その25 ヤマト
ハンドレッドにヤマトという男がいる。
オグマたちより年上で、齢は30近い。ハンドレッド内でも年長の方である。黒髪を後ろで束ね、温和な顔立ちをしており、あまり風采は上がらない。
もとはファルーンの片田舎の街で、剣術を教える道場を構えていた。
それがハンドレッドの噂を聞きつけて、興味を抱き、王都へやってきた。
ハンドレッドに参加した後は、年齢が高かったせいか、モンスターの肉を身体に慣らすのに時間がかかったが、尋常ではない努力によって克服し、ハンドレッド内のランキングを徐々に上げていった。
現在、ハンドレッド内の序列は4位、フォースの称号を持っている。
剣術を教えていただけあって、剣技への造詣は深く、本人も自他ともに認める剣術マニア。
人の良い性格で、請われれば誰にでも剣術を教えたため、ハンドレッドの仲間内からは『先生』と呼ばれて、親しまれている。
そして、ヤマトは身体能力は高くないものの、ある種の天才だった。
―――見た剣技を習得できる―――
その能力が明らかになったのは、マルスがランキング戦でソニックブレードを披露した、しばらく後のことだった。ヤマトは自分のランキング戦でソニックブレードを再現してみせたのだ。
ソニックブレードは高難易度の剣技であり、『剣聖の剣技』とも呼ばれていた。それを再現してみせたのだから、周囲から驚かれた。
しかも、人に剣技を教えるのも上手いため、ソニックブレードを人に伝授することができた。ただ、ソニックブレードは教える相手の技量も問われる剣技だったため、ハンドレッドでも上位の数人しか使えない。
それでも驚くべき異能であり、マルスからの評価も高く、政変後はファルーン国の剣術指南役に正式に任命されていた。
そのヤマトがマルスに呼ばれていた。場所は謁見の間ではなく、王城内の訓練場である。
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「それで五天位の剣技は習得できた?」
僕はヤマトに聞いた。僕もヤマトも訓練時の動きやすい恰好をしている。
「はい、陛下。彼らが使った剣技はミラージュソードとアースブレイクという技に相違ありません」
軽く一礼してヤマトは答えた。相変わらず腰が低くて礼儀正しい。
ヤマトは剣術を教えていただけあって、剣技に詳しい。城にあった剣技に関する蔵書も貸し与えたため、その知識はかなり豊富になっていた。
「ミラージュソードとアースブレイク……どんな技なんだ?」
「はい。ミラージュソードは自身の心拍に強化をかける技で、一時的に驚異的な速度で剣を振るうことを可能にします。ただ、速度は上がっても力は上がらないため、元々の力がよほど強くない限りは、剣を軽くしないと、あのような技にはならないでしょう」
なるほど。だからマテウスは細身の剣を使っていたのか。
「アースブレイクは?」
「あれは物理的な力と魔力を融合させた技です。文献には大地を割る力があるということで、アースブレイクと名付けられていました。イメージが大切な剣技で、実際に剛力を持ち、それを魔力で増幅させることによって、振るった剣から衝撃破を放つことができます。衝撃破の射程距離は短く、ソニックブレードのような使い方はできません。ただ、至近距離では威力を発揮する剣技かと存じます」
イメージが大切な技ね。だからダンテは大剣を使ってたのか。
「じゃあ実際に使ってみせてもらおうか。私に打ち込んでくれ」
僕は技を受けるために長剣を抜いた。
「畏まりました」
ヤマトも剣を抜いた。彼が使うのも両手持ちの長剣。
「では」
剣をすっと構えると、ヤマトはミラージュソードを発動させた。
剣筋が残像となって、複数の斬撃を一瞬のうちに放つ。
(おお、まったく同じ技だ)
僕は驚きながらも、それをすべて防いだ。攻撃よりも防御のほうがモーションが小さいため、力の差があれば防げないことはない。ただ、その力の差をかなり埋めることはできるだろう。
「お見事です、陛下」
ミラージュソードを披露したヤマトは僕を褒めた。せっかく習得した剣技を防いだのだから、ちょっと悪い気もするが、彼はまったく気にしていないようだ。
「次はアースブレイクを使います」
ヤマトは剣を肩にかつぐように振りかぶると、全身の力を込めて振りぬいた。
「むん!」
気合の声と共に、剣が魔力をまとい、衝撃波を伴った斬撃に変化する。
僕はそれを受けずに後ろに跳躍してかわした。
ドンッという鈍い音と共に地響きが起き、訓練場の地面が凹む。ダンテほどの威力ではないが、十分再現できているようだ。
「結構魔力が必要そうだね」
ダンテが使ったときよりも、魔力の影響が高いように思えた。
「そうですな。元々の力が強ければ、魔力はそれをサポートするだけなので、そこまで必要ないと思います。ただ、わたしの場合はそこまで力がありませんので、相応の魔力を消費する形になりました」
「力があれば魔力は要らないが、魔力があれば力が無くても使えるということ?」
「ある程度の力と剣の技量は必要となるでしょうな。少なくとも魔法使いが簡単に使えるような技ではありません」
魔法使いが杖を振りかぶってアースブレイクを使う様を想像する。
……うん、弱そうだ。
「なるほどね。じゃあ、今度は私に伝授してもらおうか。褒美は別に出すから」
そう言うと、ヤマトは恐縮したように身を縮めた。
「とんでもございません、陛下! この卑賎の身にこのような伝説の剣技を覚える機会を与えていただけでも名誉の限り! 陛下が与えてくれた力が無ければ、わたしにはこんな素晴らしい剣技を使うことはできませんでした!」
