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水の中の戦争  作者: 葉月 優奈
プロローグ
2/56

002

コノシロは、マーマンの中でも巨漢だ。

持っている巨大なサンゴの槍も、彼のような筋肉がなければ扱えない。

無論、彼のすごさは腕の筋肉だけではない。人間のような上半身の筋肉は、綺麗なシックスパックだ。

腕も太くて、有り余るパワーがあふれていた。

コノシロは、笑いながらクロコノイドの女を見下ろしていた。


「それがどうした?」

「私と一騎打ちをしないかしら?

このまま戦っても、あなたたち半魚人軍が負けるだけ」

「面白ことを言うのぉ」

大柄なコノシロは、余裕たっぷりにイエンツーユイを見下ろしていた。

体の大きさは、一回りも二回りも小さい相手だ。

腕っ節では、どう考えてもコノシロは負けることは無いと思っていた。

それでも、コノシロには気になることがあった。


(イエンツーユイ……どこかで聞いたことがあるような名前だな)

だけど、コノシロは前を向く。

コノシロの強さは、この戦場で圧倒的だ。

弱いクロコノイドを相手にし、死体を次々と海の藻屑と化していた。

歯ごたえのない相手ばかりで、退屈しているようにも見えた。


「お前たちの総大将は、本当に女のお前か?」

「そうよ、クロコノイド軍の総大将はこの私」

「こんな小娘がか?」

体は、確かに小さい。

腕も細いし、華奢な立ち姿のイエンツーユイ。

だけど、小さなクロコノイドのどこか内に秘めた強さを感じられた。

さっきのマーメイドに対する一撃は、かなり早い一撃だ。

正確な動きで、無駄も無い。突進に怯む様子も無い。


(先程一撃で倒したあの剣が、不思議だ。一撃だけどあの剣には、ためらいがない)

コノシロは、大きく太いサンゴの槍を構えていた。


「よかろう、この俺……衛将軍コノシロ・ティラローニが相手になろう。

この巨大棘珊瑚の槍(バッリンチャク)で、お前を串刺しにしてやろう」

コノシロが名乗ると同時に、自分の持っている大きな槍を構えた。

両手に握り、下半身の魚は泳いでいた。


それを見た瞬間に、イエンツーユイが動く。

赤い鰐鱗の足を、バタバタさせて動かした。

クロコノイドの泳ぎは、人間の泳ぎと一緒だ。

足の先端には、エラがあるので水はかきやすい。


イエンツーユイは体を魚のように体をくねらせた、泳いで素早く距離を詰めた。

待ち構えたコノシロが、大きく長い槍を振り回す。

棘珊瑚の長い槍の間合いは、かなり広い。

それでも素早い泳ぎで、棘珊瑚の間合いを簡単にかわすイエンツーユイ。


「やはり動きは、速いようだな」

だけど、すぐに重そうな槍を軽々と切り返すコノシロ。


イエンツーユイの腰には、二本の剣があった。

左手には、既に剣を持っていた。

腰に残っていた剣を右手で抜いた、イエンツーユイ。

両手をクロスさせて、防御に回してきた。


「この一撃で!」

切り返して、体重を乗せた一撃を振りかざすコノシロ。

巨漢のマーマンの重たい一撃は、迫力があった。

コノシロは圧力で、小柄のイエンツーユイを押し潰してきた。

足が地面に着いていないので、力勝負では押し相撲と同じだ。


そんな中でイエンツーユイの体が、後ろに押されて……いなかった。

コノシロの槍を、堂々と受け止めていたイエンツーユイ。


後ろに一歩も引かずに、イエンツーユイはその場にとどまっていた。

歯を食いしばりながら、眉間にしわを寄せるコノシロ。

冷めた目で、コノシロを見上げるイエンツーユイ。


「それが全力?」

「うぬぬっ!」

コノシロの腕の筋肉が震えていた。槍を振り下ろす腕の筋肉が、張っていた。

力で押し切ろうとするコノシロに対し、イエンツーユイは努めて冷静だ。


「なぜだ、俺の力が……」

体の大きなコノシロが、逆にイエンツーユイに押されてしまう。

後ろに退いたコノシロは、交えた槍を下げた。

力勝負で、分が悪いと判断したコノシロが離れようとした。


だけど、イエンツーユイはわずかな隙も逃さない。

そのまま、イエンツーユイが剣を振りかざしてきた。

一瞬で予備動作もほぼない、無駄のない一撃でコノシロの自慢の右腕を切った。


「くっ、こいつ……」

傷は浅いが、コノシロにはそれ以上にダメージがあった。

傷以上に、プライドを傷つけられた。

小さなクロコノイドに、大きなマーマンコノシロが完全に弄ばれていた。


「本気を出しなさい」

「なめやがって」

コノシロは、冷静さを失う。

鬼気迫る顔のコノシロは、巨大棘珊瑚の槍(バッリンチャク)をグルグルと回し始めた。

水の中で出来上がるのは、人工的に作られた渦だ。


「この技を、俺に使わせたことをお前に公開させてやる!

俺の最強奥義、槍渦(スピアプール)をな!」

発生させた大きな渦が、イエンツーユイにまっすぐ向かっていった。

二本の剣を両手に広げて、迫る渦を見ていたイエンツーユイ。


「さあ、渦でお前を切り刻め!」

だけど、イエンツーユイはためらいもなく渦に剣を突き刺した。

両手首を動かして、渦に突き刺す剣。

刺された渦は、力強く回っているが徐々に回転スピードが落ちていく。

両手の剣で、そのまま渦の勢いを弱めていく。


「馬鹿な!」

口を開けて驚いていたコノシロが、渦が弱くなっていくのを見ていた。

目の前の渦が、イエンツーユイの剣で相殺されて勢いが消された。

そして、渦がコノシロの前で完全に消滅した。


「う、嘘だ!」

おののいたコノシロに、そのまま素早い泳ぎで華麗に切り込むイエンツーユイ。


「じゃあ、今度はこちらから。鰐剣(クロコブレード)

両手を合わせて、二本の剣を握った。

そのまま、剣を振り上げて振り下ろす。

振り下ろした瞬間、イエンツーユイの前に水の刃が発生して飛んでいく。


イエンツーユイが放つ水の刃が、コノシロにめがけて向かっていく。

素早い水の刃が、コノシロの体をすり抜けた。

一瞬で消えた水の刃は、コノシロの脇腹を深く切りつけた。だけど、血は流れない。


「ぐはっ!まさか……そうか、思い出したぞ。

イエンツーユイ…先の大戦で我がマーマン軍を滅ぼした……クロコノイドの左将軍だった…のか」

イエンツーユイの後ろで、コノシロが意識を失った。

巨漢のマーマンもまた、水中を漂っていた。


「敵将、コノシロを打ち取った。

私たちの軍よ、この『ルビア海域』を支配するのだ!」

イエンツーユイの勝ち名乗りとともに、近くで戦っていたクロコノイドの兵士も歓声を上げた。


彼女の勝利とコノシロの死亡は、瞬く間に戦場に広がった。

それは兵士の士気に影響し、周囲の戦況を一辺とさせた。

半魚人軍は混乱をして、逃げ出すようになる。

その半魚人軍を、クロコノイドが追い打ちをかけていった。


この日、ルビア海域戦はクロコノイドが制した。

半魚人軍三千は、クロコノイド軍二千の兵に敗れてルビア海域から撤退を余儀なくされた。



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