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水の中の戦争  作者: 葉月 優奈
三話:スキュラ女王の七種族会議
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――セビド砦・訓練場――

翌日、早く起きた私は訓練場に来ていた。

深海の中に、朝と夜の概念は無い。

だけど、時間の概念はあって時計も存在していた。

現在、時刻は朝の六時。訓練の開始は、訓練場の時計で八時なので二時間前だ。


この訓練場は、とにかく広い。

朝早くで、誰もいない訓練場は私一人の貸し切りだ。

昨日は、あの後セビド砦に戻って食事をしてすぐに寝た。

今日の昼には、私はここを立ってイラークに戻る予定だ。


泳ぎながらも、私は剣を振っていた。

訓練所には、標的となる岩の置物が置いてあった。

左右に泳ぎながら、私は置物を斬りつけていた。

体を動かせば、何も考えなくていい。だけど、今の私は迷っていた。

選択をしたはずなのに、後悔していた。


「ああっ、もう!」思わず叫んだ。

岩の置物を、斬りつけて取り乱していた。

剣の振り込みが弱い、動きが明らかに鈍っていた。

これも、心の中に引っかかった何かが影響しているのだろうか。


「イエンツーユイ将軍、おはようございます」

息を切らす私に声をかけてきた落ち着いた声。

「ニギスか」


振り返ると奥には、一人のクロコノイドが現れた。副官のニギスだ。

ニギスの顔を見ていると、私はいつも通りの落ち着いた顔に戻っていた。

私は冷静さを取り繕っているが、ニギスに完全にバレていた。


「イエンツーユイ様も、あんな顔して叫ぶのですね」

「悪いか?」ニギスを睨む。

「いえ、若いクロコノイドっぽくて好きですよ。とてもとても青臭くて」

相変わらずニギスは、悪戯っぽく笑っていた。


「私は青臭くない。クロコノイド右将軍のイエンツーユイだ」

「はは、そうですな。ところで何を、迷っていたのですか?」

「ニギスよ、一つ問う。

お前は、皇帝(エツ)がトリトンだと思うか?」

いきなりの質問に、ニギスは首をかしげていた。

年老いたクロコノイドは、考え込んだ顔を見せていた。


「なるほど。昨日の七種族会議で他の種族からトリトンが、エツ皇帝だと言われたのですな?」

「それだけじゃない。私は、暗殺を頼まれた」

「そして、断ったと?」

「だけど、私の中で迷っているの。

本当に私が選んだ選択が、正しいのかと。

暗殺に加担せずに殺してしまい、他の種族に敵を作ってしまったことを」

結局、私はスキュラの暗殺部隊を排除した。

だけど、それが正しいのか迷いがあった。

いや、違う。それは結果論。引っかかっていることは、それどころの話ではない。

だけど、私はその何かを上手く説明できないでいた。


「ふむ、なるほど」

「ニギス殿。私の判断が正しいのか間違っているのか、自分でも分からない。

皇帝エツとは、長い付き合いなのに……どうすればいいのか分からない」

「なるほど、将軍は親友であるヤマメ殿と皇帝エツ様を天秤にかけた。

将軍としてエツ皇帝を選んだが、モヤモヤする……そう言いたいのですね?」

「な、なんでそれを?」

「おそらく、イエンツーユイ将軍に暗殺を頼めそうな人は限られていますから?

タートリアのヤマメ様では、ないのですか?」

「ち、違わない!」ニギスは何でもお見通しだ。

私の心を、見通されて顔が照れていた。


「暗殺をしないのは、将軍としては正しい。

ですが、トリトンが絶対的な敵なのは七種族の中では常識。

ところで、エツ皇帝はトリトンであるとなぜヤマメ殿は思っているのでしょうか?」

「それは……クナシュア様は、今のエツ皇帝がかつてのエキドナ女王と似ているからで……

でも、私は信じていない」

「なぜ信じないのですか?」

「それは……分からない」

私は、その質問にちゃんと答えられない。

ニギスは、それでも難しい顔を見せていた。


「ところで、イエンツーユイ様。

エツ皇帝が、トリトンでないと証明できますか?」

「え?」

「できませんよね?」ニギスが問い詰めた。

確かにニギスの言うとおり私は、エツ皇帝がトリトンで無い保証ができない。

無論、トリトンであるとは思っていないし思いたくもない。これは本心だ。

だけど、どうしても心の中に引っかかっていたことがあった。


「イエンツーユイ様、皇帝エツをちゃんと調べたのですか?」

「調べるというのは何を?」

私にはトリトンを見破る方法が、分からない。

だけど、イエンツーユイは親友であるヤマメ達の言葉も疑いたくない。

あれだけ危険を冒してまで、多忙な彼女が私を呼んだ。

下手なことを言えば、私が殺してしまう危険性だってあるのにも……だ。


「イエンツーユイ殿、簡単ですよ。

エツ皇帝に、トリトンでは絶対に分からない質問をすればいいのでは?

トリトンがエツ皇帝になりすましていれば、将軍のプライベートな質問は答えられない」

「そうか、でもどんな質問を?」

「イエンツーユイ将軍なら、思いつく質問があるのでは?

将軍はわしとも付き合いが長いのですが、エツ皇帝とも付き合いは長いですし。

エツ殿とは、軍学校の同期でもありますから」

「うーん」頭の中で、考えを巡らす。

そして、私は一つの答えを出した。


「そうだな、よし!」

私は一つの質問を、思いついた。

思いついた私は、決心していた。


「私、あの質問をしてくる」

今セビド砦で休むエツ皇帝に、一つの質問をするべく行動をしていた。

ニギスを背に、私は泳いでいた。エツのいる部屋を目指して。



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