ヤマトが言う「陛下が与えてくれた力」とはモンスターの肉の効果である。ヤマトが剣術道場をやっていたころ、ある程度の剣技を習得するには相応の力と魔力が必要であることを知り、自分に才能がないことを悟ったらしい。
ところがモンスターの肉を食べることで、力を上げることができるという話を聞いて、自分の限界を破るべくハンドレッドに参加したのだ。
ヤマトの剣技への執念は凄まじく、あのクソ不味いモンスターの肉を大量に摂取し、幾度も身体を壊しながらも、それを乗り越え、厳しい修練を重ねて高難易度の剣技を習得するに至ったのだ。
初めてソニックブレードを再現できた時は、滂沱の涙を流したそうだ。
で、その自分を変える機会を与えてくれたということで、僕にとても感謝している。
具体的に言うと、ランキング戦でソニックブレードを披露した後、僕の目の前で這いつくばるように、ひれ伏して、一生の忠誠を誓うくらい。
剣術指南役に任命した時も泣いてたし、城にある剣術に関する蔵書を渡したときも感激していた。
いや、僕が自分で調べるのが面倒くさいから、本を渡しただけなんだけどね。剣術指南役も自分で剣技を習得するのが大変だから、任命しただけだし。
ヤマトは自己評価が低いみたいだけど、見ただけで剣技を覚えるとか、とんでもないスキルの持ち主である。こんな才能が在野に埋もれていたとは驚きだ。他国に行けば、もっと好待遇で迎え入れられるだろうけど、本人的には今の待遇で満足しているようだ。
「そっ、そう? じゃあまた新しい剣技を覚える機会があったら、宜しく頼むよ」
この前の戦争では、僕はヤマトに、僕と五天位のふたりの戦いを観察する任務を与え、彼らの剣技を覚えるように命じたのだ。
ヤマトはその任務がとても気に入ったらしく、戦いの決着が着いた後、技術的にいかに素晴らしい戦いであったかを、引くくらい熱弁し始めるほどだった。
「お任せください、陛下! この命、そのためにあるのですから!」
目を輝かせてヤマトは答えた。
そのためって、どのためだよ? もっと命は大切に使って?
―――ヤマト視点―――
剣技とは、剣術と魔力の複合技である。
昔の私は剣への知識や技量があっても身体能力や魔力が足らず、剣技を使うことができなかった。
いや、なまじ技量があっただけに、剣技への想いがなかなか断ち切れずにいたのだ。
あまり知られていないことだが、身体能力と魔力は才能であり、遺伝的な要素が強い。
努力によって伸ばせる力は限界があり、若き日の自分は早々にその限界にぶち当たっていた。
「剣の技量であれば、誰にも負けないのに……」
その想いがずっと自分の中に燻り続けたが、どうにもならずにファルーンの片田舎で細々と剣術を教えて生計を立てていた。
だが、ある日、モンスターを狩り、身内同士で戦いに明け暮れるハンドレッドという組織に入れば、限界を超えた強さが身に付くという噂が伝わってきた。それを聞いた私は一縷の想いを抱いて、ハンドレッドへの入会を決意した。
ハンドレッドに入った後は、強力なモンスターを狩りにいって死にかけ、毒の塊であるその肉を摂取して死にかけ、さらに仲間同士で死ぬ寸前まで戦うことによって死にかけた。
この世に地獄があるとするならば、ハンドレッドがそれに最も近いのではないだろうか?
しかし、その地獄を生き抜くことによって、私は劇的に生まれ変わることができた。そう限界を超えるには、限界を超える修練を身に課せば良かっただけなのだ。
何と素晴らしいことか! この非人道的なシステムを考案なされたゼロス王は私にとって神に等しい。
今では、使いたくても使えなかったあの剣技の数々を容易く使うことができるようになったのだ。
特にソニックブレードを習得できた時は、喜びで発狂してしまいそうだった。
ハンドレッドの日々で死を覚悟したことは一度や二度では無かったが、この程度の苦労は物の数に入らない。そう、強さが手に入らなければ、何のための人生か!
今日は陛下にミラージュソードとアースブレイクを伝授させて頂いた。
陛下はコツを教えただけで、簡単にふたつともマスターし、元の使い手であった五天位のふたりよりも強力な剣技となった。
というか、ミラージュソードは剣じゃなくて身体のほうが残像になっていたし、アースブレイクは本当に地面が割れた。あのアースブレイクを受けたら、剣や鎧ごと真っ二つになるだろう。
恐らく、これが本来の剣技なのだ。我々如きが使う剣技など児戯に等しく、陛下のような本当の才能を持つ者が使ってこそ、本来の威力を発揮することができる。
陛下が使う真の剣技を間近で拝見できる喜び! これに代わる愉悦が他にあろうか?
陛下は私の才能を高く評価してくださっているが、私の技など所詮は小手先の物。真の剣技には遠く及ばない。しかし、陛下であれば、真の剣技を体現することができるだろう。
剣術指南役という役職は、まさにわたしにとって天職。
陛下には、ありとあらゆる剣技をマスターして頂いて、世界最高の剣士になって頂くのが私の夢だ。
ただ、すべての剣技を体得するためには、他の国の剣技を覚える必要がある。
剣技は国の機密に等しい。それを知るためには、どうすれば良いか?
そう、ファルーンがすべての国を制圧すれば良いのだ!
幸いにも陛下はアレス大陸を統一する意向をお持ちとのこと。素晴らしい。
陛下におかれては、一刻も早く世界制覇して頂いて、すべての剣技を習得して頂きたいものだ。