その9 王都攻略戦
―――宮廷魔導士のブラームス視点―――
マルス王子反逆。
その報を聞いたとき、ブラームスは耳を疑った。
ハンドレッドとかいう怪しげな集団を討伐に行ったはずのマルス王子が、何故反逆に至ったのか意味が分からなかったからだ。
そもそも、後ろ盾も何もないマルス王子は、反逆しようにも兵力がない。
報告を詳細に確認してみると、白騎士と共にハンドレット討伐に向かったマルス王子は、黒の騎士団と赤の騎士団と合流するや否や、白の騎士団の副団長ブランを殺害し、白騎士たちを粛清。黒の騎士団と赤の騎士団を引き連れて王都へと進軍を開始したようだ。
マルス王子と黒騎士たちの繋がりがよくわからない。クロムやワーレンがマルス王子と仲が良かったという印象はない。そもそもクロムたちは王都を嫌って、城にも顔を出さず、マルス王子と接点を持ちようがないのだ。
ただ、反乱を起こすには十分な戦力は持っている。
宰相のガマラスからは、魔導士団を率いて討伐に向かって欲しいという要請を受けた。
「王国の最大戦力である黒の騎士団と赤の騎士団を討伐しても良いのだろうか?」という不安が一瞬頭をよぎったが、逆に考えれば、彼らがいなくなれば王国のまともな戦力は魔導士団しかいなくなり、それはブラームスの地位向上にも繋がる。ガマラス以上の権力を持てる可能性もある。
頭の中で様々な打算を済ませると、ブラームスはガマラスの要請を受け入れた。
ブラームスは急いで魔導塔へと向かった。魔導塔は魔導士たちが日夜魔法の研究している城の施設で、宮廷魔導士ブラームスの拠点でもある。
向かいながらブラームスは娘のフラウのことを考えた。
フラウは魔法の天才だが、その反面、感情というものが希薄な子だった。幼いころから魔法を好んでいたが、それ以外の事にはまったく興味がない。そのフラウが婚約者であるマルス王子に、珍しく固執していたことを思い出したのだ。
ブラームスとしては、いつ死んでもおかしくないような立場に追い込まれているマルス王子との婚約など、とっとと解消したかったのだが、その話を切り出すや否や、フラウは激しく拒絶した。
親に反抗したい時期というのは誰にでもあるものだが、いきなり親に向かって雷撃をぶっ放して、屋敷を崩壊させる子供はそうはいないだろう。
このときは命の危機を感じて、婚約解消を無かったことにしたのだが、今回の報を受けて、フラウがどういう反応をするのか、ブラームスは気になった。
フラウがあの冴えないマルス王子の何をそこまで気に入っているのかわからないが、今回は反乱である。魔法以外の事にまったく興味のないフラウといえども、マルス王子が反逆者であるということくらいは理解してくれるであろう。
最悪、今回はフラウを出撃させずに、自らが魔導士団の陣頭指揮をとってマルス王子の討伐に向かえばいい、ブラームスは魔道塔に到着した時点で、そう結論付けていた。
ブラームスが魔道塔の扉を開けると、目の前にフラウが立っていた。後ろには魔導士たちがズラリと並んでいる。
既に報を聞いて、出撃準備を整えていたのだろうか? そうブラームスが考えたところで、フラウが口を開いた。
「父上、可愛い娘の一生のお願いを聞いて欲しい」
無表情な上に、思いっきり棒読みである。フラウは顔立ちだけなら可愛いが、表情は乏しく可愛げというものはまったくない。その娘の一生のお願いとは何か? ブラームスは嫌な予感がした。
「フラウ、今は緊急事態だ。マルス王子が反乱を……」
「引退」
「何?」
「家督を私に譲って、父上は引退」
人形のように生気のない顔でフラウはブラームスに引退を迫ってきた。
「魔導士たちもそれでいいと言っている」
フラウの後ろに控えている魔導士たちに目をやると、死んだような表情を浮かべている。絶対「それでいい」とは思っていない顔だ。一体、どういう説得をしたのだろうか? 最悪、魔法による洗脳すらありえる。
「いや待てフラウ。私はまだ引退するような年ではない。そもそも、家督を譲ろうにも、おまえは女ではないか。女は当主になることはできないんだぞ?」
魔法の才能ならフラウは傑出しているが、だからといって跡継ぎになれるほど貴族の世界は甘くはない。女性が後を継ぐなど、ほとんど例がない。
「嫌? 残念」
残念そうな表情どころか、顔色ひとつ変えずにフラウは答えた。全然、こちらの話を聞いていない。
それどころか右手が青く光り出している。無詠唱での魔法の行使。フラウが魔法の天才と言われる所以だ。
「待て、何をする気だ、フラウ? おまえは何を考えている?」
「反乱」
短く答えたフラウは魔法を発動させた。
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玉座の間に到着した僕を待ち構えていたのは、見るからに剣士、戦士、僧侶、魔法使い、スカウトという感じの、お手本のような冒険者のパーティーメンバーだった。
