その4 訓練仲間
師であるカサンドラと出会ってから3年ほど経った。
7日に一度、顔を合わせ、一緒に不味いモンスターの肉を食い、その後、軽く手を合わせる。
会わない間に、モンスターの肉を食っていない日があると、会ったときに肉を食わされるので、毎日モンスターの肉は食べるようにしていた(師匠持参の肉は強烈に不味かった)。
ちなみに、師匠は僕が肉を食べなかった日数を、正確に言い当てた。
何でも前回会ったときとの体の成長度合いの差でわかるらしい。僕にはさっぱりわからなかったが、身体をジットリと見られてると思うと、ちょっと気持ち悪い。
あと、会わない間に鍛錬をサボっていると、手合わせでボコボコにやられた。
これもやはり、前回からの技の成長度合いで分かるらしい。
師匠のボコりは強烈で、全身痣と傷だらけになるものだから、城に戻ってからの言い訳に苦慮する。
なので、毎日サボらず鍛錬することにした。
結局、毎日モンスターの肉を食い、鍛錬する必要があるわけだから、自然と毎日モンスターと戦った。それも弱い相手だと、やっぱり師匠にサボりと見なされるので、常にギリギリ勝てる相手と戦って、その肉を喰らった。
腕輪は付け始めのときは、動作が緩慢になり、城ではまた毒に侵されたと勘違いされたが、3ヶ月ほどで慣れた。人間、何にでも慣れるものだ。
さらに1年ほど経つと、腕輪が外れるようになった。このときは嬉しかった。気分は刑期が明けた囚人である。
歓喜して師匠に報告したら、
「そうか、では新しい腕輪をやろう」
と言われて、今度は体重が3倍になる腕輪を嵌められた。師匠の愛が物理的に重い。
この3倍の腕輪も1年ほどしたら外せるようになったけど、それは黙っておいた。5倍の腕輪とか付けられたら、たまったものではない。
ちなみに師匠は10倍の腕輪を嵌めている。「この腕輪はまだ渡せんな」とか言ってたけど、そんなもん付けたら、日常生活で死んでしまう。
手合わせにおいては、師匠の動きが速すぎて、目で追っていたら、とうてい攻撃を避けられなかった。その気配を察して、動かなければならない。
しかも、師匠はギリギリ死なない程度の攻撃をしてくるという、嫌な特技を持っていた。
攻撃が当たると、瀕死のダメージを負うから、こっちも必死だ。
その結果、気配を察して、攻撃を避けるというスキルが身に付いた。スキルというか勘が異常に良くなっただけな気もするが……
しかし、師匠はそのことを
「気をつかむ」
と言っていたので、一応ちゃんとしたスキルなのだろう。
これをいったん掴めると、自分を狙う気配というのがわかる。
ちなみに城では、毒に耐性を付けてから1年ほどしてから、事故を装った暗殺が始まった。
流れ矢から始まり、建物の崩落、魔法による攻撃など、暗殺方法は多岐に及んだが、そのすべてを回避した。
その程度のことで死んでいたら、師匠にとっくに殺されている。
師匠や強力なモンスターの攻撃に比べれば、暗殺を回避するなど、造作もないことだった。
というか、暗殺者の方が師匠よりもまだ優しく思えた。
弟子入りした初めこそ、師カサンドラの名を使って、暗殺から身を守ろうという魂胆があったものだが、今ではそんな気はない。というか、その必要がなくなった。
暗殺を恐れる必要がなくなった今、カサンドラの名を使う意味がない。
むしろ、その名を出した場合、「どこで会っていたのか」とか「毎日城を抜け出していたのか」とか「モンスターの肉なんか食うな」とか「そんな危ない特訓は止めなさい」とか、面倒なことになるのは目に見えていたので黙っていた。
そんな感じで、ギリギリ死なない程度の毎日を過ごしていたのだが、ある日、師匠から別れを告げられた。
「基礎はできたから、あとは自分で鍛えろ。次に会ったとき、サボっていたら殺す」
と言って、どこかへ去っていったのだ。
元々、どこかに定住するタイプではなく、強敵を求めて、世界を流浪していたようなので、ひとつの国に3年も滞在していたことのほうが珍しいことだったのだろう。
師匠はいなくなったものの、「サボったら殺す」というのは、比喩表現でも何でもなく本気ということはわかっているので、毎日修業は続けた。
あと、この頃から事故に見せかけるのも面倒になったのか、刺客が直接殺しにくるようになった。
公務で外を歩いていたら刺客が斬りかかってくる、城で立ち話をしていたら天井から刺客が降ってくる、部屋に戻ったら刺客が待っていた等々、もうなりふり構わず殺しにきていた。
