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その39 ベルセの街

 ドルセンの王都ベルセは緊張に包まれていた。

 ただでさえ内乱が起きて先王が弑逆され、混乱しているというのに、今度はファルーンの軍が迫っているという。

 ベルセの城壁の上に駐留する兵士たちは複雑な思いを抱えていた。彼らは城壁の内側で起きたクーデターに参加していないので、新王を名乗るアランに忠誠を誓ったわけではない。とはいえ、先王のためにアランに反抗するほどの義理もなく、生活のこともあって仕事を続けている。

 ファルーン軍を率いるのはカーミラ。アランと同じく先の王の兄妹だ。

 カーミラは先王のために兵を挙げたという。であれば、正義はカーミラの方にあるのではないか?


 兵士たちがそんな葛藤を抱える最中、彼方からベルセに迫る馬群が姿を見せた。恐らくファルーン軍だろう。

 それを確認した部隊の隊長が声を上げようとした。


「鐘を鳴らし、敵の接近を知らせよ! 他の者は弓を……ごっ?」


 言いかけて、隊長は倒れた。石畳にはその血が広がっている。

 代わりに、いつの間にかそこに立っていたのは、見慣れない男だった。よくある一般民のような服装に、血の滴る剣を片手に持っている。


「俺はハンドレッドの30位(サーティ)、ジュウザだ」


「ジュウザ? 疾風のジュウザか!?」


 兵士たちが一斉に武器を構えた。

 和睦が成立してから数年、ドルセンとファルーンの間で人の行き来が増えた。

 闘技場を見に行ったドルセンの人間も多くなり、ハンドレッドの噂もよく入るようになっている。その中で、風の如き動きをするジュウザは疾風の二つ名で知られていた。

 ハンドレッドの強さを「誇張された見世物」と貶める貴族や騎士階級とは異なり、実際に見聞きしていた一般階級の人間たちはその強さを正確に評価していたと言える。


「嬉しいねぇ、俺の名がドルセンにまで知られているとは光栄だ」


 ジュウザはニヤリと笑った。


「カーミラ様から伝言だ。『抵抗しなければ許す』と。ただし、『抵抗する者には容赦するな』とも言われている。どうする?」


「たかが、ひとり! やれ!」


 年長の兵士が声を張った。何人かの兵士がジュウザに向かって弓を引く。

 ジュウザはその兵士たちの方に倒れこむようにして走り出す。その動きはしなやかだった。

 兵士は慌てて矢を放ったが、ジュウザは地を這うような低い態勢をとりながら、紙一重でそれを避けると、あっという間に距離を詰めて、弓を放った兵士たちとそれを指示した年長の兵士を斬り捨てた。


「で、どうする?」


 一瞬で5人以上の兵士を斬ったジュウザは、剣を振って血を払い、再び問いかけた。


「言っておくけど勝てないぜ?」


 その言葉に兵士たちは武器を捨てた。アランに対する忠誠心の無さと、目の当たりにしたジュウザの強さが、彼らにそうさせたのだった。

 

 この時、城壁に上っていたのはジュウザだけではなかった。

 パレス騎士団のシャーリーとその麾下のアサシンなど、先行してベルセに潜入していた者たちが、ファルーン軍の接近と共に城壁へ侵入、見張り櫓などを制圧。城壁の守備部隊を機能不全に陥らせていた。



 ただ、城門は閉ざされたままである。

 そこにファルーン軍の馬群から一騎が先行して抜け出た。牛のような巨大な馬に乗っているのは、やはり縦も横もでかい禿頭の大男だった。

 ハンドレッドのワンフーである。手にはブラッディロッドを握っていた。


 ワンフーはそのまま城門に近づくと馬から飛び降りて、ブラッディロッドを門に叩きつけた。

 超重量を持つブラッディロッドの一撃に、門の裏側につけられた閂が破壊され、城門が開き始める。

 城門の内側にいた兵士たちが何事かと駆け寄るが、現れたワンフーの姿を見て、後ずさった。


「どいてろ。大人しくしてれば殺しはしない」


 ワンフーは低いがよく響く声で言った。


「血棍のワンフーだ!」


 城門を守る兵士たちから声が上がった。ワンフーもその名を知られるハンドレッドのひとりであり、血煙を上げるブラッディロッドを振るうことで、血棍のワンフーと呼ばれている。


