その37 シーラ2
「わたしはファルーン王の妃になりたいのです!」
気付けば、とんでもないことを口走っていた。
「ファルーン王の妃?」
父は怪訝な顔をしている。
「はい。近々ファルーンの王都で新たな妃を決める選考があるのですが、わたしはそれに応募しています」
もちろん、応募などしていない。今初めて知ったところだ。
「その話は知っているが……なぜファルーン王なんだ?」
父は妃候補選考の話を知っていたようだ。眉間に深い皺ができている。
「わたしより強いからです。ファルーン王は自らの力で王位を継承、スタンピードを鎮圧し、さらにカドニアを併合、そしてドルセン国にも勝利しています。ドルセンの五天位2人を一度に倒していることから、その力量には疑いがありません。わたしは自分より強い男性のもとに嫁ぎたかったので、ファルーン王が理想なのです」
これも嘘である。いくら強かろうが、狂王とか呼ばれるような変人とは付き合いたくない。
「モンスターの肉を喰らい、闘技場で臣下を虐げ、王妃の座をかけて妃同士を争わせるような男だぞ?」
あらためて聞くと、ファルーンの王はロクでも無い男である。女同士を戦わせるとは悪趣味にも程がある。
しかし、バルカンには戻りたくない。戻れば戦争に駆り出されるのは目に見えている。かといって、ドルセンに行けば裏切者扱いされるので、ファルーンあたりが良い落としどころだろう。
とりあえず、ファルーンに行って、ほとぼりが冷めるのを待ちたい。
ファルーンの妃? そんなものに興味はなかった。
「それでもです! わたしはSランクの冒険者になりましたが、わたしに見合う男は高ランクの冒険者にすらいませんでした。このままではわたしは結婚できずに終わってしまいます! しかし、ファルーンの王なら、わたしとつり合いが取れると思うのです」
父が首を横に傾けた。
「……おまえは、そんなやつだったか?」
もちろん、そんなやつではありませんとも。結婚相手が強ければ何でも良いとか、そんな風には思ってませんよ?
「何を言っているのですか、父上。わたしは幼いころから自分より強い男と付き合いたいと申していたではありませんか?」
「いや確かに言っていたけどな。そこまで分別が無かったようには思えなかったのだが?」
さすが父上、わたしのことを理解してらっしゃる。でも今はそんなことはどうでもいいのです。わたしはバルカンとかドルセンとかの、面倒なしがらみにとらわれたくないだけです。
最初は五天位とか興味がありましたけど、もうどうでも良くなりました。
「それに……わたしは女の中では最も強いという自負があります。ファルーンの妃である雷帝や狂乱の皇女にも挑戦してみたいのです」
女で最強とか、自分でも何を言っているのかわからなくなってきたが、とにかく父には納得して帰ってもらいたかった。『娘は強さに恋焦がれてファルーンに行く』というデタラメなストーリーを信じて欲しかった。
「……そうか、わかった」
父が重々しく頷いた。
本当に? こんな話に納得してくれたの?
自分でも驚きである。
「一緒にファルーンへ行こう。おまえの生き様をこの目で見届けたい。わたしもファルーンという国にも前々から興味があってな」
は? 一緒に? 嫌です! だって妃になりたいとか嘘だから!
……などと言うことはできず、わたしは父と共にファルーンへ旅立つことになった。
――――――
ファルーンの王都は活気のある街だった。もともとの王都は規模の小さな城塞都市だったのだが、現在はその周辺に闘技場と大規模な見世物小屋が建ち、その周りに新しい宿屋や飲食店、商業施設など立ち並び、活況を見せていた。
闘技場は大小ふたつ。大きなメインスタジアムではハンドレッドの100位までのメンバーがランキング戦を行っており、小さいサブスタジアムではルーキーリーグと称してランキング外のメンバーが試合を行っていた。サブスタジアムで勝ち上がった者が、メインスタジアムのメンバーに入れ替え戦を挑めるシステムのようだ。
まず、人が少なく入りやすかったサブスタジアムに入ったのだが、そこで試合をしていたのは、ランキング外とは思えない力量の持ち主ばかりだった。
「よもや、ファルーンの戦士の強さがこれほどまでとは……」
父は試合を観て、絶句していた。ランキング外とはいえ、他国ならエース格になれるであろう猛者揃いである。恐らく冒険者でもBランクには相当するだろう。技術的には未熟な面も見られるが、基礎能力の高さが尋常ではない。
恐らく偵察も兼ねていたであろう父は、食い入るように試合を観ていた。
しばらくして、わたしたちはメインスタジアムへと移った。
そこには見物客や賭け目当ての人間でごった返しており、どこの国でも見たこともないような盛況ぶりだった。闘技場の中に進むのも大変だったが、何とか人をかき分けて入ることができた。
「何だ、これは!?」
父が叫ぶのも当然である。そこにいたのは高位の剣技や魔法を使いこなし、ときにはドラゴンを相手にひとりで戦うような猛者たちの試合の数々だった。ルーキーリーグとは桁違いの強さである。
冒険者ならAランク越えは確定。ランキング上位には、このわたしでさえ勝てるか怪しい。
特にランキング一桁台は化け物ぞろいである。一騎当千とはこのことだった。
そして、最後に登場したのがファルーン王マルス。ゼロスとも呼ばれる男だ。
見た目は平凡そうな貴族の青年だったが、その日の闘技場の勝者全員をひとりで相手にし、そのすべてを蹴散らすという、とんでもない強さの持ち主だった。
何だ、あの男は? 本当に人間か? 魔王か何かじゃないのか?
