047
『トルスク・アルバーニ』は、かつて半魚人の四天王の一人。
『守護神』の称号を持ち、守りを得意とする守戦の達人トルスク。
屈強に鍛え上げられた肉体のマーマンに、金属鎧。
筋肉質の太い腕で振り上げた大きく重い剣『ショックブレード』で、いかなる敵もなぎ払う。
僅か千の兵で、三万の同盟軍を退けた半魚人軍の英雄だ。
だが、二年前の戦いで彼は死んだ。
彼を殺した人物こそ、私だ。彼と戦った最後の戦いは、今でもよく覚えていた。
戦乱の世ならば、私が彼を殺して仇を討つのは当然のこと。
テトラは、私のことがこの世界で一番憎いのだ。
私を殺すために、短期間で彼女は半魚人の四天王になった。
「お前は絶対に殺す!」大きな剣を振りかざすテトラ。
想いのこもった強い一振りを、私に向けて振ってきた。
巨漢では無いしむしろ小柄なマーメイドのテトラだけど、大剣に決して振り負けない。
だけど、私は冷静にテトラの剣を見ていた。
「確かに、いい一撃だな」
私はテトラの攻撃を、簡単に避けた。
真っ直ぐな攻撃で、避けやすい攻撃だ。
何度か、攻撃を見て私は一つ革新したことがあった。
(彼女は、まだ実戦の経験が無いな)
大剣の重そうな一撃を、私は泳いで避けていく。
それとも、父の仇を見つけて我を失っているのだろうか。
「ちょこまかよけるな!」苛立つテトラ。
「避けてばかりでは無いぞ」
大ぶりの剣を避けた後に、右手の剣を水平に斬りつけた。
テトラが着ている鎧に、当たって鈍い音がした。
彼女の体が、横に動くがすぐに体勢を整えた。
「意外と硬い」
「当たり前だ、あたしは簡単に倒れない」
そういいながらも、テトラは大剣を私に振りかざす。
だが、すぐに私は後ろに下がった。
当たれば、確実に即死する。剣の重さも、一度受け止めたが相当重い。
(これも、トルスク将軍の血筋というものか)
テトラの戦いぶりを見ながら、私は彼女の強さを肌で感じていた。
荒々しくあるが、重い一撃と筋力はマーメイドの常識を遙かに越えていた。
重い鎧を着ていても、動きは消して遅くない。
その腕力といい、頑丈な硬さといい、かなりの剛力だ。
だからこそ、少し戦っていて感じたことがあった。
「なんで、当たらないっ!」
だけど、テトラが前に突っ込んで私と距離を詰めた。
それでも、私は的確に攻撃を与えていてテトラの攻撃は全て外れた。
(殺すのは惜しい、強いマーメイドだ)
素質はある、まだまだ強くなる余地もある。
だが、足りないのは経験だ。ここで私に殺されては、勿体ない人材と思えてしまうほどに。
(さて、どうやって倒そうか)
このまま戦っても、負けることは無い。
だけど、生け捕りにしてもっと強くさせたい。
目の前のテトラはなんだか、そんな気分にさせる不思議な相手だ。
それともう一つ、あの鎧だ。
私の剣で、鎧を斬っているけどテトラ自身にダメージを与え切れていない。
そういえば、二年前のトルスク戦はどうやってあの鎧を壊して倒したのだろうか。
(そうだ。二年前のトルクス将軍戦は、私の他にもう一人……ヤマメがいた)
同盟を組んでいたタートリアのヤマメは、魔術が得意だ。
彼女が使う水弾魔術と、私の攻撃の合わせ技。
トルスクの来ていた分厚い鉄鎧を弾くことで、ようやくダメージを与えられた。
でも、ここにはヤマメがいない。
水弾魔術が使える兵士もないし、何よりテトラは私を見ていた。
(彼女の期待に応えて、一対一で戦うしか無いわね。だとしたら……やはり、足元)
マーメイドのテトラは、下半身の魚で泳いで動く。
鎧が着られない下半身の尾びれへの攻撃に、私は切り替えることにした。
同時に、下の方に潜っていく。
「逃がすかっ!」
テトラも、それに気づいて泳ごうとした。
だが私の急な方向転換で、テトラは対応が遅れた。
そのまま、私はテトラの斜め下に泳いで尾びれに剣の刃を向けた。
「ならば、これで……」
移動に間に合わないと判断したテトラは、体を反転させた。
腕を中心に、体を回転させた。私の目の前から、遠ざかる下半身の魚ひれ。
テトラが両手で持っている剣を、そのまま振り下ろしてきた。
「くっ、読んでいたか!」
私は、咄嗟に両手の剣をクロスさせて防御した。
大剣の重い一撃を、受け止めた。受けた瞬間に力を後ろに、逃がしていく。
力は相変わらず上だけど、私は力の逃がし方が得意だ。
後ろにずれて、そのまま私は力勝負を避けた。
同時に、テトラの体が水中でバランスを崩す。
「これでっ」剣を尾びれに、右手の剣を突き立てた。
必死にテトラは体を回して、致命傷を避けようとした。だけど私の剣が早い。
「ううっ!」テトラの尾びれに傷をつけて、テトラが右目をつぶった。
そのまま、左手でも券を切り続けようとしたがテトラの体が反転し鎧に命中。
鉄の鎧にぶつかり、鎧に傷をつけただけだ。
「やはり、硬いな」
すぐさま後ろに泳いだ私は、少し距離を取った。
一回転をして、体勢を整えたテトラを見ていた。
あれだけ重そうな鎧を、普通に着て動けるマーメイドはさすがトルスクの娘だ。
(せめて、魔法があれば……)
今、周りも戦争状態だ。半魚人軍とクロコノイドの兵士が、戦っていた。
当たり前だが、ここは戦場。不満そうな顔で、ベージュも敵のマーマンと戦っていた。
周囲に目を配る私は、不意に後ろから光る何かが見えた。
テトラがいる遥か遠くの後の方から、光って見えた。
「おい、テトラ!」
「何よ?」
「後ろが光っているぞ」
「そんな嘘に騙され……」といいつつ、念のため後ろを見ていたテトラ。
それは紛れもない光、大きい光線が近づいてくるのが見えた。
そのまま、太くて大きい光線は門の近くにある岩場に着弾した。
「こ、これは……」
光線は岩場を破壊した。ガラガラと、崩れていく岩場。
門の周囲はいきなり飛んできた光線と、崩れる岩場に一気に混乱していた。
そして、テトラの方に崩れる岩盤。彼女の頭上に岩の塊が落ちてきた。
「危ないっ!」私は急いでテトラのそばに近づく。
手を伸ばして、私は彼女をそのまま連れて落ちてきた岩場から一緒に逃げていた。




