その7 反乱計画
出陣の命を受けてから3日目の夜、僕はハンドレッドの拠点へと向かった。
すぐ行きたかったのだが、いつも通り順位戦を行っている日が、もっとも人が集まるので、その時のほうが都合が良いと思ったからだ。
ゼロスとして黒い甲冑に身を包み、拠点の中に足を踏み入れる。
……しかし、何だか様子がおかしい。メンバー全員が妙な昂揚感に包まれているというか、僕に何か言いたげな熱い視線を送ってくる。
僕は事実上の幹部たちである、ランキング上位陣が集う部屋へと入った。
そこはダンジョンの宝物庫だった部屋で、そこに椅子やテーブルを運び、会議室代わりにしていたのだ。
集まっていた中には、オグマやアーロンといった古参のメンバーの他に、黒の騎士団団長クロムと、赤の騎士団団長ワーレンの姿もあった。
クロムは、建国した勇者の仲間だったスカウトの末裔。黒髪の美丈夫で、騎士としては小柄だが、敏捷性に優れた剣技が持ち味だ。黒騎士団の特色も機動力や隠密性を重視している。
ワーレンは、同じく勇者の仲間だった戦士の末裔。赤髪の大柄な男で豪放磊落。力を重視した戦い方をしており、赤騎士団も攻めに特化した軍となっている。
現在、クロムは6位、ワーレンは7位の座にあるので、この部屋にいることを許されている。
彼らが来ていたことは想定外だった。
ハンドレッドの討伐の命を受けた以上、もう姿を見せることはないと思っていたのだ。
しかし、彼らも国への忠誠心とハンドレッドの仲間たちとの絆の狭間で思い悩み、僕と同じく、逃げるように忠告しにきたのかもしれない。
であれば、話が早い。
希望者を募って傭兵団を結成し、とっととこの国からおさらばしよう。
「ゼロス、聞いてくれ」
オグマが口を開いた。
「国が我々ハンドレッドを滅ぼそうとしている」
おお、やはり話が通っていたようだ。もう逃げる算段がついているのかもしれない。
「黒の騎士団団長クロムと赤の騎士団団長ワーレンが、その任を受けたそうだ」
クロムとワーレンに目を向けると、彼らは何か思い詰めたような表情をしていた。
まあ、国を裏切って、ハンドレッドに機密を漏洩してしまったのだから、仕方がないだろう。
「我ら黒の騎士団と赤の騎士団はハンドレッドと運命を共にすることを選びました。あとはゼロス、あなたが決断するだけです!」
クロムが力を込めて言った。
……うん? 運命を共にするって何?
「もはや、この腐った国に正義はありません。ハンドレッドに、我ら黒の騎士団と赤の騎士団が合流すれば、戦力は充分。あとはゼロス、あなたが我らを導いてくれれば、この反乱、勝機があります!」
えっ? 君たち、僕の想像以上に国を裏切ろうとしていない?
ハンドレッドのメンバーたちが高揚していたのは、このせいか!
国との戦争に向けて、モチベーションが高まっていたというわけね! 物騒な連中だな、おい。
いやいや、反乱なんて、そんな面倒くさいものに加担したくない。それをやるくらいなら、他国へ逃げて、自由気ままに暮らしたい。
「反乱はない」
「どういうことですか?」
きっぱりと反乱を否定した僕の言葉に、他のメンバーは訝しげだ。
僕は着けていた黒兜を脱いだ。
古参のメンバーは僕の顔を知っているが、クロムとワーレンは僕の素顔を知らない。僕の顔を見れば、僕が反乱に加担できないことを悟ってくれるだろう。
「その顔は! マルス王子!」
予想通り、クロムとワーレンは驚いている。
「マルス王子だと? 一体、どういうことだ!?」
他のメンバーも2人の態度に動揺していた。彼らは僕が貴族であろうことはわかっていたが、まさか王子だとは思っていなかっただろう。
「このお方こそ、今回の討伐軍の指揮を任されたマルス王子。
王城では常に命を狙われ、そのため表舞台にはほとんど出てこずに、ひっそり目立たぬよう暮らしておられたのですが、まさか裏でハンドレッドを結成していたとは!」
クロムが答えた。
ひっそり目立たぬようって……いやまあ否定はできないけど。
あと、ハンドレッドを作ったのは、俺じゃなくてオグマたちだからな。
「なんだと! ということは!?」
オグマが驚愕している。
そうです。王子なので反乱はできません。
「ゼロス、いやマルス王子にとって、これは反乱ではなく正当な戦いだと?」
……はい?