「おのれ、化け物が!」


 騎士のひとりがワンフーに斬りかかった。

 ワンフーは虫でも払うかのようにブラッディロッドを振るうと、騎士は鎧ごとひしゃげてしまい、物言わぬ肉塊へと変わる。

「こういう死に方だけはしたくない」という見本のような死に、兵士たちは顔を歪めた。


 城門の兵士たちがワンフーに怖気づいている間に、その横をファルーン軍が駆け抜けていった。先頭を走るのは、白馬に乗ったカーミラである。

 城門の惨状を横目で見て、カーミラは片頬で笑った。「祖国の城門ながら、容易く抜けたものよ」と皮肉に思ったのだ。


 ファルーン軍が通り過ぎた後、城壁からジュウザが飛び降りてきた。


「おっさん、一緒に行くか?」


 ワンフーはジュウザをギョロリと見ると、


「案内せぇ。おまえらはそのために先に来たんだろうが」


 と不愛想に答えた。


「へいへい。じゃあ行きますかね」


 ジュウザが城のほうではなくベルセの街の中へと歩き出す。

 それをひとりの兵士が見咎めた。


「待て! どこへ行くんだ!」


 彼は、ジュウザたちが街の人間を害するのではないかと危惧したのだ。


「心配するな。一般人には手を出さないよ」


 ジュウザがひらひらと手を振った。


「じゃあ何をしに……」


「イーリス軍を潰す」


 ワンフーが兵士を見もせずに答えて、歩き出した。

 ベルセの街にはゴドウィン伯が連れてきた500人程のイーリス兵が駐屯している。

 ジュウザたちの標的はそれだった。


「良かった……イーリス兵じゃなくて……」


 去っていくジュウザたちを見ながら、その兵士は心の底から思った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 城の中では混乱が起きていた。

 接近していると聞いていたファルーン軍がすでに城壁を突破し、城内へと侵入しているのだ。

 

 ゴドウィンは何も言わずに玉座の間を辞すると、街に駐屯させているイーリス軍との合流を試みた。

 

「ドルセンの連中が時間が稼いでいる間に急げ!」


 部下にそう告げると、ゴドウィンはファルーン軍が侵入した場所とは離れたところから脱出しようと試みていた。


(部下たちと合流できたら、裏門から出て、援軍と合流せねば)


 ファルーン軍の侵攻の報を聞いた時点で、すぐに本国には援軍を要請しており、その軍勢は近くまでやってきているはずだった。


 だが、城を抜け出して、イーリス軍の駐留場所へとたどり着いたゴドウィンたちが見たのは、イーリス兵たちが死屍累々と広がる光景だった。


「遅かったですな」


 長い黒い髪を後ろで束ねた男が、ゴドウィンに声をかけた。風采の上がらない冴えない顔立ちだが、手にした剣がこの惨状を起こしたひとりだということを示していた。

 その男の後ろには、まちまちの武装をした者たちが20人ほど控えている。その中にはジュウザやワンフーの姿もあった。


「イーリスの三伯のひとり、ゴドウィン伯とお見受けしましたがいかに?」


「……だとしたら、どうする? おまえは誰だ?」


 5人のゴドウィンの側近たちが剣を抜いた。


「わたしはハンドレッドの4位(フォース)・ヤマトと申します。お相手願えますかな? あなたの連れてきた兵士たちでは、ちと物足りなくて」


 ヤマトは事も無げに言った。


「物足りないだと! 500人も殺しておいてか!」


 激昂したゴドウィンも腰の剣を抜く。


「量より質と申しましょうか。音に聞こえた三伯の兵と聞いて期待していたのですが、いささか練度が足らなかったようですな。他の者たちには手を出させませんので、一騎打ちは如何でしょう?」


