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その33 妃の条件

『来たれ、ファルーンの新たなる妃!

 身分、前歴、前科は問わない!

 礼儀作法不要、金銭は一切必要なし!

 求めるのは力のみ!

 ファルーンの王があなたの応募を待っている!』


 これは国内外に配布された妃候補選考会の内容である。


 ……傭兵部隊の募集にしか見えないんだが?


 一体、僕は何と結婚させられるのだろうか?

 正妃ではないにしろ、一国の妃なのだから前科くらいは問うべきだろう。

 せめて、年齢制限とか容姿による制限を入れて欲しい。どんな女性が集まるのか甚だ不安だ。

 乗り気ではなかったが、どうせなら可愛い女性が良いに決まってる。

『雷帝』『狂乱の皇女』ときて、これ以上、とんでもないのが来たら、この国の未来はどうなってしまうのだろうか?


 そんな僕の不安をよそに、募集から数か月経ったある日、ガマラスから報告が来た。


「陛下、国内外から順調に妃候補者が集まっております。つきましては『妃候補選考会』と題した武闘会を開催致しますので、ご了承いただければと思います?」


()()()?」


()()()でございます」


 おや、随分と雅な選考で振るいにかけるものだな。ガマラスも多少は思うところがあったのだろう。さすがに妃候補ともなれば、貴族的な素養も必要だという認識に至ったに違いない。


「もちろん、異存はない。そういう催し物で選考するのは結構なことだ」


「ありがとうございます。選考会場としては、闘技場を予定しております」


 闘技場? ダンスを披露するのに会場が闘技場とはどうなんだろう?

 まあ、この城もあまり広くは無いし、新たな妃候補を民衆にお披露目をする場としても、闘技場のほうが適当ということかな?


「よかろう。では闘技場で選考会を行うとしよう」


「かしこまりました。では準備のほうを進めさせていただきます」



 こうして、ガマラスが準備を着々と整え、妃候補選考会の当日を迎えた。

 僕とフラウ、カーミラは貴賓席で観覧することになっており、他にもガマラス、オグマ、ヤマトといった臣下が傍に控えている。


「活きのいいのがいるといいですわね、お姉さま」


 上機嫌でカーミラがフラウに話しかけた。カーミラのお腹は大きくなってきているが、ゆったりとした服を着ているので、それほど目立たない。


「期待している」


 フラウはまだ1歳にもならない息子のアーサーをあやしていた。

 ……空中に浮かべて。

 妊娠期間のリハビリを兼ねて、フラウは子供に浮遊魔法をかけている。

 何か怖いから止めて欲しいのだが、当のアーサーがキャッキャッと喜んでいるので、仕方なく黙認していた。

 アーサーの周囲には魔法による結界が何重にも張られているので、安全性は高いらしい。


「ガマラス、妃候補はどんなのがいるんだ?」


 僕は妃候補について詳しく知らされていない。


「はい。陛下の新たな妃として、大陸各地から選りすぐりの人材が集まっています」


 選りすぐり……ひょっとして絶世の美姫とかが来ているのだろうか? あんな募集内容でも、一国の妃を選ぶのだから、女性のレベルは高いのかもしれない。


「ちょうど入城してきました。あちらをご覧ください」


 ガマラスが指し示した闘技場の入場口から、数十人の女性が入ってきた。

 ほとんど全員完全武装である。

 何で舞踏会なのに武装しているんだ?


「先頭にいるのが、カスパーヌ山地で暁の盗賊団を率いていたミネルバです。スカーフェイスの名で知られ、各国の討伐軍とも渡り合ったとかで腕は確かです」 


 先頭で堂々と歩いているのは、顔に大きな傷跡のある大柄な女だった。

 長い赤みがかった髪で、表情には不敵な笑みを浮かべている。美人と言えば美人だが、見るからに悪そうな顔をしていた。


「盗賊団? それは大丈夫なのか?」


「金貨1000枚の賞金首ということで、強さという意味では疑いは有りません。本人は『国を盗みに来た』と豪語しているらしいので、メンタルも強く、大丈夫だと思います」


 それは何がどう大丈夫なんだ? 金貨1000枚って、そんなのと結婚したら賞金目当てに城に冒険者が殺到するんじゃないのか? 国を盗むつもりとか、単なる危険人物だろうが。


「他にはですね、背中に2本の剣を背負っているのが、双剣のシーラと呼ばれるSランクの冒険者です。今回の優勝候補と目され、一番人気です」


 ミネルバの後方にそれらしき女性の姿があった。というか、ミネルバをジトっと見てない? あれは冒険者として賞金首として狙ってるんじゃないのか?


「待て、一番人気とは何だ?」


「はい。一番人気とはオッズの話です。今回は試合ごとの賭けとは別に、誰が優勝するかでも賭けることができる仕組みになっております。陛下のおかげで、今回も大盛況でして、すでにかなりの額が動いております。これでまた国庫が潤いますな」


 ガマラスは嬉しそうに言った。

 試合? 優勝? 賭けの対象になっている?


「舞踏会だよな?」


「武闘会ですが?」


 あれ? ひょっとして字が違う?

