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――センブレル海域・センシー門――
(YENTUYUI’S EYES)
ナヨシ将軍がブレル門を攻略している頃、私たちはもう一つの門に向かっていた。
センブレルとイラークの間には、二つの関所があった。
元々半魚人軍はいくつかの集落が戦って、まとまった種族的経緯があった。
私が向かうセンシー関も、その一つだ。
前日の軍議で、左右両将軍がセンブレル攻略をすることが決まった。
ナヨシ将軍の兵は六千、私の軍は八千。まさに天川分け目の大決戦だ。
「今回は、強いヤツいるのかな?」
「どうだろう?」
私の後ろでベージュが、メルルーサと話をしていた。
久しぶりの出陣をしていたベージュ達。
ちなみに二人の処罰は、先日発表された。
二人とも便所掃除一年だ。私はそれを二人に命じた。
軍隊から離れて移動した兵士ならば、出陣見送り等の処分が適当。
私もそれが適当だと思っていたのだが、ニギスが言ってきた。
「彼女たちはまだ新兵です。ここは寛大な処理を」と押してきた。
私はニギスにああ言われて、処遇を代えざるを得なかった。
確かに、二人は新兵でしかも初陣だ。
ということで、一年間便所掃除という処置で解決した。
「七種族会議で、クロコノイドが他の全ての種族を敵に回したんだよね?」
「うん、でもそれはチャンスよ」
「どうして?」
ベージュの言葉に、メルルーサは首をかしげていた。
「それって、ベージュ達が功績を挙げるチャンスじゃ無い。
功績を挙げて、将軍になって、有名になって、偉くなって、皇帝になるチャンスよ」
「ベージュは、皇帝になりたいんだ?」
「女ベージュ、クロコノイドで生まれたんだから、当然でしょ」
「すごーい、ベージュ」メルルーサは、ベージュを褒め称えていた。
そんなベージュは、私に向かって言い放つ。
「だから、将軍には負けないから!」
「そうか、いい心がけだ。
だが、今日の便所掃除は汚かったぞ。帰ったらやり直しだ」私は抑揚なく言い返した。
「むー、そういう所が嫌い」
「好き嫌いばかりしていたら、皇帝にはなれないぞ」
「そんなことないもん!」私の言葉に、ベージュは強がった。
「だって、ベージュが皇帝になったら、嫌なヤツは追放すればいいし」
「そんなことできるんだ、すごーい!」
「へへっ、任せてよ」
何を任せて欲しいのかが、よく分からない。
でも楽しそうにおしゃべりしながら、ベージュとメルルーサが泳いでいた。
「でも、イエンツーユイ様はどうして皇帝にならないのですか?」
ふと、急にメルルーサが私に聞いてきた。
何度も聞かれた言葉だけど、メルルーサにも言われたのは少し意外だ。
「私のことか?」
「はい、イエンツーユイ様はすごく強い将軍様ですし。
皇帝を目指しても、実力的には問題ないと思うのですが」
「皇帝は大変だからな」
「メル、何を言っているの?
イエンツーユイ将軍は、エツ皇帝と幼なじみなのよ。
幼なじみだから、幼なじみのエツ皇帝を守ってあげたいんじゃないの」
いきなりベージュが、私のプライベートを話してきた。半分以上は、適当な推論が入っていたが。
「そ、そうなの?」
「私の話はつまらないぞ」
「いや、イエンツーユイ様のプライベートはあまり出回らないから。
軍事学校で、エツ皇帝と同期だったとか。
軍事学校での戦いで、エツ皇帝より強かったとか」
「すごいね、皇帝より強いんだ」
メルルーサは、初めて聞くような反応だ。
彼女は、噂には疎い性格のようだ。
それとも、ベージュに合わせて会話をしているのかもしれない。
「昔の話よ」
「今でも軍学校の教官は、イエンツーユイ将軍が最強だって言われているよ」
「待て!」
ベージュの話に、私は泳ぐのを止めた。
前を泳ぐ兵士も止まって、前を見た。
大きな岩場の壁の中、大きな門が立っていた。
大きな門の色は黄色、これがセンシー門だ。門の周りには人影が見えた。
「防衛軍か、相手はスキュラか」
進軍する私たちの前には、スキュラの兵士達が姿を見せていた。




