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水の中の戦争  作者: 葉月 優奈
一話: クロコノイドの皇帝
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009

――ルビア城・訓練場――

(YENTUYUI’S EYES)

私たちが、半魚人からルビアを攻めとった次の日。

赤い鱗のクロコノイドである私は、ルビア城の中にある訓練場にいた。

水岩石の壁で囲われた広い空間に、光る砂の地面。


午前九時を示す訓練場の高い壁に掛けられた時計。

深海世界には、時間の概念がある。砂時計の反転した回数で、時間を管理しているのだ。

しかし、光る砂の影響で常に深海世界は明るい。

訓練場の時計が見下ろす先に、クロコノイドの兵士が訓練をしていた。


訓練中で一人のクロコノイドが、兵士の訓練指導をしていた。

指導するのは、黒く細長い鰐頭で中の顔は老人の顔をした男のクロコノイド。

彼の名はニギス、私の軍の副官をしている男だ。


指導を受ける兵士は、私の軍の兵士。

皆、珊瑚の棒や槍を持っていた。

訓練用の武器で、クロコノイドの兵士がそれを使って戦っていた。


「踏み込みが甘いぞ」巡回しながらニギスが、クロコノイドの兵士に指導していた。

「はっ、ニギス様」

「お前の間合いだと、踏み込んで戦う戦い方がいいだろう。

体も小柄だし、動きも機敏だ。

距離をいかに早く詰めるかが、お前にとって大事なことになる」

「了解しました」

若く少し小さなクロコノイド兵は、言われたとおりに間合いを詰めて戦っていた。

訓練をしている相手のクロコノイドは、接近戦に持ち込まれて対応できない。

バランスを崩して、尻餅をついていた。


「や、やった!」

「その感覚を忘れるな。お前のその踏み込みや動きを、何度も体に叩き込むのだ」

「はい、ニギス様」

巡回指導をしていたニギスに、感謝を伝える若い兵士のクロコノイド。

老けた顔だけど、ニギスの背中には巨大な金属の大剣を背負っていた。


「ニギス殿は、いつもながらに兵に人気ね」

指導を終えたニギスに、私は近づいた。

彼の名は『ニギス・ザンブローニ』。私の軍の部隊にいる、一番古株のクロコノイドだ。


「これは、これはイエンツーユイ様」

巡回するニギスは、穏やかな顔を見せていた。

茶色の鯨革鎧を着ていたニギスは、私の顔を見て微笑んでいた。


「その姿もお似合いでございます、イエンツーユイ右将軍」

私が着ていた服は、黒い戦闘用のコートでは無い。

茶色いブラウスに、黒いロングスカートだ。

こう見えても、私は女性で女性らしい服も持っていた。

戦争中で無ければ、普通の服を着ることだってある。


「ニギス殿、右将軍はよせ。

それと、この服を用意したのはメイドだ。

ルビアで流行りのマーメイドの服らしいのだが、なんだが動きにくくて私には合わない」


戦闘中は、いつもコートしか着ない私だ。

黒の戦闘用のコートは、動きやすく泳ぎやすい。

激しい戦闘で、すぐにボロボロになってしまうこともあるが。

しかし、今着ている私の服は動きにくい。戦いには向かない服だ。


「いえ、イエンツーユイ様も立派な女性ですから、メイド長が見繕ってくださったのでしょう。

それに、イエンツーユイ様の赤い鱗にお似合いですよ」

「似合わないだろう、これは……」

「イエンツーユイ様は、どうして兵の訓練を見に来られたのですか?」

「気分転換だ」私は、素っ気なく答えた。

いつも通りの冷めた顔で、兵士が行なう訓練を見ていた。


「イエンツーユイ様は、いつの間にかこの老いぼれも抜き去り右将軍に出世されましたな。

昔は、わしも指導していたというのに……」

「ニギス殿の指導の賜物だ。むしろ、感謝している」

「いえ、老いぼれは所詮、三銃士のなりそこないにございます。

三銃士筆頭のイエンツーユイ様が言われると、ただの嫌味に聞こえますぞ」

「嫌味ではない、ニギス殿の指導は見事だ。

いつも、よく周りを見ておられる。尊敬しているのだ、私は。

しかし、本当に私の部隊でいていいのですか?