「まさしく! これはマルス王子のお言葉通り、反乱ではありません。マルス王子が後継者となるための正当な戦い。我々にこそ正義はあるのです!」
ワーレンが興奮している。さっきまで国を裏切る憂いのようなものがあったが、そんなもんが綺麗さっぱりなくなって、スッキリした顔をしている。
いや、王子であろうとなかろうと、国に戦いを挑むんだから、反乱には違いないと思うけど?
「なるほど! ゼロスは……いやマルス王子はこの時のために、何年も前から準備をしていたのか!
こうなることを予測して、同じ志を持つ者たちを集め、ハンドレッドで力を蓄えていたと!」
アーロンが言った。
いやいや、反乱を起こすために力を蓄えていたとか、物騒なことを言わないでもらえませんか?
まるで僕が危険分子みたいじゃないか?
あと人数を勝手に増やしたのは、おまえたちだからな!
何でハンドレッドなのに、人数が1000人を超えてるんだよ!
「その通りです。マルス王子は、城では何の後ろ盾も無い状態で、孤立しておられました。
そのためか、王族として行事に参加することも少なく、いつも自室に引き籠っており、凡庸な王子として城での評判は芳しくありませんでした。
それがまさか、王位継承に向けて、自分の力となる勢力を、自らの手で組織していたとは!
何たる慧眼。このワーレン、感服致しました!」
……城での僕の評判はそんなに悪かったのか。
いや、夜にモンスター狩りをしていたから、昼間は部屋で寝てばっかりいたんで、確かに部屋に引き籠っていたように見えてたとは思う。
思うけど、命狙われていたんだし、しょうがないでしょう?
あと、僕が戦うのが大前提で話が進んでませんか? 僕は王位にそんな興味ないんですけど?
彼らを落ち着かせるために、僕は現実を突きつけることにした。
「仮に兵を起こしたとして、王城は堅牢だ。どうやって攻めるつもりだ?」
王城はモンスターに備えた砦が元になっているため、高い城壁に囲まれた強固な作りになっている。
そう簡単には陥落させることはできない。
「はい。ハンドレッド12位の座にいるブレッドが、青騎士団の副団長でありまして、城内から内応し、城門を開ける手筈となっております」
即座にクロムが答えた。
青騎士団は王都の守備隊を務めている。騎士団長自体はガマラス派閥だったはずだが、副騎士団長がハンドレッドのメンバーだったとは……
この国、大丈夫か?
「魔法師団はどうする? やつらこそ我が国の力の要。簡単な相手ではないぞ?」
実のところ、ファルーン国の主力は魔法師団である。
この国では、勇者の仲間だった魔法使いの末裔が、宮廷魔導士を務めていた。
その宮廷魔導士たちが、代々力を伸ばし、今では魔導士団を率いて、騎士団以上の力をもっているのだ。
飛行魔法による機動力と、強力な魔法による攻撃力を兼ね備えた魔法師団は、あちこちでモンスターが出没するこの国にとって、なくてはならない存在だ。
王都で騎士の剣技がないがしろにされているのも、「魔法師団がいれば、実戦に出る必要はない」という現状が招いたことと言える。
宮廷魔導士のブラームスは金と権力に目がない俗物。ガマラスと手を組んで、国を腐らせている貴族のひとりだ。僕の味方になることはない。
「確かに魔法師団は大きな障害です。いかにハンドレッドが強者ぞろいとはいえ、戦いには困難が想定されていました。しかし、王子であれば問題ないのでは?」
クロムが答えた。
僕であれば問題がない? 何で?
