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その42 マーヴェ教国

 ドルセンで起こった反乱は、カーミラが鎮圧して、そのまま王都ベルセを占拠してしまった。

 事実上、ドルセンはファルーンが支配するところとなっている。

 カーミラはドルセンに留まっているが、内政面はガマラスが派遣した官僚団が差配し、ファルーンやカドニアと同じように、貴族を排した統治体制を取っている。カーミラはドルセンの王位が欲しかっただけで、政治には関心がないようだ。

 バルカン軍と戦っていたジークムンドはカーミラの傘下に入った。侵攻したバルカン軍は、ファルーンがベルセを占拠した段階で撤退している。

 カーミラはジークムンドに加えて、ミネルバ、レイア、シャーリー、サーシャという元妃候補の4人を新たに五天位に任命。これにより、久しぶりに五天位の座がすべて埋まることになった。カーミラは新たな五天位とパレス騎士団を中心に軍を再編。

 ミネルバたちは対イーリス戦で戦功を上げ、内外に威を示した。彼女らの活躍により、イーリス軍はドルセンから撤退している。


 一方のファルーンはというと、カサンドラが出産。初めての女の子で、ヒルダと名付けた。

 カサンドラはすぐにヒルダを鍛えようとしたが、そこは全力で阻止させてもらった。いくら、剣聖の娘でも物には限度というものがある。

 しかし、それ以外には特に何もなかった。ファルーンは平穏なものである。

 ……と思っていたのだが、


「陛下、マーヴェ教が新たな教義を発表しました」


 ガマラスが緊張した面持ちで報告してきた。今回はマーヴェ教が関係しているので、僧侶のルイーダも同席していた。


「モンスターの肉を食べることを禁止、モンスターの大規模な使役の禁止、貴族の身分の保護の3項目です」


 ふむ、どれも常識的な話である。ほとんどの国では問題ないだろう。ただしファルーンでは何ひとつ守れていない。


「……マーヴェ教は我が国に恨みでもあるのか?」


 特に熱心な信者というわけではないが、殊更迫害した覚えもないのだが。


「陛下、我が国に長いこと司教が不在であることをご存じですか?」


 司教? そういえば昔はいたな。国家行事の際に、神の代理人として偉そうにしていた肥えた老人のことを思い出した。


「確かに今はいないな。以前いた司教はどうした? おまえと仲が良かったと記憶しているが?」


 前いた司祭はガマラス派閥と言っていいくらい、ガマラスとの距離が近かったはずだ。


「はい。たしかに私は司教と親しくしておりました。ただ、あの頃のわたしと仲が良いということは、汚職や不正等に手を染めていたということでして……」


 ガマラスは言葉を濁した。ああ、そういうことか。そりゃ、あの頃のガマラスとつるむようなヤツはロクでもないわな。


「わたしが王位を奪った際に、他の貴族らと共に殺してしまったか?」


 まったく記憶にないが、やってしまっていても不思議ではない。


「いえ、あのとき司教は城内にいなかったので無事でした。ただ、不正に蓄財していましたので、その後に、わたしが身ぐるみ剥いで追放しました」


 ……そりゃマーヴェ教もファルーンに対して良い気はしないわな。


「それが原因か?」


「いえ、マーヴェ教国にも不正の報告をしましたので、そこまで我が国に非があったわけではないはずです。ただ、代わりの司教は派遣されませんでした」


 いくら非があったところで、身ぐるみ剥いで追放されるように国に来たがる司教はいないだろうさ。


「まあ、マーヴェ教の司教のような形式的に必要なものなど、我が国には不要だがな」


 儀式とか面倒くさいし、司教が不在でも問題ない。


「さすがです、陛下。冷徹なまでに無駄を省くその姿勢こそ、真の王であらせられます」


 ガマラスが跪いた。いやまて、それじゃあ、まるで僕がケチみたいじゃないか。


「我が国にはルイーダという実力的には申し分ない僧侶もいる。どうだルイーダ、おまえがファルーンの司教をやるか?」


 せっかくいるので、ルイーダに話を向けてみた。


「いやいや、陛下。それは無理です。ああいうのは魔法とは別に儀礼的な事を覚えなきゃならないので、わたしには務まりませんよ。大体、司教になるにはマーヴェ教の位が必要なので、わたしが勝手にやっていいものではないんです」


