表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水の中の戦争  作者: 葉月 優奈
一話: クロコノイドの皇帝
14/56

014

この会議を招集したのは、上座に座るエツ皇帝だ。

延べ百万の人口とも言われるクロコノイド皇帝は、今回の会議を招集した人物だ。

『エツ・ロッシーニ』彼は皇帝であり、クロコノイドの最高権力者だ。

会議室の上座に座っているエツは、ほかの重鎮を見下ろしていた。


「まず、最初に話をしようと思うが……俺の隣に座るベタ・ロッカートを新しい三銃士に推挙するが良いか?」

「異議はありません」私は手を上げて肯定した。

「はっ、有り難き幸せ」

太った黄土色のクロコノイドが、立ち上がり手を腰に当てて頭を下げた。

ナヨシは行儀よく、サハギーは退屈そうな顔でベタというクロコノイドを見ていた。


「うむ。では、ベタよ『海侍中』に任命する。

同時に三銃士として、イエンツーユイ、ナヨシ両名と共にクロコノイドの発展に努めよ」

「ははっ」畏まったベタは、再び頭を下げた。

その後、ベタは椅子に再び座った。


「エツ皇帝」

「おお、そうだったな。

今回は、盟友テンタルス軍のコチ王よりサハギー大都督が参戦することとなった」

「おう、よろしく頼むぜ」

あっさりとした挨拶をしたサハギー大都督。いつも通りの彼らしい、挨拶だ。


「それで、皇帝陛下。今回はなぜ、三銃士とサハギー殿を呼んだのですか?」

「まずは、現状報告だ。

前回、ルビア海域をイエンツーユイ軍の部隊で、コノシロ軍を壊滅。

その後、ルビアを俺たちの支配下に置いた」

「はい」私は頷いた。

「報告書にも、あったのだが……敵将コノシロ将軍を討伐。戦死というのは本当か?」

「ええ、私が倒しました」

「さすがはわが軍一、二を争う大将軍様。

イエンツーユイ様、お見事でございます」褒めるベタ。

私はその褒め言葉を、無表情で受け止めていた。


「ベタよ、地図を」

「はっ」エツに促されて、ベタが座ったまま動く。

小太りのベタが、両手の手のひらを合わせて口元に近づけた。


すると、壁に掛けられた大きな地図が動き出した。

ここは、水中だ。地図が動いた原理は、水流だ。

その水流を作ったのは、ベタ。彼の能力だ。


ベタは『水流魔術師』だ。

『水流魔術師』は水の流れを変化させて、モノを動かす魔術師。

間もなくして、エツの前に壁にあった重そうな地図の板が円卓に置かれた。


「現在、前の戦いでルビアを占拠しているのだろう」

「はっ!」

「つまり俺たちの軍の前線基地は、ルビアということになるな」

「ルビアの支配を強化し、防備を固める事がよろしいかと思います」

「ふむ、ベタよ。占ってみよ」

「了解しました」

ベタはいつの間にか、右手に、筮竹(ぜいちく)という占いの棒を持っていた。

彼の回りには、水の流れが見えた。

規則的な水の流れを、筮竹を持った右手を回しながらつっこんだ。


これは、水流魔術師のベタが得意とする水流占術だ。

筮竹の遮断により変わった水の流れで占う、水流魔術師の独特の占い。

私には、よく分からないがベタには分かるのだろう。

難しい顔を見せた、ベタは筮竹を口にくわえた。


「ルビアよりさらに北が、吉とでどういう意味だ?」

「北だと?」聞き返すのはナヨシだ。

「ああ。北の地図は、イラーク海域だ。時期はどうだ?」

「早計が、吉と出ております」

ベタの言葉を、エツは聞いていた。

私は、やはり占いがよく分からない。

だが、国の政でクロコノイドは占いが用いられるのは珍しくない。


「つまりは、どういうことだ?」

分からないのが、サハギー大都督だ。難しい顔を見せていた。


「今が、好機ということか?」

「はっ、その通りです」

「ということだ。イエンツーユイ将軍、半魚人の状況はどうだ?」

「現状は、半魚人軍の戦力が整っておりませぬ。

今の勢いのままなら、戦争することで勝利を収められましょう」

兵士に送った密偵の結果を、私は報告した。


「やはりな、今は半魚人軍が弱っていることか……チャンスだな」

エツ皇帝は、自慢げに胸を張った。

しかし、ナヨシは不安を表情に浮かべていた。


「ですが、まだルビア海域戦から三日ほどしか経っておりません。

私たちの軍も、戦力の再編成を行うべきかと思うのですが……」

「占いの結果を否定するのか?」ナヨシに対し、エツは不満そうな顔を見せた。

「否定はしませんが、兵士は前の戦いから日が空いておりませぬ。

疲労もありましょうし、戦後処理もあるでしょう。

イエンツーユイ将軍も、前の戦いが激しかったが故に疲れておりましょう」

「私は、大丈夫です」

私の無表情で放たれた言葉に、ナヨシは驚いた。


「ですが、皇帝陛下。ここは休ませる……」

「問題ない。いやむしろ、それが問題だ」

エツはナヨシの言葉を、切り捨てた。

若いながらも怖い顔で見るエツに、ナヨシは何も言い返せない。


「なぜですか?」

「簡単なことだ。半魚人共に戦力を整えさせないこと。

占いの結果は、つまりはそういうことだろう?ベタよ」

「そうだと思います」

「それに、ナヨシ左将軍。

