その23 決着
ドルセン軍が撤退した後、ウォーウルフ部隊を指揮させていたキーリから、魔術通信で連絡を受けた。
「聞いてください、ゼロス様! うちの可愛いワンワンたちが大活躍だったんですよ!」
魔術通信で使われる水晶越しに見えるキーリは、目を爛々と輝かせてウォーウルフたちの活躍について語り始めた。
「……ワンワン?」
あの馬よりもでかい狼たちを、ワンワン呼ばわりするのか?
「ちゃんと敵部隊が目標地点に来るまで『待て』ができましたし、『いけっ!』って言ったら、みんな一斉に走り出したんですよ? 可愛くないですか?」
500頭を超えるウォーウルフの襲撃を「可愛い」と表現するのは、世界でもコイツくらいなものだろう。
ただ、そんな変態じみた人間だからこそ、あらゆるモンスターとの意思疎通が可能なわけで、今回ウォーウルフ部隊の指揮を任せた。
「で、補給部隊は潰せたのか?」
「もちろんですよ! ワンちゃんたちが綺麗に平らげました!」
……それは補給物資のことだろうか? それとも敵兵士たちのことだろうか?
怖いから、そのへんを確認するのは止めておこう。
「おまえの姿は見られてないだろうな? ファルーン国がウォーウルフ部隊を使っていることは、まだ隠しておきたい」
ただでさえ風評被害で僕の評判は劣悪を極めている。この上、モンスターを軍事利用しているなんて知られた日には、人類の敵扱いされかねない。
バレるにしても少しずつ話を広めていって、世間の理解を得たいところだ。
「はい。わたしはワンワンの活躍を物陰から鑑賞していただけなので、見られていないはずです。
ただ、ワンワンたちのことは、恐らく魔術通信で連絡が行っているので、ドルセン軍には知られたと思いますよ?」
「それは構わん。むしろ、補給部隊が叩かれたことを知られないと困るからな。ただ、今回は野生のモンスターに襲われた態にしておきたいだけだ」
「え? 野生のウォーウルフは、あんな大群を組みませんよ?」
変なところで冷静だな、こいつは。
「ファルーンが関与している証拠が無ければ、それで良い。
ともかく、ご苦労だった。別命あるまで待機していろ」
「わかりました」
キーリは頭を下げると、魔術通信を切った。
補給部隊を叩かれたドルセン軍は恐らく退却を始めるはずだ。
あんな大軍、補給物資無しでは立ち行かない。キンブリー将軍は堅実な軍人なので、余裕があるうちに退くことを選択するだろう。
……うちの連中だったら、「長期戦ができないなら、短期決戦にすればいいじゃない」的な感じで、全軍突撃しかねないが。
ともかく、これでこの戦いはファルーンが勝つことができた。
兵士たちには実戦経験を積ませることができたし、幹部たちには部隊運用の経験をさせることもできた。ウォーウルフ部隊の実戦投入も成功している。結果としては充分だ。
こちらの被害はほとんど無いし、ドルセン軍の被害もそこまで大きくはないだろう。
これならば大きな遺恨を残さず、今後は外交的に話し合うことができるはずだ。
人間なのだから、問題は平和的に解決するべきで、戦争のような暴力で解決するのは人としてどうかと思う。そう、できるだけ戦いは避けるべきなのだ。
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「ドルセンの糞どもが逃げる準備を始めました!
この際、二度と喧嘩を売ってこないよう、ゼロス王の恐怖を骨の髄まで叩き込みましょう!」
翌朝、ドルセン軍が撤退準備を始めているという報が入ると、オグマが爽やかに進言した。
「ゼロス王、オグマの言う通りです。ここはひとりも逃さぬよう追撃し、偉大なるゼロス王に歯向うとどうなるか、他の国々に知らしめるべきでしょう。さあ出陣の準備を!」
ワーレンがにこやかに進言してきた。
「いや、私は戦うつもりは……」
「わかっております、ゼロス王!
昨日はランキング下位の者やランキングに入れない者たちのために、敢えて戦いには出ませんでした。
しかし、これ以上我慢する必要はございません!
皆、ゼロス様の戦場での雄姿を見たいと熱望しております!」
まったく僕のことを理解してないワーレンが、僕の発言を遮る。
「前線に立つのは王として……」
「当たり前ですよね! 他国の肥えた豚のような王族とは違い、ゼロス王は常に先頭に立って戦い続けてこられました。その姿勢こそ真の王!
さあ、ドルセンに真の王の姿を見せましょう!」
今度はクロムが食い気味に言葉を被せてきた。
違う! そうじゃない! 「王としてどうかと思う」だ!
何で総大将の王様が最前線に出るんだよ! そんな戦い方があるか!