その奥には、父親である王が厳めしいような困ったような顔をして玉座に座っており、傍には相変わらずでっぷりと肥えたガマラスが控えている。ガマラスは余裕の表情だ。
魔法使いが何やら詠唱をしているが、恐らく僕を対象とした重力魔法グラビティだろう。久しぶりに身体が重たい。何というか懐かしさすら感じてしまう自分が悲しい。
「動けないでしょう、王子。魔法で拘束させてもらいましたよ? 突然の反乱には驚きましたが、こういうこともあろうかとAランクの冒険者たちを雇い入れていました。じきに周辺から救援のための軍も集まります。ここまでですな」
動きを止めた僕を見て、勝利を確信したガマラスが高らかに宣言した。とりあえず、僕を拘束するつもりのようだ。なので、冒険者たちはすぐに攻撃してくる気配はない。
とりあえず動きづらいので、腕輪を外すことにした。師匠から渡された体重が3倍になるというあの腕輪を。
ゴトリと腕輪を床に落とすと、一瞬で身体が軽くなる。
試しに剣を素振りしてみると、ヒュンと風を斬るような良い音が鳴る。今までよりも動きにキレがあるようだ。
「おい! どうなっている! グラビティをかけたんじゃないのか!」
身体が重くなるどころか絶好調になった僕を見て、冒険者パーティーのリーダーらしき剣士が、魔法使いの女の子に向かって叫んだ。
「かかってるわよ! 今あいつは間違いなくグラビティの影響下にあるはずよ!」
焦った様子の魔法使いが叫び返して、自分の魔法を確かめるように杖をこちらに構え直した。
「ああ、大丈夫だよ? グラビティはしっかりかかっている。僕がグラビティに慣れているだけでね。魔法はちゃんと発動しているよ?」
魔法使いの女の子が何だか可哀そうだったので、優しく説明してあげた。
「……はっ? グラビティに慣れている? そんな人間、聞いたことないわよ!?」
魔法使いがヒステリックに叫ぶ。
と同時にスカウトが僕に向かって俊敏な動きで走りこんできて、何かを投げつけた。
僕はそれを剣で払う。
剣に払ったものは、袋だったようで、その中に入っていた粉状のものが僕にふりかかった。
「痺れ毒だ! これで動けない! 今のうちにやっちまえ!」
してやったりという顔でスカウトの男が言った。
毒? なるほど、言われてみれば身体がピリピリする。ちょっと身体に不調を覚えたので、久しぶりに毒の指輪を外すことにした。
すると、対指輪に使われていた身体の抵抗力が戻り、特に毒の影響は感じなくなった。
しかし、こちらが動けなくなったと思い込んでいる冒険者の戦士が、剣を構えて突っ込んでくる。
普段はパーティーの壁役をやっているのだろう。とりあえず、僕の身柄を押さえようとしたのだ。
さすがAランクの冒険者だけあって、なかなかのスピードである。反射的に胴に向かって、剣を薙いでしまった。
ザシュッ!
……腕輪と指輪を外したせいか、力の加減が効かない。
戦士の男を上半身と下半身に綺麗に分断してしまった。
「うげぇ!」
その凄惨な光景にガマラスと父王が目を背ける。
「おい! 何とか回復できないのか!?」
剣士が今度は僧侶の女性に向かって叫んだ。
「できるわけないでしょ! 神の力にも限度ってものがあるのよ! あれを復活させたかったらネクロマンサーにでも頼みなさいよ!」
僧侶がキレ気味に言い返す。
うん、あれが繋がって復活してきたら、それはもうグールか何かの類だろう。
「よくもハインツを!」
怒りに駆られたスカウトの男が、今度はナイフを投げてきた。あの上下に分割された戦士の名はハインツというようだ。
さっきの痺れ毒の袋とは違って、投げてきたナイフはかなりの速度で、剣では受けずに身体を捻ってかわす。
が、避けきれずにナイフが腕を掠めていった。
「ざまぁみやがれ! そのナイフにはポイズンリザードの毒を塗ってある。今度こそ、おまえは終わりだ!」
スカウトが獰猛な笑みを浮かべて僕を指さした。
ポイズンリザードなら前に食べたことがあった。黒くて紫の斑点がいっぱいあってヌメヌメした外見をしていて、毒の液を吐いてくるトカゲのモンスターだった。
いかにも「危険! 毒です!」という見た目だったので、食べたくなかったが、師匠に無理矢理食べさせられた。
「ポイズンリザードか。確かにあの肉は不味かったな……」
腕に負った傷を見ながら昔のことを思い出して、僕はぼやいた。無論、毒の影響はほとんどない。
「えっ?」
虚を突かれたような顔をするスカウト。
「食べた? ポイズンリザードを? あれは毒の塊だぞ? というか、ポイズンリザードの血は毒の素材として取り引きされてるんだぞ?」
「ああ、道理で不味いわけだ。僕もあの肉は一回しか食べていない」
スカウトが「何言ってんだ、こいつ」という顔をしてドン引きしている。
いや待て、そんな顔をされたら、僕の方が傷つくだろ?
