008
タートリアは、深海種族の中でも珍しい王制を取らない種族国家だ。
五つの州が合体して、一つの国で成していた。
合衆国という体系を、タートリアの国が取っているのはそのためだ。
五つの州の一つに、『シュミール州』という大きな州がある。
タートリアの国の中でも、一番水神結晶の豊富な州であり、土地も広い。
その州領主こそ、さっき部屋に乱入したアカメ・シュミールだった。
アカメの背中は赤い甲羅で、前掛け服は藍色の鯨革鎧。
肌色の右手指には、魔法のリング。この指輪で、彼女は水弾魔術を用いる。
アカメは、水弾魔術師でもあるのだ。
「アカメ殿、どうしてここに?」
「どうしたも、こうしたも、ないわ!
野蛮なクロコノイド共が、ルビアを支配したのでしょう。
このままいけば、クロコノイドは半魚人を滅ぼしかねないわ」
「現状はそうでしょうね」鼻息荒いアカメに、私は冷静に見ていた。
「今すぐ、クロコノイドの軍を討つべきよ!
半魚人と手を組んで、戦うしかないわ!」
赤髪のアカメは、強く私に訴えてきた。
私の前に、そのまま顔を近づけてきた。
「顔が、近いって」
「そうはいっても、難しいものがありますよ。アカメ様」
私のそばに立って、成り行きを見守っていたワニエソが否定した。
「ワニエソ、あなたは何も分かっていない。
二年前の大戦の原因を、忘れたの?
あの時勢力を伸ばしていた半魚人を放置して、あなた達はこのグランドルマンを失ったでしょう。
忘れたわけでは無いわよね、ヤマメ」
「もちろん、あの日の屈辱は覚えているわ」
かつて半魚人の襲撃に遭い、このグランドルマンが半魚人の手に落ちた。
私は逃げ延びて、その後いろんな種族と同盟を結んで半魚人に反攻した。
その一つの種族が、クロコノイドでもある。
「あのときは、同盟を結んで大軍の半魚人に挑んだ。
深海を巻き込んでの大戦、セビド砦を奪い……半魚人軍の南洋拠点を奪った」
「そう、あのときはセビド砦を首尾良く奪うことに成功した。
だから私たちは、勝つことができた。
それでも、他国の動きに対して先手を奪わないと大事なモノを奪われる事も知った。
深海の戦況は、日々変化するのだから……」
アカメの話を、私がしっかりと聞いていた。
私にとって、それは汚点だ。
半魚人軍の動きを、見誤った私のミスであり、失敗だ。
この経験を糧に、次に生かさないといけない。
「それでも、タートリアは戦争を好むほど野蛮ではない。
今のところ、クロコノイドの矛先は私たちではない。
彼らの目は、半魚人に向いている」
「半魚人達の土地、北洋はとても豊な土地よ。
資源も豊富だし、半魚人自体も多いし、ポセイドンの加護も強く受けている。
クロコノイドが全て手に入れた場合、次に襲うのはあたしたちタートリアになるわ」
「アカメの言うことは、最も警戒しないといけないわね」
「だったら、ここでクロコノイドを討つために出兵をして……」
「いいでしょう、あなたの話を聞きます。
このグランドルマンに来た以上、具体的に何をするのか決まっているのでしょう?」
「ドルリフェ州を攻めるわ。
今なら北伐を進めるのでクロコノイドの兵が、手薄と報告があったわ」
興奮したアカメは、冷静に私に対して一枚の提案書を突きつけた。
提案書は一般的な紙ではなく、海藻を紙代わりに使っていた。
『海藻紙』という紙の代わりを、深海では用いられた。
海藻紙に書かれたアカメの提案書に、私はじっくりと目を通す。
鼻息荒くアカメは目の前で、腕を組んでみていた。
「却下よ」すぐに私は否定した。
「はあ、なんでよ?」
「これだけの条件だと、クロコノイドと戦う理由にならない。
ドルリフェ海域を攻めて、セビド砦を奪還する。
そんなことをしたら、七種族の他の種族も黙っていないでしょう」
「クロコノイドだって、好き放題して攻め込んでいるでしょう。
一体、何が違うのよ?」
冷めた顔の私に対し、アカメが食い下がらない。
「私たちは、誇り高きタートリアよ。
戦いに明け暮れる野蛮な種族でも、戦いの中で淘汰される弱い種族でもない。
だからこそ、私たちは毅然とした態度で対応しなければならない」
「そんな規律ばかりを守っていては、今の戦乱の世の中は生き残れないわよ」
「わかっているわ!」アカメの言葉を、私は受け止めていた。
理解していたが、彼女の要求を容認することはできない。
「それでも私は、今のところ戦争するべきではないと思う」
「だったら、もういいわよ」顔を赤くしたアカメ。
怒ったタートリアのアカメは、赤い亀の甲羅の背中を向けていた。
泳いでドアの方に近づいて、振り返るアカメ。
「あたしは、あたしのやりたいようにやらせてもらう。
あたしはシュミール州を、守らないといけないのだから!」
そのまま、アカメはドアを激しく閉めて部屋を出て行った。
残された私と、参謀のワニエソ。
ワニエソは、アカメの様子に苦笑いを見せていた。
「アカメ様は、とてもお元気な方ですね」
「全くよ、アカメ様には困ったモノね」ため息をつく私。
「それよりも、クロコノイドの侵攻の件ですが……ヤマメ様はどうしますか?」
「アカメのことは、しばらく放っておきましょう。
彼女のいるシュミール州は、クロコノイドの領地『ドルリフェ海域』と隣接しています。
アカメ自体が、神経質になっているのは仕方ないことです。
ただアカメ様も、戦争を無駄に仕掛けるような考えは無いでしょうからしばらくは静観します。ワニエソ」
「はっ!」
「こちらは、探りを入れましょう。
『七種族会議』の前に、他の種族の動向を調べておきなさい。密偵の方は怠らないよう」
「畏まりました」
ワニエソと会話をしながら私は、机から何も書かれていない海藻紙を取り出した。
それをワニエソに見せていた。
「アカメの持ってきた、提案書。ワニエソ、真ん中の段の所を読んでみて」
「はっ、「クロコノイド軍にはトリトンがいる可能性があり、好戦的になっている。
彼らを止めない限り、深海世界は混乱に陥れられるだろう」とありますね」
「うん。まあアカメの考えが、どこまで正しいか分からないけど……トリトンは気になるわね。
あくまで、アカメの中の空想か……適当な理由付けか……それとも何らかの裏付けの情報があるのか」
「ヤマメ様は、どう思います?」
「分からないけど、調べる価値はあると思うわ。
それと、トリトンであるのならば対応しないといけないしね。
ということで……これから二枚の書簡を用意します。
ワニエソには、私の親友に届けてほしいのです」
サラサラと、私は海藻紙に書いていた。
文字を書くペンは、水の中でもかけるペン。
イカスミのような液体で、海藻紙に押しつけるように文字が書ける不思議な仕組みだ。
すぐに私が用意をした書簡を、ワニエソに手渡した。
ワニエソが、差出人を見ていた。
「一つは海老族のチカ・ネイティル姫王様ですか」
「ええ、そしてもう一つは……」
真剣な顔で私は、二つの書簡を用意してワニエソに手渡していた。