「「「ゼロス! ゼロス! ゼロス!」」」
周囲にはハンドレッドのメンバーが集まり始め、僕のことを連呼している。
え? どうしよう、と思ってフラウのほうを見ると、
「わたしも王妃として戦う姿を見せる」
と心にも思ってなさそうなことを棒読みされた。
ダメだ。こいつは単に魔法を使いたいだけだ。
「いや、敵の補給部隊は既に叩いてある。これ以上の戦闘は……」
必要ない、と言おうとしたら周囲が騒めき始めた。
「だから、敵が退却を始めたのか。そこを王自ら追撃すると……えげつないな」
「恐ろしい……敵の補給を絶った上で、潰すつもりだぞ、ゼロス様は」
「ああ、容赦ないな。入念に敵の心を折るおつもりらしい」
そんなつもりはねぇよ!
兵士たちの間で、僕の嫌な評価が急上昇していく。
「さすがですね、ゼロス王! さあ、参りましょう!」
……もはや僕にそれを断る術はなかった。
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「ファルーン軍が出撃してきました! 先頭に立っているのはゼロス王です!」
「何だと!」
キンブリーは耳を疑った。
補給を絶たれたとはいえ、兵力差はまだこちらのほうが圧倒的に優勢だ。
ファルーン軍が打って出る場面ではない。
「どういうことだ?」
キンブリーは周囲を見渡した。すると、多くの将兵の表情が引き攣っている。
彼らの心は退却するという「もう戦わなくていい」という方向に向いており、もはや戦う気力を失っているのだ。
対して、ファルーン軍は王自ら先陣を切ったことで士気は高い。昨日の戦いで、そのひとりひとりが強兵であることもわかっている。敵の戦意は最高潮に達しているだろう。
「こちらの戦意を削いでから攻撃に転じたということか!
ゼロス王め、思いのほか、策士よ!」
だが、キンブリーも歴戦の将である。
すぐさま軍を立て直すよう指示を出そうとした。
そのとき、側近の魔導士が叫んだ。
「上空に雷帝! あれは……サンダージャッジメントか!」
見ると、ファルーン軍の上空に浮遊する女の姿があった。その女こそ雷帝フラウなのだろう。
彼女の周囲には光の魔法陣がいくつも展開されており、魔法使いでない人間にすら並々ならぬ魔力を感じさせていた。
「防御魔法、急げ!」
魔法使いたちから悲鳴のような声が上がる。
サンダージャッジメントは雷系統の魔法の中でも最強の呪文。
現在はフラウだけが使えるとされる、雷帝の異名の元となった呪文だ。
「来ます!」
言われなくても、光の魔法陣が輝き始めたことにより、魔法が発動したことは一目瞭然だった。
「全員、伏せろ!」
キンブリーはそう声を張り上げると、自らも地面に伏せて防御態勢を取る。
雷鳴が鳴り響き、ドルセン軍の陣地に無数の強烈な雷撃が降り注ぐ。それはこの世の終わりを予感させる呪文だった。
一瞬だが永劫とも思えた呪文の発動の後、キンブリーは起き上がって周囲を見渡した。
防御魔法はある程度効果を発揮したようで、魔導士団に近い部隊の損傷は少ない。
だが、魔導士団から遠ざかるにつれて、被害は増していき、もっとも離れた部隊は壊滅状態だった。
恐らく半数近い兵士は戦闘不能状態になっている。
キンブリー自身も呪文の影響によって身体に痺れを感じていた。
「何だ、この魔法は? 何故昨日の戦いで使わなかった? 結界は効いていないのか?」
キンブリーの問いに、側近の魔導士が答える。
「恐らく、このときのために温存していたのではないかと。昨日の戦いの時であれば、結界の効果でもっと防げたのでしょうが、昨日一日結界を維持したせいで、今日は魔導士部隊にも疲れが出ており、昨日ほどの強度が保てていません」
「くっ、これもゼロス王の計算のうちというわけか!」
周到なゼロス王の戦略にキンブリーは戦慄した。
「マテウス! ダンテ!」
五天位のふたりの名を呼ぶ。
「はっ!」
少し離れた場所にいたマテウスとダンテはすぐに、キンブリーの元に駆けつけてきた。
ふたりともサンダージャッジメントのダメージを受けた形跡はない。
「わたしの直属の騎士団を使って、ファルーン軍を迎え撃って欲しい。
右翼の第3、第4騎士団、左翼の第5、第6騎士団からも戦えるものは出撃させて構わない。
ふたりでゼロス王を討ってくれ」
「謹んで承りました」
マテウスは膝をついて返事をすると、すぐに身を翻して激を飛ばした。
「キンブリー将軍の直属部隊は私に続け! 右翼、左翼の騎士団からも使える者を集めろ!