「チャド、喋ってないで牽制しろ! ミカは効いていないグラビティをやめて攻撃魔法の準備! ルイーダは俺に補助魔法をかけてくれ!」
剣士の男がパーティーメンバーに指示を飛ばす。動揺していたメンバーたちは、その言葉を受けて、ハッとしたように行動を開始した。
スカウトが飛ぶような速さで俺の周りを動き、魔法使いが新たな詠唱を始め、僧侶が剣士に向かって神の加護を祈る。
一方、僕はグラビティの影響が無くなって、さらに身体が軽くなった。グラビティは効いていなかったわけではない。これなら、スカウトの動きに容易に付いていける。
スカウトが遠い間合いから投げナイフを放ってきたのに合わせて、ソニックブレードを放つ。
文字通り疾風の刃が、ナイフを弾き、チャドと呼ばれたスカウトの身体を斬り裂いた。
「ギャァッ!」
寸前で回避を試みたので直撃は避けたものの、チャドの身体は切断寸前だ。
「ソニックブレードだと! 何故、剣聖級の剣技をあいつが! ルイーダ! チャドを回復できるか!」
ソニックブレードに驚いた剣士が、あれくらいなら治せないかと、僧侶のルイーダに目を向ける
「千切れかけてるじゃない! 人形縫うとは訳が違うのよ! あれが治せるなら、冒険者辞めて、聖女としてふんぞり返って生きていくわよ!」
ルイーダは手を横に振って、「無理無理!」というジェスチャーを送る。
「中々面白いなこいつら」と思っていたら、その間に魔法使いのミカが詠唱を終えていた。
「紅蓮の炎よ! 敵を焼き尽くせ!」
火球の上位魔法である猛火の魔法だ。炎が巨大な蛇のような形となって、うねるように僕に襲い掛かる。とても避けられるようなものではない。
瞬時に不可視の盾を展開して魔法を防ぐ。不可視の盾は一種の魔法障壁なので、相手の魔力を上回っていれば、魔法も防ぐことが可能だ。
猛火の魔法は僕の不可視の盾に激突し、そのまま爆散していった。
「私の最高の魔法なのに……」
ミカがへたり込んで座った。自信のあった魔法が通用せず、心が折れたようだ。
「魔法障壁だと? あれは一部の上位モンスターしか使えない技だぞ!」
剣士が愕然とした表情を浮かべた。
そうだろう、そうだろう、これを習得するには苦労した。魔猿と何度も戦い、その度に肉を食べて、ようやく取得した技だ。驚いてくれて僕も満足だ。
見れば剣士の表情は蒼白だ。ミカという魔法使いは座り込んでいるし、ルイーダという僧侶も逃げ道を探しているのか、キョロキョロと周囲を見回している。
完全に戦意を喪失しているようだ。
「どいてもらえるかな? 別に命まで取るつもりはないんだ?」
腕輪と指輪を外した勢いで、2人を殺してしまったものの、別に冒険者に恨みはない。逃げるなら、それでも構わなかった。
「……ハインツとチャドをやられて、このまま引き下がれるか! 俺はAランクの冒険者だぞ!」
剣士は仲間を殺された怒りで、自らを奮い立たせたようだ。剣を正眼に構えて、立ち向かう意思を示した。隣にいたはずのルイーダは、巻き込まれまいと全力ダッシュで壁際まで逃げている。
剣士は一瞬で間合いを詰めて斬りかかってきた。先ほどのルイーダの補助魔法の影響もあってか、身体能力がブーストされているようだ。
その一撃は剣で防いだが、すぐさま次の一撃を放ち、間断なく攻撃を仕掛けてくる。単純な力と速さならこちらのほうが上だが、剣士だけあって技に優れている。流れるような打ち込みの連続で、こちらに反撃を許さない。
なるほど、剣の戦いであれば、向こうに勝機は無くは無い。
剣の戦いであれば。
ガッと剣と剣で切り結んだ瞬間。僕は剣士に回し蹴りを放った。
身体を折り曲げて横に吹っ飛んでいった剣士は、そのまま玉座の間の壁に激突した。
恐らく骨が何本か折れただろうが、剣士は剣を支えに何とか立ち上ろうとした。口からは血を吐いている。
「……馬鹿な……蹴りだと? 剣士ではなく、モンクなのか……」
「さあな。師匠がこういう戦い方をしていただけだ」
実際、カサンドラの戦い方はこうだった。使えるものは何でも使う主義で、特に剣にこだわることはなく、ときには拳のみでモンスターを殴り殺すこともあった。あれは見ていてモンスターが可哀そうだった。
その言葉を聞いたのかわからないが、剣士はそのまま崩れるように倒れた。
うーん、やっぱり腕輪と指輪を外したせいか、力加減が効かないようだ。死んじゃったかもしれない。
「さて。残りはおまえだけだな、ガマラス」
勢いだけで3人殺してしまった後味の悪さを誤魔化すように、僕はガマラスに近寄った。
ガマラスは壁まで後ずさって、恐怖で顔を引き攣らせている。
玉座に座る父王はそれを他人事のように見つめていた。