その24 戦後
ドルセン国の武の象徴である五天位の2人を僕が倒したことによって、ドルセン軍は戦意喪失した。
迎撃部隊は壊滅。
その間にキンブリー将軍は退却を図ったが、ハンドレッドの執拗な追撃と、フラウの魔法攻撃により、将兵のほとんどを失ったらしい。
僕が止めなければ、オグマたちは敵が全滅するまで追いかけ続けたかもしれない。
最終的には
「なるほど。敗残兵を少し逃がしておかないと、ゼロス王の恐怖を伝える者がいなくなりますね!」
という嫌な納得の仕方をして、追撃を諦めてくれた。
キーリにもウォーウルフ部隊を撤収するように指示を出した。
想定以上に敵に被害を与えてしまったが、これでファルーン国と戦争をしても勝てないと思ってくれれば、この先の平和につながるし、これはこれで良かったと思おう。
――――――
「くそっ! ドルセン軍め! 数ばっかり多くて役に立ちやしない!」
「まったくだ! 何で僕らがまた逃げなければならないんだ!」
口々に文句を言いながら、馬を走らせているのは、カドニアの第一王子と第二王子だった。
今回の戦争は、形としては彼らの本国奪還なので、一応キンブリー将軍の軍に従軍していた。
何かあっては不味いので、陣地の後方にいたのだが、ドルセン軍が撤退するに当たって、真っ先に逃げ出したのだ。
それが功を奏して、フラウの呪文から逃れ、オグマたちの追撃からも逃れることができた。
今は僅かな供回りと共に、カドニア北部の山間部で馬を走らせていた。
今回ドルセン軍に付いたカドニアの貴族たちに保護を求めるということも、彼らは考えたが、そんな連中はすぐに寝返るに違いないと思い、必死にドルセン国まで逃げているのだ。
「大体、補給部隊を少しやられたぐらいで逃げようとするキンブリーが悪い」
自分たちをまったく顧みなかったキンブリーのことを、第一王子は良く思っていなかった。
「本当にそれだよ。補給なんて無くたって、戦うことぐらいできるだろう。彼は腰抜けだ」
第二王子もそれに同意した。彼らはもっと王族としての扱いを期待していたのだ。
「そもそも、モンスターに負ける補給部隊って何なんだ? 本当に軍隊なのか?」
「スタンピードならともかく、そこらのモンスターの群れにやられるなんて、補給部隊でも考えられないよ」
「俺たちが指揮していたら、そんなヘマはしなかったな」
「今度はドルセン王にお願いして、直接兵を貸してもらう。僕たちが指揮すれば、きっと勝てたよ」
第一王子と第二王子は好き勝手なことを言いながら、山間の道を進んだ。
すると道の先に、大量の、何かの荷物の残骸のようなものが目に入った。
「何だあれは?」
王子たちは慌てて馬を止める。大量の残骸が道を塞いでいて邪魔なのだ。
「これってドルセン国の補給物資じゃない?」
第二王子が残骸の中から、ドルセンの紋章を見つけた。
よく見れば血痕もあちこちに残っている。
「まさか、全滅した補給部隊のものか?」
そう考えれば、大量の物資が散乱していることに納得がいく。
ということは、ここが補給部隊がモンスターに襲われた現場に違いない。ただあるはずの補給部隊の兵士たちの死体がひとつも見当たらない。
第一王子は気味が悪くなった。
「おい、早くここを抜けるぞ。こんなところにいたら何があるかわから……」
振り返った彼の目に映ったのは、ウォーウルフに身体をくわえられた第二王子と、自分たちの側近たちの姿だった。
「助け……」
息も絶え絶えの第二王子が助けを求める。
「ヒィッ!」
第一王子は馬を返して逃げようとしたが、目の前に映ったのは、大きく開かれた巨大な口だった。
誰もいない山間の道で、ウォーウルフたちの咀嚼音がしばらく続いた後、どこからともなく姿を現したのは、黒髪黒目の小柄な女だった。
「まったくワンワンたちは好き嫌いがなくて、お利口さん。
わたしの研究を認めて下さったゼロス王とフラウ様のためにも、ワンワンたちにはこれからもがんばってもらわないとね」
キーリは薄く笑うと、狼たちと共に山の茂みの中に姿を消した。
――――――
「負けただと?」
ドルセン王は敗戦の報を聞いて、思わず玉座から立ち上がった。
1万という敵の5倍の兵を用意し、なおかつ五天位のふたりを同行させて、負けるなどとは夢にも思っていなかった。
「はい……それも兵の7割を失う大敗です」
報告に上がった王の側近も厳しい表情を浮かべている。
「7割だと! 7000の兵が失われたのか!?」
戦争に負けるといっても、7割の兵を失うということは尋常ではない。通常の戦争なら3割の兵を失っただけでも大敗にあたる。人間同士の戦いで7割の将兵を失うなど聞いたことがない。
「キンブリーはどうした!?」
「自ら殿を務めて戦死なされたようです……」
元より死ぬ覚悟だったのだろう。こんな負け方をしておいて、おめおめと生きて戻ってくるような男ではない。
「……マテウスとダンテは?」
「共にゼロス王に挑み、討ち取られました」
ドカッと音を立てて、ドルセン王は玉座に座り直した。疲れたように額に手を当てた。
この戦いで受けた損失は計り知れない。
これでは残った3000の兵士も酷い有様だろう。すぐに復帰することは困難だ。