急げ! ゼロス王を討つぞ!」
こうしてブリックスの平原における2度目の戦いが始まった。
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ドルセン軍が討って出てきた。
先頭にいるのは、恐らく話に聞いた五天位のふたりだろう。
僕は先陣を切って走っていた。走っていたのは、重力の腕輪をしていたから馬に乗ることができなかったからだ。このまま走るのも恰好悪いので、彼らの相手をするのはちょうど良い。
「わたしが五天位のふたりの相手をする。残りの敵は任せたぞ!」
「お任せ下さい、ゼロス王!」
オグマたちが、他の敵兵に向かっていく。
五天位以外の敵もまあまあ強そうだ。恐らくキンブリー将軍直属の部隊だろう。
「五天位の我々ふたりを相手に、ひとりで戦うとは慢心したな、ゼロス王!」
細身の剣を構えた、長い金髪の男が叫んだ。もうひとりは大剣を持つ褐色のでかい男だ。
「我が名は五天位がひとり、マテウス!」
金髪が名乗った。
「同じく、ダンテ」
褐色のでかい男が大剣を構える。
「……ファルーン国、国王マルスだ」
僕も愛用の長剣を抜き放った。身に纏っている真っ黒な全身鎧と同様に、地下古代遺跡で発見した業物である。どんな硬いものを斬っても刃こぼれひとつしないので気に入っている。
「覚悟!」
マテウスと名乗った男が一気に間合いを詰めてきた。
速い。剣筋が残像となって、複数の斬撃を一度に行っているように見える。
何かしらの剣技だろう。さすが五天位といったところか。
(まあ防げないことはないな)
僕はその攻撃を剣で払ったが、鎧からは不快な音が響く。避けそこなった攻撃がいくつか鎧をかすめたようだ。
(おや? 予想以上に手数が多い)
速度重視の剣士のようだ。ワンフーをやったのはこの男なのだろう。
速さと手数で押していくタイプなのか、間断なく攻撃を仕掛けてくる。
これでは放っておくと、いつまでも攻撃しかねない。
僕はわずかに間合いを詰めると、相手の剣技に強引に割り込んで、マテウスの腹に蹴りを放った。
「ぐふっ!?」
後ろに吹っ飛ぶマテウス。正統派の剣士はこういう攻撃に弱い。
「オラァッ!」
そこにダンテが、僕とマテウスの間に入ってきた。
大剣を上段から振り下ろすダンテ。僕は長剣でそれを受けた。剣と剣がぶつかり合う甲高い金属音が鳴る。
だが、剣を受け止めたにも関わらず、衝撃波が僕の身体に叩きつけられた。
足が地面にめり込む感触がする。これも何かしらの剣技だろう。鉄製の剣や鎧なら砕かれているところだ。
マテウスとは正反対のパワータイプか。
ダンテは一旦剣を引くと、今度は横殴りの豪快な一撃を放った。
これも剣で受けるが、身体ごと弾かれて、横に吹っ飛ばされた。
(剣技とはいえ、なんという威力だ。モンスターの肉も食わずに、ここまでの力を持つとは)
すぐに態勢を立て直したが、今度はマテウスが迫る。
再び発動するマテウスの剣技。先ほどの蹴りを警戒してか、間合いは少し遠めだ。
ダンテは僕の側面に回り込んで、剣を振りかぶった。
マテウスの剣を右手の剣で受け流しながら、ダンテの攻撃を左の掌に展開した不可視の盾で受ける。
不可視の盾は攻撃を無効化するので、衝撃波ごと攻撃を受け切った。
「なっ!」
マテウスとダンテが驚きの表情を浮かべる。
その隙に僕は後ろに跳躍して、間合いを作った。
「何だ、今のは!」
ふたりとも動揺してる。初見でこの不可視の盾を見た人は、みんな驚くんだよね。
僕はその隙に腕輪を外した。フラウからプレゼントされた、グラビティ5倍の腕輪だ。
「一応、聞くけど、降伏する気はないか?」
マテウスとダンテに声をかけた。
「何を言っている? おかしな技でダンテの攻撃を受けた程度で勝ったつもりか?
1対2の不利はまだ覆ってないぞ?」
マテウスが再び剣を構えた。ダンテも大剣を振りかぶる。
「ここから先は手加減はできない。死ぬよ?」
グラビティの効果が無くなると、身体の動きが良くなり過ぎる。
「何を馬鹿な……さっきまで本気じゃなかったとでも言うのか?
戯言をいうな!」
先ほどまでと同様に、マテウスが一気に間合いを詰める。
そして剣技を発動させようとしたところで、
先に僕が斬った。
「なっ……にっ……」
肩から袈裟懸けに斬られて崩れ落ちるマテウス。腕輪が無ければ、あの程度の速度なら先に動ける。
「マテウス!」
マテウスを助けようとしたのか、ダンテは剣技を発動させて、大剣を叩きつけるために振り上げた。
だが、その剣技はモーションが大きく、胴がガラ空きになる。僕はその隙を容易に狙うことができた。
ダンテの側面に踏み込みながら、剣を横に薙いで飛び抜ける。
振り下ろされたダンテの大剣は、衝撃波で先ほどまで僕のいたところに大きなクレーターを作ったが、胴体を半分斬り裂かれたダンテは、そのクレーターに崩れ落ちた。
周囲で戦っていたハンドレッドのメンバーから歓声が上がる。
僕の戦いを見ていたのだろう。
逆にドルセン軍からは「五天位が負けた!」という絶望の声が上がった。
戦いの趨勢が決した瞬間だった。