その29 王妃の戦い
娶る? 僕が? ドルセンの不良債権を?
カーミラと目が合ったが、微妙な顔をしていた。まあ、僕も似たような顔をしているのだろう。
「いや、わたしは既に結婚しているぞ?」
「国王なのですから、妃は複数いても問題ありません」
ですよね。まあそう言われると思ってた。
「しかし、フラウは臣下の娘で、カーミラは王族の姫。フラウが王妃のままでは釣り合いが取れまい。だからといって、フラウを第二妃に落とすつもりはないぞ」
僕が王位に就く前も後もフラウは多大な貢献をしているし、蔑ろにはできる存在ではない。個人的にもフラウを王妃から外すということは受け入れがたい。
「そのへんは大丈夫でしょう」
ガマラスは断言した。
「ドルセンでも、カーミラ様のことは持てあましていましたし、先の戦いでこちらが勝っているので、その程度の譲歩はしてくれると存じます。むしろ、『ドルセンの不良債権』を引き取ってあげるのですから、感謝されてもいいくらいです」
カーミラが文字通り目の色を変えて、ガマラスを睨みつけた。
視線に気づいたガマラスは前かがみに倒れこみ、そのまま地面に這いつくばった。
え? そこまで圧が高い視線なの?
「あっ、しまった。魔眼のことを失念しておりました」
ヤマトが細長い布を取り出すと、カーミラの頭に巻きつけて目を隠した。
すると、ガマラスがぜーぜー言いながら立ち上がった。
「何だ、今のは?」
「はい、カーミラ様は魔眼持ちでして、見た者をグラビティ状態にすることができます」
……何それ? そんな物騒な女と僕は結婚しなきゃいけないの?
「魔眼持ちで城に殴りこんでくるような女を妃として迎えるのは、リスクが高いのではないか?」
「大丈夫でしょう」
ヤマトが断言した。
「現在の王妃はあのフラウ様なのですよ? 魔法のためなら人道を顧みないフラウ様と比べたら、それくらい何ともないではありませんか」
……あ、はい。そうですね。
「いや、先ほどはわたしの失言でした。カーミラ様にはとんだご無礼を……」
服についた汚れをはたいたガマラスが、床に転がっているカーミラに頭を下げる。
「メリットは他にもあります。現状、ドルセン国とは敵対関係ですが、この状態は双方に取って望ましくありません。敗戦で兵力を失ったドルセンは、南方に兵を回すほどの余力は無く、ファルーンとしましても、カドニアが安定するまでは、徒に事を構えるのは得策ではございません。
わたしが集めた情報によりますと、ドルセン王はファルーンと和睦する意志があるようです。ただ、その際に賠償金を払うのは大国として体面が悪く、国内の調整に手間取っている様子。そこで陛下とカーミラ様の婚姻となれば、持参金という形で賠償金を払いやすくなります。また、陛下とドルセン王が義理の兄弟という関係性となり、両国の緊張緩和が図れます」
「なるほど」
それは確かに悪くない。別に僕は戦争がしたいわけではないし、現状国境に接しているのはドルセンだけなのだから、友好関係を結ぶことができれば、しばらくは平和になるだろう。
「また、陛下とカーミラ様の間にご子息ができた場合、ドルセンの王位を継承することが可能となるはずです。将来的な布石として悪くないかと」
その言葉にカーミラがピクッと動いた。自分の子供がドルセン王になれる可能性があることに魅力を感じているのかもしれない。僕としては、どうでも良い話だが。
ただまあ、ファルーンとしてメリットの多い婚姻であることはわかった。あとはドルセンが本当にこの話を受けるかどうかだが、その前に
「婚姻については、フラウに話を通しておきたい」
本来的には話す必要はないかもしれないが、黙って妻を増やすというのも気が引ける。
「フラウ様には事前に話をしてあります」
ガマラスはすでに自分の腹案をフラウに伝えていたようだ。さすが国政を壟断していた男、手抜かりが無い。
「特に問題ない、と仰っていました」
なんか、それはそれで寂しいものがあるな。じゃあ、あとは
「カーミラ本人の意志を確認する。拘束をすべて解いてやれ」
王族として政略結婚は当たり前だが、僕としては無理矢理結婚するというのは好きではない。
本人がどう思っているか知りたかった。
「はっ」
ヤマトは鞘に納められていた剣を抜くと、一瞬で拘束していた縄と猿轡、それに目隠しを断ち切り、パチンとまた剣を鞘に戻した。
……いや見事だけど、危なくない? 手で外してあげようよ。
拘束を解かれたカーミラは、手首についた縄の痕を気にする素振りを見せてから、僕のほうを向いた。
改めて見ると、ウェーブのかかった長い紫の髪に、陶磁のような白い肌、目尻は下がり気味で、なかなかの美人である。スタイルも良くて艶めかしい。
「話は聞いていたな、どう思う?」
「ドルセン王が許可すれば、わたしは臣下として、それに従うまでのこと」
意外と殊勝なことを口にした。
「ただ、ひとつ条件がありますわ」
「何だ?」
「わたしは自分よりも弱い者の下にいたくありませんの」
「ほう」
僕と勝負がしたいということだろうか?
