その30 容赦のない女
落下するフラウを見て、観衆から悲鳴が上がる。
カーミラは落下するフラウに向かって、さらにライトニングの追撃を浴びせた。
さすが、狂乱の皇女。容赦がない。
フラウは地面に落ちる寸前に、くるっと回って体勢を立て直して着地。
吸収した呪文が切れたのか、カーミラは日傘を畳むと、それを剣のように握って、フラウに向かって疾走した。
日傘は魔力を帯びており、恐らく武器としても機能するのだろう。
フラウは袖から白い牙のようなものをいくつか取り出すと、地面に放り出した。
地面に撒かれたそれは、ムクムクと大きく、人の姿を形成し、骸骨の騎士となった。
竜牙兵である。竜の牙に魔法を付与することで生み出される魔法の従者。並の騎士より強いと言われており、高位の魔法使いが護衛として好んで使う。
剣と盾を持った5体の竜牙兵が出現し、フラウを護るようにカーミラの進路を阻む。
カーミラは日傘を振りかぶると、
「ぶっ潰れなさいっ!」
と1体の竜牙兵に叩きつけた。
竜牙兵は熟練の戦士のような滑らかな動きで盾で防御しようとしたが、傘は盾もろとも竜牙兵を砕いた。尋常ではない破壊力である。
「あの日傘はどういう仕組みなんですかね? 魔力によって質量を増大化されて、巨大な棍棒のように扱っているのかな? 興味深いですな。ドルセンではああいった魔道具が多いのでしょうか?」
ヤマトはカーミラの魔道具に興味が尽きないようだ。
「あれはあいつの趣味だ。昔から変な魔道具を作らせるが、あいつしか使えないから役に立たん」
ドルセン王が、ヤマトの疑問に答える。
「なるほど、しかし素晴らしい才能ですな!」
ドルセン王はそれには答えず、苦虫を噛み潰したような表情をした。妹の才能を国のために上手く活用できなかったことを悔いているのかもしれない。
カーミラはあっという間に残りの4体の竜牙兵を倒したが、その間にフラウは再び空中に飛び、結界魔法を展開。
さらに、さっきよりも威力の低い雷撃を無詠唱で放つことで、カーミラが日傘を開く隙を与えずに攻撃に転じた。
いくつもの雷が閃光となってカーミラの身体を撃つ。
しかし、カーミラはまったく動じなかった。それどころか余裕の笑みを浮かべている。
「この黒いドレスは抗魔力の高いドラゴンの血で染め上げ、さらに対魔法の術式が編み込まれていますの。その程度の魔法は無意味ですわ」
ドラゴンの血といえば、かなり高価な品だ。それでドレスを染め上げるなど、どれだけ金がかかっているのかわからない。さすがドルセンの不良債権、ロクでもない金の使い方をしている。
「このまま戦っても、無駄だと思いますけど?
わたしはこの戦いのために、対魔導士用の装備を完璧に揃えました。
悪く思わないでくださいね。勝負は戦う前から始まっていますの。準備こそが戦いの勝敗を決めますのよ?」
カーミラが口に手を当てて、艶やかに笑う。勝利を確信しているようだ。
「準備は大事。わたしもそう思う」
空中に浮かぶフラウが呟いた。
「今頃後悔しているのですか? 敗北を認めますの?」
フラウは首を軽く横に振った。
「わたしも準備した」
「準備? 竜牙兵のことですか? 確かに盾にはなりましたが、あの程度では……」
「昨日の夜、埋めておいた。竜牙兵はその触媒」
そう言うと、フラウは呪文の詠唱を始めた。
同時に、闘技場のフィールド全体に魔法陣が浮かび上がり、砕かれた竜牙兵たちの残骸がつむじ風に乗って、その中央へと集まっていく。
「魔法陣! こんな大きな!?」
