その5 ハンドレッド
―――オグマ視点―――
俺が生まれたファルーンはあまり良い国ではなかった。最悪ではないが決して良くもない。そんな生殺しのような感じだ。
常に何とか生きている状態、といえばいいだろうか。身分による階級差が大きく、貴族は潤っているが、民衆は苦しんでいた。
昔はこんな国ではなかったそうだが、一部の貴族が私腹を肥やすようになって、他の貴族もそれに倣うようになり、その皺寄せが民衆に来るようになった。国を統べる王家が、貴族の権力闘争に巻き込まれて、機能していないというがもっぱらの噂だ。
俺は一応貴族の三男として生まれたが、その時点で人生が行き詰っていた。長男のスペアのスペア。それが俺に与えられた役割だが、兄たちはいたって健康なので、俺の出番は回ってきそうにない。
好きな事は剣を振るうことだった。剣は強いか弱いかしかなく、シンプルでわかりやすい。一時期は剣で身を立てようと思ったが、ファルーンという国は実戦での剣の強さは重視されず、見た目の型が綺麗かどうかでしか判断されない。
何でも剣の腕がすこぶる悪い大貴族がいて、そいつが
「貴族に求められるのは美しい所作であって、野蛮な剣の腕ではない」
とか言って、それが広まった結果、今では騎士の常識になっている。
馬鹿か! 剣の戦いには勝ち負けしかない。美しさなど不要だ。大体、この国だって、勇者が剣の腕でモンスターたちを退け、未開の地を切り開いた国だ。
貴族たちだって、元はと言えば、先祖たちが剣や魔法の力で武功を立てて、今の地位を確立したはずだ。それを否定して、自分たちの生まれを誉れにしている貴族たちはクズそのものだ。
本当にこの国はくだらない。
騎士は世襲制、兵士は民衆がなるものと決まっている。じゃあ、俺は何になればいいんだ?
そんな鬱屈した思いをかかえて荒れていた俺には、すぐに同じような仲間が出来た。力はあるのに、それを発揮する場を与えられない連中だ。
俺はそいつらをまとめてグループを作った。ハンドレッド。純粋に力を追い求める組織。
ハンドレッドという名前には100人仲間を集める、という意味と、力で序列を決める、という意味を込めている。グループで一番が強いヤツがファースト、次に強いヤツがセカンドを名乗るのだ。
将来は傭兵団となって、このクソみたいな国から出て、他の国で成り上がるのが目的だ。
当然一番強かった俺はファーストとなり、グループのリーダーとなっている。
そして、毎晩のように仲間と集まって剣の腕を磨いていた。時には一緒にモンスターを狩ったりもしていた。
1年もたてば仲間の数は20人を超え、俺たちはこの国で一番強いグループだと自負するようになった。騎士団など目ではない、自分たちこそ最強なのだと。
だが、俺は愚かだった。ちょっと剣を振るって、弱いモンスターを集団で狩っていたぐらいで調子に乗っていたのだ。
ある日、魔獣の森で現れた男は、そんな俺たちを嘲笑うような圧倒的な存在だった。
ハンドレッドの上位5人をまとめて相手にして圧勝し、なおかつ10人がかりで倒すようなモンスターを瞬殺して、その肉を喰らう男。
見た感じは俺たちが嫌う貴族だったが、その力は俺の知る人間の域を超えていた。
その男は、凶悪なモンスターと毎晩戦い、その猛毒のような肉を食べて、力を得ているのだという。
しかも、それだけでは飽き足らず、人との戦いを求めて、俺たちハンドレッドにも接触してきた。
まさに力の求道者である。
俺たちは自分たちの中途半端な覚悟を恥じて、彼に教えを乞った。
彼は7日に1度、俺たちと戦う指導を約束し、なおかつ、力を付けるための方法を伝授してくれた。
そう、彼と同じようにモンスターと戦い、その肉を喰らうのだ。
「モンスターの肉は毒だから、まずは弱いモンスターの肉を生で食べるように」
という丁寧な指導を頂いた。
彼は名乗らなかったので、俺が「ゼロスと呼んでいいか」と言ったら、「ああ、それでいいよ」と許可してくれた。
ゼロス、0番目の男。それは俺たちハンドレッドの序列の外にある指導者にふさわしい通り名だと思ったからだ。
俺たちはゼロスの言葉通り、キラーラビットの肉から食べるようにした。
生の肉を食うことにも、その毒にも、忌避があったが、ゼロスがブラッドベアの生肉を干し肉のように食べる姿を見て、俺もそうなりたいと思ったから、迷わず喰らった。
当然のように吐いたし、腹も下した。
そしてゼロスの凄さに戦慄した。ゼロスはもっと強力な毒を食べて、平然としているのだ。あの域に到達するのに、俺はどれくらいかかるのだろうか?