事実上、1万の兵を失ったことになる。容易に回復できるものではない。
キンブリーの戦死も痛かった。有能で信頼できる男だった。大軍を任せられる将軍などそうはいない。
そして、マテウスとダンテ。
ドルセンの武を象徴する五天位をふたりも失ったとなれば、周辺国とのパワーバランスに影響を及ぼしかねなかった。
「もうひとつ報告があります」
「……何だ?」
「カドニアの第一王子と第二王子が行方不明となっております」
「あの馬鹿どもが?」
今回の戦争で失った臣下たちに比べれば、心底馬鹿にしているカドニアの王子たちの行方など、ドルセン王にとってはどうでも良かった。
「戦死ではないのか?」
「いえ真っ先に逃げ出したという報告が入っています」
「逃げ足だけは速いことだな……カドニア貴族のところへ逃げたのか?」
「こちら側についたカドニア貴族たちは現在粛清されているようなので、それは無いかと」
今回、ドルセン軍に降ったカドニア北部の貴族は、カドニア王ニコルによって徹底的に取り潰されている。そこへ逃げ込むということは考えにくい。
「であれば、ドルセンにしか居場所がなかろう。
まあいい。しばらくはカドニアに手出しはできん。見つけたら保護してやれ。わざわざ探す必要はない」
「かしこまりました」
「それより、今回の敗因となった補給部隊が壊滅した原因の調査はどうなっている? モンスターの大群とやらは確認できたのか?」
今回の戦いで、ドルセン王が気になっていたのは、そこだった。キンブリー将軍からはファルーン側の仕業ではないかという報告も入っていた。
「カドニア北部は敵に奪還されてしまったため、調査は難しいようです。ただ、やはりあの周辺にモンスターが頻出するという情報はまったく確認できなかったため、通常では考えられない事態であったことは確かです」
「ふむ……キンブリーも気にしていたが、スタンピードといい、モンスターどもがファルーンの利に沿って動いているように思える。
ゼロス王がモンスターの肉を食べて強くなっているという話も眉唾物だったが、ファルーン軍の強さを考えると、あながち嘘ではないのかもしれぬな」
「モンスターの肉を食べる実験は、わが国でも行いましたが、被験者はもれなく死亡しております」
ハンドレッドの噂を聞いて、ドルセン国では罪人にモンスターの肉を食べさせるという実験を行ったが、被験者は相次いで死んでいた。これはドルセン近隣に生息するレッサードラゴンという中級モンスターの肉を、いきなり食べさせたせいだった。
「わかっておる。だが、やり方があるのかもしれぬ。それに関しては引き続き調査せよ。
とりあえず、ファルーンとは和平を結ぶことにする」
「講和条約を結ぶということですか? 宜しいので?」
「1万の将兵を失った今、南方に割く戦力は無い。現カドニア国王を認め、賠償金を支払う。それでファルーンが抑えられれば安いものだ」
それは格下の国に対しては破格の条件と言える内容だった。
ドルセン王にとって、それだけファルーンが脅威になったともいえる。
「陛下。和平など結ばなくとも、わたしにお任せいただければゼロス王を討ってまいりますよ?」
王と側近のやり取りに口を挟んだのは、口元を扇子で隠した女だった。長いウェーブのかかった紫の髪、胸は大きいがくびれており、白いドレスからは陶器のような白い肌が見え隠れしている。妖艶という言葉が似つかわしい。
「カーミラ。おまえの仕事は王都の守護。容易に動かすことはできん。それに同じ五天位がふたりやられている。いくらおまえと言えども勝てるとはかぎらん」
ドルセン王は渋い顔をした。カーミラと呼んだ女は、貴族の令嬢のような装いをしているが、五天位のひとりである。カーミラが王の会話に口を挟んだのは不敬だが、彼女を恐れて、それを咎める者はいなかった。
「あら、陛下。マテウスとダンテは五天位とは名ばかりの未熟者ですわ。同じにしないでくださいな。あのふたりであれば、わたしでもひとりで殺せますよ?」
表情を扇子で隠しているものの、カーミラの目は笑っていた。
「……そうかもしれん。だが、おまえを動かすことはできん。控えておれ」
王もカーミラの力はわかっている。カーミラは五天位の第三位の座にいるが、次席との力の差はほとんどない一方、第四・五位だったマテウスとダンテとの差は歴然だった。
しかし、傲慢で酷薄な性の上に、王家すら軽く見ている素振りがあり、いまいち信頼が置けない。力は間違いないのだが、人格面で五天位に相応しいとは言い難かった。
五天位の筆頭と次席は、他国に睨みを利かせるために国境付近に配備しているが、カーミラを国境に配備すると勝手に戦端を開きかねないため、王都に留めている。ドルセンにとって、カーミラはうかつに使えないジョーカー的な存在だった。
「それは残念ですわ。わたしなら小国の王くらい、ひとりで殺して見せますのに」
その言葉に、玉の間に控えていた近衛騎士たちに緊張が走る。「自分であれば王を殺すなど造作もない」と宣言しているようなものだ。
「いらぬ。勝手な行動は慎め、カーミラ」
ドルセン王はカーミラを咎めると、手を振って、この場の解散を示した。
カーミラはそれには答えず、笑みを絶やさぬまま、その場を後にした。




