その46 聖女の内面
わたしはマリア、将来は初の平民出身かつ女教皇になる予定の聖女候補です。
実家は教会の隣にあって、幼いころに見よう見まねで司祭様の癒しの真似事をしたりもしていました。
そんなある日、ちょっと家にあった剣で友達と騎士ごっこをしていたところ、友達の腕をバッサリやってしまい、血がビュービュー出る大けがをさせてしまったのです。
「だっ、大丈夫、大丈夫! わたし、司祭様の癒しとかできるから!」
とか適当なことを言って、真剣に神に祈りを捧げたところ、本当に怪我を治すことに成功したのです。
以来、聖女の生まれ変わりに違いないと、周囲から称賛を浴びてきました。
わたしは確信しました。友達に怪我をさせたのも、その怪我を癒したのも、神の試練に違いなかったのだと。決してわたしが悪かったわけではありません。
これは神の思し召し、わたしは神に選ばれた人間なのです。
以来、わたしは聖女として振る舞って、事あるごとに癒しの力を使いました。
ですが、ある程度成長すると、わたしの癒しの力は伸びなくなりました。初めは成長するにつれて、癒しの力も強くなると思っていたのですが、ほとんど変わらなかったのです。
神に祈りを捧げるのはもちろん、身体を鍛えたり、魔法を学んだりと、様々な努力をしましたが、癒しの力は伸びなくなったのです。わたしは悩みました。このままでは、皆がわたしのことを称賛してくれなくなります。聖女として、華々しく世に出る予定なのに、これでは台無しです。
そんなとき、ある噂を耳にしました。モンスターの肉を食べると、力だけでなく、魔力も上がるという噂です。噂の出所であるファルーンという国では、鬼のように強い戦士だけでなく、強力な魔導士団も擁しており、それはモンスターの肉を食べたせいではないか、というのです。
でもモンスターの肉は毒というのは一般常識。試そうなどという酔狂な人はいませんでした。
そう、凡人たちの中には。
神に選ばれしわたしにとっては天啓です。
さっそくモンスターの肉を食べることにしました。問題はどこで肉を手に入れるか、ということですが、幸いなことに、わたしの両親は冒険者で、モンスター討伐を生業としていたので、簡単に肉を手に入れることができました。モンスターは素材の塊ですが、肉だけは使い物にならなくて、廃棄されるのが常なのです。ただ両親には止められました。
「やめとけ、あれはただの毒だぞ?」
「そうよ、そこまでして聖女になりたいの?」
なりたいに決まってます! わたしは聖女となり、教皇まで上り詰めて、富も地位も名声もすべて手に入れるのです。「くれないなら自分で狩りに行く!」とわたしが剣を手にとって外に飛び出そうとしたところで、両親は諦めて肉を調達してくれました。
その肉は小型モンスターのもので、「これくらいなら死なないんじゃないか?」と両親が選びに選んだものでした。
初めて食べたモンスターの肉の味は忘れることができません。
全身に痺れが走り、意識が飛んで、神の存在を実感することになりました。
……端的に言うと死にかけました。
母がポーションを使い、父がわたしの頬を必死にはたいてくれたおかげで、意識を取り戻すと、わたしは自分に解毒と体力回復の呪文をかけ、何とか一命は取りとめました。
母は泣いていました。「お願いだから、もう止めて」と。
しかし、わたしにとっては、これこそが神の試練なのです。ここで止めたら、死にかけたことも無駄になります。
体力が回復したわたしは、毒耐性向上の呪文を覚え、肉をもう少し小さくし、再びモンスターの肉に挑みました。
この2回目のトライは上手くいき、嘔吐・下痢・腹痛程度で済みました。この症状を治すために、回復呪文の使い方が上手くなったので、結果的には大成功でしょう。両親は引いていましたが。
そして問題の癒しの力ですが、モンスター肉生活を一月ほど続けたところで、効果が出始めました。今までには治しきれなかった傷でさえ、完治させることができるようになったのです。
これに気を良くしたわたしは、食べるモンスターの肉の量を徐々に増やし、どんどん癒しの力を伸ばしていきました。
そして、名声を高めるために、ひたすら人を癒しました。
タダで治してくれると思って、周辺各地からガンガン人が来ます。
時々、「これ少ないですけど、受け取ってください」と本当に少ないお金を渡そうとしてくる人もいるのですが、「良いのですよ、そのお金は養生のために使ってください」と返すと、「何とお優しい、あなたこそ真の聖女です!」とか言って簡単に引っ込めやがります。
……人の業とはなんと浅ましいことでしょう。こういう愚民たちをわたしが教皇になって導いてあげなければならないのです。
ただまあ、無料ということで、わたしも躊躇なく練習中の呪文の実験台にすることができたので、そういう意味では良い経験を積むことができました。
そんな生活を2年ほど続けたところで、わたしは押しも押されもせぬ聖女候補となっていきました。当たり前です。わたし以上に慈愛が深く、強い力を持つ癒し手など存在しません。
ついでに周辺の教会の経営も傾きかけました。教会は癒しを施す際に、寄付という形で金を集めていたのに、わたしがタダで治しまくったので収入が激減したのですから。