 如何も何も、ゴドウィンにはこの得体の知れない男と戦う他に、生きる術はないのは明白だった。


「よかろう、三伯を舐めたことを後悔させてやる!」


 言うや否や、ゴドウィンの身体が青白い炎のようなものに薄く包まれた。

 ゴドウィン家に伝わる身体強化の術である。肉体に魔力を走らせることで、短期的に大幅な力の向上を促す技だ。また、その効果は身体だけでなく剣にまで及んでいた。 


「いいですな! 剣技ではないですが、その技術は素晴らしい!」


 ヤマトが表情に喜色を浮かべる。


「ぬかせ! 死ね!」


 ゴドウィンが矢のような速さでヤマトに突進、剣を振るう。

 ヤマトはそれを剣で受け止めるのではなく、受け流すことによって、攻撃をかわした。


「おおっ! 速さだけでなく力もかなり上がっていますね! さすが三伯の技!」


 相手の技を褒めながらも、ヤマトは何度も剣を斬り結んだ。

 裂ぱくの気合を込めて剛剣を振るうゴドウィンに対して、ヤマトは柳のような柔らかさで対応し続ける。


「おのれ! ちょこまかと!」


 ゴドウィンは焦っていた。身体強化は長い間続かない。一撃でも当てれば勝てるはずだが、ヤマトという男は剣術が上手かった。防御だけでなく、受け流した剣でそのまま攻撃に転じており、まったく気を抜くことができない。

 決め手に欠けたまま、時間だけが過ぎていく。


「そろそろ限界のようですな」


 ヤマトのほうも、ゴドウィンの身体強化の術の限界を把握していた。


「しかしまあ、十分です」


(十分? 何がだ?)

 ゴドウィンはヤマトの言葉の意味がわからなかった。

 疲弊したゴドウィンは一旦間合いを離した。体力的にも魔力的にも限界が近く、肩で息をしている。

 それを横目に、ヤマトはゆっくりと構え直した。


「こんなものですかな?」


 ヤマトの身体が青白い光を帯びた。ゴドウィンほどの光ではないが、身体強化の術である。


「馬鹿なっ!!」


 ゴドウィン家に伝わる身体強化の術は門外不出。そう簡単に体得できるようなものではない。


「いやいや、難しいですな、この技は。肉体に魔力をなじませる必要があるので、身体の消耗も激しく、見様見真似ではこれくらいが限界です」


 ゴドウィンは身体強化の術を会得するのに3年かかっている。身体の鍛錬はもちろん、魔法的な素養も必要になるため、どうしても時間が必要になるのだ。わずか数分でモノに出来るような技術ではない。


「……何者なんだ、貴様は? それほどの才がありながら、なぜファルーンのような小国にいる?」


「元は田舎でしがない剣術道場を開いておりましたが、今はファルーンで剣の指南役を仰せつかっております」


「指南役だと? 何だそれは? イーリスに来い。そうすれば、金も地位も望みのものを与えてやろう。何なら爵位もくれてやる」


 三伯のゴドウィンにはある程度の権限がある。王にかけあえば、イーリスでヤマトを相応の地位に就かせることは不可能ではない。


「……爵位ですか?」


 フッ、とヤマトは嗤った。後方に控えている他のハンドレッドのメンバーたちも嗤った。


「残念ながら、金にも地位にも興味がありませんな」


 ヤマトが構えを低いものに変えていく。力を溜め、次の一撃で勝負を決めに行くつもりだった。


「力こそすべて。それがハンドレッドの唯一無二の掟。力の前にはその他のものなど塵芥のようなもの。それに我々は、力と引き換えに陛下にすべてを捧げているのです」


「理解に苦しむな。我々は獣ではない。力がすべてではないはずだ」


 ゴドウィンも最後の力を振り絞って、全身の魔力を強化する。

 対峙したふたりは、視線を交えると、一瞬で身体を交錯させた。

 そして、ゴドウィンがゆっくりと地に伏した。胴を一閃されていた。


「同じですよ。獣も人もモンスターも力がすべてです」


 言いながら、ヤマトは肩口に傷ができていることに気付いた。


「おや? さすがは三伯、といったところですかな」

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― 新着の感想 ―
 今更、地位が欲しいなら違う国に出ていくしな。誰一人として出ていかないのが好き。
[一言]  敵キャラのほうがめっちゃまともなこと言ってて草
[良い点] 力こそ正義!いい時代になったものだ! [一言] 悪の令嬢から来ました。他の作品も読まさせて頂きます。
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