聞けばゼロスは11才のときから、こういう生活を送っているのだという。何という意識の高さだろうか。彼はきっと世界の頂点を狙っているに違いない。
キラーラビットの肉を食るようになって1ヶ月、ようやくその毒にも慣れた頃、俺は体の異変に気付いた。体のキレが全然違う。キラーラビットは弱いモンスターだが、その素早さには定評がある。その素早さを、自分の身体に取り込んだかのような感じなのだ。
実際、ハンドレッドの訓練でも、モンスターの肉を食っていない連中とは差ができ始めた。
そこで俺はハンドレッドのメンバー全員に命じた。
「モンスターの肉を食え! これはハンドレッドの鉄則である」と。
これにはメンバーの何人かが反発すると思っていたが、意外とすんなり全員が受け入れた。
俺たちが実際にモンスターの肉を食って力を付けた実績と、7日に1度、指導に来て下さるゼロスに全員が心酔していたのだ。
ハンドレッドのメンバー10人を相手にして、一方的に蹂躙するゼロスの力は絶対的なものがあった。
力、力こそすべてだ! 俺たちハンドレッドは、ゼロスのもと、心をひとつにした。
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ハンドレッドと名乗る集団と一緒に訓練するようになってから、僕の対集団戦の能力は格段に上がった。彼らは異様なほど熱心に僕と戦ってくれる。倒しても倒しても、気絶するまで立ち上がって、僕と戦おうとするのだ。暗殺者たちだって、ここまで熱心に命を狙ってはくれない。
この国では実践的な訓練は禁じられているので、ハンドレッドでは本名を隠すために、ファースト、セカンドといった通り名で呼ばなければならないのだが、グループ内の順位で序列が変わり、それに伴って人の通り名が変わるので、非常にややこしい。
僕も「ゼロス」というハンドレッド内の通り名をもらった。オグマたちにも未だに素性は明かしていないし、本名を名乗るわけにはいかないのでちょうどいい。
さらに正体を隠すために顔まで隠れる兜を被っている。地下古代遺跡で発見した真っ黒な全身鎧の兜で、なかなか不気味ではあるが、魔法も付与されており防御力はかなり高い。
そんなこんなで1年過ぎた頃、ハンドレッドは妙な方向にいっていた。
「肉を掲げろ!」
ファースト……オグマの号令で、ハンドレッドのメンバーがモンスターの肉を掲げる。その人数は100を超えていた。
場所は、真っ黒な全身鎧を発見した地下古代遺跡である。魔獣の森の中にあり、地下一層が巨大な広場となっていて、大勢で集まるにはちょうど良かった。
「喰らえ!」
皆が一斉に肉にかぶりつく。中には悶絶する者もいるが、それを顧みる者はいない。ハンドレッドではできるだけ強力なモンスターの肉を食べることを推奨されている。弱いモンスターの肉ばかり食べる者は、軟弱者の誹りを受けるのだ。むしろ、悶絶するほどの肉を食すことのほうが賞賛されている。
僕の後ろにはアースドラゴンが横たわっていた。オグマに頼まれて、僕は食べるモンスターを持ってくることになっていた。
ゼロスとして威光を示してほしいんだそうだ。
兜の面頬を外して、アースドラゴンの肉を食べると、ハンドレッドのメンバーから熱い視線が集まる。
「すげぇ……」
「おれがあれを食ったら死ぬぜ」
「今まで、どんだけモンスターの肉を食ったんだ?」
……城でも王子として、これほど尊敬されることはないので、何だか複雑な気分だ。
全員が肉を食って組織への忠誠を示したところで、ハンドレッドのランキングをかけた戦いが始まる。
このランキング戦は、僕がハンドレッドの会合に出る7日に1度の場のみで開催されており、他の日は訓練やモンスター狩りを行っている。
