その6 黒の騎士団
―――黒の騎士団長視点―――
俺がハンドレッドという組織の存在を知ったのは、部下たちがしていた噂話からだった。
モンスターを狩り、その肉を食べて、戦いに明け暮れる集団がいると。
しかも、民衆からなかなかの支持を集めており、日に日に勢力を増しているらしい。
黒の騎士団からも、何人かが参加しているとのことだった。
俺は判断に迷った。
モンスターを狩ってくれるのは、ありがたい。何せ俺たちの仕事が減る。
モンスターはいくらでも出るため、騎士団が倒すモンスターは、その中でも被害が大きいヤツに限定される。冒険者に依頼するとなると費用もかかる。
そういうわけで、モンスター討伐は、手が回りきっていないのが実情だ。
そのモンスターを自発的に狩ってくれているのだから、民衆は大歓迎するだろう。
しかしだ。モンスターの肉を喰らっているとなると怪しい。
あれが毒であることは、子供でも知っている常識。
それを無視して、モンスターの肉を食らい、血をすすっているとなると、どこかの邪教の手先の可能性もある。
しかも、俺の部下まで参加しているとなると、放置はできない。
そこで、俺自身がハンドレッドに参加してみることにした。
自分の目で見て、耳で聞いて、判断を下したかったからだ。その判断次第では、黒の騎士団による、ハンドレッドの討伐も辞さない覚悟だった。
潜入は簡単だった。というより、ハンドレッドは身分や老若男女を問わずに、人を受け入れていた。
俺が入るときも、特に身元の確認はされなかった。騎士であることは気づいたようだが、まさか騎士団長であることはわからなかったであろう。
俺が入ったのは、近隣の町のハンドレッドの下部組織だが、そこでは基本的な剣の型や、モンスターの肉の食べ方、狩り方などを丁寧に教えていた。
モンスターの肉を食べるときも、狩るときも、先達の団員がサポートに当たり、怪我人や死者が出ないように気を配っている。
意外にも、高度にマニュアル化されているのだ。
そして、見込みがある者は、本拠地での順位戦に参加できるようになる。
俺は剣の腕には自信があったので、すぐに順位戦に参加できるものかと思っていたが、モンスターの肉を食えるようにならなければいけなかった。
その町の支部長曰く、
「あんたの剣の腕なら順位戦にすぐ参加できるが、モンスターの肉を食うことはハンドレッドの鉄則だ。いくら強くても、肉が食えないヤツは覚悟の足りない半端者だと見做される。それに肉は食えた方がいい。確かに不味いが、慣れれば身体が確実に強くなる」
との事だった。
しかし、そう言われて食わされたキラーラビットの肉片は、とんでもなく不味かった。
俺の正体を知って毒殺しようとしてるんじゃないか、と勘繰ったくらい不味かった。
最初は下痢・嘔吐は当たり前。一月程かけて身体を慣らしていくらしい。
これが俺にはきつかった。きつかったのだが、確かに一月経つと慣れるし、身体のキレが良くなった。
どうやら、モンスターの肉は本当に効果があるらしい。
肉が食えるようになった俺は、すぐに順位戦への参加が許可された。
ハンドレッドの拠点は、魔獣の森の中にあるダンジョンの一層。
魔獣の森の中にあるのだから、当然そこへ着くのにも、モンスターと戦わなければならず、その道程でも実力を試されているようなものだった。
そして、ハンドレッドという組織は、想像以上にいかれていた。
まるで闘技場のような形をしているダンジョン一層で、夜な夜なモンスターの肉を喰らい、仲間同士で実戦さながらの戦いに興じる。
いや、実戦よりも激しい戦いだ。実戦だったら引くような場面でも、彼らは決して引かない。どちらかが倒れるまで戦い続ける。
おかげで、ハンドレッドのメンバーはほとんど傷だらけだ。これでは、いつ死人が出てもおかしくない。
にも関わらず、メンバーたちはそれを喜んで行っているのだ。
正気の沙汰ではない。
