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その49 連合軍

 マリアがファルーンに来てから1月ほど経った。

 清楚な外見とは異なり、内面は妄執的な野心家の聖女候補だが、司教代理としてはちゃんと働いてくれている。こちらが頼んだ闘技場の回復係や、魔獣の森の遠征部隊の僧侶役も買って出てくれており、臣下の間での評判は良い。何より、積極的にモンスターの肉を食べるのが好印象のようだ。

 非常に良い司教代理を連れてきた、と思っていたのだが問題が起きた。

 彼女自身にではなく、対外的な話でだ。

 マーヴェ教国の聖騎士団がマリア奪還のためにファルーンに向かう動きを見せた。

 その動きにイーリス国が便乗し、各国に向けて聖女救出の協力要請を出した。

 これに呼応したのが、バルカン国とキエル魔道国である。

 ただ、マーヴェ教国自体は聖騎士団の動きに否定的で、今回の件とは無関係だという声明を出していた。

 現在、聖騎士団はイーリス軍と共にドルセン国との国境付近にある砦に留まって、他国の軍が合流してくるのを待っている状況である。



「そもそも聖女ではないはずなんだがな……」


 重臣たちが集まった会議で僕はぼやいた。


「いえ、陛下が選んだのですから聖女に違いないでしょう。陛下の眼に間違いはありません!」


 クロムが僕を称えるように発言したが、そういう問題じゃないだろ。


「あの……教団からは正式に認められてませんし、聖騎士団の方々が聖女と呼んでいるだけで、わたしが聖女だなんて……」


 マリアも困惑している、ように見せている。この女の事だから、内心では当然ぐらいに思っているのだろう。


「聖女かどうかはともかく、イーリス側は『ファルーンはマーヴェ教国で乱暴狼藉を働いた挙句、教皇から金で無理矢理聖女を買い取り、泣き叫ぶ聖女をドラゴンに乗せて連れ去った』として、ファルーンを糾弾しております」


 ガマラスが聖騎士団側の主張を説明した。それじゃあ、まるで僕が質の悪い人買いみたいじゃないか。


「そんなことをした覚えは……」


「泣き叫ぶだなんて、そんな……」


 いや、あるな。アーロン達が乱暴狼藉をしていたのは事実だし、金も払ったわ。マリアもワイバーンに乗ることは嫌がっていたし、ワイバーンが飛び立つなり、泣き叫んで気絶した気がする。

 否定しかけたマリアも、その時のことを思い出して恥ずかしくなったのか、顔を赤らめた。

 あれ? ひょっとして客観的に見ると、僕は極悪人になるのか?


「……まあそれは良い。事実であろうがなかろうが、向こうはどうせこちらの言うことなど聞く気はないだろう」


 過ぎたことは仕方がない。先のことを考えよう、うん、そうしよう。


「聖騎士団とイーリス国に加えて、バルカン国にキエル魔道国か。かなりの数になりそうだな?」


「冒険者や傭兵、民兵なども集まっており、およそ5万の兵を動員してくるかと予想されます」


 ガマラスの提示した敵兵力に場が騒めいた。いくらハンドレッドが強くても限界がある。オグマやヤマトのようなレベルで戦える者は極少数なのだ。


「5万か、多いな。カーミラは何と言っている?」


 ドルセン国はカーミラに任せている。彼女はどのように対処しているのだろうか?


「はっ、国境に兵を集結させ、我が国に援軍要請をしてきております。キエル魔道国の魔導師団を警戒しており、フラウ様に来て頂きたいとのことです」


「キエル魔道国か……」


 魔法使いが建国した国だけあって、その魔法の力は侮れない。


「フラウ、キエル魔道国と魔法で戦って勝てるか?」


 傍らに控えるフラウに聞いた。


「無理。魔導士の質も量も違う」


 だろうな。増えたといっても、こちらは決して魔導士の数が多いわけではない。アレス大陸最強の魔法使いたちと正面からやり合って勝てるとは思えない。


「まあ、馬鹿正直に魔法で戦わなければ済む話だろう。キーリ、キエル魔道国はおまえに任せるぞ」


 列席していた黒髪の小柄な魔導士に声をかけた。


「お任せ下さい、陛下! わたしの研究を無下に扱った連中に、目に物を見せてやりましょう!」


 キーリがその黒い瞳を爛々と輝かせた。

 彼女にキエル魔道国の相手をさせる理由はふたつ。キーリが魔道国から追放されたという私怨を持っているのと、モンスター軍団の数が増えすぎたという事情である。

 モンスター軍団の数は順調に増えているが、少し多くなり過ぎた。維持管理するのも大変である。なので、ここでキエル魔道国にぶつけて、ある程度数を減らしておきたい。

 それでキエル魔道国の魔導師団を少しでも抑えられれば儲けものだろう。


「さっそく出撃の準備にとりかかります!」


 キーリは颯爽と玉座の間から退室した。ん? 今から出撃準備とは気が早いな?