力こそ正義を掲げるハンドレッドでは、ランキングは序列を決める重要な要素であり、それを巡る戦いは熾烈を極めた。
見守る他のメンバーたちも熱狂する。この戦いが見たくて、ハンドレッドに加入してるメンバーもいるそうだ。
人が死ぬ気で戦うのを見るのは、なかなか面白いので、僕も楽しんでいるのだが、時々見知った顔を見かけて、ドキッとする。城の衛兵とか、騎士団の一員とか、時には騎士団長クラスも混じっていたりする。覆面や兜で顔を隠しているのだが、身体つきやら戦い方でわかる人間にはわかる。
オグマによると、剣の腕に自信がある連中が身分を問わずハンドレッドに加入して、腕を競っているそうだ。
さすがに騎士団長クラスになるとトップ10入りしていて、古参のメンバーに肉薄している。
ファルーン国では、白の騎士団、赤の騎士団、黒の騎士団、青の騎士団と4つの騎士団が存在する。
白の騎士団は近衛、青の騎士団は王都の守護、赤の騎士団・黒の騎士団は戦時の出撃やモンスターとの戦いを担っていた。
ハンドレッドに加入するのは、当然、赤や黒の騎士団からが多く、たまに青の騎士団がいる程度で、白の騎士団はほとんどいなかった。
で、最後に僕が戦う。ランキング戦ではなく、教導という名目だ。さすがに最近では全体のレベルが上がってきて、上位10人の相手はできないが、1・2位の2人、3~5位の3人、6~10位の5人、11~20位の10人のどれかをまとめて相手にしている。
今日は11~20位の10人を相手にする日だった。
僕が広場の真ん中に進むと、10人がそれを半円となって取り囲む。
観戦するメンバーはかなりの距離を取っていた。そうでないと下位のメンバーは危険なのだ。
「始め!」
オグマの開始の号令と共に、剣に魔力を込めて横薙ぎに払うように、対戦相手たちの真ん中に放った。
ソニックブレード。師匠が使っていた技だ。
師匠は感覚で使っていたので、直接教えを受けたわけではないが、カッコいいし、遠距離の敵を攻撃するのに便利だったので、色々と調べたり試したりするうちに、使えるようになった。実のところ、先祖である勇者が使えたようで、城に文献も残っていて、それが一番役に立った。
ソニックブレードの一撃程度では、ハンドレッドの上位陣は倒せない。だが、耐えるなり、かわすなりして体勢を崩したところを狙っていく。
受けるのに精いっぱいだった20位のところに突っ込んでいって、胴体に飛び蹴りをかますと、彼は観客のところまで吹っ飛んでいった。剣ではなく蹴りを使ったのは、次の動作に繋げやすいためだ。
すぐさま、隣にいた18位に剣を叩きつける。彼もかろうじて剣で受けたが、力で無理矢理押し込んで、そのまま肩に一撃を入れる。彼は肩を押さえると、苦悶の表情で崩れ落ちた。
その間に、他の対戦相手が僕のところへと殺到してくる。相手はまだ8人いる。
前後左右から迫る相手の攻撃を、気を掴んで避けながら、間隙を縫って一撃を狙っていく。
17位の胸部に掌底を入れて戦闘不能にし、19位の顔に膝蹴りを入れたところで、さすがに隙ができて、側面から12位が横薙ぎに斬りつけてきた。
これを左の掌で受ける。無論、まともに喰らうと指が斬り落とされてしまうが、1点に魔力を集中させることで、短時間だが不可視の盾を作る技がある。
これは魔獣の森の深くに棲む魔猿が使う技で、この1年ではかなりの苦戦を強いられた相手だった。
魔猿との闘いの後、散々練習して、最近ようやく習得したので、ここで使わない手はない。
驚愕する12位、そして観客の反応に、内心ほくそ笑みながら、12位を蹴り飛ばして戦闘不能にする。
この後、残った5人は一方的に蹂躙した。