私なんかの副官で、よかったのですか?」

「もちろんでございます」穏やかな笑顔で、ニギスが応えた。


「わしは、将軍というガラではない。

こうやって、若手をいじりながら育てるのがわしには向いておる」

「確かにニギス様は、若き兵士の育成に向いおります」

「そうでしょう」

ニギスは、おどけて笑って見せていた。

無表情の私とは、対照的な笑顔を見せるニギス。

彼のように、兵士とコミュニケーションを取ってくれるクロコノイドの副官は私にとっては有り難い。


「それでしばらくは、わしも休めるのか?右将軍」

「さあ?次の軍議で、決定事項があるまでは待機の予定です」

「エツ皇帝の考えは、突飛だったりするからな」

「赤ん坊だから、仕方ないそうです」

「赤ん坊?」首を傾げたニギス。

私は突飛な発言をしても、無表情でニギスを見ていた。


「赤ん坊の皇帝エツは、まだ国政に迷いがある。それは仕方のないことです」

「そうか、そうか。赤ん坊はそういう意味か。

確かにゴンスイ皇帝が退位して二年、エツ皇帝は二歳だからな。

前の大戦のあとは、わしらもかなり大変だったからな」

「大戦の事後処理は、大変な作業でした。

軍の編成、防衛の取りまとめ、反乱軍の鎮圧と、かなり忙しい二年間でした」

「いつも戦うことばかりだな、イエンツーユイは」

ニギスは、私に笑顔を見せた。

なぜニギスは、無駄に笑顔を私に見せるのだろう。

いつでも見慣れた笑顔に、私は不思議な人だと思っていた。


「軍人は、戦うのが仕事ではないのですか?」

「まあ、間違ってはいないだろうな。

間違ってはいないが、クロコノイドとしては正しくは無い」

「どういう意味ですか?」

「そりゃあ、知識もあり、知能もあり、いろんなところに泳いでいける。

それがポセイドンに認められし種族、クロコノイドだ。

お腹がすけば、海藻を食べて生きていく。それら自由がある」

「それは生物として、当然の活動です」

「だが、そのほかにも恋をしたり、知らない場所に行ったり、書物を読んだり楽しいこともできる。

それが正しい、クロコノイドだ。

イエンツーユイ様は、何か楽しいことはないのか?」

「戦うことしか、ありません」私はきっぱり言い放つ。

その言葉を聞いて、ニギスが鰐頭の後ろ頭を搔いていた。


「まあ、軍人としては正解の解答だ。それだけでは、ダメだと軍学校でも教えただろう。

イエンツーユイ様、お前はまだ若い。

これからいろんなことを経験し、一人のクロコノイドとして生きていくのだ」

「必要ありません」

「いや、ある。この戦争が終わったら、お前は何をする?」

ニギスの言葉に、私は言葉を詰まらせた。

言葉を理解できない私に、ニギスが声をかけた。


「そうだ、イエンツーユイ様。

一つ頼まれてほしいことがあるのだが、よろしいか?」

「ニギス様、なんですか?」

「今度この部隊に、軍学校から新兵が配属されることになった。

なんと、イエンツーユイ殿の後輩じゃよ。

そこで、イエンツーユイ様自らに育ててほしい新兵がいるのだが……」

「私が、どうして?」

「なーに、初めての教育なので同姓の新兵にしておいたぞ。

それとも、男のクロコノイドの方がよかったか?」

「いえ、性別は関係ありません」

「その反応は、とてもいいぞ。

では呼んでまいろう、少し待ってくれ」

上手いこと言いくるめて、訓練場の奥に進んでいくニギス。


二分ほどその場に待たされた私の前に、ニギスが二人の小さなクロコノイドを連れてきた。


「あなたなの、イエンツーユイ様は?」

「普通の女性だね」

ニギスが連れてきたのは、二人とも白い鱗のクロコノイドだ。

どちらも小さく、未熟な子供だと私はすぐに分かっていた。



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