「なので、正妃の座をかけて、フラウ様と勝負をさせて頂きたいですわ」
「「「はっ?」」」
その場にいた全員が絶句した。
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その後、ガマラスがいち早く立ち直り、すぐにフラウに確認を取りに走った。
フラウの返事は「問題なし」。それだけでなく、カーミラが負けた場合、フラウのことを「お姉さま」と呼んで敬うという条件を追加してきた。
……何、その条件?
ガマラスは手早く話をまとめると、今度はドルセン国と交渉。
事実上の和睦となる婚姻の話はすんなり受け入れられ、婚姻が本決まりとなった。
さらにガマラスは『正妃の座をかけた頂上決戦 雷帝 対 狂乱の皇女』と銘打って、勝負を闘技場で行うことを提案してきた。
さすがにそれはどうかなーと思ったけど、「国庫が潤います!」とガマラスに迫られて渋々了解した。金のことを言われると弱い。
カーミラはカーミラで国元と連絡を取って、側仕えたちを呼び寄せると同時に、様々な武器・装備を持ってこさせたらしい。
恐らくは対魔導士用の装備も含まれているのだろう。カーミラは勝つ気満々だ
「大丈夫なのか?」
とフラウに話をしたが、
「楽しみ」
と返事をされた。いつも通りの無表情だったが、顔にほんのり赤みが差していたので、多分本当に楽しみなのだろう。ちょっと理解できないが。
そうして、ガマラスが急ピッチで段取りを整え、決闘の日を迎えた。闘技場は始まって以来の超満員である。
一応、婚姻の儀のイベントの一環という位置づけなので、ドルセン王も招き、僕と一緒に貴賓席で勝負を観戦することとなった。
ドルセン王はカーミラと同じく紫の髪の色をしており、目尻も下がり気味で、それなりに似ている兄妹だった。ただ、僕やカーミラより10ほど年上であり、髭をたくわえて威厳がある顔立ちをしている。
ドルセン王は、護衛として五天位筆頭のジークムンドを連れてきていた。顔に大きな傷のある壮年の男で、背中に大剣を背負っている。「竜殺し」として知られるSランクの元冒険者でもある。
ジークムンドは値踏みするように、僕やハンドレッドのメンバーに目を走らせていた。
ドルセン王は僕と会うなり、
「ファルーンの文化は我々の常識の範疇を超えているな」
と引き攣った声で言った。今日の決闘のことを指しているのだろう。
提案してきたのはカーミラなんだけど、闘技場で大々的に開催した挙句、賭博の対象にまでなっている以上は何も言えず、笑って握手して誤魔化した。
ちなみに計上された掛け金は、これまた闘技場始まって以来の最高額である。ガマラスはほくほく顔であった。
僕とドルセン王が席につくと、魔法の拡声器によって本日のメインイベントの案内が闘技場内を流れ、場内のボルテージが一気に高まった
「本日、ファルーン王妃の座に挑みますのは、ドルセン国・五天位の第三席にして、狂乱の皇女として知られる魔法剣士、カーミラ様っ!!」
アナウンスと共に 入場口からカーミラが闘技場に姿を現す。
今回は黒いドレスを身に纏い、黒い日傘のようなものを差して、闘技場の中央へと優雅に歩みを進める。貴族の令嬢が庭で散歩でも楽しむかのような姿だ。とても、これから戦うとは思えない。
観客がその貴婦人のような場違いな服装と、カーミラの美貌にどよめいた。
「怪しいな、あの恰好」
傍に控えていたヤマトに声をかけた。