「魔法師団の主力であるフラウ嬢は、王子の婚約者。我らの味方となってくれるのではないですか?」
……フラウ。ああ、そういえば婚約者だったな、あいつは。子供の頃に何度か顔を合わせたきりで、形ばかりの婚約になっていると思ってたわ。
フラウはブラームスの娘で、魔法に天賦の才を持ち、幼いころから神童として名をはせていた。
特に雷の呪文が得意で、現在では雷帝の二つ名を持っている物騒な女だ。
何でそんな女が僕の婚約者かと言うと、その名声を利用したブラームスが、次期国王の王妃として擁立しようとしていたという経緯があった。
なので、ブラームスは元々僕の後ろ盾になるはずだったのだが、ガマラスが金と権力をチラつかせると、あっさり向こうの派閥に乗り換えてしまった。
その際に、婚約自体も破棄されるという噂があったが、そういえば、まだ破棄されていなかったな。
とはいえ、婚約者といっても疎遠な仲だし、子供のころから、フラウは無表情で何を考えているかわからなかった。正直、そんなに仲が良いとは思えない。
僕の味方になることはないだろう。
「いや、フラウとは……」
「私はマルス王子の味方になる」
突然、女の声が部屋に響いた。
その声の方を見ると、部屋の入り口に、白髪の小柄な女性が立っていた。人形のように整った顔立ちをしているが、妙に生気のない表情をしている。
「誰だ、おまえは!?」
オグマたちが腰の剣に手をかける。
さっきまで誰もいなかった場所に、突然人が現れたのだから、当然の反応だ。
「フラウ嬢! 何故ここに!?」
クロムが上ずった声を上げた。
そう、彼女こそ今話題に出ていたフラウだ。さながら、亡霊のように現れて、僕も心底驚いている。
「私はマルス王子の婚約者。いつも王子のことを見守っている」
抑揚のない声でフラウが答えた。
「見守っている? それはどういう……」
僕には見守られていた覚えが全くない。というか、会うこと自体、数年ぶりのはずでは?
すると彼女は、右手の甲を僕たちに見せた。
そこには黒い紋章のような痣がある。
「これは契約紋。私はこの契約紋を通して、いつでもマルス王子と視覚を共有できる。いざとなれば、すぐそばに転移することも可能」
思わず僕は、自分の右手の甲に目を走らせた。そこにはまったく同じ痣がある。
子供の頃に、婚約者になる儀式だとか言われて、フラウに変な呪文をかけられた際に、2人そろって、この痣ができた。
ちょっとカッコいい痣だったので、あまり気にしてこなかったのだが……
えっ? まさか、見守っていたって、この紋章を通して、ずっと監視されていたってこと?
まったく会ってなかったはずなのに、おまえだけ一方的に僕のことを見ていたの?
僕の背筋に冷たいものが走った。
コノヒトヤバイ……
「おい、そんな話は僕は聞いて……」
「魔法師団は私が抑える。挙兵には何の問題も無い」
僕の言葉を遮るように、フラウが言った。
「おおっ、雷帝がこちら側に付くとは!」
「これは勝利が約束されたも同然!」
「腐った貴族共を一掃してくれる!」
フラウの言葉に、ハンドレッドのメンバーが沸き立つ。
確かにハンドレッドに黒騎士団と赤騎士団が加わり、城内から青騎士団の副団長が内応、虎の子の魔法師団をフラウが抑えれば、残る障害は白騎士団と衛兵のみ。
勝算は高い、高いのだが……
挙兵には問題が無くても、僕の私生活には大問題があることが発覚した。