。彼女が分かるか?」
だから、王太子。腕が痛いっつーの。
カイルの濃いグレーの瞳がゆっくり私を捉える。珍しい。カイルの瞳にはありありと不安が見えた。いつも「何にも興味ありませ~ん」みたいな退屈そうな様子なのに。
「すみません……分かりません。殿下の婚約者の方ですか?」
失礼な。なんで美少女の腕を無遠慮に引っ張る男の婚約者にされるのだ。
「いや……分からないなら仕方ない。君の婚約者だ」
「俺の……?」
カイルは不安げに殿下と私の顔を交互に見る。周囲の落胆の雰囲気がなんとなく伝わってくる。いやいや、仕方なくない? 記憶喪失になって私の事だけ覚えててもそれは怖いし。
「お怪我が酷くなくて良かったですわ。今はお疲れでしょうからゆっくり休んでくださいませ。不安でしょうが、ひとまず体を休めましょう。ね、お医者様?」
ベッドの側に腰かけていたベテランっぽい雰囲気を醸し出しているお医者様に声をかける。
げ、この人、王宮専属の医者じゃないの。道理でベテランっぽいと思った。ばっちりバッチつけてるし。あ、うっかり寒いダジャレを言いそうになったわ。
「そうじゃなぁ。こう人が多いと混乱しますし、気も休まらんの。大きな怪我もなく、陛下のお名前や王都の名前も分かり、計算も問題なかったから一般的な知識は大丈夫じゃ。もう休んだ方がいいじゃろ」
口調までベテランっぽい医者のおかげで、王太子の腕の力が抜ける。さっさと王太子から自分の腕を取り返した。
その後は別室で医者とレーヴェン侯爵夫妻、そして王太子と側近達から事故の顛末とカイルの怪我や記憶喪失の具合を聞き、帰宅。疲れた。
腕にあちこち擦り傷を作っているのと打撲でしばらく動きづらいが、あとは大丈夫らしい。捻挫や骨折もしないとはなかなか頑丈な男である。
問題はここからだった。怪我も大したことが無く、婚約解消の話は出なかったので新しくオスのカマキリを探す必要はなかったのだが……。
「まだ帰らないでくれ」
数日たって婚約者の義務として見舞いに行ったらこれである。なんでしょうね、私の足に縋りついて懇願するカイルは。あんた一応、怪我人でしょうが。いや、本当にカイルなのか?
「いえ、私は帰りますよ」
「もう少し側にいてくれ! 君がいないと不安なんだ」
大の男に涙目で懇願されたって痛くもかゆくもない。
「神官を呼んで頂けますか? カイル様は悪魔に取りつかれたようです」
隅でひっそりこちらを見守る侯爵家の執事に頼むが、なぜか嬉しそうにされた。
「いえ、お坊ちゃまは正常でございます」
「いや、そんなことはないでしょ。変な薬でも飲んだのかも」
「あの藪医者」とか言ったらまずいわよね。一応、王宮専属だったし。
「頼む、アデラぁ」
「え、気持ち悪い……」
名前呼ばれたのなんていつぶりかしら。うっかり「気持ち悪い」って言っちゃった。カイルはショックを受けたようで足の拘束が緩まったので、半ば彼を蹴るように足を引き抜く。
「用事がありますので私はこれで」
相変わらず涙目で床に這いつくばるカイルを放って部屋を出た。骨折とかしていたらもう少し丁寧に扱ったんだけど、まぁ大丈夫よね。
にしても足に縋りついて「側にいてくれ」なんてどうしたのかしら。やっぱり頭打つと変になるのかしらね。
その日はカイルのトチについて深く考えなかった。でもこれは毎日続いていくことになる。
私はベタベタしてくる旦那なんていらないのよ。元の最高に塩対応なカイル様を返して!