その47 ファルーンの聖女
―――マリア視点―――
気がつけば、そこはファルーンでした。
ドラゴン、正しくはワイバーンというモンスターのようですが、これに乗ると一瞬で目的地までたどり着けるようです。
決して意識を失っていたから一瞬で着いたように感じたわけではありません。聖女的にそんなことはありえないのです。後に書かれるであろう、聖女マリアの伝承に「マリアはワイバーンに乗って気を失った」とか書かれたら、たまったものではありません。
ファルーンの王都は活気のある場所でした。闘技場や巨大なモンスター小屋、それを取り囲むように立ち並んでいる様々なお店などがあって、実に楽しそうです。マーヴェ教国のような辛気臭い……いえ質素で慎ましい国とは大違いです。
ただ、王城は堅牢そうですが質素でした。マルス様に言わせると「どうせ壊されるから、豪華にしても無駄」らしいです。わたしはその王城の中の一室を居住する場所として与えられました。
前任の司教様が使っていた部屋で、内装は思いのほか良いものでした。わたしがマーヴェ教国で使っていた部屋よりは格段に上です。
従者も付きました。アニーという女性で、わたしと同い年。敬虔なマーヴェ教徒の方でした。
従者……何と良い響きなのでしょう。今までもわたしを慕ってくれる方々はたくさんいましたが、だからといって従者扱いすることはできませんでした。
ですが、今回は専属の従者が付くわけです。何をしても良い下僕です。いや、聖女的に雑な扱いをするわけにはいきませんが、何というか、そういう人がわたしの下に付くというだけで心が躍ります。
早速、着替えを手伝ったり、料理を持ってきたりしてくれました。一応、
「いえ、着替えもひとりでできますし、料理も自分で取ってくることができますよ」
とは言いましたが、
「これもわたしの仕事ですので」
と笑顔で申し出を断られました。そう、それですよ、それ! わたしが待っていたのは、そういう対応なのです!
わたしもこれで王侯貴族の仲間入りです。ようやく、ここまでこれたわけです。
そして、アニーが運んできた食事ですが、アレが入っていませんでした。
「アニー、その……肉がないようですが?」
「え? お肉なら入っていますが?」
アニーは良い感じに焼けた肉料理を指差しました。
「いえ、それではなく、ファルーン名物のモンスター肉のことです」
モンスターの肉はそんなに美味しそうな見た目にはなったりしません。もっとおぞましい、人に生命の危機を感じさせる独特の見た目と臭いがするはずです。
「あの、マリア様、モンスターの肉は決してファルーンの名物ではありません。一部の少し頭のおかし……いえ、どうしても強くなりたいハンドレッドのような人たちぐらいしか食べませんよ?」
「え? そうなのですか? ファルーンでは全国民がモンスターの肉を無理矢理食べさせられているという噂があったのですが?」
というか、わたしは勝手にそう信じていました。あんなに素晴らしい食べ物なのですから、むしろ、みんな食べた方が良いと思いますが。
「マリア様……それは偏見というものです。陛下はそのような方ではありません。王は民にとてもやさしい方です。税を低くしてくださった上に、兵役もなくなりました。魔獣の森の開拓も進み、ファルーンをとても暮らしやすく豊かな国にしてくださったのです」
おや、思いのほか、国民からの王様の評価は高いようです。
「そうなのですね。ごめんなさい、わたし、何も知らなくて」
「いえ、そんな! 謝られるようなことではありません!」
アニーが非礼を詫びるように、ペコペコと頭を下げた。良いですね、この感じ。こちらが生殺与奪を握っているような主従関係がたまりません。
とはいえ、わたしがファルーンに来たのは、安定的に質の高いモンスターの肉を摂取するためですから、それを食べれないというのは困ります。
「でもアニー、わたしがファルーンに来た目的のひとつは、モンスターの肉を食べることの良し悪しを見極めるためでもあります。モンスターの肉を食べずして、それを判断することなどできないのです。ですから、できればモンスターの肉を食事のときに提供して頂けないかしら?」
「そ、そんなものなのでしょうか? あれは毒なので食べない方がマリア様のためだと思いますが……とにかく、わたしでは判断できかねますので、上の者に確認させて下さい」
アニーはいまいち納得できない顔をしていた。
「ええ、わたしからも陛下にお願いしてみましょう」
直接、わたしが言ったほうが話が早そうです。
翌日、謁見の間でマルス王に会う機会があったので、早速モンスターの肉の話を切り出しました。
「陛下、わたしもモンスターの肉を食べてみたいのですが、宜しいでしょうか?」
言ったとたん、ファルーンの重臣たちがざわつきました。マルス王は怪訝な顔をしています。
「……なぜだ? あれは毒だぞ?」
その毒を食べている人が言うセリフとは思えません。
「新しい教義に罰則規定を設けないことが決まったとはいえ、マーヴェ教として問題になったのは事実です。その真偽を見極めるために、わたし自らがモンスターの肉を食べる必要があるかと」
「いや、ないな」
即答されました。
「あれは毒で、まともな人間が食べるものではない。強さを追い求める人間のみが、命を賭けて食べるようなロクでも無いものだ。まっとうな人生を送りたかったら手を出すな。おまえは聖女候補だ。モンスターの肉など食べて、経歴を汚す必要はない」
この王様、噂とは違って、至極真っ当なことを言います。しかも、発言に気持ちがこもっている気がします。
ただまあ、確かに女性初の教皇を目指すわたしが、まっとうな人生を送っているとは言い難いのは事実ですが。
「わたしの経歴のことなど、どうでも良いことです。大切なのはマーヴェ教の司教代理として真実を知ること、それだけです。お願いします、わたしにもモンスターの肉をお与えください」
経歴に関していえば、今までこっそりモンスターの肉を食べていたのですから、もう手遅れです。むしろ、ファルーンの調査ついでにモンスターの肉を食べるという態で、これからは堂々と食べれるようにしたいのです。
「本気か? 調査するまでもなく、モンスターの肉は良いものではないぞ? あんな不味いものを食べるくらいなら、人は普通の物を食べて生きていくべきだ。その点に関しては、マーヴェ教の新たな教義は正しいとすら思っている」
何でマルス王はマーヴェ教側に理解を示しているのでしょうか? あの教義は完全にファルーンを狙ったものなんですけど?