 首を横にぶんぶん振って拒否するルイーダ。


「では、今回の教義に関してはどう思う? 新たな教義とやらを破ったら、何が起きると考える?」


「……明らかにファルーンを意識して作られた教義なので、相応のペナルティを与えてくると思います。恐らくは陛下を破門するのではないかと」


 破門ねぇ。別にされたところで困らないけど。


「わたしが破門されると何か問題があるのか?」


「ファルーンにおいてマーヴェ教の儀式が行われなくなると思います。婚姻や葬儀において、マーヴェ教の司祭の協力が得られなくなるかと。陛下は気にしなくても、民が困ることになります。あと、王が破門されることで、民に動揺が広がると思います」


「民に影響を及ぼすのか。それはダメだな」


 まだ安定していないドルセンのこともあるし、事は荒立てたくない。


「かと言って、新たな教義などひとつとして呑めるものではない」


 モンスターの肉を食うな、なんてオグマたちが納得しないし、モンスターの使役に関しては、国家事業になっているから、今更やめられない。あと、貴族など不要だ。必要最低限で良い。


「……話をしに行くか」


「どこへですか?」


 ガマラスが不思議な顔をした。


「決まってるだろう。マーヴェ教国だ。直接、教皇と話をして、新しい教義を止めてもらう」


「どうやって行かれるのですか? マーヴェ教国へはイーリス国を超えて行かねばなりませんぞ?」


 マーヴェ教国まではそこそこ遠い。ドルセン国を通り、イーリス国を縦断しないとたどり着けない。


「ワイバーンを使う。さすれば、イーリスを通過するのに何も問題はあるまい」


 キーリのもと、ワイバーン部隊は実用化に近づいていた。僕としては直接的な戦力というより、移動手段として使うことを念頭に置いていた。

 ワイバーンはドラゴンだが、下等種でそこまで強くはない。実戦に出せば、ある程度は活躍するだろうが倒される可能性も高いだろう。数が少ないので、それではもったいない。

 ただ、純粋な機動力として運用すれば、倒されるリスクは少ないし、輸送部隊として重宝するはずだ。


「モンスターの運用方法を実際に見せれば、教皇も納得するかもしれんしな」


「なるほど。しかし、モンスターの肉と貴族への対応はどういたしますか?」


「うむ、その辺に関しては、マーヴェ教国から新たな司教に来てもらおうかと思う」


「新しい司教ですか?」


 ルイーダが不安そうな顔をした。


「そうだ。で、その司教にファルーンの実情を見てもらい、判断してもらえば良い」


「ですが、陛下。わたしが言うのも何ですが、マーヴェ教の上の連中は、貴族出身のいけすかない連中ばかりで、ファルーンに対して良い判断はしないと思いますよ?」


 僧侶であるルイーダなのだが、マーヴェ教の上層部をあまり快く思っていないようだ。


「そのへんはわたしが選んでくる。ファルーンの司教にするのだから、見どころのある人材を見つけてこよう」


「そんなに上手くいきますかねぇ?」


 ルイーダは事の成否を疑っている。しかし、ダメならダメで仕方ない


「そのときは別の手を考えるとしよう」


 まあ、最悪破門されてもいいさ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 翌日、僕はワイバーンに乗っていた。ワイバーンを操るのは僕ではなく、ドラグーンという新たに結成された部隊である。

 ワイバーンを操るには、ある程度適性が必要なようで、候補者の中からキーリが選抜した。選抜された者は、ワイバーンに手ずからエサをやるなど、日常的に世話をすることで、信頼関係を築き、ワイバーンに認められる必要があるのだ。

