その36 シーラ1
―――シーラ視点―――
わたしが生まれたのは、バルカンという国だった。
家は騎士階級で、父はバルカン最強の七星剣のひとり。
最強とは言っても七星剣は世襲であり、その座は代々その家の嫡男が受け継ぐので、最強たるために七星剣の家は、幼いころから子供を厳しく仕込む。
そんな家で育ったため、わたしも幼いころから剣術を嗜み、よく父から手ほどきを受けたものだ。
双剣の技は双剣の異名と共に我が家に伝わってきたものだが、わたしは父と打ち合っている間に、それを何となく覚えてしまった。
現在、わたしは双剣のシーラと称えられているが、昔は双剣といえば、わたしの父である七星剣・双剣のガライを意味していた。
「おまえが男であればなぁ」
これは父が何度もぼやいた言葉である。バルカンは男社会の国柄で、女が家を継ぐというのはありえなかった。わたしには弟がいて、その子が家を継ぐのだが、わたしほどは剣は上手くなかった。
もちろん、弟は血のにじむような努力をしている。弱い騎士が七星剣を名乗ることなどあってはならないからだ。それはバルカンという国の恥となってしまう。
七星剣の家の中には、優秀な騎士を婿にすることで家名を存続させているところさえある。
我が家は代々の嫡男が七星剣を継いできた誇りがあり、他家から婿養子をとるなどありえなかった。そのため、弟にはかなりのプレッシャーがかかっていたのだ。
弟はそれなりの騎士にはなれるだろうが、決してわたしほど強くはなれないことが、わたしにはわかっていた。弟もそのことに薄々気づいており、私たち姉弟の仲は次第に冷めていった。
自分のせいで家の雰囲気が悪くなってきたことを嫌になり、わたしは14のときに家を出た。家に居続けたところで、他の七星剣の家に嫁がされるのは目に見えていたし、自分より弱い男と結婚したくはなかった。
家を出たわたしは、伝手をたどって家から離れた町の冒険者ギルドに加入し、そこからメキメキと頭角を現した。
パーティーを組み、強力なモンスターを倒し、ダンジョンや古代遺跡の探索も行った。冒険者のランクも面白いように上がっていった。
冒険者の生活は、決して楽なものではなかったが、それでもわたしは楽しかった。自由であり、強ければ地位も名声も手に入った。金銭的に不自由することもなかった。
充実した日々を送っていたわたしに転機が訪れたのは、半年ほど前だっただろうか。
ドルセン国の五天位筆頭・ジークムンドが訪ねてきたのだ。
ジークムンドは元々Sランクの冒険者であり、駆け出しの頃、わたしも世話になった人物である。
わたしが自分以上と認める数少ない実力者でもあった。
「五天位に入って欲しい」
ジークムンドは単刀直入に切り出した。
「今、ドルセン国では戦力が不足している。五天位も欠員状態が続いている。このままでは他国の侵略を招きかねない。そうなれば戦争となる。それを防ぐためにも、おまえの力が必要だ」
その話は知っていた。ファルーンとの戦いに敗れたドルセンが急速に力を失い、その隙を他国が狙っているともっぱらの噂だった。
「わたしが五天位にですか? 女ですよ?」
狂乱の皇女カーミラは王族だったがゆえに、例外的に五天位の座についていたが、本来的に五天位は、七聖剣同様、男だけがその座に就けるはずだ。
「男だ、女だ、と言っている場合ではない。それに見合う力があればいいだけのことだ。おまえにはその力がある。このことは陛下も了承している」
その言葉にわたしは少し惹かれた。いくら冒険者として名高くても、世間的には無頼者でしかない。だが、五天位といえばドルセンの顔であり、公的に認められた存在になれる。七聖剣になれなかった自分が、だ。
しかし、わたしには大きな懸念があった。
「現在、ドルセンと敵対しているのはバルカン、わたしの母国です。それと戦えと?」
ドルセンとバルカンは国境近くにある鉱山の利権を巡って長年対立している。戦争が起こるとすれば、ドルセンとバルカンの間が最有力だろう。
「あそこの国境はわたしが担当する。おまえには別の方面を任せたい。また、ドルセンからバルカンには侵攻しないことも誓おう。わたしの首にかけて」
ジークムンドは何よりも仁義を重んじる人間だ。彼が首をかけるといえば、それをたがえることはないだろう。
「……わたしは冒険者の生活が気に入っています。それに、家は弟が継ぐことになっていますが、わたしが五天位になれば、何かしらの影響があるかもしれません」
わたしが五天位になることは、ドルセンでは当てつけのように思われるかもしれない。半ば縁を切ったとはいえ、家族は家族だ。あまり不利益になるようなことはしたくなかった。
「そうか。だがすぐには結論を出さず、よく考えて欲しい。ドルセンではおまえのことが必要なんだ。貴族として遇することも約束しよう」
「貴族に?」
これには驚いた。階級は簡単に超えられるものではない。平民に生まれれば平民に、貴族に生まれれば貴族に、それは死ぬまで変わることはない壁だった。騎士階級の家に生まれたわたしが貴族になることなど、普通はありえない話だ。
「そうだ。今は世襲された地位よりも、実力が物を言う時代になりつつある。我々はファルーンの戦争を経て、そのことを痛感した。あの国では王妃の座すら力で決めている。わたしも雷帝フラウとカーミラ様の戦いを見たが、壮絶なものだった。力さえあれば、女性だからと侮れるようなものではない。むしろ、男だろうが力が無い者など必要ないのだ。
