その28 意外な処遇
生まれた時からカーミラは選ばれた存在だった。
末の姫とはいえ王族であり、魔法と剣の才能に恵まれ、なおかつ魔眼持ちである。
物心ついたときから、大人に負けない力を持っていたのだから、人の言うことなど聞くはずもなかった。
成長するにつれて、両親や上の兄弟たちよりも自分のほうが強いということに気付き始めたため、より増長し、「自分こそがドルセン国の王にふさわしい」と思うようになった。
突出した能力があったために、初陣も早く、戦場においては、いくつもの戦功を積み上げた。100人程度の部隊であれば、ひとりで殲滅できたため、敵味方からは畏怖の目で見られた。
ただ、指揮官の言うことをまったく聞かず、独断専行と敵兵の虐殺も繰り返したため、『狂乱の皇女』という二つ名で呼ばれるようになった。もっとも、本人の前でそんな渾名を呼んだら、何をされるかわかったものではないため、カーミラ自身は知らなかったのだが。
そして、動乱期ならともかく、比較的安定している現在において、王に求められるのは政治的な手腕である。単に強いだけで人の言うことに耳を貸さず、性格に難のあるカーミラが跡継ぎになれるはずもなく、後継者には一番上の兄がすんなり収まった。
国王となった兄は、カーミラの王族としての地位を剥奪し、代わりに五天位・第三席の地位を与えた。これは王位継承に当たって、カーミラが「自分に王の地位を譲れ」と父王と跡継ぎの兄に脅迫まがいのことをしでかした罰と、それでも戦力としては使いたいという打算が入り混じった処置であった。
当然、カーミラはこの処置に不満があったが、人望がまったく無かったために、自分に付く人間がおらず、どうすることもできなかった。彼女に軍事的なセンスがあったのなら、軍部が後ろ盾になったかもしれないが、単騎性能だけが高く、戦略や戦術を理解しようとしないカーミラは軍人たちの受けも悪かった。
そんなときに起こったのが、ブリックスの戦いである。躍進しつつあるファルーンとそれを押さえつけようとするドルセンが戦い、ドルセンが前代未聞の大敗北を喫したのだ。
これにカーミラは喜んだ。軍部の中でも最も自分を評価しなかったキンブリー将軍が戦死し、自分よりもはるかに弱いくせに同列の五天位の座についていたマテウスとダンテが討ち取られたのだ。喜ばないはずがなかった。
聞くところによると、現在のファルーンにはハンドレッドという、強ければ序列が上がる組織があり、国王のゼロスはその頂点に君臨しているという。
ならば、自分がゼロスを倒せば、ハンドレッドの頂点に立ち、ファルーン国の王にもなれるのではないかとカーミラは考えた。
女王、それこそがカーミラにふさわしい地位である。
しかも、ドルセンが敗れたファルーンを乗っ取れば、ドルセンの人間も自分のことをこぞって称えるに違いない。そうすれば、ドルセンの王位も自分のものになるのではないかと、カーミラは夢想した。
ドルセン、ファルーン、カドニア3国の女王である。
無駄に行動力があったため、夢想しただけでなく、カーミラは実行に移した。周囲が止めるのも聞かず、ファルーンへやってきて、王城に乗り込んだのだ。
そして今に至る。
目の前にはヤマトという男が立ちはだかっていた。
カーミラの攻撃はことごとく防がれていた。しかも攻撃するごとに、こちらの手の内を明かされていく難敵である。非常に不味い状況だった。
カーミラは人の言うことなど聞かない傍若無人な女ではあったが、自分の直感は信じていた。本当に危険な場面では、その直感に従うことで切り抜けてきたのだ。
その直感が「この男は危険だ」と告げている。
(とはいえ、この男にはわたしの攻撃が通じない。どうしたものかしら)
ヤマトと対峙しながら、カーミラは焦っていた。こんな経験は、五天位筆頭の座をかけて戦ったとき以来のことだ。
「では参りますぞ」
剣を構えたヤマトが動く。カーミラはカツンカツンとヒールの音を立てて後ろに下がりながら、魔法剣を構える。
間髪入れずに、一足飛びでヤマトが間合いを詰めると同時に、カーミラの肩から脇の下を斬り裂く一撃を振るった。
それは避けようのない必死の攻撃だった。
しかし、当たらない。カーミラはその攻撃をすり抜けると、魔法剣を振るって反撃を試みた。
ヤマトはその一撃を簡単に剣で受けると、すぐに攻撃に転じて、立て続けに剣を振るった。
剣筋が残像となって、複数の斬撃を一瞬のうちに放つミラージュソードである。
そのすべてがカーミラを捉えているのだが、なぜか剣はかすりもしなかった。