 実はカサンドラが、竜騎士を擁する北の大国ロンザ帝国の出で、この辺のことに詳しく、珍しくキーリたちにレクチャーしていた。


 ドラグーンたちは主要な都市部があるルートを避けて、できるだけ目立たないように移動した。見つかって騒ぎになるのも馬鹿らしい。途中で何回か休憩を挟み、丸一日かけてマーヴェ教国に到着した。陸路であれば5日以上はかかるから、これはかなり速い。


 マーヴェ教国は神殿を中心に広がる都市で、歴史があり、街並みも美しい。

 そのど真ん中の広場にワイバーンを着地させた。もちろん、モンスターの有用性を見せつけるためだ。


「ドラゴンだ! 何でこんなところに!?」

「マーヴェ様の聖域にモンスターが侵入するだなんて!」

「逃げろ! 聖騎士団を呼ぶんだ!」


 突然舞い降りたワイバーンを見て、悲鳴を上げて逃げていく住民たち。

 ……まあ仕方ない。最初は理解されないものだ。


「陛下、如何いたしますか?」


 ドラグーン部隊の隊長ギュネイが僕に指示を求めてきた。


「ワイバーンを攻撃されたくない。しばらくこの都市から離れて待機しておけ」


「畏まりました。お帰りの際はお呼び下さい」


 ギュネイは一礼すると、他のドラグーンたちを率いて、上空へと飛んでいった。ギュネイには魔法の鈴を持たせているので、僕が対となる鈴を鳴らせば、すぐにわかるようになっている。


「では行くぞ」


 同じくドラグーンに連れてこさせたオグマ、アーロン、バリー、ビル、ブルーノに声をかけた。

 今回の護衛と恫喝役を兼ねている。

 で、神殿に向かって移動し始めたら、あっという間に聖騎士団らしき連中に囲まれた。その騎士たちは見事な意匠をあつらえた白銀の鎧を身に纏っている。


「おまえら何者だ!?」


 隊長格の騎士が厳しい表情で問い質した。


「ファルーンの王、マルスだ。マーヴェ教皇にお会いしたい」


「ファルーンの王だと!? あの魔王と噂される……」


 騎士たちが剣を抜き、臨戦態勢に入った。いや本人を目の前にして魔王とか、失礼過ぎるだろう。


「貴様ら、陛下に向かって魔王とは無礼にも程がある! 我が王を魔王如きと同じにするな!」


 オグマたちが前に出て、騎士たちを威嚇した。いや、『魔王如き』とか、抗議するところは、そこじゃないと思うんだが。


「捕えろ!」


 騎士たちが一斉に襲い掛かる。


「殺すなよ」


 僕はオグマたちに声をかけた。後で話し合いをするのだから、恨みを買うのは不味い。


「わかってますよ!」


 オグマたちが嬉しそうに答えた。ちょうど良いハンデとでも思っているのだろう。


「おらおら、それでも神に仕える聖騎士様か? 神が見てるぞ、もっと頑張れよ?」

「自慢の回復呪文はどうした? 早く回復して立ち上がって来い! すぐにそれ以上のダメージを与えてやるけどな!」

「おいおい、神のご加護ってのは、その程度なのか? 大した事ねぇなぁ、マーヴェって神もよぉ!」


 オグマたちはあっという間に、10人いた騎士たちを倒すと。増援でやってきた30人ほどの騎士もボコボコにした。 

 大人しいブルーノはともかくとして、他の4人はガラが悪い。特にこの手のエリートにコンプレックスを持っていたアーロンは、騎士たちを執拗に虐めている。

 倒れた騎士の脇腹を踏んで肋骨を折ったり、回復するのを待ってから殴って昏倒させたりと、実に質が悪い。

 悔しさのあまり涙を流している騎士もいるが、その顔を容赦なく蹴飛ばしている。


(連れてくる人選を間違ったかなぁ。何か殺すよりも恨みを買っているような)


 と思っていると、いかにも偉そうな服を着た聖職者たちが駆け付けてきた。

 聖職者たちは死屍累々としている聖騎士たちの惨状に顔をしかめた後、


「ファルーンの王であらせられるか? 教皇猊下がお会いになるそうですので、こちらへどうぞ」


 と告げた。

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