025
(YENTUYUI’S EYES)
半魚人の中で、一番の古株『ビアス・トンプソン』。
四天王の一人は、いきなり私たちの前に現れた。
得意の伏兵で、私たちを孤立させたのは彼の作戦だ。
だが、なんだか軍を見て違和感があった。この軍は、不思議だ。
「軍師自らこの場に来るとは、臆病者では無かったのか?」
「一目、見てみようと思っていてな。
僕達の軍の最強の脅威……ユナ・イエンツーユイを」
「わざわざ出会ってくださって、光栄です。
それで、姿を見せたからには何かの作戦ではないでしょうか?」
「作戦はありませんよ、あなたは強い。強すぎる、軍神だ」
不思議なことにビアスが、私を讃えていた。それでも私は、表情一つ変えない。
「あなたに、お願いがあって参上しました」
「なんだ?」
周りは、半魚人の軍が取り囲む。
本隊とは、完全にバラけた。味方は私の周りに三十名ほど。
ものの見事に敵の戦略にはまったわけだ。
「イラークの民を、これ以上苦しめないで欲しい」
「意味の分からぬことを言う」
「この戦い、僕らは負ける」
ビアスははっきりと言い放った。
「なぜ、それが分かる?あなたたちの軍の方が、現在は兵の数が多い。
おまけに地の利もあって、有利に戦える立場だ」
「だが、そうでもないのだ。僕らの軍は疲れている。
正直な話、戦える状態では無い」
ビアスの近くにいる半魚人は、確かに疲れていた。
数は多いけど、くたびれている様子は遠くからでも分かった。
「それでも、数で押し切って戦うことはできよう。できぬのか?」
「無理だ……僕はもう、戦いたくない。
これ以上戦争をしたくない、ずっと半魚人は戦争続きで滅んでしまう。
かつては敵だったスキュラに襲われて、戦争をした。
前のスキュラの女王はトリトンで、半魚人軍は多くの被害を出した。
だが、その戦いが終われば今度は南洋に攻め始めた。
結果は、お前達も分かるだろう」
そう、その戦いの結末でトルスク将軍は死にセビド砦を失った。
半魚人の歴史は、まさに戦争の歴史だ。
ビアスは、頭を抱えて怯えているようにも見えた。
「それは、本心か?」
「本心だ、そもそも……僕には軍師なんかできない。
弱気で、本ばかり読んでいて……国の文官だった僕は、いつの間にか四天王になっていた。
四天王になった僕は、戦場で兵士を操り戦ってきた。
でも、心の中ではずっと嫌だった」
ビアスの嘆きは、私の中に響かない。
彼は天才の軍師だ、見える物全てを信じるわけにはいかない。
「何を言っているのですか、ビアス様」
「そうですよ、あなたが挫けてしまっては我ら兵士が戦えません」
彼の味方であるマーマンの兵士が、ビアスを励まそうとした。
だけどそれは、芝居では無いことが私には見えた。
本当に、ビアスは震えていて兵士は心配していた。
「ならば、我らだけで戦います」
兵士は、怯えるビアスの前に出てきた。
数は多いが、相手の兵士もくたびれた顔を見せていた。
「無理だ、やめておけ」
「いや、戦います。我が軍の方が、数は上ですから」
兵士はなぜか、盛り上がってこちらに槍を向けてきた。
戦う意志は、兵士とビアスの間で全く違う。
次の瞬間、一人のマーメイドが動いていた。
私が感じた違和感は、これだ。
「マズイ、そいつは!」叫んだのは私だ。
兵士の集団の後ろから前に出てきたマーメイド。
青く長い髪のマーメイドは、黒いローブを着ていた。
それと同時に、右手を出していた。右手の人差し指には、指輪が光って見えた。
「戦わない臆病者は、もういりませんから」
マーメイドは、水弾魔術師だとすぐに分かった。
だけど、距離が離れていて私は間に合わない。
それどころか、マーメイドの動きを知って他の半魚人の兵士が周りを囲んでいた。
マーメイドが右手指から放ったのは、『水弾丸』だ。
マーメイドの弾丸は、ビアスの頭に直撃した。
「えっ……そっか」
ビアスは、その場に倒れていた。
倒れた瞬間、マーマンの兵士がかき消すように私たちの方に向かってきた。
「ビアスを殺したのは、イエンツーユイだ!」
「そうだ、クロコノイドの将軍イエンツーユイを倒せっ!殺せっ!」
血気盛んな半魚人の兵士は、私の方に向かってきた。
怒り顔の私は、すぐに両手で剣を握っていた。
握った手は、とても力強く剣の柄を握っていた。
「私が嫌いなことを、お前達はした。覚悟はできているのだろうな?」
そのときの私の目は、獣のように光っていた。
はっきり分かる、私の感情。私は怒っていたのだ。