頼む。考えてみてくれないか?」
そう言って、ジークムンドはわたしに頭を下げた。
「少し時間をもらえませんか?」
わたしは結論を先延ばしにした。
正直、五天位にはなりたいという誘惑はある。誘ってくれたジークムンドは恩義のある、そして信頼できる人間だ。けれども、冒険者の生活に不満は無いし、家に対する遠慮もある。
少し落ち着いて考えたかった。
ところが、それからしばらくして、実家から手紙が届いた。
内容は「家督を譲るからバルカンに戻ってこい」というものだった。
「どういうことだ、これは!?」
わたしは手紙を読んで、思わず叫んでしまった。弟が死んだとか、怪我をしたという話ではない。突然、わたしが家督を継ぐということになっていたのだ。
一体、家では何が起きているのだろうか? わたしはパーティーの仲間に相談してみることにした。わたしのパーティーメンバーは、バルカンの人間だけで構成されており、彼らなら国元の事情を知っているかもしれないと思ったからだ。
冒険者ギルドの一室に、パーティーを集めて話をした。
「いいじゃないか。おれたちと一緒に戻ろうぜ」
返ってきた言葉は想定外のものだった。
実は彼らも同様に、国元の家族や親しい人間から手紙を受け取っていたのだ。その内容は好待遇でバルカンに召し抱えられるというものだった。
わたしたちがバルカンの人間でパーティーを組んだのは、皆似たような境遇で、腕が立っても母国では立ち行かず、いずれは家族や国を見返してやろうという共通の思いがあったからだ。
それを考えれば、バルカンで地位を得られるのだから悪い話ではない。
しかし、なぜこのタイミングなんだろうか?
「シーラも当然戻るだろう? まさかドルセンに行ったりしないよな?」
メンバーのひとりがわたしに強く迫った。
ああ、そうか。わたしがジークムンドと接触したことを、メンバーたちが国元に教えたのだろう。
現在の情勢から、わたしが受けた話の内容は推測できる。それでバルカンの上層部が、わたしをドルセンに行かせないために今回の話を持ってきたのだ。
だが、そうなったら弟はどうなる? 今まで七聖剣を継ぐために努力を積み重ねてきたのに、何の非もないのに突然跡継ぎから外されるのだ。わたしとて弟に情はある。
「家は弟が継ぐ。わたしはバルカンには戻らない」
わたしははっきり宣言した。
「おまえ、バルカンを裏切る気か? ドルセンに行くつもりなのかよ!?」
仲間たちがわたしに詰め寄った。
「先にわたしを裏切ったのはおまえたちではないか?」
場に緊張が走る。だが、力づくになったところで、わたしは前衛職の騎士であり、仲間たちは後衛職である魔導士、僧侶、シーフだ。例え3対1でも遅れをとるつもりはない。
「……おまえは七聖剣になりたかったんじゃないのか?」
少し頭を冷やしたのか、仲間のひとりが語気を弱めた。
「そうだな。最初は純粋に、憧れるように、そう思ってた。だが、今は違う。弟の立場を奪ってまでなりたいとは思わない」
わたしはパーティーひとりひとりの顔を見た。理解できないという表情を浮かべている。彼らは家族から、国から認められたくて、ここまで頑張ってきたのだろう。ようやく認められたこのチャンスを逃したくないのはわかった。
「パーティーを解散しよう。おまえたちはバルカンに戻ると良い。わたしは冒険者を続ける」
こうしてわたしは仲間を失った。
パーティーを解散して、さて今後はどうしようと身の振り方を思案していたある日、またわたしを訪ねてやってきた人間がいた。
父だった。
再び冒険者ギルドの一室を借りて、わたしと父は向かい合った。
「元気そうだな。活躍は耳にしているよ。わたしも鼻が高い」
何年かぶりに見る父の顔は少し老けていて、照れくさそうな表情を浮かべていた。
「父上も壮健のようで何よりです。勝手に家を飛び出して、申し訳ありませんでした」
わたしはちょっと緊張していた。父がここに来たのは、バルカンに呼び戻すためだろう。何と言って断っていいのかわからなかった。
「手紙は読んだよ。バルカンに戻る気はないのか?」
わたしが返信した手紙には、家督を辞退する旨を書いていた。
「はい。家督は弟が継ぐべきかと」
「そうか。それはいいさ。でもバルカンには戻ってきて欲しい。今バルカン周辺の情勢は不安定だ。ひとりでも優秀な人材が欲しい。待遇は保証すると、上の人間も言っている」
父は決して押しつけがましくなく、柔らかい態度で接してくれている。だが、こうなってくると逆に断りづらい。
「いえ、わたしはその……」
「どうした? ひょっとして良い人でもいるのか?」
父が変なことを聞いてきた。いや、変な事ではない。わたしの年齢を考えれば、親としては気になって当然のことかもしれない。
ちなみにそんな人はいなかった。わたしは自分より強い人間と付き合うというポリシーを貫いた結果、Sランクに到達してしまい、自分より強い人間というのが周囲に存在しなくなった。
が、このとき部屋に貼られていた1枚の紙が目に入った。
その紙に書かれていたのは、ファルーンが新たな妃候補を募集しているという内容だった。