 ……待て、どこの世界に妃候補同士を戦わせて、結婚相手を決める国があるよ?

 この国は未開の地の蛮族なのか? こんなことしてるから、ドルセン王から常識が無いとか言われるんだよ。


「他にはですな、炎狐傭兵団の頭目レイア、凄腕のアサシンとして知られるシャーリーなどが有名どころです」


 ガマラスはさらに、ふたりの妃候補の名を挙げた。傭兵とアサシンですか、そりゃあの募集内容を見たら、そういうのが集まるよな。


「陛下」


 オグマが声をかけてきた。

 

「今回はハンドレッドからも代表をひとり選抜して送りこみました。陛下もご存じかと思いますが、カレンです」


 そう言って、オグマが指し示した先には、見知った顔があった。16才からハンドレッドに参加し、近頃メキメキと頭角を現しているカレンだ。下位のほうだがランカー入りも果たしている。

 

「あいつは陛下と戦うのを楽しみにしていましたので、この機会を逃したくないと参加を希望したみたいです」


 何で僕と戦いたくて結婚相手に立候補するんだよ。夫婦喧嘩でもしたいのか?


 自分の勘違いやら何やらで、頭を抱えていると、候補者の中のひとりの女性の姿が目に入った。

 白くのっぺりしたシンプルな仮面を被った赤髪の女性だ。肩に小さな白いトカゲのような動物を乗せている。

 その姿を見たとたん、背筋に冷たいものが走った。


「おい、あの仮面の女は誰だ?」


 ガマラスに聞いた。


「仮面の女性ですか? カサンドラと名乗ったくらいで、特にこれと言った情報はありませんが……」


 師匠じゃねぇか! ここ10年くらい噂も聞かず、消息不明だったのに、何でこんなところに姿を現してるんだ?

 長いこと表舞台から姿を消していたので、ガマラスもまさかあれが剣聖だとは思っていないようだ。

 仮面の女が僕の視線に気づいて、軽く手を挙げた。

 ……ああ、やっぱり師匠だ。間違いない。

 僕も仕方なく手を挙げる。


「陛下、お知合いですか?」


 ガマラスが驚いた顔で僕を見た。


「ガマラス、優勝者を決める賭けだが、わたしはあの仮面の女に全財産賭けるぞ」


――――――


 闘技場に揃った妃候補たちだが、ほぼ全員が剣呑な雰囲気を漂わせていた。


「それではただいまより、候補選考会を開始いたしま……」


「待てよ」


 選考会開始を告げるアナウンスに待ったをかける声が上がった。ミネルバだ。


「とりあえず、妃になってやるのはいいとして、その後、王妃の座にも挑戦できるのか? 去年の狂乱の皇女が試合したみたいにさ。わたしは誰かの風下に付くのは好きじゃないんだ。そこのところをはっきりさせて欲しいな」


 さすが盗賊、まったく遠慮がない発言をして、場の空気を凍らせた。だが、他のほとんどの参加者たちも同意なのか、特にそれを止める様子もない。ハンドレッドに所属するカレンだけがオロオロしていた。


「活きが良いのは結構ですけど、場を弁えないのはいけませんね」


 カーミラが席から立ち上がった。


「妃になるのですから、まずは陛下に跪くところから始めませんと」


 カーミラの青い瞳が、朱色へと変化する。

 重力の魔眼だ。だが、その威力は1年前の比ではない。魔力、身体能力を向上させると共に、魔眼の威力も上がっている。


 その眼を見た候補者たちが次々と膝を折っていく。ミネルバ、シーラといった優勝候補たちは何とかこらえているが、見るからに辛そうだ。

 師匠はというと、面白そうにカーミラの方を見ていた。もちろん、平然としている。


「……なかなか頑張りますわね。良いでしょう。今立っている人だけで試合を行いなさい。残りは失格です。この程度の力に屈するようでは、陛下のお相手は務まりません。それで優勝して、王妃になりたかったら、まずはわたしに挑戦しなさいな。あなたがたではお姉さまの相手は早過ぎます」


 カーミラの言葉に、さすがのミネルバも何も言い返さなかった。今の魔眼で実力差を思い知ったらしい。

 妃候補は30人くらいいたが、今立っているのは8人。

 ミネルバ、シーラ、レイア、シャーリー、カレン、そして師匠は当然残っている。


 ガマラスは大会を運営しているスタッフを呼びつけて、カーミラのせいで大きく変わった大会内容の変更をしていた。こいつも臨機応変に対応できるなぁ。

 しばらくして、場内にアナウンスが流れた。


「……では今残っている8名の候補者からトーナメント形式による武道会を行いたいと思います。まず抽選による組み合わせを行った後、休憩を挟みまして、午後より試合を開始致します」


 賭けのオッズやら何やらで運営も大変なのだろう。少し時間を取ってからの、試合開始が決まった。

 候補者たちがくじを引いて、トーナメント表が作成されていく。

 正直、組み合わせに興味はない。どうせ勝つ人は決まっているのだから。

 師匠もくじを引いて、トーナメント表を確認もせずに会場を後にした。

 僕も「しばらく席を外す」と言って、貴賓室を出た。


――――――


「やはり、こちらでしたか」


 城の裏手の魔獣の森で、僕は師匠の姿を発見した。いつも師匠と待ち合わせていた場所だ。

 正直、闘技場からかなりの距離があるのだが、師匠や僕にとってはどうということはない。


「大きくなったな、マルス」


 師匠が仮面を外した。その素顔は10年前と変わらない。

 ……いや変わってなさすぎやしないか?


