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水の中の戦争  作者: 葉月 優奈
一話: クロコノイドの皇帝
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015

セビド砦は金属の要塞だが、見た目と違い平屋だ。

水の中を泳ぐ深海の種族に、二階や三階は不要。

砦が見下ろせる一番見晴らしのいい場所に、その部屋はあった。


砦の上の個室から、下の中庭が見えた。

この深海には、空が見えないしそもそも地上も見えない。

七千メートルの水深で、いくら泳いでも地上にもたどり着けない。

そもそも、地上の存在を私たちはよく知らない。


太陽の光もないが、この深海世界では昼と夜の概念がないわけではない。

深海の中庭にある時間を図る砂時計、砂時計の反点数で時間を管理していた。


現在は夜の九時ごろ、エツ皇帝が最上階の部屋にイエンツーユイを招いた。

最上階から見える外の景色は、光の砂でいつでも明るい。

夜九時なので、中庭では訓練はしていない。


狭い部屋に、机と本棚と大きなベッド、それから武器箱が置かれていた。

ちなみにクロコノイドも、睡眠は必要だ。

半魚人と違い、人間と同じようにベッドで眠るのだ。


「セビド砦の攻略から二年、これもお前のおかげだ」

窓に向いた机の椅子に座りながら、皇帝エツは話し始めてきた。

部屋の中では私が立っていたが、小さな椅子をエツ皇帝が差し出してきた。

私は皇帝陛下に促されて、椅子に座っていた。


「あの戦いは、多くのものを失った。戦争はいつも、得るものばかりではない」

「そうだな。だが、戦わないと私たちは滅んでいたかもしれない」

「ああ、そうだ」

エツ皇帝は机から、一本のガラス筒を手渡した。

中には、茶色の液体が入っていた。


「これは?」

「酒ぐらい、知っているだろう。半魚人共の文明だ」

「酒……どうやって飲むのです?」

「このストローというものを、ガラスの筒の先端に指す。

ストローを口元に当てて、こうやって飲む」

エツが、言葉通りに私に飲んで見せた。

私が渡されたガラスの筒の隣には、細いストローがついていた。

ストローは、海藻を丸めて作られた太めのストロー。

付属のストローを、ガラスの筒に指して私が口を近づけた。


「どうだ?」

「うまいな、これは……」顔が赤くなっているエツを、私は見ていた。

「うまいだろう、気持ちよくなる飲み物だ。

半魚人は、勝利の後にこの酒というのを飲む習慣がある」

「そういうもの……」だけど、私はぼんやりとしてきた。

酔いが回ってきたのか、鰐も鱗の中の顔が赤くなっていた。


「イエンツーユイ、今回の戦いもお前が頼りになる」

「うむ……」ぼんやりする、これは毒なのだろうか。

私は意識を保つことが、だんだんと難しくなった。

激しい眠気に、襲われて思考がうまくできなくなっていた。

それでも、なんとか必死に正気を保とうと精神を維持させていた。


「ルビア海域戦と言い、今度のイラーク海域での戦い。

だが、それは二年前からの大戦からだな。いつも俺は、お前には頼ってばかりだな」

「はい、私は軍人。敵を倒すのが仕事です」

「イエンツーユイよ。お前は皇帝には、興味はないのか?」

「ありません」私は、そこははっきり答えた。


「そうか、本来は一番強いものが皇帝になる。

今のクロコノイドの中では、腕っ節だけならばお前が一番強いだろうな」

「そうですね、私が一番強い……」

口に出して、私は「しまった」と思ってしまった。

心の中に秘めていた、自分の強さの自信を皇帝エツの前で暴露していた。

これも酒の影響だろうか。思考しようにも、酒の酔いが回って追いつかない。


「も、申し訳ございません」慌てて謝罪する私。

「ははは、さすがよのう。軍神イエンツーユイ」

「私は戦うだけ、兵を倒すだけの存在ですから。

それでも、いつも戦うときには不安が襲うのです。

この敵に、勝てるのだろうかと。いつ、私が負けるのだろうかと」

「イエンツーユイが、負けるのか?考えられぬな」

酒を飲みながら、エツが頷いていた。

それでも、私は酒で朦朧としているのがはっきりと見えた。


「しかしこうして二人で話すのは、軍学校の事を思い出しますね」

「あ、ああ」

「子供の頃でしたか、私とエツが訓練で戦って……百番勝負をしたわね」

「ああ、そうだな」

「忘れたんですか?五十戦朝から晩まで戦って、五十勝五十敗。

私は今でも、勝ち越していますから。

それより、エツ……最後の一戦を覚えていますか?」

「ああ、覚えていないな」エツは歯切れ悪く、私に言ってきた。

エツの顔が、二重に、いや三重にも私から見えていた。

それと同時に、私の体が火照ってきた。


「エツ様」

「なんだ?」

「眠いです」

「眠いのか?」

エツの言葉に私が、女を見せた。

普段は強い女将軍の姿だけど、部屋の目の前にいるのは女のイエンツーユイだ。


「暑い」と色気のある声で、私がコートに手をかけていた。

そのまま、コートを脱いだ私は大きなベッドを見つけた。


「眠くて……暑い」そのまま私は、キングサイズのベッドに倒れこんだ。

顔を赤くした私が眠る姿を、エツは茫然と見守るしかなかった。


(酒に弱いのか、イエンツーユイは?)と思いながら、彼女の色気にエツは息をのんでいた。



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