とはいえ、気配が掴めるので襲われる前に察知できるし、師匠やモンスターに比べれば弱いので、あまり問題にならなかった。
問題にはならなかったのだが、反射的に殺してしまうことにクレームが入った。
「殿下、背後関係を探るためにも生かして捕えませぬと……」
「殺すつもりもないんだけど、生かして捕えるには弱すぎるんだよね」
そう答えたら、周囲からドン引きされた。
師匠やモンスターに比べると、普通の人間は脆く、ちょっとしたことで死んでしまう。
その発言がガマラスの耳に入ったのかどうか知らないが、暗殺者の質が向上した。ついでに数も増えた。
さすがに、ある程度訓練されたアサシンが複数になってくると、少し厄介だった。
基本的に師匠やモンスターとは1対1で戦っていたので、対複数との戦闘は経験があまりなかったからだ。
とはいえ、相手の人数が多いからといって、不覚を取っては話にならない。そんなことは神が許しても、師匠が許してくれないだろう。
どうしたものかなーと思いながら、モンスターと戦った帰りに森の中を歩いていたら、剣を打ち合うような音が聞こえた。
この頃になると、強いモンスターを求めて、森の少し深いところまで行くようになっていたのだが、音が聞こえてきた場所は、昔の砦跡だった。
気配を殺して様子を伺うと、砦の中では、鎧を着て、しっかり武装した2人の男が剣で戦っていた。他にもそれを見ている3人の男がいるので、計5人。観戦している男たちも武装している。
観戦している男たちが、戦っている男たちに向かって、応援やアドバイスを送っているところをみると、別に殺し合いをしているわけではなく、単に剣の稽古をしているようだ。
彼らは実戦さながらに剣で斬りあっている。
しかし、これは珍しいことだった。
現在、国ではこういった実戦形式の稽古は行われていない。剣の稽古と言えば、型を綺麗になぞるようなものが主流だ。手合わせも寸止めが基本スタイルで、相手に当てようものなら「下手くそ!」と罵詈雑言を浴びせられる。
というのも、200年以上も平和が続いたせいか、騎士たちが実際に戦うことがなく、そのため、実戦というものが軽視されるようになっていた。
騎士道、という言葉が流行り、いかに華麗に優雅に振舞うかが貴ばれるようになっていた。
はっきりいうと、剣の強さは不要で野蛮なものとされているのだ。当然、剣による決闘も禁止されており、例え訓練であっても、実戦形式のものは忌避されている
僕と師匠の訓練? あれは論外というか、倫理的にアウト。対外的にバレたら、師匠は衛兵に連れていかれて監獄行き。まあ、師匠を捕らえられる人間など、この世に存在しないけど。
それはともかく、彼らはなかなか強かった。恐らくは相当訓練を積んでいるのであろう。よく見れば、戦っている男たちも、見ている男たちも生傷をいくつも負っていた。
これは使える。
彼らの稽古に混ぜてもらって、対多人数用の訓練をすればいいのだ。
あれぐらいの強さならちょうどいい。
というわけで、声をかけることにした。
「僕も一緒に訓練させてもらってもいいかな?」
フレンドリーに声をかけたつもりだった。
が、夜中に森の茂みから出てきた僕を、彼らは思いっきり警戒している。
「何だ、おまえは?」
リーダー格の男が言った。短く刈り込まれた金髪で精悍な顔立ちをしている。恐らく、この中で最も腕が立つだろう。
「いや、森を歩いていたら音が聞こえてね。見に来てみたら、このご時世には珍しい実戦形式の訓練をしていたから、僕も混ぜて欲しいなぁ……と」
「ただ森を歩いていただけだと? この魔獣の森をか? 嘘をつくな!」
「つーか、てめぇ、貴族のボンボンだろう!? ぶっ殺されたくなかったら失せろ!」
「ヘラヘラ笑いやがって。どうせ、何かの気まぐれだろ? 腹の中では俺たちのことを見下してるんだろう!」
他の男たちが一斉に声を上げた。
どうやら、彼らは貴族階級の人間がお嫌いなようだ。
僕ももうちょっと目立たない恰好をしたいが、あいにく城には庶民の服がない。
さてどうしたものかと考えたいたら、リーダー格の男が言った。
「まあいいじゃねぇか、一緒に訓練したいというなら訓練させてやれば」
おお、話がわかる人もいたものだ。
「ただし、死んでも文句を言うなよ?」
と言うや、剣で斬りかかってきた。
あ、ただの脳筋だ、コイツ。
反射的に剣で受けると、立て続けに斬撃を放ってきた。
本気で俺を殺す気で攻撃しているというのが、その殺気でよくわかる。ただ、強さ的には、日ごろ襲撃してくるアサシンたちよりも腕が立つ程度だ。