「間違いなく対魔導士用の装備でしょうな。特にあの日傘のようなものは興味深いですね。恐らく術式がびっしりと刻まれているかと思われます。ドルセンの魔道具の技術力はさすがですな」
黒いドレスも対魔法の効果がある装備に違いない、とヤマトは言った。
自国の技術力を褒められたドルセン王は、まんざらでもない表情を浮かべた。
「続きましては、魔法を愛し、魔法に愛された女、立ちはだかる者は雷で殲滅、国王陛下を愛ではなく魔力で支えてきた現ファルーン王妃、雷帝・フラウ様っ!!」
もうひとつの入場口から姿を現したのは、普段と同じ魔道衣に身を包み、大きな杖を持ったフラウだった。いつも通りの無表情で、ゆっくりと歩いている。
小柄なので子供に間違われそうだが、その姿はファルーンの民には知られており、「王妃様、がんばって!」という声援が観客席から飛んでいた。
カーミラとフラウが所定の位置に付くと、再びアナウンスが入った。
「それではこれより、ファルーン国王妃の座をかけまして、フラウ様とカーミラ様の試合を始めさせていただきます。勝敗は片方が戦闘不能、もしくは敗北を認めた時点でついたものとみなします。よろしいですか?」
ふたりとも軽く頷いた。
「それでは、始めっ!!」
開始の声と同時に、カーミラがパチンと指を弾いてソニックブレードを放つ。
フラウは無詠唱で結界を展開して、それを防ぎ、さらに飛行魔法で上空へ飛ぶと、魔法の詠唱を始めた。簡易的なものなら無詠唱で唱えられるが、ある程度のクラスの魔法はさすがに詠唱を必要とする。
それに対して、暗器のように袖から短剣を取り出したカーミラは、それで空を斬ると、指で弾いたものの何倍もの大きさの、強力なソニックブレードを発動させた。
さすがにそれは結界で防げないと判断したのか、フラウは飛行魔法で何とか身をかわす。
「あのソニックブレードはかなりの威力ですね。使っている短剣も強力な魔剣でしょう。前回使っていた扇子は騎士との戦闘を想定した近距離戦のものでしたが、あの短剣は魔導士との長距離戦を想定して持ち込んだのでしょう」
ヤマトの説明通り、短剣から放たれるソニックブレードは距離が離れていても威力が衰えず、魔法の結界をも斬り裂いていた。
フラウも直撃は避けているものの、いくつかはかすめて、身体に軽い傷を負っているようだが、気にした風でもない。
この間に呪文の詠唱を終えて、フラウの反撃が始まる。
無数の光の球がフラウの周囲に浮かび上がり、それらが一気に弾けて、光の矢となってカーミラに降り注いだ。
ライトニング。フラウの得意呪文にして、精度・威力共に極限まで練り上げられている雷撃。
カーミラは黒い日傘を盾にして、それを防ぐ態勢を取った。傘から紋様が浮かび上がり、仕込まれていた術式が展開される。
ライトニングと術式がぶつかり合い、激しい土煙と爆裂音が場内に響き渡った。
「面白い術式」
ポツリとフラウが言った。
カーミラは無傷でライトニングを防ぎ切ったようだ。
「面白い? 余裕ですわね。これは私が考案した術式でして、防御用ではございませんのよ?」
カーミラはそのまま傘の先端の部分をフラウに向けると、嫣然と笑った。
「これは防御術式ではなく吸収術式。受け止めた呪文を吸収して跳ね返しますの、こういう風に」
再び傘の術式が発動すると、その先端が魔力を帯びて光り、さっきまで受けていたライトニングがフラウに向けて連射される。
フラウは性格的に防御魔法は攻撃魔法ほど得意ではない。なので、自分が放ったライトニングを防御結界で受け切れず、いくつか直撃を喰らって、空から落下した。