だが、カーミラも必死になって避ける素振りを見せていた。履いているヒールが石の床を何度も叩いて、甲高い音を鳴らしている。
そして魔法剣を振るって波動を放つと、ようやくヤマトとの間合いを取ることに成功した。
「なるほどなるほど、わかりました」
ヤマトのその言葉に、カーミラの表情が曇る。
「その白いドレス、戦場には似つかわしくないと思っていましたが、視覚の認識を阻害する効果がありますな。古い書物に、暗殺除けのドレスの記載があったのを思い出しました。魔法による結界の一種で、こちらの視認を誤らせる効果があるとか。ですが、それだけではここまで完全に攻撃を防ぐことは不可能」
図星をつかれたカーミラは唾を呑み込んだ。
「その踵の高い靴が鳴らす音。ずっと、その音に妙な違和感を感じていたのですが、その靴も魔道具ですな。恐らくその音は聴覚に働きかけて平衡感覚を狂わせることで、こちらの目測を誤らせる効果があるのでしょう。ドレスと靴、ふたつの効果が合わさることで、その不可視の防御が完成するわけですか」
すべて見抜かれた。ついでに言えば、ドレスとヒールで心理的に相手を油断させる効果もカーミラは狙っている。
「淑女の秘密を暴こうなど、ファルーンの人間は無粋なのね」
カーミラはあくまでも平静を装う。
「でもわかったところで、この効果は防げない。目と耳を使わずして戦うことなどできるかしら? 広範囲魔法を使える魔導士ならともかく、剣を振るうしか能のない騎士がわたしに勝てると思って?」
「いやいや、目と耳を使わずに戦うことはできますよ?」
平然とヤマトは答えた。
「えっ?」
「気をつかむ、という技があるのですよ。ゼロス王が体得されていたスキルでして、死に至るような攻撃を何度も受けることで、本能が研ぎ澄まされ、そのうち相手の気配を察することができるようになるのです。逆に言えば、相手の気配を察して、攻撃に転じることもできるわけです。欠点としては、何度も死にかけなければならないのですが、まあこの技を習得するためなら大したことはありません」
「はい? 死なないための技を、何度も死にかけて習得する? あなた、それ論理的に破綻してませんこと?」
「論理ではないのです。すべては強くなるため、その一点を追い求めているのです。そのためには死すら厭わない。我々はそういうものなのです」
カーミラは恐怖した。ダメだ、こいつらはダメだ。人として大切な何かが欠けている。ハンドレッドは狂人の集団だ。ファルーンなどという国には関わってはいけなかった。ここに来たこと自体が間違いだったのだ。このままでは殺されてしまう。
「待ちなさい。わたしを殺すつもり? わたしはドルセンの王族よ! おまえ如きの平民が手に掛けるなどと……」
「先ほども申しましたが殺すつもりはありません。ガマラス宰相からも生け捕りにするよう言われていますからな。ただ……」
ヤマトは温和な表情を崩さず言った。
「今まで生かして捕えるという中途半端な剣を振るったことがありませんので、上手く手加減できずに殺してしまったときは謝ります」
「謝って済むわけないでしょ!!」
絶叫するカーミラをよそに、ヤマトはそっと目を閉じると、カーミラの気配を掴んで静かに剣を振るった。
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闘技場から城に帰ってきたら、城の壁や床や柱がぶっ壊れていて、玉座の間には縄でぐるぐる巻きにされた上に、猿ぐつわをかまされている女性が転がっていた。何故か裸足である。
「……この人、誰?」
ニコニコしているガマラスとヤマトに尋ねた。その隣にいるブレッドは目を伏せている。
「客人です。陛下に用があるとのことで参られました」
ガマラスがにこやかに答えた。
「そんな予定あったか?」
今日の予定は闘技場の試合だけだったはずだ。というか、僕に客が訪ねてくることなど、ほとんどないのだが。
「ありません。この方が勝手に参られたのです」
「で、誰?」
「ドルセン国のカーミラ元皇女殿下です。現在は五天位の第三席であられます」
あー聞いたことがあるな。狂乱の皇女として悪名高いアレか。昔は雷帝フラウとかと共に次代の英雄候補として取り沙汰されたが、性格が悪過ぎて嫁の貰い手がおらず、今では『ドルセンの不良債権』って言われてたような。
「何しに来た?」
「はい。要約しますと、陛下を倒して、ハンドレッドの頂点に立ち、ファルーンの王になろうとしたようです」
……それって、面会者じゃなくて襲撃犯なのでは?
