010
ニギスが呼んできた二人のクロコノイドは、明らかに子供だ。
クロコノイドの成長も、人間と同じように成長期になると身長が伸びる。
子供なので、頭が大きく見えた。
二人とも白い鰐頭で、一人の子供の顔が無邪気な雰囲気の子供。
白い鱗を、同じような白い色のセーラー服を着ていた。
セーラー服に、短いスカート。新兵の一般的な服を着た女の子供。
背負っているのは、小柄な体よりも長い棘珊瑚の槍。大きな切れ目で、私に近づいてきた。
「へー、赤い鱗。珍しい」
女の子が、私の鱗をジロジロと見てきた。
私の近くで、顔に手を当てながら私のことを観察していた。
厚かましいというか、無邪気というかそんな雰囲気の子供だ。
「ユナ・イエンツーユイ様ですか?」
もう一人の女の子が、私に聞いてきた。私は無言で頷いた。
後ろから、怯えた様子で聞いてきたのが同じように白い鱗と白いセーラー服の女の子供。
少し離れたところにいる女の子も、近づいていた女の子と見た目はそっくりだ。
違いがあるとすれば、背負っているモノぐらい。
離れたところにいる女の子は、大きな金属の盾を背負っていた。
防衛兵だろうが、やはり小さな体に合わない大きさの盾だ。
「でも、綺麗……赤い鱗」
「うん、イエンツーユイ様のキレイな鱗。
赤いし、すごいね、ベージュお姉ちゃん」
「触ってもいい?」
私のそばにいた活発な女の子が、聞いてきた。
私の答えを待たずに、そのまま私の足を触ってきた。
スカートにロングブーツを履いている私の赤い鱗を、ためらいも無く触ってきた女の子。
「お、おい。何をする」
「なんか、この鱗スベスベするよ。メル」
「本当、メルも触りたい」
「お前達……」もう一人のおとなしい女の子も、私に近づいて足を触る。
初対面のクロコノイドに、いきなり足をさらわれたことは無い。
初めてされた対応に、困惑する私。
「ははっ、双子は既にイエンツーユイ様をお気に入りのようですな」
奥から、老人クロコノイドのニギスがにやけて現れた。
私は、横目でニギスを睨む。足を子供に触られながら。
「ニギス殿、これはどういうことだ?」
「どういうことではない。彼女たちが、先ほど言った新兵ですぞ。
双子の姉妹で、そちらの活発な子がベージュ、おとなしい子がメルルーサ」
「まだ、子供ではないか!軍学校も卒業はして……」
「しておるぞ、なにせ二人は優秀な双子だからな」
ニギスの言葉を受け、双子の女の子は私から離れた。
「『ベージュ・カシメロ』、および『メルルーサ・カシメロ』。
ただいまよりイエンツーユイ様の部隊に配属になった新兵です。
以後、よろしくお願いします!」
突然、きりッとした態度で声を合わせて私に敬礼した。
二人は、軍人らしく上官である私を見上げていた。
姿勢がいい双子の動きは、完全にシンクロしていた。
珊瑚の槍を持っているのが、ベージュ・カシメロ。
大きな盾を背負うのが、メルルーサ・カシメロ。
私もまた、二人と同様に敬礼していた。
「私の名前は、ユナ・イエンツーユイ右将軍。三銃士筆頭だ」
「はっ、イエンツーユイ様の部隊に配属になりました。
我が軍は、現在……」
「半魚人軍と交戦中です。
イエンツーユイ様の軍は、前線に赴き半魚人軍と戦うことにあります」
答えたのは、メルルーサ。
「そうだ、半魚人軍を倒すことが目的になる」
「つまり、いっぱい半魚人を倒せば出世するって事よね?」これはベージュだ。
「そうだ、私の軍は半魚人との直接戦うこともある。命の危険だってある」
「大丈夫です。ベージュ、メルルーサ両名は命をかけて戦います」
ベージュと、メルルーサは、見た目以上に凜々しい。
女の子なのに、言葉に強さがあった。
こういうクロコノイドは、芯が強い。子供からでも、私はしっかりと強さを感じられた。
「イエンツーユイ様、お気に召されましたかな?」
「うむ、新兵にしては、見所があるな」
「二人は、元三銃士の一人、ユウゼン・カシメロ将軍の娘だぞ」
「ふむ、なるほど」名前を聞いて私は、理解した。
双子に視線を合わせるために、私はその場にしゃがみこんだ。
「あの時は、すまないことをした」
「なぜ謝るのです、イエンツーユイ様」
「そうですよ、悪いのは半魚人どもです」
「それでも、私たちはユウゼン様を救えなかった。
だが、今度はお前達を守らないといけないな」
「いえ、守ってもらえなくて結構です」
私の言葉に、右手を突き出してはっきり言い放つベージュ。
隣のメルルーサも、両手を握って私を見ていた。
「そうです、メルたちは軍人です。兵士です。
戦ってイエンツーユイ様のお役に、たってみせますよ!」
「そうか、これはとても頼もしいな」
