031
クロコノイドの皇位禅譲は、世襲制ではない。
前任からの、推薦で選ばれる仕組みになっていた。
だが私たち深海の七種族には、暗黙のルールが存在していた。
(種族の長は強き者が、皆をまとめる)
強いヤツが、最高権力者の王や皇帝になる。シンプルだけど、それが深海のルールだった。
だからこそサハギーが、私にこんなことを言ってきた。
「興味が無い」
「でもお前が作る国も、面白そうだけどな。
常に戦争を仕掛けて、刺激的な国ができそうだし」
「サハギー殿、私をなんだと思っている?」
王座に座る私は、サハギーを睨んだ。
睨まれたサハギーは、なぜか豪快に笑い飛ばす。
「ははっ、いいだろう。
俺も戦争が大好きだ。「殺し」が、いくらでもできる。
軍神様も、戦わないと自分の価値を見いだせないのだろう」
「そうだな、私は軍学校で育ったから」
「懐かしいですなぁ」
私の前で立って話を聞いていたニギスが、ここで思いにふけっていた。
老人クロコノイドは、目を細めて私を見ていた。
「ああ、そうだな。師匠」
「久しぶりに、師匠と言ってもらえましたか」
「私の師匠ですから、軍学校の師匠、師範代」
「へえ、そうか」
意外そうな顔を見せたサハギーが、私とニギスの話を聞いていた。
「軍学校だと、私とエツは同期だ」
「ニギスって、そんなに偉いのか?」
「そうだとも」ニギスは、自慢げに胸を張っていた。
「ですが、サハギー殿の言い分も分かりますぞ。
師であるわしが見るに、強さだけならイエンツーユイ将軍の方が、エツ殿より上でしたぞ」
「買いかぶりすぎだぞ、ニギス」
私は、少し照れていた。サハギーは、鋭く見逃さない。
「おっ、照れた」
「照れていない」
すぐに真顔に戻った私は、冷たい目でサハギーを睨む。
サハギーは私の目を見て「こわ」と、呟いていた。
「サハギー殿、とにかく私は国を作るつもりは無い。帝位にも私は興味が無い」
「だけどよ……前回の戦い、セビド砦戦では英雄として戦っていただろ。
イエンツーユイ将軍の強さに、感動を覚えた兵士も多い。
俺の軍の兵士もそうだ。
なにせ、軍神の戦い方は、あまりにも美しかったからな。
次々と半魚人を倒し、戦場を駆けるまさに英雄……」
「英雄じゃ無い!」
「いや、お前は英雄だ。二年前の、南洋北洋の大戦。
セビド砦戦は、紛れもなくイエンツーユイがあってこそ。
俺も、あの圧倒的な強さに身震いしたぜ。
俺は自分より初めて、強くてヤバイ奴がいるって思ったんだ」
「いつでもお前は、興奮しておるだろう」
興奮するサハギーに対し、私は一言で切り捨てた。
でも、サハギーは冷めることが無い。
「何を言う?俺はそこまで、馬鹿みたいに喚くような雑魚じゃ無いぞ。
それにエツ皇帝よりお前なら、上手く立ち回れると思うぜ。
大体、あのチカって海老幼女だって海老族の代表をしているから」
「それは無理だな」
「どうして?」
「私は皇帝に向かない。いつも戦いを求め、前線に出たがるからな。
それに私は、他人をまとめる力も、人望も無い」
私の言葉に、妙に納得した顔を見せたサハギー。
だけど、ニギスは私の前で発言した。
「でも、イエンツーユイ様」
「どうした?」
「前の大戦で、得たモノもありましょう」
「得たモノ?」
「人脈ですよ」
ニギスの言葉に、私は首をかしげていた。
人脈と言われても、私はぱっとしない。
そんな中、一人の兵士が急いで王の間に入ってきた。
「イエンツーユイ様、密書が届いております」
私に対して、兵士が密書を手渡していた。
その密書の差出人を見て、私は驚いた。
手紙のやりとりを一度もしたことが無い人物が、いきなり私に密書を送ってきたのだから。




