その40 ドルセン攻略
ゴドウィン伯が呼び寄せたイーリスの援軍1000騎は、王都ベルセのすぐそばまで迫っていた。
指揮をとるイーリスの将軍は偵察部隊を先行させて、すでにファルーン軍はベルセの城門を突破しているという情報を得ていた。
(抜かれるのが早過ぎる! ドルセン軍は何をしていたんだ?)
将軍は、ドルセン軍の無能を心の中で罵った。
通常、攻城戦となれば、守る方が圧倒的に有利であり、ベルセ級の城であれば、数か月持ちこたえることが可能なはずだ。それを一瞬でファルーン軍の侵入を許すなど、ドルセン軍の怠慢以外に理由が考えられなかった。
「是非もない。このままベルセに突入し、ゴドウィン伯と合流する!」
将軍は部下たちに号令をかけた。
いくらファルーン軍が強兵揃いといえども、その数は200程度。城内の兵と上手く呼応できれば、数に物を言わせて挟撃にできる。
将軍の作戦はまっとうと言えた。
―――立ちふさがる者さえいなければ―――
王都ベルセまであと少しというところで、街道を塞ぐように5人の男が立っていた。
(何だ、あれは?)
少し逡巡した後、将軍は決断した。
「味方であれば避ける! 敵であればこのまま蹴散らすのみ! このまま突き進め!」
ゴドウィン伯の安否が最優先であり、今は時間が惜しい。敵か味方か不明の5人に関わっている暇などなかった。
馬を止める必要すらない。このまま蹂躙するのみである。
そして、あと少しで激突というところで、5人の中のひとりが進み出て、剣を構えた。
体勢を低くし、剣を後方に下げている。
(徒歩の兵士が騎兵を剣でどうにかできると思っているのか?)
単純に剣の間合いでは騎兵には届かず、圧倒的に不利である。無謀も良いところだ。
だが、その男の剣が、魔力を帯びた輝きを見せ始めた。
「剣技持ちか! 総員防御!」
将軍の指示と同時に、それは来た。
男が剣を振るうと同時に、暴風のような衝撃波がイーリス軍を襲ったのだ。
先頭を走っていた騎兵たちが馬ごと吹き飛ばされると、後方にいた騎兵たちの馬はパニックを起こして暴れ、騎士たちは次々と落馬した。
イーリス軍は混乱をきたし、完全にその勢いを失って停止した。
「ここから先は行き止まりだ」
剣を振るった男が宣言した。
「どうしても、ってんなら、俺たちが相手になる」
その男は短く刈り込まれた金髪に精悍な顔立ちをしている。
「貴様、ハンドレッドだな? 名を聞こうか?」
いち早く態勢を立て直したイーリスの将軍が問い質した。このデタラメな威力の剣技は恐らくハンドレッドでも相当上位の者と踏んだのだ。
「俺はハンドレッドの1位、オグマだ」
オグマは後ろの4人を指差した。
「こいつらも同じハンドレッドで、アーロン、バリー、ビル、ブルーノだ」
「始まりの5人か」
イーリスの将軍は、敵対するであろうハンドレッドの情報を事前に精査していた。
その中にハンドレッド最初期のメンバーとして、オグマ、アーロン、バリー、ビル、ブルーノは、ハンドレッド創設時の「始まりの5人」として明記されていた。
常に1位であるオグマは別格としても、他の4人も常にランキング上位を争っている実力者だ。
「人間だと思うな、こいつらはモンスターと同じだ! 数の利を活かせ! 回り込み、包み込むように狩るんだ!」
将軍の指示に従い、イーリスの騎士たちがすぐに包囲網を形成する。彼らはモンスター討伐の経験がある部隊で、すぐに将軍の意を汲んだ。
「良い指示だ。そうこなくちゃ、つまらねぇ」
オグマがニカッと快活な笑みを浮かべた。
「たった5人で、1000人を相手にできると思っているのか? 先のドルセンとの戦いでは、おまえひとりで50人の騎士を倒したらしいが、今回はおまえらがひとり50人倒しても終わらぬぞ!」
敵の戦意をくじこうと、イーリスの将軍が声を上げる。
「何年前の話だ、そりゃ? 俺たちは常に死ぬ直前まで戦い続けて鍛えてるんだ。そんな昔の俺と今の俺を一緒にしないで欲しいな」
片手で持った大剣で、オグマは自分の肩をポンポンと叩くと、おもむろに剣を構えた。
「まあ戦ってみればわかるか! いくぞ!」
オグマが魔力を込めて大剣を振るう。それは風の刃を生み出すソニックブレードではなく、大気を乱し、すべてを引き裂く嵐を発生させるオグマの独自剣技ストームバースト。あまりの威力に、闘技場では使用を制限されている技だ。
ストームバーストが引き起こすエネルギーの奔流の前に、何十人というイーリスの騎士たちが宙を舞った。いや、宙を舞うだけならまだ良かった。まともに喰らった騎士は四肢が千切れている。
一撃で部下を数十人も失ったイーリスの将軍は戦慄した。
(これではまるでドラゴンを相手にしているようなものではないか!)
「背後に回れ! 後ろから狙え!」
そう指示を出すが、オグマの後ろに控えている4人が、まったく騎士たちを寄せ付けない。
オグマほどの派手さはないが、ひとりで5人程度を一度に倒している。
(何なんだ、こいつらは。化け物か!?)
あっという間に削られていく自軍を前に、イーリスの将軍は死を覚悟した。
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アランは取り乱していた。ファルーン軍襲来のほうにうろたえている間に、いつの間にかゴドウィン伯が姿を消している。
(逃げたのか! わたしを見捨てて!)