……ないが、それは確かに面白かった。快楽と言っても良い。
純粋に力だけを追い求める行為。
順位付けによって明確になる強さ。
ハンドレッドという組織は、そういった単純な根本原理によって成り立っている。だからこそ、沈殿した空気が淀むこの国の男たちは、ハンドレッドに熱狂しているのだろう。
俺もすぐにその熱狂の中へと身を投じた。
騎士団長を務めているのだから、力には自信があった。どこまで行けるのか試したかった。
順位戦に参加している者たちは強い。はっきりいって、その辺の騎士では太刀打ちできないほど力がある。上位陣の戦いを見ていると、俺ですら勝てる自信はなかった。
だが、他の団員たちの試合を見ていると、挑戦しようという力が湧いてくる。
彼らは常に死力を尽くして戦っているのだ。しかも、試合をしている者同士が互いに敬意を持って戦っている。勝っている者はその勝利から、負けている者はその敗北から、次に繋がる何かを学ぼうとしていた。
観戦している者たちも、試合を観ることで、何かを得ようとしているのだ。
そして、ハンドレッドの頂点にいるゼロスという男。
こんな男がこの国にいたのかと、衝撃を覚えた。
圧倒的な力。そして、ソニックブレードや魔力障壁など、かつてこの国を建国した勇者が使っていたと言われる伝説の技を使いこなしている。
しかも、その技を惜しげもなく下の者たちへと伝授している。彼は力を求める者たちへの助力を惜しまないのだ。
その姿を見て、ハンドレッドのメンバーは、自分たちも同じようにあろうと努力している。
俺にはこの場が神聖なもののように思えた。
ハンドレッドを討伐しようなどとは、とんでもない考えだった。
この場所にこそ、俺が生きていた意味があるに違いない。
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近頃では城内でもハンドレッドの噂を聞くようになった。
モンスター狩りを行っている野蛮人の集団、というのが貴族たちの評価だが、中には好意的に評価する人間もいるようだ。特に民衆からの支持を得ている。
モンスターを討伐してくれるので助かる、というのがその主な理由だ。
まあ、それは人助けのためにやっているのではなく、肉目当てでやっているんだけどね。
メンバーたちは定職を持つものが多く、モンスターを求めて遠くまで行くわけにはいかない。
結果、街の近くに出没するモンスターをメインに狩りをしていて、それが人助けになっているだけ。
あと、モンスターの肉を食っているという話も広まっていて、邪教の集団ではないかという噂も立っている。
そりゃそうだろうなぁ、とは思う。思うので、今更ハンドレッドの一員だとはバレたくない。
そういえば、オグマはハンドレッドを「傭兵団にしたい」と言っていた。
彼はこの国が嫌いで、戦士としての実力を付けてから、傭兵として他国で生きていくことを目標としている。
僕もそれに付いていこうかと思っていた。
この国にいても、命を狙われ続けるだけで、ロクなことにならない。
ハンドレッドは、メンバーたちが僕のことを褒め称えてくれるので、なかなか居心地がいい。この国で王子をやっているよりも、よっぽど自尊心が満たされる。
腕に自信はあるので、傭兵稼業もそれほど苦にならないだろう。
なんてことを考えていたら、妙なことになった。
父である国王に呼び出されたのだ。それも重臣たちが居並ぶ謁見の間に、だ。
「マルスよ、ハンドレッドという集団については知っているか?」
父は国王らしく厳かに言った。ただ、あんまり威厳を感じない。傍らに控えているガマラス宰相のほうが、でっぷりと肥えていてテカテカして存在感がある。
よく知っています! 僕もメンバーの一員です! 何なら上層部のひとりです! とは言えないので、ここは知らないフリ。
「噂程度には。モンスターを狩る集団だとか」
当たり障りのないことを答える。