 まあ、いいか。速めに準備を進めるのは悪いことではない。


「で、バルカン国だが、シーラ、どうなっている?」


 第四妃のシーラはバルカン国の出身で、妃になった当初からバルカンとの友好関係を結ぶよう提案していた。実家は代々七星剣を務めてきた有力貴族である。


「はい。七星剣のうち、三家はファルーン寄りですが、残り四家と王が反対に回ったため、今回の出兵に至ったようです。出兵したのも、王とその四家が中心です。わたしの力が至らず、申し訳ございません」


 シーラは恐縮したように頭を下げた。


「別に構わん。シーラの実家は今回参加していないのだな?」


「はい。ファルーンと親しいと見られて、他の二家と共に国に残されました」


「おまえにバルカンを任せる。ハンドレッドを何人か付けよう。ワイバーンを使えば問題なく、バルカンにたどり着けるはずだ。あとはわかるな?」


 シーラにはバルカン軍が撤退するよう実家にかけあって交渉してもらうとしよう。せっかく、バルカン出身の妃がいるのだから、こういう外交努力もしておくべきだ。ただまあ、いかに出身国とはいえ、今は敵国なので護衛は付けてやらないとね。第四妃とはいえ、僕の奥さんなんだし。


 シーラは驚いたように目を見開いた後、一度固くつむり、少し逡巡した後、再び目を開いた。


「承知しました。我が双剣にかけて、必ずや成功させてごらんにいれます」


 うん、気合が入っていて良い感じだ。まあ上手くいけばいいな程度だから、そこまで気を張る必要はないと思うけどね。


「ハンドレッドからはカレンを付けよう。他には……」


「わたしが行きましょう」


 ヤマトが声を上げた。


「シーラ様の役割は大任。残りの人選もわたしのほうで致します」


 ヤマトが外交でそんなに役に立つとは思えないが、ハンドレッドの中では落ち着いた部類の人間なので、適任と言えば適任か。できれば、今回の戦いで前線に立って欲しかったが、まあいいか。

 これでバルカンが戦いから退いてくれれば儲けものだが、そこまで甘くはないだろう。


「肝心の聖騎士団とイーリス軍だが……マリアから説明して誤解を解けば退却してくれる、ということはないだろうな」


「難しいでしょうな」


 ガマラスが答えた。


「ここまで兵を動員して、戦わずに終わるということはありえませぬ。マリア殿に説得に行ってもらっても、そのまま捕らわれてしまい、かえって敵軍に勢いがつくだけです。すでに『聖女を助ける』という目的は形骸化しており、何らかの実利を得るまでは戦いは避けられないでしょう。少なくとも、イーリスとバルカンはこれに乗じてドルセン国を分割統治するつもりでしょうな」


 だろうな。聖騎士団が出陣したことで、世間的にこの戦いは聖戦と位置付けられており、敵軍には勢いがある。そう簡単には止めてくれないだろう。


「ならば戦うまでか」


 オグマやワーレンなどの武官が獰猛な笑みを浮かべた。5万の大軍が相手でも、まったく怯む様子はない。


「お待ちください、陛下」


 マリアが声を上げた。


「聖騎士団やイーリスには、わたしの知己の者もおります。せめて、その方々だけとは戦いを回避するようにしたいのですが……」


 あーなるほど、聖騎士団やイーリス国内部にいるマリア個人の信奉者たちに無事を伝えて、無傷で退かせたいという考えか。将来、マーヴェ教国とイーリス国を乗っ取る手駒にするために、そいつらはとっておきたいというわけね。


「よかろう。クロム、おまえがマリアを護衛し、目立たないようにそいつらと会わせてやれ」


「畏まりました」


 クロムが一礼した。こういう裏方の任務は黒の騎士団が得意とするところだ。うまくやってくれるだろう。


「さて、ではドルセンに向かうとしよう。青の騎士団を守りに残して、残りの全軍で出撃する」


 といっても、総兵力はブリックスの戦いのときと変わっていない。2000といったところだろうか。

 カーミラが率いるドルセン軍が1万程度。単純計算で、ドルセン軍が敵軍1万を引き受けてくれれば、ファルーンが相手にする兵力は4万くらいかな?

 ざっと20倍の兵力差か。なかなか厳しいな。


「わたしも出ようか?」


 カサンドラがそっと声をかけてきた。僕の面子を立てるために、他に聞こえないよう言ってくれているのだろう。


「いや、子どもたちを頼みます。さすがに戦場には連れていけないし、留守中、子どもたちを狙われたら最悪なので」


 剣聖であれば1万人くらい相手にできそうだが、ここはアーサーとヒルダの安全が一番だ。僕とフラウはファルーンの旗印なので、出撃しないわけにはいかないから、留守役にはカサンドラが適任だろう。


「そうか、残念だ。久しぶりに軍勢を相手に剣を振るいたかったんだがな」


 戦いに出られないことにカサンドラは落胆したようだ。まあ、この人が出ると、ひとりで勝ちかねないので、今回は遠慮してもらおう。ファルーンは僕個人の武勇で成立している面もあるので、僕以上の力を示されると色々と不味い。剣聖は本当に最後の切り札だ。


「あの……」


 今度はマリアが小声で話しかけてきた。


「わたしが信者たちと会談する際にですね、多少話を盛ってもいいでしょうか?」


「盛る? どんな風に?」


「陛下がわたしのことを真の聖女だと認め、熱心な支持者になってくれた、とか、今までの悪行を悔い改め、現教皇を排して、わたしを次期教皇にするつもりだ、とかいう風にです」


 ……随分、盛るつもりだな、こいつ。どんだけ面の皮が厚いんだ?

 まあ、テロリスト一歩手前のマリアの狂信者たちには、そういう風に言ったほうが受けが良いんだろうな。


「好きにしろ。それで聖騎士団やイーリスの戦力が削げるなら安いものだ」


「ありがとうございます! 戦いに勝ったら、そのままマーヴェ教国とイーリス国もやっちゃいましょう!」


 ……何でこんなヤツを救出しようと、みんな頑張ってるんだろう?

 聖騎士団やイーリス国の連中が可哀そうになってきたよ。

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― 新着の感想 ―
まじでマリア好きになれん
武官って……9割が武官じゃん(笑)
[良い点] ぶはははは。 おいこら、聖女サマ。 話を盛るどころか完全に捏造じゃねーか。 宗教ほどアジテーションが上手い連中はいませんよね。
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