私は、微笑んで二人を見ていた。
ベージュは無邪気に笑い、メルルーサは勇ましい。
見た目通りの子供だけど、心は軍人だ。私も覚悟を決めていた。
「彼女たちを、私が育成するのだな?」
「そうだ、できるな?」
「了解しました」
私はニギスからの教育を、引き受けることにした。
すぐに立ち上がった私は、近くにあったサンゴを丸めた棒を手渡す。
訓練用の二本の棒を、ベージュとメルルーサに手渡す。
「とりあえず、お前たちの腕を確認する」
私もまた、訓練用の棒をもって立っていた。
ブラウスにロングスカート姿の私は、訓練用の珊瑚棒を手にした。
双子から離れて、普段通りに構えた。
長い珊瑚棒を構えた私に対し、ベージュとメルルーサは身震いしていた。
「これが将軍の……」
「威圧感……」
二人は、現役将軍の威圧感をはっきり感じた。
立っただけで、強さを感じていた。
私の顔つきの変化を感じて、怯えているのが私から見えた。
「お前達も武器を持て、背負っている武器でもいいぞ」
「でも、これ……痛いよ」ベージュの背中には、棘珊瑚の槍。
一般的な兵士が使う武器で、メルルーサの金属の盾も大きく重い。
「問題ない」
「分かった」ベージュは、渋々槍を握った。
「メルルーサ、武器を持ってもいいぞ」
「メルは盾で十分です」
メルルーサも重そうな盾を、構えていた。
いつの間にか、周りの訓練兵が私たちの戦いに注目していた。
ニギスも顔の髭をいじりながら、戦いを眺めていた。
「こい」短い私の声にベージュと、メルルーサが同時に飛び掛かった。
ベージュが、長い珊瑚の槍を振り上げていた。
単調な動きのベージュ、槍は長いけど攻撃は当たらない。
私は冷静に棒をよけて、そのまま素早く棒を振りかざす。
「いっ!」
ベージュの右手を、強く叩いてベージュは持っていた棒を落とした。
メルルーサは、私の背後に回って盾を突き出す。
しかし、私の棒が早かった。メルルーサが盾を突き出す前に、右手をスルリと伸ばす。
そのままメルルーサの盾の左脇腹に、私は棒で殴っていた。
「ああっ!」
小さく軽いメルルーサは、棒で殴られて吹き飛ばされた。
盾ごと持ったメルルーサは、壁に叩きつけられた。
「どうした?」
倒れたメルルーサと、右手を痛そうにしながら珊瑚の槍を拾うベージュ。
堂々と立っている私は、双子のほうを冷めた目で見ていた。
動きが圧倒的だし、強さも格が違う。
まだ二人の動きは粗いが、攻撃のタイミングは合っていた。
(攻撃の仕掛け方は悪くないが、まだ個々の動きが弱い)
冷静に、私は二人の能力を分析していた。
「強い……」ベージュが悔しそうに唇を噛む。
震えているのが、起き上がったメルルーサ。
盾を構えて、壁を背にしていた。
「お前らはまだまだ弱い。
そんなのでは、ユウゼン様の仇は取れないぞ。お前達は、半魚人を倒したいのだろう」
私が、二人を煽っていた。
「そうだよ、ベージュは強くなりたい。
ユウゼンよりも強くなって、三銃士になるんだ」ベージュの心は折れていない。
「うん、メルも頑張る」
メルルーサも、戦うのをやめない。根性を見せてきた。
(闘争心はあるようだ、いい兵士だ)
私は素直に立ち上がる二人を評価した、評価したが手を抜くつもりは無い。
そんな戦いをほぼ中央でニギスは、苦い顔をしていた。
何か、いけない事をしているのではと私のことを律しているそんな顔だ。
「イエンツーユイ様」戦闘訓練中に、一人の兵士が私に近づいてきた。
「どうした?」息を切らして、私に泳いで近づく兵士を私は見ていた。
「エツ皇帝から、書簡を預かっています。
『イエンツーユイ右将軍は、軍議のため至急セビド砦に向かえ』とのことです」
呼吸を整えた兵士は、持っていた書簡を読み上げた。
「そうか」
訓練の最中で、私は兵士の話に耳を傾けた。
私の背後でベージュは立ち上がって、泳いで一気に間合いを詰めてきた。
狙いは、私の背中。背後から奇襲を仕掛けてきた。
「ベージュ達は、弱くないっ!」
背後から珊瑚の槍で、私のことを貫こうとした。
だけど、私は冷静に振り返った。
同時に持っていた珊瑚の棒で、珊瑚の槍先を受け止めた。
受け止めた瞬間に、私は右足でベージュを蹴り飛ばした。
右足の蹴りは、ベージュのみぞおちに命中。そのままベージュの小さな体は吹き飛ばされた。
それに反応したのは、メルルーサ。
吹き飛ばされたベージュを、大きな金属盾で受け止めた。
何も言わずに冷めた顔でそのまま、私は再び双子に対し背を向けた。
何事も無かったかのように、書簡を持つ兵士から海藻紙の書簡を受け取っていた。
後ろでは、ベージュが「くっそー!」と叫ぶ声が聞こえていた。