その推測は正しかったが、ゴドウィン伯はあくまで協力者であって部下ではない。呼び戻そうにも戻ってくるとは思えなかった。
(わたしも逃げるべきなのか? いや、王らしく迎え撃つべきか?)
考えた末に、騎士や魔導士たちを玉座の間に集結させた。アラン側に付いた貴族たちも逃げ込んできた。
(とりあえず迎え撃とう。危なくなったら逃げればいい)
玉座の間には、いざというときのための脱出路がある。臣下たちに時間を稼がせれば、逃げるのはそれほど難しくないはずだった。
「あの扉が開いたら、魔法を撃て!」
味方がまだ逃げ込んでくる可能性を無視して、アランは命じた。
しばしの静寂の後、ギギッっと音を立てて、ゆっくり扉が開きかける。
備えていた魔導士たちが一斉に魔法を放った。爆音と共に扉が吹き飛ぶ。
「魔法で扉を開けてくれるなんて、この国にしては良い演出だわ」
無くなった扉の先に立っていたのはカーミラだった。傷ひとつ負った様子はない。
カーミラはつかつかと玉座の間に足を踏み入れた。後ろにミネルバやレイアといったパレス騎士団が続く。
「ふふっ、アランお兄様にしては、結構味方がいるのね。貴族がこんなにたくさん」
嬉しそうにカーミラが笑った。
「さぞかしガマラスが喜ぶでしょう。あれはケチだから、貴族の数を減らしたがるものね」
「貴族など、何の役にも立ちませんからな」
ミネルバが場にいる貴族たちを一瞥して、獰猛な笑みを浮かべた。
「玉座を簒奪しにやってきたか、カーミラ!」
アランが玉座に座ったまま、カーミラを糾弾した。精一杯の威厳を込めたつもりのようだ。
「あらあら、アランお兄様は記憶障害でもあるのかしら? 王位を簒奪したのはお兄様のほうではなくて?」
「違う! これはドルセンの総意だ! ファルーンなどに屈した王など、誰も王とは認めぬ! これは正当な王位の継承なのだ!」
「総意などと、お兄様は面白いことを仰るのね」
カーミラは心底楽しそうに言った。
「総意とか資質とか正当性とか、そんなものは不要ですのよ? 欲しければ力で獲ればいいだけ。簡単でしょう? お兄様が王位に就けたのは、先王を倒すだけの力があった、それだけのこと。わたしが王位に就けなかったのは力が足りなかったから、それだけのこと」
ゆっくりと細身の剣をカーミラは抜いた。
「この世は簡単な根本原理でできているんです。さて、心の準備は良いですか? 神への最期の祈りは捧げましたか? 最期の晩餐はお済みで? 特に食事は重要ですのよ。わたし、ファルーンに嫁いでから、食事の大切さを毎日のように痛感させられていますの。普通に美味しく食べられる食事の何と素晴らしいこと! 今考えれば、好きなものを好きなだけ食べられる日々こそ、人生で最も輝ける時だったのではないかと思えるくらいに、ね」
突然、食事の話を始めたカーミラだったが、パレス騎士団の面々もその言葉に深く頷いている。
「……おまえは何を言っているんだ? 一体、ファルーンで何を食わされているんだ?」
「何って、モンスターの肉ですよ、お兄様。端的に表現すれば、不味い毒です」
「不味い毒? いや、そんなもの食わなければいいだけでは……」
そのアランの言葉をカーミラは鼻で笑った。
「はっ、わたしたちには選択権などないのですよ。あの国ではそうせざるを得ないのです。食べなければ弱者は弱者のまま。それはわたしの矜持が許しませんの。このパレス騎士団の者たちも同様ですわ。力を求める者たちにとって、ファルーンは理想の国でもあり、地獄でもありますの」
そう言うと、カーミラは表情を消した。
「さて、おしゃべりが過ぎましたわね。そろそろいいかしら? まずはとっとと逃げ出しそうな、お兄様からやりましょう。どうせ、下の者に戦わせて、危なくなったら自分は脱出路から逃げようと思っているのでしょう? 昔からそういう人でしたものね。それだから、お父様から『王の資質無し』と見做されたのですよ?」
「なっ、何を言っている? おまえにわたしの何がわかるというのだ! ちょっと才能に恵まれたからといって、幼いころから我儘放題してきたおまえに、わたしの何がわかるんだ!」
「別に? 特にわかりたくもありませんわ」
カーミラは瞬時に剣を振るった。
入り口から玉座まで距離があったにも関わらず、その剣から放たれた風の刃は護衛の騎士たちの間を抜けて、アランの身体を玉座ごと左右に両断した。
「陛下っ!」
ドルセンの貴族や騎士から悲鳴のような叫び声が上がる!
「姫様っ! わたしはあなたに絶対の忠誠を誓います! すべてをあなた様に捧げます! どうか、どうか、命だけは!」
貴族のひとりが、カーミラの前に進み出て、跪いて命乞いをした。
「忠誠? あなたたちは先王の即位の儀のときも同じことを言ったでしょう? わたし、聞いていましたわ。で、その口であなたたちはアランお兄様の反逆に加担したのでしょう? そのような忠誠に何の価値があって?」
「いや、それはその、ドルセンのためにと……」
「要らないわ」
カーミラはパチンと指を鳴らし、風の刃でその貴族の首を刎ねた。
「後は始末してちょうだい」
パレス騎士団にそう告げると、カーミラは玉座の間を後にした。