「ファルーンとは戦ってはならん。絶対にだ」
独り言のように父はつぶやいた。
それはそうだろう。いくら人数で勝っていようが、単騎の強さが違い過ぎる。10倍の人員を揃えたところで、簡単にその兵力差を覆されるのは間違いない。
特にファルーン王はヤバい。ひとりで一軍を相手に出来る強さだ。戦争の勝利条件が王を倒すことならば、事実上ファルーンは無敵だろう。
わたしも少なからずショックを受けていた。Sランクの冒険者として、最強とまでは思っていなかったが、それに近いレベルのところにいると考えていた。その自信を完全に打ち砕かれた。
「ドルセンは負けるべくして負けたのですね」
ジークムンドが戦力集めに奔走する理由がわかった。確かにドルセンを巡る情勢は緊迫しているが、それ以上にファルーンと隣接していることが恐ろしいのだろう。こんな戦力を抱えている国が真下にあったら、気が気ではない。
「そのドルセンは皇女を差し出して、ファルーンとは友好関係を結んでいる。ドルセンと戦争になった場合、ファルーンも敵に回すことになるやもしれん」
現在、ドルセンと敵対しているバルカンのことを考え、父は唸った。
ドルセンが皇女を第二妃としてファルーン王に輿入れさせたことは、国の内外から弱腰外交と揶揄されていたが、これはドルセン王の判断のほうが正しかったようだ。
ただ、ドルセンとしても安易にファルーンに援軍を頼みたくはないだろう。狼を恐れて竜を招き入れるようなことになりかねない。それほどまでにハンドレッドは脅威だった。
翌日、今度は見世物小屋……というより、規模だけならひとつの街をも超える巨大な施設に入った。入場料はそれなりに高かったが、家族連れなどの客が多く、ここも盛況のようだ。
中はモンスターの展示である。
檻に入れられていたり、客との間に大きな堀が作ってあったりと、モンスターによって管理方法は様々だった。キラーラビットから始まり、グレートバジリスク、レッドボーン、ブラッドベア、ホワイトタイガー、ウォーウルフ、アースドラゴン、ワイバーン等々、よくここまで揃えたものだと感心する。
特にどうやったのかはわからないが、モンスターたちから敵意が感じられない。万が一に備えて、恐らくハンドレッド所属の見張り役が配置されていたが、モンスターたちは見たことがないくらい大人しかった。
「何でこんなに大人しいんだ?」
と見張り役に聞いてみたところ、
「エサをちゃんと与えているからだ」
と言われた。
いや、そんなはずはない。モンスターは動物とは違うのだ。エサをやった程度で飼育できるようなものではない。
ここでは父は物珍しそうに、モンスターを見物していた。父もモンスターの討伐経験はあるが、その頻度は少なく、知っているモンスターの数も少なかったようだ。
「いや見ごたえがあったな」
半日ほどかけて施設を回って、父は満足していた。わたしも最初はモンスターをじっくり観察できる良い機会だと思っていたが、途中からある不安を覚えた。
(ここまでモンスターを飼い慣らせるということは、モンスターを戦力にすることも可能なのでは?)
ファルーンは魔獣の森に隣接し、モンスターはいくらでも手に入る環境にある。そんな国がモンスターを自在に扱うことができれば、強大な戦力になりうる。
そうなればハンドレッドとモンスターという強力な2つの軍団を、ファルーンは手にしていることになるのだ。
ファルーンという国は、この先、どうなろうとしているのだろうか?
わたしはそれが気になった。
――――――
翌日、ついに妃候補選考会が始まった。会場は闘技場・メインスタジアムである。
父が客席から見守る中、逃げ場を失ったわたしは他の妃候補たちと一緒に闘技場へと入場した
目の前を歩くのは賞金首・スカーフェイスのミネルバである。
(何でお尋ね者が堂々と妃候補に立候補してるんだ? この場でこいつを捕えれば金貨1000枚になるんだが?)
と思って、まじまじと見てしまったものの、そういえば妃候補の条件に『前科・前歴を問わない』と書いてあったのを思い出した。
よく見れば、炎狐傭兵団のレイア、短剣のシャーリーなど、大物揃いである。
噂によると、ミネルバたちも、わたしと同じように各国から勧誘を受けているらしい。
それを逃れるためにファルーンに逃げてきて、あわよくば妃になろうとしているのだろう。なんて図々しい連中だ。……まあ、人の事は言えないが。
ちなみに選考会の内容は、大方の予想通り、妃候補同士が戦って、勝者が勝ち上がるというトーナメント方式だった。
そんな形式で妃を選ぶなど前代未聞だろう。この国では判断基準が強いか弱いかしかないのだろう。発想が人間よりもオーク寄りである。
わたしとしてはとっとと負けたいところだが、その場合は父にバルカンに連れていかれる未来しかなかったので、とりあえず全力で挑んだ。
そして決勝まで進み、デタラメに強い白い仮面の女に敗れた。あそこまでボコボコにやられたのは生まれて初めてだ。
ただ、準優勝して、十分に力があることも認められ、第四妃に選ばれてしまった。
複雑な心境である。
父は意外にも喜んでくれた。
「おまえがファルーン王に嫁入りすれば、バルカンとファルーンの間に友好関係が結べるかもしれない」
ということだ。今回ファルーンという脅威を知ったことで、父は何とかファルーンとバルカンの間に関係を持たなければならないと考えていたようだ。
いや、わたしにそんな役回りを期待されては困る。困るのだが、まあ善処しよう。一応、バルカンは祖国なのだから。
夫となるファルーン王マルスはというと、その強さは闘技場で知っていたが、私生活でも恐ろしい男だった。何がとは言わない。しばらくは第三妃となったカサンドラが相手をしてくれるというので、大変ありがたかった。
ちなみに食事は三食モンスターの肉である。
こんな国に来るんじゃなかった……