004
私が向かった場所は、ルビス城から少し離れた場所にある工房。
深海は無論水中であるが、ここには炉が存在していた。
この炉は、海底火山を収束させたものだ。
水神結晶を用いて水をシャットダウンさせた空間を作り、水岩石の加工を可能としていた。
炉のすぐそばに、小屋も建っていた。鍛冶屋の小屋だ。
重そうな扉を開く。
私が扉の中に入ると、クロコノイドの男が座って鉄を叩いていた。
この小屋の中には、水がない。地上と同じ水のない、空気のある場所だ。
地面で床を踏みしめた私は、扉を閉めた。
中央に炉が見え、炎の匂いと鉄を叩く音。まさにそこは、鍛冶屋の光景が広がっていた。
「ゴンスイ皇帝」私が声をかけたのは、藍色の鱗のクロコノイド。
藍色の鰐頭で、鰐頭の中の顔はしわだらけの老人の顔だ。
藍色のクロコノイドは、腰が曲がっていて白い紫色のエプロンと、革手をつけていた。
ゴンスイの革手には、鉄の槌が握られていた。
この深海世界では、金属が存在していた。
「イエンツーユイよ、その敬称はもうやめよ。
わしは既に皇帝ではない、ただの鍛冶職人じゃよ」
「申し訳ありません、ゴンスイ様」
私は素直に謝罪し、頭を下げた。
静かに近づいた私は、青白い刀身の剣を鉄の槌で打っているクロコノイドに近づく。
「随分暴れたようだな、今回は?」
「今回の相手は、コノシロ将軍。屈強のマーマン将軍でした」
「そうか、巨漢のマーマンか」
話をしながらも、ゴンスイが剣を槌で打っていた。
刀身を確認し、「ふむ」とゴンスイが頷いた。
鉄の槌を置いて、打っていた剣を重そうに私へ持ってきた。
ふらふらと足元おぼつかないゴンスイ、両手で重そうに持つ。
剣の重さからか、ゴンスイがバランスを崩した。
「大丈夫ですか?」私は赤い鱗の右腕を、突き出していた。
重そうな剣を、いともたやすく右手の片手だけで持ち上げた。
「平気だが、相変わらず重いな。その剣は。
とにかく元に戻ったぞ、青い刀身の剣だっけか?」
「そうです。パッションのほうは?」
「それも、あそこの壁に掛けてある」
ゴンスイが指さす先には、壁に掛けられた大きな剣。
壁に掛けられた剣を、私は「感謝します」と頭を下げながら回収していた。
「こんなに重い武器を、よくも片手で振り回せるな。そんな細腕で」
「そうでしょうか?」私の赤い鱗の腕を、ゴンスイはじーっと見ていた。
私は右手一本で、ゴンスイが重そうに両手で持っていたパッションを握った。
キレイな赤い刀身が、独特の光を放っていた。
ゴンスイの丁寧な仕事ぶりが、それだけで伺えた。
「さすがはゴンスイ様、見事な手前です」
「皇帝をやっていても、鍛冶の腕は衰えていないぞ。
いついかなる時も、常に腕は磨いておるからな」
自慢げに言い放つゴンスイ。しかし、腰は痛そうにさすっていた。
「その武器は、軍学校からずっと持っているよな?イエンツーユイのお気に入りか?」
「カリム&パッションを持っていると、私がこうして深海に生きている実感があるのです」
「実感?」
「私は軍人で、クロコノイドの兵士です」
「ふむ、そうか」奥にある椅子に「どっこらしょ」と言いながら、座っていたゴンスイ。
「相変わらずだな、三銃士の中でも一番の武人……イエンツーユイ将軍」
「私を任命されたのは、ゴンスイ様では?」
「そうだったな。イエンツーユイを、三銃士に任命してよかったと思う」
「でも、ゴンスイ様。私には、理由がわからないのです」
「ああ、どうしてわしが皇帝をやめたのか?