教会から泣きつかれたマーヴェ教団もついにはわたしを無視できなくなり、正式な聖女候補として、マーヴェ教国に招き入れることになったのです。わたしが16のときでした。
教皇を筆頭としたマーヴェ教団の上層部は元貴族というだけで態度だけでかく、他の聖女候補は大した癒しの力も持っていないくせにロクに働かない貴族の娘たちばかりです。
しかしまあ、だからこそわたしという存在が輝くわけで、聖女候補として甲斐甲斐しく働き、聖騎士団の手伝いも積極的に行うことで、わたしの好感度は爆上がりです。
ちなみに聖騎士団の手伝いはモンスターの肉を入手するためにやっていました。親元を離れてしまったので肉の入手が難しくなったため、聖騎士団が行っていたモンスター討伐に同行することで、モンスターの肉を調達していたのです。
討伐したモンスターの死体に対して「モンスターにも神の慈悲を」とか何とか言って、祈りを捧げるふりして、転送呪文をかけて肉を確保していました。聖騎士たちは「何と慈悲深い……」と感動していました。ちょろいものです。
しかし、そういった地道な活動にも関わらず、わたしの地位はなかなか上がりませんでした。
騎士団や民衆からの支持は得ているのですが、上層部からの受けがいまいち良くなかったのです。庶民出身のくせに生意気、という評価を受けていました。
さらに悪いことに、新たな教義の発表がなされました。明らかにファルーン国に対する牽制のような教義でしたが、その中でモンスターの肉を食べることが禁じられたのです。
世間体が悪いので、モンスターの肉を食べていることは秘密にしていたのですが、それがバレたときに聖女候補として致命傷になってしまいます。
あと貴族の身分の保護というのも気になりました。わたしはこれから貴族階級を打倒して、頂点を目指すわけですから、彼らの身分の保護などとんでもありません、
これは何とかしなくては……と思っていたら、ファルーンの国王マルス様がマーヴェ教団に殴り込みにやってきました。
さすがモンスターの肉を食べ始めた男は違います。神をも恐れぬ行為です。
このとき、教団はマルス様に対抗すべく、わたしを含めた、力のある聖職者たちを聖堂に集めました。恐らくは集団で神の奇跡を使わせるつもりだったのでしょう。
まあ、わたしは祈るつもりは一切ありませんでしたけど。
しかし、聡明なマルス様は教団のやることなどお見通しだったようで、ファルーンから連れてきた騎士たちが聖堂にやってきて、神の奇跡を発動させる前に、警護をしていた聖騎士たちをボコボコにして、聖堂内を制圧しました。
相手はたったの4人なのに、何百人といるはずの聖騎士たちはなすすべもありません。
集められた司祭たちは震えあがっています。
なんて素晴らしいのでしょう! これこそがモンスターの肉の力なのです!
とはいえ、そんなことを堂々と言えるはずもなく、わたしはあくまでも聖女候補らしく振る舞わなくてはなりません。
「おやめください! ここはマーヴェ神を奉る神聖なる場所。それ以上の狼藉は控えるよう、お願いします」
様子を見るに、ファルーンの騎士たちは聖職者に手を出す気はなさそうなので、これくらいは言っても大丈夫でしょう。
「ふん、神聖だが何だか知らねぇが、そんなに偉い神様なら何でおまえたちのことを助けないんだ?」
4人の中でも小柄な男が脅すように、わたしに言ってきました。
まったくもって正論です。多分、ここにいる、わたし以外の人たちがあまり清く正しくないから、神は救いの手を差し伸べないのでしょう。そんなことは言えませんが。
「神は些末なことに手を差し伸べられないのです。だからと言って、その眼前で暴れても良いというわけではありません。負傷した聖騎士様たちにも治療させてください。どうかお願いします」
聖騎士たちはわたしの支持層なので、あまり怪我を負わされても困ります。
ここでわたしはファルーンの騎士とにらみ合いになりましたが、そうこうしているうちに、マルス様が教皇様たちを引き連れてやってきました。
マルス様といえば、狂王と恐れられている反面、実力主義者ということでも知られています。
ここはひとつ、お近づきになるために一発かましてやることにしました。
わたしが使える最高レベルの癒しの魔法・ヒーリングフィールドを披露したのです。
これが見事に決まって、聖堂で倒れていた聖騎士たちの傷をすべて癒すことに成功しました。
目論見通り、マルス様はわたしのことが気に入ったみたいで、
「猊下、ファルーンの司教はマリア殿にお任せしたい」
と教皇様にお願いして頂けました。司教……その座は教皇になるための第一歩となります。
しかし、教皇様は難色を示しました。わたしも
「教皇様の仰る通りです。わたしには司教になれるような資格はありません。聖女候補になれただけでも十分なほどです」
と聖女っぽく同意しておきました。内心では司教の地位でも足りないくらいだと思っていますが。
その後、マルス様は金と暴力に物を言わせて、わたしを司教代理ということにしていただき、ファルーンの司教の座に就くことになったわけです。
すべては計画通り。わたしはファルーンでもっと強力なモンスターの肉を食べて、さらなる力とファルーンの後ろ盾を得て、教団での確固たる地位を築き上げてやるのです!
……えっ? いますぐファルーンに行くんですか? そのドラゴンに乗って?
いや、わたし、高いところはちょっと……って、いやぁぁぁっ!?