「師匠、あの、まったく年を取っていないように見えますが?」


「ん? ああ、10年くらい凍っていたからな。肉体的には変化がないはずだ」


 何でもなさそうに師匠は答えた。


「10年凍っていた? 何でそんなことに?」


「この国を出た後、北へ向かったんだよ。はるか北の島にいるという白竜を倒しにな」


 北の白竜。神代から生きていると言われ、おとぎ話にも出てくるような存在だ。ほとんど神と同一視されている。万物を凍らせるブレスを吐くと言われている。


「はあ、それで凍っていたということは負けたんですか?」


「いや勝ったぞ? 3日3晩戦って、わたしが勝った。ただ、白竜のやつが倒れる直前に、強力な凍結の呪いを放ったんだ。それで凍ってた」


(それで10年凍ってたんだから、勝ったとはいえないのでは?)

 と思ったが、機嫌を損ねるのが怖いので、口には出さなかった。


「では、北の白竜は死んだのですか?」


 北の白竜は別に邪悪な存在ではない。どちらかといえば善よりとされる存在だ。そんなのを殺してしまって良かったのだろうか?


「いや生きているぞ。わたしの肩に乗っかっている」


 師匠の肩に乗っていた白いトカゲがピィと鳴いた。


「……これが白竜ですか?」


「そうだ。わたしが凍っている間に転生したみたいでな。わたしが復活したときは幼体となっていた。で、身体が小さいうちにどこか行きたいと言って、わたしに付いてきた」


「それ、意志の疎通ができるんですか?」


「できるぞ。念話で話せる」


(よろしくな)


 僕の頭に直接声のようなものが届いた。ちょっと、たどたどしい声だ。これが白竜の念話か。


「なるほど、わかりました。それで今回は何でファルーンに来たんですか?」


「うむ。あの忌まわしい氷を溶かすのに10年かかったわけだが、その間にわたしも色々考えた。

 最初は次は何を倒そうか考えたんだ。神にしようか、魔王にしようか、とか」


 そのへんを倒すのは世界的に迷惑がかかると思うので止めて欲しい。


「だが、凍っている時間が長くてな、次第にもっと先のことを考えるようになったんだ。わたしもずっと若いままではないし、戦ってばかりもいられないのではないかと」


 おお、10年の歳月はこの戦闘中毒者に人の心を取り戻させたのか。


「で、子供を作ろうと思ったわけだ。せっかく女に生まれたのだから、最強の子供を育ててみたいと思ってな」


 教育方針が最悪である。人の心は最初から無かったようだ。


「……子供ですか。何との間で子供を作るんですか? ドラゴンですか? 魔神ですか?」


 この人の育児についていける子供ができるのは、そのへんくらいなものだろう。


「おまえ、わたしを何だと思ってるんだ? わたしはこれでも美人として知られていたんだぞ?」


 確かに師匠は美人といっても差し支えないだろう。性格的には甚だ問題があると思うが。


「え? じゃあ男と付き合ったことがあるんですか?」


「ない。わたしより弱い男と付き合う気がなかった」


「その条件だと、師匠が人間と付き合うことは不可能なのでは?」


 剣聖の称号は最強の人間に与えられる。それに勝てる相手など存在するはずがない。


「うむ。今回はそのへんを妥協することにした。それで色々考えたんだ。誰が良いかを。で、思い浮かんだのが、おまえの顔だった」


「僕ですか!?」


「そうだ。おまえは筋が良かったからな。10年も経てば強くなっているだろうと思っていた。あと年齢的にもちょうど良くなっていると思ったしな」


 そう言って、師匠は僕の身体をじっと見た。


「言った通り、毎日モンスターの肉は食べているようだな。デバフ系のアクセサリーも複数身に着けているようだし、鍛錬も欠かしてないと見える。これなら問題ないな」


 どうやら、修行をさぼっていたとは見なされなかったようだ。良かった、殺されなくて。だけど、結婚はしたくない。何が悲しくて、あの地獄のような修行をさせた相手と結婚しなくてはならないのか。愛せる自信がまったく無かった。


「師匠、世界は広いのですから、師匠にふさわしい相手はもっと他にいるのでは?」


「何を言う、ちょうどいいじゃないか。おまえも新しい妃を探していたのだろう? それも『求めるのは力のみ』とあったぞ? わたしがピッタリじゃないか」


 ……そうっすね。ピッタリですね。

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― 新着の感想 ―
こんな可哀想なことがあるんか、、、?
この王普段から自分の頭の中だけで完結してるので嫌なことは嫌ってちゃんと言わないからいつもこうなる
 師弟の恋愛物語になる様子が一つもないのな(笑)  まだ、カーミラだって可愛げあるのに。
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