なので、軽く胴を一閃してみた。
「グハッ!!」
男は辛うじて剣で防いだようだが、綺麗に吹っ飛んだ後、地面に叩きつけられた。
多少、血を吐いているようだが、生きてはいるようだ。立とうとしているが、身体が上手く動かなくてピクピクしている。
いいね、アサシンたちなら、今の一撃で身体が真っ二つになっているところだ。
それを見て、他の男たちが一斉にかかってきたが、全員ボコボコにしてやった。
だが、一人も死なずに生きていたので、ほどよく頑丈のようだ。うん、やはり訓練相手にはちょうど良い。
とりあえず、全員、正座させた後、これからの事を伝えた。
「君たちには、7日間に1度、僕の剣の稽古の相手になってもらう。正直、僕は君たち5人より強い。その僕の相手をするのだから、君たちだって強くなれるはずだ。悪い話じゃないだろう?」
男たちは複雑な表情を浮かべている。
リーダー格の男はオグマ。他の4人は、アーロン、バリー、ビル、ブルーノと名乗った。
「いや、あんたはそれだけ強いんだから、今更俺たちを相手にする必要はないだろう?」
オグマが言った。
「僕にも事情があってね、多人数を相手にした時の訓練が必要なんだよ」
日常的に命を狙われていて、最近アサシンの数が増えたから、そのための訓練、とは言いづらい。
「貴族のボンボンが、俺たちで暇つぶししたいだけだろうが!」
小柄なアーロンが敵意ある視線を向ける。正座させられながらも、彼は反抗的な態度を崩さない。
「俺たちはなぁ、日々食うものにだって困ってるんだ! てめぇなんて、いつも良いもの食ってるんだろうが! 今日の夜、何食ったか言ってみろよ!」
「えっと……今日はレッドボーンの肉」
男たちと会う前に倒したモンスターが、僕の今日の夕食だった。
「みろ! 肉食ってるじゃねぇか! 俺たちはせいぜいパンとスープぐらいしか……レッドボーンの肉!?」
アーロンが絶句し、他の4人の表情も固まった。
「あんた、何でモンスターの肉なんか食べてるんだ? しかもレッドボーンといえば、ひとりで倒せるようなモンスターじゃないぞ?」
オグマは怪訝な顔をしている。
「まあ、単純に言うと強くなるため、かな」
嘘は言ってない。毎日食べないと師匠にエンカウントしたときに殺されるから、という理由は格好悪いから内緒にしておこう。
「モンスターの肉を食うと強くなるのか?」
オグマは強くなる、というところに興味があるようだ。
「なるよ。強いモンスターの肉を食べれば食べるほど強くなる。ただ、その分、肉の毒性も強くなるけどね」
「毒? モンスターの肉は毒で食べられないと聞いていたが、本当なのか?」
「本当だよ。まあ、弱いモンスターから慣らしていけば、そんなに気にならなくなるけどね」
「いやいや、待て待て!」
絶句していたアーロンが割って入ってきた。
「モンスターの肉を食うなんて嘘に決まってるだろ! あれは毒で食えないっていうのは常識だ! おまえ、適当なこと言って、俺たちを騙そうとしてるだろ!?」
アーロンは僕の言っていることを信じていないようだ。
嘘つき呼ばわりは心外なので、ちょっと実演することにする。
というか、正座している彼らの背後にブラッドベアが迫っていた。人間の気配を感じて襲いに来たのだろう。
「はい、後ろに注目」
僕の言葉で、背後から迫るブラッドベアに気付いたオグマたちが、慌てて逃げ出す。
逃がすまいと唸り声を上げて襲い掛かるブラッドベア。
僕は彼らと入れ替わると、剣を抜いて一閃。ブラッドベアの首を斬り落とした。このレベルのモンスターは今の僕の敵ではない。
「すげぇ……」
オグマたちから感嘆の声が漏れる。
さらに僕は剣を振るうと、ブラッドベアを解体して肉片に変える。手慣れた作業だ。
適当な大きさの肉を手に取ると、口の中に放り込む。
生肉なのでクチャクチャと咀嚼すると、さっさと飲み込んだ。
「ほら、食べてるでしょ?」
僕が言うと、オグマたちは首をコクコクと動かした。もちろん、アーロンもだ。
「君たちも食べてみる?」
そう言うと、僕は小さい肉片を彼らに放り投げた。
「少しだけ齧るといい。一遍に食べると多分死ぬ」
彼らは躊躇したが、意を決したオグマがまず肉を少し口にした。
「グエッ! ウェェェッ……」
齧った肉をすぐに吐き出すオグマ。
他の連中も試してみたが、同じように食べることなどできない。
モンスターの肉が食べられることを証明出来て、僕は少し誇らしかった。