019
(YENTUYUI’S EYES)
イラーク海域は、どこも狭い。
昨日の軍議で、参謀ベタの言うとおりに私は進軍していた。
生えている植物のような岩の柱は、軍の侵攻を阻む障害物だ。
私の軍は三千、サハギー様が三千。
戦場で、参加している兵士は現在六千だ。
敵の兵士は、密偵からの報告で八千だと聞いていた。数の上では劣勢だ。
「それと、今回は四天王の一人ビアスが率いる。
土地勘もあり、かなりの苦戦が予想されます」参謀ベタの言葉だ。
ビアスと、閉所と、兵力差。戦いながらも、考えることは多い。
今のところ私たちの部隊は交戦状態ではないので、いろんなことを考えながら泳いでいた。
「今回は、かなり難しい戦いになりそうですね」
隣を泳ぐ私に、近づくのはニギスだ。
茶色い鯨革の鎧を着ている老練のクロコノイドは、私のそばを泳ぐ隊列だ。
この部隊の副官のニギスは、部隊のほぼ中央で泳ぐ。
周りにはクロコノイドの兵士たちは、いずれもルビアから出陣した私の部下だ。
「そうだな」
「難しい顔をされていますが、何が気になっているのです?」
「敵を率いる天才軍師のビアスだな」
「戦った経験は、あるのでしょう」
「あるが、姿は見たことがない」
「二年前の大戦ですか?あの戦いに、わしは参戦していませんが、やはり強かったのです?」
「ビアスの作戦で包囲網に阻まれて、エツ様とゴンスイ様が孤立した」
「話は聞いております。
イエンツーユイ様が、タートリアに助けを求めて援軍を要請。
タートリアを中心とした南洋四種族同盟で、勝利を収めたと」
「だが、セビド砦には同じ四天王のトルスク将軍はいたのだが、ビアスの姿は見かけなかった」
前を泳ぎながらも私は、前回の大戦を思い出していた。
戦場に立つのは、強い将軍だ。
直接戦った、トルスク将軍は今でも覚えていた。
半魚人最強の『守護神』と言われ、死ぬ間際も立ち泳ぐ姿は鬼神そのものだ。
二年経った今でも、私はあのときの感覚を鮮明に覚えていた。
だけど軍師ビアスは、顔すらも見たことがない。
どのような半魚人なのか、想像もつかない。
「軍師というのは、そういうものです。
常に安全な場所で、軍を動かす。軍隊の脳のような存在ですから」
「そういうモノか?」
「そうですか、わが軍の軍師……参謀のベタ様は、今回出陣されておりますが……」
「クロコノイドは、好戦的だな」
「イエンツーユイ様ほどではありません」
ニギスに言われて、私は前を向いていた。
「確かに、私は戦い以外を取ったら何も残らないだろう」
「そのようなことはありません。
イエンツーユイ様は、エツ様にとても気に入られているのでしょう」
「私は、皇帝に贔屓されて将軍になったわけではない」
「わかっていますとも」
にこやかに話しているニギス。
老齢のクロコノイドだけど、私と話すときはいつもにこやかだ。
それとも、無表情の私を単にからかっているのだろうか。
「イエンツーユイ様、二人も初陣に連れて行くのですか?」
「ああ」私の後ろには、ベージュとメルルーサがいた。
棘珊瑚の槍のベージュと、防衛用の巨大盾を持つメルルーサ。
長い行軍で、疲れが既に見えていた。
それでも双子の新兵は必死に私たちの泳ぎに、食らいついていた。
「彼女たちを、期待されているのですね」
「腕は確かだ。あの戦いを見れば、連れて行くのが自然だろう。
ただ、経験不足な所は否めないが」
「まあ、行軍の遅れが目立ちますね。
初陣ですから、仕方ありませんが」
「それでも、新兵の中には逃げ出す者もいる。
子供ではあるが、着いていこうとする気概は買っている」
「いい、評価ですね」
ニギスは、真剣に私の話を聞いていた。
そんな時だった、前のほうが騒がしくなった。
「どうした?」いち早く反応したニギスが、前の兵士に声をかけた。
そのあと、すぐにクロコノイドの死体が流れてきた。
「大変です、敵軍です」
「マーマンか?マーマンの将軍か?」
「半魚人軍ではありません、スキュラです。
相手は、オコゼヘッド率いるスキュラの伏兵です」
クロコノイドの兵士が、慌てた様子でニギスに報告していた。