「世の中には(普通の食事が)食べたくても食べられない人だっているんだ! マリアよ、おまえは自分がいかに恵まれている環境にいるのか、わかっていないのか?」
マルス王の言葉が熱を帯びてきました。何でこの人はモンスター食の創始者なのに、こんなにモンスターの肉に対して否定的なのでしょうか?
「王よ」
そのとき、陛下の傍にいた妃のひとりが口を開きました。燃えるような赤毛で何故か白い仮面をつけています。確か第三妃でカサンドラという名前だったかな?
「何かモンスターの肉にご不満でも?」
うわっ、こわっ! 威圧感が半端ありません。わたしに向けられたものではないのに、寒気がします。
「……いや、特にはない」
あっさり、マルス王が折れました。ひょっとして、ファルーンで最も偉い人はカサンドラさんなんでしょうか?
「わかった。マリアよ、おまえの食事にもモンスターの肉を出すよう、伝えておこう。くれぐれも無理はするなよ?」
「ご配慮感謝いたします、陛下」
ともあれ、モンスターの肉を食べることができそうです。これで目的のひとつは達成できました。
「それとな、わたしの方からもひとつ頼みがある」
「何でしょうか、陛下?」
「おまえの癒しの力を借りたい」
そうでしょう、そうでしょう。将来の聖女と名高いわたしがファルーンに来たのですから、その力を借りたいのは当然です。
大方、市井の教会に出張って、庶民たちを癒し、王としての点数稼ぎをしたいといったところでしょうか?
そんなことをしても、マルス王ではなく、わたしの評判が上がってしまうだけなんですけどね?
「はい、わたしで役に立てるのであれば喜んで」
わたしは聖女スマイルで返事をしました。
そして連れてこられたのは闘技場でした。
「いやーありがたいねぇ、聖女候補ともあろう方がこんなところに来てくれて。負傷者が増える一方で、最近は手が回らなくてね。多少の怪我なら、わたしの弟子たちが治せるんだけど、重傷だとそれもなかなか難しくてね」
そう言って、わたしを歓迎してくれたのはルイーダという方でした。
ハンドレッド専属の僧侶をやっていらして、その下には10人くらいの回復職のお弟子さんがいます。
眼前の闘技場では、激しい戦いが繰り広げられていました。観客の方々もヒートアップしています。
え? わたし、こんなところで癒しの力を使うのですか? 何かこう、聖女的にあまりよろしくないような場所だと思うんですけど? お金も賭けられているみたいだし。
そんなことを考えていたら、試合がひとつ終わって、勝った方も負けた方もわたしたちのいる医療施設にやってきました。ふたりとも酷い怪我です。というか、敗者の方は袈裟懸けにバッサリ斬られていますが、これって致命傷では?
「じゃあ、負けた方を治してみて?」
はあっ? 何を言っているんですか、ルイーダさんは?
この傷はそう簡単に治せるものではありません。街の教会に運び込んだら、葬式の準備を勧められるレベルです。
……わかりました。わかってしまいましたよ、わたしは。
おそらくルイーダさんは、わたしに嫉妬しているのです。今まで自分がやってきた仕事を、わたしに取って代わられるのが怖くて、わざと無理難題をふっかけてきているに違いありません。
こういう嫌がらせは、マーヴェ教国のときもよくありました。その度にわたしはそれを乗り越えて、名声を得てきたのです。
ここは一発かましてやる必要がありそうですね。
「わかりました。やります」
気合を入れたわたしは神に祈りを捧げました。上位の癒しの呪文です。
負傷者が光に包まれて、見る見るうちに傷口が塞がっていきます。
少し経って、傷は綺麗になくなりました。
どうですか、わたしの力は? 凄いでしょう、ルイーダさんも悔い改めて、わたしのことを称えるがいいです。
「おーさすが聖女候補、なかなかやるねぇ」
あれ? あんまり驚いていません。強がりでしょうか?
「ありがとよ、嬢ちゃん。これ受け取ってくれ」
傷を癒された方も、特に驚くことなく、わたしに小金貨を1枚渡してきました。
野菜でも買ったような気安い感じで、ありがたみを感じていません。
わたしの想像していたリアクションとは、だいぶかけ離れています。
そしてよく見たら、死なない程度に酷い怪我をしていた勝者の方も、ルイーダさんのお弟子さんたちが手際良く癒していました。結構、実力が高い癒し手さんたちです。
……ひょっとして、ここってマーヴェ教国よりもレベルが高いのでは?
わたしが呆然としていると、歓声があがり、またひとつ試合が終わりました。
そして運び込まれてきたのは死体でした。
カサンドラの娘もマリアという名前だったので、そちらはヒルダに修正しました。
名前を考えるのが好きではないので、適当にやり過ぎましたね。
あと、総合評価が100を超えました。
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これからも宜しくお願い致します。