そうお前は、言いたいのだろう?」
私の前にいる老人クロコノイド、ルイス・ゴンスイ。
『三銃士』という制度を作った彼こそ、クロコノイドの前皇帝だ。
私たちの種族クロコノイドの皇帝は、世襲制ではない。
強いクロコノイドが、皇帝になる。それは、戦争が行われる深海世界の中でも意味のあることだ。
戦乱の深海世界は、強くなければ生きられない。弱者は失い、強者が支配する。
皇帝が退位するときは、必ず後任を選ぶことになっていた。
「年じゃよ、単なる老衰」
「でも、ゴンスイ様はてっきり国のほうに残って、若い兵士に指導してくださると思ったのですが。
残念ながら、鍛冶職人に戻ってしまわれて……」
「もともとわしは、しがない鍛冶職人じゃよ。たまたま運が良くて、皇帝になっただけだ。
はっきり言ってわしは強くないし、皇帝の器でもない。
それを痛感したのは、やはりあの戦いだ。
だから、わしは引退したのじゃよ。今は気楽に、自分の好きなこともできるしのぅ」
ゴンスイは、元気のない笑顔を見せた。ゴンスイの顔は、くたびれたようにも私には見えた。
「それが、従軍鍛冶師ですか?」
「そうじゃよ、鍛冶の仕事はいい。水岩石から鉱石を取り出して、武器を作る。
それは命を奪う武器だが、仲間を守る武器でもある。とにかくわしは武器を作るのが好きなんじゃよ」
「ですが……」
「不満か?」
「あの戦いは、半魚人が仕掛けたものでゴンスイ様が悪いわけではありません。
それにゴンスイ様が戦わなくとも、私たち三銃士を抜擢されて軍を再整備してくださいました。
タートリアとの同盟も結び、半魚人と戦える力を得て半魚人を退けたではありませんか!」
「そうだな、イエンツーユイよ。エツとは、最近は会っているか?」
「残念ながら、会えておりません。エツ皇帝は、今やとても忙しいですから」
「だろうな。わしの後を、彼に引き継いでもらったのだから」
地面に座りながらゴンスイは、熱の強い炉を見ていた。
海底火山を収束させた鉄の炉が、不安定に炎を放つ。
その中で、水岩石を熱して加工していた。
ここには、ゴンスイ以外もクロコノイドが二人働いていた。
いずれも有能な鍛冶師で、国から派遣された従軍鍛冶師のクロコノイドだ。
「エツ皇帝は、タートリアとの同盟を破棄したのは本当か?」
「はい、前回の七種族会議で離脱しました」
「ならば今回の半魚人軍の侵攻も、エツの考えか?」
「はい。三銃士には、直接報告がありました」
「報告はあったが、相談もなし……か?イエンツーユイよ」
「はい」私は肯定した。
難しい顔で、ゴンスイは溜息を吐く。
「やれやれ、立場というのは怖いものだな。
まさかエツがここまで強硬派だったとは、このわしも見抜けなんだ。
正直前回の大戦で、クロコノイドの民は疲弊しているというのに」
「それでも肥沃な半魚人の地を得ることこそ、我がクロコノイドが潤うと信じて戦っております。
実際、半魚人族の土地は肥沃な土壌です。ポセイドンの加護を、かなり受けているのでしょう」
「エツは皇帝だ。
クロコノイドを、よりよい未来に導くのが皇帝の仕事だ。しかし……」
「ゴンスイ様?」
「今の手法、侵攻戦といい……強引すぎたりはしないだろうか?」
「そうでしょうか?私にはわかりません」
不安そうなゴンスイの言葉に、真顔の私は首を傾げた。
「そうか。軍学校でも仲がいいお前なら、何か気になる点があると思って聞いたのだが……」
「確かに軍学校は、同期でした。でも、エツはそれだけの存在です」
「そうか。ならいいのだが……やはり後任として気になるのでな。
イエンツーユイよ、エツを頼む。彼はまだ若い、皇帝になってまだ二年ほどだ。
なにせ、彼女は皇帝の「赤ん坊」だからな。補佐してやれよ、イエンツーユイ」
「はい、わかりました。ゴンスイ様」
私は、老人ゴンスイに敬礼した。
「敬礼はよせ。わしは、もう皇帝でないのだから」
そのまま、ゴンスイは炉から鉄板を取り出した。
その鉄板には、熱せられた剣を取り出していた。