半魚人軍と、我ら(クロコノイド)の戦力差をわかっているのだろう」

「はい、半魚人軍二万に我らの軍は一万。

サハギー様の加勢で、テンタルス軍は五千。合計一万五千。

ですが、現状では兵力で劣っております」

「なれば、まともに戦う消費戦をすれば俺たちの不利は明確だ。

勢いのある今のうちに一気に、センブレルまで陥落させるのが筋ではないのか?」

エツ皇帝のいうことは、正論だ。

私は、エツとナヨシの会話を黙って見ていた。


双方の話はよく理解していた。

戦力差は、半魚人軍が上。

だけど今、私たちの軍には勢いがあって、士気も高い。


ただ、ナヨシの言い分も理解していた。

この前、大きな戦いで兵士は消耗していた。

疲れが溜まっているのは事実で、多くの死者も出していた。

そんな会話の中で、エツ皇帝は私を見ていた。


「イエンツーユイ右将軍よ、君の意見はどうだ?」

「私は……皇帝に従います」

そうだ、私は軍人だ。

戦うために、兵を指揮し戦場を駆けるのが仕事。

いつであっても、どこであっても、敵が誰であっても変わらない事実。


「サハギー殿の意見は?」

「俺らは今回からの参加だし、いつでも戦えるぜ。

何なら、明日からイクラ……じゃなかったイラークだっけ?そこを攻めに行ってもいいんだぜ」

「おお、頼もしいサハギー大都督だ。

俺たちの軍は、一気にイラーク海域の奪還へと向かうとしよう。

それでよいな、ナヨシ左将軍?」

「はっ!否定する道理は、ありませぬ」

多数決で、押し切られたナヨシだ。

彼の顔には、不満の色はもう無くなっていた。


「皇帝陛下、一つ懸念材料があるのですが……」

「どうしたのだ、ベタ?」水流を見ていたベタに、エツが声をかけた。


「気になる黒い影が、見えました。

水流の流れの中に、凶なる存在を確認しました。

一人のマーマンの姿が、出てきまして……彼には気をつけるべきかと」

「それは誰かな?」

「四天王ビアスに、ございます」

ベタは、静かに言い放っていた。


半魚人軍の四天王、ビアス。

現存する半魚人四天王の中で、一番の古株だ。

天才的な頭脳の持ち主で、二年前の大戦でも苦戦を強いられた天才軍師だ。

半魚人族はもちろん、クロコノイドやほかの種族でも名の知られた深海の有名人だ。


「ビアス軍師が、まだ半魚人軍に残っている。

彼が半魚人四天王の中で、一番厄介な相手と言っていいだろう。

ましてや次の戦いでは、間違いなく彼を投入してくるだろう。

なにせ、イラーク海域はビアスにとっては彼の出身地でもある。

それに、イラーク海域は岩場があって軍を動かしにくい」

「それなら、わが軍が役に立ちましょう」

サハギーが、四本の手で自分の顔を指さしていた。

いや、テンタルスの二本だけの指でサハギーをアピールしているように見えた。


「そうだな。格闘戦闘をメインとするテンタルスには、有利な戦場ではある。

だけど、地の利はやはりビアスのいる半魚人軍。

彼の知謀には、特に気をつけねばならない。

ベタよ、お主が軍師として戦うならどうする?」

「兵士を、おそらく岩場に配置するでしょう。

ビアスは伏兵が得意な男だし、岩場に兵士を隠しやすい」

「では、イエンツーユイ将軍。ビアスどの知謀を、どう思う?」

「ビアスの戦い方は、後ろ向きだ」

私の言葉を皇帝エツは、難しい顔で聞いていた。


「なるほど、そのような判断か。経験があるお前らしい」

「エツ皇帝も、戦っておりましたよね?

前の大戦で、この砦の防衛にビアス将軍はいました」

「そういえば、そうだったな」

一瞬、不思議な反応を示したエツ皇帝。

すぐに、冷静な顔で私を見ていた。


「最も今回は、最強の『守護神』と言われたトルスク将軍はいない。

半魚人最強の将兵がいないのは、こちらにとって有利に働くかと思います。

あとはイラーク海域のルートを絞り、伏兵に対応すればよろしいかと思います」

「確かに、入り組んだ岩場での戦闘だ。

俺たちの軍の武器では、戦いにくそうだ。

戦略やルートに関しては、ベタ参謀に一任する」

「畏まりました」

エツの言葉に、立ち上がってベタは頷いていた。


「サハギー殿、イエンツーユイ殿と前線に向かってくれるな」

「勿論、俺はいつでもいけますぜ」サハギーは座ったまま応じた。

「これはこれは、豪胆で頼もしい。

イエンツーユイは本隊を指揮し、ルビアから進軍を。

進軍ルートはベタ参謀に相談し、イラーク攻略を頼む」

「了解しました」席から立って私は敬礼した。

「ナヨシよ、お前はイエンツーユイ将軍がいない間のルビアの防衛だ。

万が一、前線が窮地に立たされた場合は、援軍を頼むぞ」

「はっ」ナヨシも又、立ち上がりエツ皇帝に敬礼した。


「よし、会議は終わりだ。それとイエンツーユイ将軍」

立ち上がろうとした私に、エツが声をかけた。


「エツ皇帝、なんでしょうか?」

「久しぶりに会ったのだ、俺の部屋で一杯やらないか?」

エツが緊張をほぐしたにこやかな顔で、私のことを誘っていた。

嫌がる様子もなく、私は黙って頷いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