041
――王都センブレル:センブレル城中庭――
(NASUTYUN’S EYES)
この戦いを、俺は避けることができなかった。
七種族会議の後、皇帝エツは停戦合意を一方的に破棄してきた。
彼は、戦いの道を選んだ。
クナシュアが放った、スキュラ暗殺部隊はエツ皇帝の暗殺に失敗。
裏切るはずのイエンツーユイ将軍は、裏切らなかった。
全ての歯車が狂い、深海世界は一気に戦争に突き進む。
「アイツがいないこの都市を、俺は守れるのだろうか」
今、俺はセンブレルの中庭にいた。
海の中、珊瑚の壁で周りが覆われていた。
さらには大きな棘珊瑚の木が、観賞用の植物のように生えていた。
中庭の中央には、一人のマーメイドの銅像が建っていた。
かつての四天王、センブレルを守った英雄マーメイド。
『槍聖アルーラ・カイフェルス』かつての俺の上司だ。
昔、俺はアルーラの部隊にいた。
年齢的には同じだが、ケタ違いの強さを誇るマーメイド。
彼女は四天王の一人で、俺は彼女の副官となってスキュラとの戦いを戦った。
「アルーラよ、俺は今回も守れるのだろうか」
銅像に訴えかける俺、銅像になった若い女のマーメイドは今この深海世界にいない。
「ここにいましたか、ナスチュン王」
中庭に、一人のマーメイドが姿を見せていた。
赤く短い髪、重そうな金属鎧の上半身。
魚の赤い鱗のマーメイドが、泳いで俺のそばにやってきた。
「テトラか」
「はい、ナスチュン王。
今回の会議の事ですか……アルーラ将軍を見ていたのですか?」
「ああ、最強の四天王の一人、アルーラ将軍。
『槍聖』と言われた彼女は、このセンブレルを守った」
「はい、父から聞いています。私の父、トルスクと同じ時代を生きた四天王。
そういえば、ナスチュン様は四天王になったのですか?」
「いや、四天王になったことはない。いきなり王に立候補した。
アルーラに鍛えられた俺は、上手いこと事が運んで王になれたのだがな」
「それは凄いですね」
「トルスクにも、そう言われたよ」
テトラの父は、優秀な将軍トルスク・アルバーニだ。
トルスク将軍は、マーマンの中でも一番防衛戦が得意とされる武人だ。
『守護神』と称されて、若いマーマン兵にも人気だった。
だが、二年前の戦いで彼はイエンツーユイ将軍に打ち破られたのだ。
半魚人軍は、王を選ぶときには戦う。
一対一で戦い、優勝をしたものを王とする。
階級とか身分とか、一切関係ない。
あくまで強い人間が、王になる。深海世界のルールに、乗っ取った選び方だ。
決勝に俺は残った。相手は鉄の男、トルスク将軍だ。
四天王で最強の守護神と俺は戦い、勝利した。
「ナスチュン王は、今も強いのですか?」
「ああ。いつも鍛錬は欠かさない。俺とやってみるか?」
「いえ、今は軍議の準備がありますから……それより早く来てください」
「そうだったな、軍議のために呼んだのか?」
「そうですよ」急にふてくされた顔を見せた、テトラ。
若くてかわいらしいマーメイドは、俺に背を向けていた。
「ナスチュン王、皆が待っていますよ」
「ああ」テトラに促されて、俺は急いで会議室に向かって泳いでいった。