「ふむ、正確にはモンスターを食べるために狩るらしい」
「食べるのですか。なかなか変わった風習ですね」
僕も食べてます、などとは口が裂けても言えない。
「巷では邪教の手先ではないかとも言われている」
「邪教ですか。どういった邪教なのでしょうか?」
「いや、それは噂程度だ。だが、問題はある」
「問題?」
「モンスターを勝手に退治することが問題なのですよ」
列席していた貴族のひとり、スネイル伯爵が口を挟んできた。
痩せぎすの神経質そうな男であり、彼はガマラス派の有力な貴族だ。
「モンスターを狩ることは良いことでは?」
貴族たちの面子が潰されている話は知っているが、ここはあえて一般論をぶつける。
「モンスターを退治するのは王国の役割。それを勝手に行われては、王国の沽券に関わるのです」
「沽券? 誰が退治しようと構わないでしょう。それで民が助かるのであれば」
「いや、大いに問題なのです! ヤツらのせいでその民衆に悪い影響が出始めています! 今までの王国からの恩も忘れて、徴税の拒否もしかねない町や村も出ているのです!」
スネイル伯爵は憤慨していた。
そういや、こいつの領地の出身のハンドレッドのメンバーは、スネイルのことを「何もしないのに税金ばかり搾り取るクソ野郎」と言ってたな。
「それはあなたの統治に問題があるのでは?」
まともな統治をしていたら、ハンドレッドなんか大した問題にはならないはずだ。
「何と!? 王子は私に問題があると? ハンドレッドとかいう連中の肩を持つのですか?」
スネイルは、いかにも心外であるという風に肩をすくめた。
「ハンドレッドはともかく、民衆の心が離れていくことに問題があると思いますが……」
暗に「おまえが無能なんだよ」と言おうとしたところで、王が止めに入った。
「王子よ、スネイル伯爵だけではない。何人かの貴族が同じ意見だということで、国として対処して欲しいと願い出ているのだ」
よく見ると、スネイルの周りに『民衆が嫌いな領主ランキング』の上位陣が集まっていた。
同時にガマラス派閥でもある。ガマラスが裏で糸を引いているのは、見え見えだった。
「なるほど。それと私と、どのような関係があるのでしょうか?」
それに答えたのはガマラスだった。
「マルス王子。あなたは次代の王となられるお方です。
ですが、残念ながら王子としての実績が乏しい。そこで今回の件です。
ハンドレッドを討てば、内外から王の器であると認められることは間違いありません。幸いにもあなたは剣の腕が秀でていらっしゃる。賊退治など造作もないでしょう」
俺にハンドレッドを討伐しろと?
しかし、それよりも気になることがある。
「王となるには実績が必要なのか? 父上も王子のときに何か実績が?」
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場に気まずい空気が流れた。
予想通り、父上は王子時代に大したことはやってなかったようだ。
そりゃ、実績があったら、ガマラスに良いようにされてないよなぁ。
で、現国王がやってないことを、息子の僕にやれと?
「と、ともかく、今回の討伐は、黒の騎士団と赤の騎士団が中心となります。
殿下は供回りとして、白の騎士団を何人かお連れして、全軍の指揮を執っていただければと思います。」
取り繕うように、ガマラスが話を進める。
ちなみに黒の騎士団と赤の騎士団は、ガマラスとは距離をとっていた。
なので、今回の汚れ仕事を押し付けたのだろう。
で、その総指揮を僕に任せる、と。
ガマラスが僕を次期国王にしたくないのはわかりきっているから、当然実績作りにはならないだろう。
ハンドレッドは民衆から支持を集めているのだから、それを討伐すれば僕の支持はガタ落ち。
何なら返り討ちにあってくれれれば良い、と思っているのかな?
「承知いたしました。その命、謹んでお受けいたします」
ハンドレッドごと逃げよう、僕はそう考えた。