013
――セビド砦・大会議室――
翌日、ホエールスレイは無事にセビドにたどり着いた。
あの後は、野良シーワームのようなモンスターの襲撃も無かった。
辿り着いたセビドは、金属柱の無機質な建物だ。
建物自体が、鉄の壁になっていて深海世界随一の要塞だ。
セビド砦は、実際北洋と南洋の二つの海の境目にあり麓の水中都市セビドは大都市だ。
砦の中の壁も、鉄の壁だ。
初めてここに入ったときは、半魚人軍が占拠していた。
迷路のように入り組んだ通路を抜けると、会議室に辿り着いた。
会議室に通されたのは、ホエールスレイに乗っていた乗客の中で私一人だけ。
重厚な鉄の壁に、中央には大きな円卓がある会議室。
壁には、大きな海の地図が見えた。
会議室に入った私の前に、一人の男が姿を見せた。
「久しぶりだな、イエンツーユイ殿」
白い肌に四本の足と、六本の手。
四足歩行の大きな喋る烏賊が、私に声をかけた。
顔は人間の顔、ソフトモヒカンの金髪の男。背は当然私よりもずっと高い。
蛸の吸盤柄の黒ジャケットを着ていて、白い腕が六本伸びていた。
四本の触手のような足を曲げても、私よりもずっと大きかった。
彼の名は、『サハギー・ギメルソン』。
烏賊種と呼ばれる種族、最強の戦士にして、地位は大都督だ。
テンタルスというのは、白い肌の種族で、手が六本と足が四本いう独特の姿が特徴の種族。
ポセイドンにより加護を受けた種族だ。
「サハギー将軍も、軍議に呼ばれていたのか?」
「ああ、我がテンタルスもお前たちと手を組んでいるのだからな。
コチ王は、クロコノイドと同盟を結ぶことを選んだし」
「タートリアとの同盟関係は?」
「破棄した。まあ平和を好む亀とは、馴れ合うつもりは無かったし」
「そうか、それはいい判断だ」
サハギー大都督は、私と嬉しそうに会話をしていた。
「それにしても、ルビア海域戦の勝利おめでとう。
イエンツーユイ右将軍殿」
「あれぐらいなら、私たちのクロコノイドの力をもってすれば造作もない」
「お前はすごいよ。前の大戦でも、この砦を奪ったのはお前らクロコノイドの軍だろう」
「私がしたのは、砦の守護者トルスク将軍を倒しただけだ」
「それが、一番スゲえんだよ!」
サハギーが、白い腕で私の肩をバシバシ叩く。
力加減が無いのか、少し痛い。
それに対し私は、冷めた目でサハギーを見ていた。
「私は一人でトルスクまで、たどり着けたと思っていない。
各人がしっかり働いて、私が代表してトルスク将軍と戦った。それだけだ」
「だが、相手は『半魚人の守護神』と言われた四天王筆頭のトルスクだぞ。
クソ強くて、クソ硬いおっさんだけど、化け物のような半魚人。
シーワームの攻撃を食らってもビクともしない、屈強な男。
武人なら一目で分かる、あれはモンスターだ」
四本の手を広げて、首を横に振るサハギー。
「確かに、トルスクは強かった。モンスターと変わらないタフさがあった」
「けど倒したのは、お前だ。イエンツーユイ右将軍」
「私を持ち上げても、何も出ないぞ」
「いやあ、俺は嬉しいんだよ。
強いやつと一緒に戦える、イエンツーユイ将軍と共闘……いや殺しができるからな」
興奮気味のサハギーの話を聞き流しつつ、静かに私がそばの席に着く。
足のあるクロコノイドは、そのまま椅子に座っていた。
部屋の中央にある円卓には、既に一人のクロコノイドが座っていた。
なぜか、気難しそうな顔で私たちを見ていた。
「ナヨシ殿も来ていたのか」
私の反対側に座っていたクロコノイドは、灰色鱗に薄水色の鎧だ。
鎧は金属製で、マントもついていた。
クロコノイドの顔は、青年風で眼鏡をかけていた。
知的な雰囲気のクロコノイド、彼の名は『ナヨシ・シュレーム』。
私と同じクロコノイド三銃士の一人で、官位は左将軍と一つだけ私の官位より低い。
「イエンツーユイ殿、お久しぶりです」
椅子から立ち上がって、私に頭を下げたナヨシ。
「ナヨシ様、そちらもお元気そうで」
私は椅子に座り、ナヨシに挨拶をしていた。
右将軍と左将軍、官位は私の方が一つ上だ。
そのまま、ナヨシが私に敬礼をして頭を下げて椅子に座り直した。
「イエンツーユイ様は、サハギー将軍と知り合いですか?」
「前回の大戦で、一緒になっただけだ」
「コイツ、オドオドしているんだぜ」
サハギーが、ナヨシをからかっていた。
「オドオドはしていない。テンタルスとは、相対するのは初めてだよ」
「そうか。二年前の大戦に、ナヨシは参加していなかったからな」
「正直、前線は苦手で戦いに参加しませんでした」
ナヨシは、恥ずかしそうな顔で引き下がった。
サハギーは、軽蔑の目でナヨシを見ていた。
「そういえば、ナヨシ殿。今日の軍議に関して、何か聞いていないか?」
「おそらく、三銃士の昇格ではないでしょうか?」
「ふむ」
「実は、侍従のベタ殿が三銃士に昇格される見込みだと情報を得ました」
ナヨシが話すが、サハギーは退屈そうに椅子に座っていた。
テンタルスの椅子は、背もたれがない。四つ足を、器用に絡ませて着席していた。
「ベタ殿か……確かに最近の戦果はめざましい」
「『海侍中』に任命され、事実上の参謀になられるとか」
「ふむ、ベタ殿は確かに、軍略家だ。
彼を取り立てて、半魚人軍との戦いに戦力を編成したのだろう」
「私は戦いたくありませんが……」
「弱気なことを、言っているんじゃねえよ!お前はよ」
ナヨシの言葉に、サハギーがすぐさま突っかかった。
「すいません、戦うのが苦手で」
「まあ、いいや。俺とイエンツーユイで、半魚人共をぶっ倒せばいいわけだし」
「そうだな」興味なさそうに私が、聞き流していた。
そんな中、会議室の中に兵士が入ってきた。
緊張したクロコノイドの兵士は、ドアの両側に立ち敬礼していた。
それを見た瞬間、私とナヨシは立ち上がった。
「エツ様が入られます」
兵士がドアを開けると、ドアの中から二人のクロコノイドが姿を見せた。
どちらも男性だ、一人は小太りのクロコノイド。
黄土色の鱗に、青い蟹甲羅の鎧を着ていた。
恰幅のいい黄土色の鰐頭には、細い目が見えた。でも、存在感は強くない。
黄土色のクロコノイドの隣には、もう一人クロコノイドがいた。
若い青年風の顔に、黒い鰐鱗。青く肩幅のあるコートを着て、若いのに威厳が感じられた。
厳格に歩く若いクロコノイドは、堂々としていた。
その姿や、存在は紛れもない。
「エツ皇帝に、敬礼!」
若く黒い鱗のエツに、私たちは敬礼した。
会議室にいた、クロコノイドのナヨシと私が敬礼をしていた。
同時に、一緒に泳いでいた黄土色のクロコノイドも立ち止まった。
黄土色のクロコノイドも、エツ皇帝に敬礼をしていた。
そのまま、エツ皇帝は円卓の上座に座っていた。
黄土色のクロコノイドも、皇帝の着席を見届けた後、皇帝のすぐそばにある空席に泳いでいった。