「それで?」
「はい、ガマラス宰相の要請を受けまして、わたしが対応させて頂きました」
ヤマトがすっと頭を下げて答えた。対応……拘束して床に転がしている状態を対応というのだろうか?
まあ、ろくでも無い用件で来たみたいだから良いんだけど。
カーミラは猿ぐつわされたまま、僕のほうを見てウーウー唸っていた。怒ってるんだろうか? 噂通り気が強そうな女だな。
「どうするつもりだ?」
他国の王族など扱いに困る。とっととドルセンに送り返すのが面倒が無くていいが、ガマラスは人質として利用するつもりなんだろうか?
「鍛えようかと思います」
ヤマトが満面の笑みで答えた。
「はっ?」
「カーミラ様は今まで才能に任せて修練を怠ってきた様子。これはもったいない、天下の損失です。ハンドレッドで鍛え上げれば、もっと強くなれること間違いございません。幸いにも、陛下に挑戦してハンドレッドのトップに立とうとしたということは、ハンドレッドに入ったも同じこと。わたしの下でみっちりと修行して頂こうかと存じます」
いや、絶対同じことじゃないだろ?
床に転がっているカーミラもムームー言いながら、激しく首を横に振っている。
「まずはモンスターの肉に身体を慣らすところから始めていただいて、それが終わったら魔獣の森の深部に置き去りにして、生きて帰ってくるのを待とうかと考えています」
……それは修行じゃなくて拷問の間違いじゃないか?
魔獣の森の深部など、ハンドレッドでも上位陣でなければ生きていけない魔境である。
修行というより流刑に近い内容を聞かされたカーミラも白目をむいていた。ブレッドが気の毒そうにそれを見ている。
「いや、カーミラを強くしたところで、敵国の王族だぞ? また敵になるかもしれない人間を鍛えてどうする?」
「陛下、我々ハンドレッドのメンバーはみな例外なく陛下に心から忠誠を誓っております。つまり、ハンドレッドに入ってしまえば、陛下の偉大さを知り、自然と心から敬服するようになるのです。カーミラ様とて、そうなることでしょう。何の心配もございません」
そんなわけないだろ!? ハンドレッドでは洗脳教育でも行っているのか? 僕は曇りなき目で見つめてくるヤマトが怖くなってきた。
「……ガマラス、おまえはどう思う」
ハンドレッドに所属していないガマラスに意見を求めることにした。
「はっ、ヤマト殿の言い分はともかくとして、ファルーンでカーミラ様の身柄を預かるのは悪くないかと」
「何故だ?」
「現状、ドルセン国は敵国です。カーミラ様を生きて返せば、ドルセンの戦力として脅威になりましょう。さりとて、王族の地位を剥奪されているとはいえドルセン王に連なる者を殺してしまえば、それはそれで問題となりましょう。
その点、ファルーンで身柄を預かってしまえば、こちらの戦力の増強となりますし、ドルセン国への牽制にもなります」
そんなもんかな? まあ、ヤマトよりはまともな意見といえた。
「身柄を預かるといったが、具体的にはどうするつもりだ? 人質か?」
「いえ、陛下が娶られればいいのです」
……えっ?