足元で怪しく光る巨大な魔法陣に驚愕するカーミラ。
そして、竜牙兵の残骸が集まったところを中心に地面が大きく盛り上がり、その中からドラゴンの骨が出現した。
「なんだ、あれは!?」
ドルセン王が身を乗り出して、食い入るように骨のドラゴンを見つめる。
観客たちも巨大な骨のドラゴンの出現にパニックを起こしている。
「スケルトンドラゴンですな。骨だけとなったドラゴンの骸がアンデッド化したものです。元のドラゴンよりも強力になっていることもあり、かなり危険なモンスターです」
ドルセン王の傍に控えていたジークムンドが答えた。彼も驚きの表情を浮かべている。
スケルトンドラゴン。死霊術で使役できる強力なモンスターのひとつ。自然発生することはあまりないため、僕も戦ったことがない。
ただ、あのドラゴンの骨には見覚えがある。魔獣の森を開拓した際に、僕が倒したヤツだな。魔法の実験材料にするということで、骨をフラウに渡したのだが、こういう使い方をするとは……。
混乱をよそに、フラウはスケルトンドラゴンの背に乗ると、
「やっつけろ」
と杖でカーミラを指し示した。
スケルトンドラゴンは首をもたげると、口を大きく開いて、青いブレスを吐いた。あれは対象を焼くのではなく腐らせる炎だ。
カーミラは大きく跳躍することで、ブレスの直撃を避ける。
「ブレス対策なんてしてませんのに!」
愚痴をこぼしながらも、カーミラはスケルトンドラゴンの周りを走る。止まればブレスの的になってしまうだろう。
そして、スケルトンドラゴンの隙を見つけると、接近して、
「砕けろっ!」
と日傘を振り上げて、スケルトンドラゴンの後ろ足に強烈な一撃を見舞った。
砕け散る骨。だが、スケルトンドラゴンも前足や尻尾で反撃する。
地面がえぐれるような強烈な攻撃だ。
それを嫌ってカーミラは再び距離を取ったが、その間に砕いた足の骨が再生した。
「アンデッドって、あんな簡単に再生できたっけ?」
僕はヤマトに聞いた。
「恐らくフラウ様が魔力を流して再生させたのでしょう」
なるほど。術者によって使役するアンデッドの強さも変わるわけか。
ちなみにドルセン王とジークムンドは青ざめた顔をして戦いを見つめている。
「これでも喰らいなさいっ!」
カーミラが魔眼を発動。スケルトンドラゴンの足を止めると、日傘を両手で横に振り抜いて、巨大なソニックブレードを放った。
「おーあれは私でもできないな」
僕のソニックブレードはあそこまで大きくはできない。
「あそこまでいくと、ほとんど魔法ですね。魔力量の少ない人間にはできない芸当です」
ヤマトも驚いている。
巨大なソニックブレードは、足止めされていたスケルトンドラゴンを上下に分断。
さすがに身体を維持できず、がしゃりと音を立てて崩れた。
時間があれば再生するのだろうが、カーミラが日傘を振り上げて飛び込み、スケルトンドラゴンの頭部を粉砕した。
「なるほど。恐らく頭部が触媒となっていた場所なのでしょう。そこを破壊されれば再生できなくなると。良い戦い方です」
カーミラの戦いをヤマトは評価していた。
巨大なスケルトンドラゴンを倒したカーミラに観衆は盛り上がり、カーミラの名を連呼している。
ドルセン王も嬉しそうだ。
「あれ? フラウは?」
スケルトンドラゴンの背に乗っていたフラウが、いつの間にかいなくなっていた。
「おい! あれを見ろ!」
観客の誰かが上空のかなり高い位置を指し示した。
そこには虚空に複数の光の魔法陣を展開しているフラウの姿が。
あれは……サンダージャッジメントを撃つつもり?
「いかんな。結界を強化するよう魔導士どもに伝えろ」
今回の試合にあたって、安全のために魔導士たちにフィールドと客席の間に対魔法結界を展開させていたのだが、僕はそれをさらに強力にするように指示を出した。
「対軍魔法を個人に撃つなんて正気ですか!?」
表情を強張らせたカーミラが、日傘を広げて術式を展開。サンダージャッジメントに備えている。
「これも跳ね返せるのか楽しみ」
そう言うと、フラウは魔法を発動させた。
雷鳴が鳴り響き、無数の強烈な雷がカーミラ目掛けて降り注ぐ。
轟音と強烈な光を受けて、客席から悲鳴が上がった。
そして、魔法が発動を終えた後、闘技場の中央には日傘だったものを持っているカーミラの姿があった。日傘は魔法を吸収しきれず傘の部分が消えて無くなり、柄も折れている、カーミラの黒いドレスもあちこちが焼き切れてボロボロの状態だった。
近くにあったスケルトンドラゴンの骨は消し炭となって崩壊している。
コホッと黒い息を吐くと、カーミラは倒れた。あれは肺までダメージがいってるな。
「勝者、フラウ様っ!!」
戦闘不能と見なして、フラウの勝利を告げるアナウンスが流れる。
だが、客席からはフラウの勝利を称える声が一切聞こえない。決まりが悪そうにざわめいている。
「あれはちょっと酷くないか?」
「さっき現れた骨のモンスターといい、フラウ様はやり過ぎだ」
「勝てばいいというものでもないと思うが……」
「カーミラ様はよく頑張ったよ」
等といった感想が聞こえてくる。
「マルス王! あれはやり過ぎではないか!」
観客の声を代弁するように、ドルセン王が怒りの声を僕にぶつけた。
「……まあ、死にはしないので大丈夫でしょう」
ルイーダを先頭に、カーミラの元へ駆け寄る回復班を見ながら、僕は言った。
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闘技場での戦いが終わった後、カーミラの回復を見届けたドルセン王は、宿泊施設に向かう馬車の中で、ジークムンドに話しかけた。
「ジークムンドよ、ファルーンの連中はどいつもこいつも頭がいかれている!
試合であんな化け物を召喚したり、周りが消し飛びかねない魔法を使ったり、まともではない。それをヘラヘラ笑って観ているんだぞ? どういう神経をしているんだ?」
「仰せの通りです、陛下。ファルーンの者たちは尋常ではありません。いずれもかなりの手練れです。ひとりひとりなら後れを取ることはありませんが、その数が多い。残念ながら、ドルセンの騎士たちでは手に負えますまい」
「そこまでか?」
信頼を寄せているジークムンドの言葉に、ドルセン王は驚いた。
「はい。特にオグマ、ワーレン、クロムといった各騎士団の団長クラスは、わたしで何とか相手にできるレベルです。今日同席していたヤマトという男もかなりの強者」
「あの貧相な男がか?」
風采の上がらないヤマトのことをドルセン王は強いとは思っていなかった。
「隙がありません。何度か試す動きをしてみせたのですが、すべて機先を制されました。柔和そうに見えますが、あの男は厄介です」
「そうか……」
「しかし、何よりも恐ろしいのがマルス王です。あれはわたしでも勝てません」
「あの男がか? マテウスとダンテを打ち取ったのだから強いのだろうが、あまりそういう風には見えなかったぞ? どこにでもいる凡庸な貴族のように思えたが」
力で王座を勝ち取った男にしては、凄みがないとドルセン王は感じていた。
「わたしのことをまったく警戒していませんでした。仕掛ける素振りを見せても何の反応もしない」
「できなかっただけではないか?」
「いや、違います。する必要がなかったのです。わたしのことなど虫けら程度にしか思ってなかったのでしょう。それぐらいのレベル差です。底知れません」
「おまえがかなわないのか?」
「はい、勝てません。あの雷帝を妻に娶るくらいですから、その胆力も尋常ではないかと」
「それもそうだな」
ドルセン王は今日の試合を思い出した。あんな化け物のような女を妻にするなど、自分には到底できない。
「しかしまあ、どちらにせよ、ファルーンとは事を構えないほうがよさそうだな」
椅子に深く座り、疲れたようにドルセン王は言った。
「わたしもそう思います。ハンドレッドは噂以上の強者揃い。大陸中央の騎士団に匹敵するか、それ以上。しかも、王と王妃は英雄レベルです。倒しきれる相手ではございません」
「そういう意味では、今回の婚姻は成功だったということか。それにしても……」
ドルセン王は馬車の窓の外の景色に目をやった。
「それぐらいの化け物ぞろいの国のほうが、カーミラには相応しいかもしれんな」
長年、手を焼かされた妹のことをドルセン王は考えた。