表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/53

その21 ブリックスの戦い

 キンブリーは、ドルセン国の歴戦の将軍だった。

 長身痩躯で、齢は50を超えたせいか、元は灰色だった髪が大分白くなり始めている。軍人らしく背筋はしっかり伸びており、表情は常に厳しく、周囲に緊張感を持たせる趣があった。

 大小いくつもの戦争を経験しており、堅実な戦略・戦術を取る。

 ドルセン王からの信頼は厚く、カドニア侵攻の全権を任されたキンブリーは、その準備をしっかり整えた。


 まずはカドニア国境での演習。

 目的はカドニア北部の貴族に対する示威行為であるが、演習では主に対ファルーン国に向けてのシミュレーションを行った。

 想定されるファルーン国の兵力は2000。国力を考えれば、最大動員数はその程度になるはずだった。

 一方、ドルセン国の兵力は1万。兵力差は5倍である。

 常識的に考えれば負けようがない。

 だが、ファルーン国の主力と目されているハンドレッドという王の私兵集団は、スタンピードも鎮圧しており、その実力は侮れない。

 そこでキンブリーは騎士や兵士たちを3人のグループに分け、常に複数でひとりを相手にするよう訓練させた。

 どんなに強い戦士でも、複数人と戦うのは難しい。人間は組織されてこそ力を発揮する動物だ。だからこそ、人間よりはるかに強いモンスターを倒すこともできる。

 訓練された兵士を3人がかりであれば、容易に対処できるはずだ。

 

 他にも問題があった。

 現ファルーン国王妃・雷帝フラウである。若いころから神童として知られた天才魔法使い。

 戦場における魔法使いは危険だ。強力な魔法は一撃で戦況をひっくり返す力がある。

 ただ、魔法士団にしたところで、数的優位はこちらにある。いくら優れた魔法使いでも、ひとりが持てる魔力には限界があるのだ。

 キンブリーは対策として、徹底して防御結界を張るように魔法師団に指示を出し、演習でその訓練をさせた。

 攻撃魔法を撃つ必要はない。魔法の影響が無ければ、兵力差で押し切れると考えたのだ。


 そして最大の問題が、ファルーン国王ゼロスである。

 武力で政権を掴み、ファルーン国の闘技場では最強を誇り、カドニアのスタンピードでも勇名を馳せた男。

 恐らくは先祖である勇者の血が濃く発現したのであろう。

 勇者とは神の加護を受けた者。人間を超えた力を発揮しても不思議ではない。人数をいくらかけても損害が増える可能性がある。

 そこでキンブリーは、五天位と呼ばれる王直属の騎士から2人を借り受けた。

 五天位はドルセンの最高の武力として名高い勇者たちだ。冒険者で言えば、Sランクに匹敵する。

 恐らくゼロスと同等の力を持つだろう。例えゼロスがそれ以上の力を持っていても、2人がかりであれば勝つことはできるはずだ。


 ファルーンの軍さえ倒せれば、カドニアの軍勢は、その時点で瓦解するだろう。戦意は低く、相手にする必要すらない。

 実際、カドニアの北部を領有していた領主たちは、簡単にこちらの調略に応じている。新しい国王がファルーンの王族ということもあって、裏切りやすい下地があったのだろう。

 こうして準備を整えたキンブリーはカドニアに侵攻を開始した。



 侵攻ルート上のカドニアの貴族たちは、何の抵抗も無く下った。

 拍子抜けするくらい何もない。

 難所と予想されている山間部にさえ、兵が配置されていなかった。

 進軍を続けたドルセン軍がカドニア北部を抜けようとしたところで、ようやく敵軍と相まみえた。

 ファルーンとカドニアの連合軍である。


 場所は山と森に囲まれた平原である。名をブリックス平原という。

 後に「ブリックスの戦い」と呼ばれるドルセン軍とファルーン・カドニア同盟軍の戦いは、こうして始まった。


 戦争の序盤は遠距離からの魔法の打ち合いとなる。

 ドルセン軍は予定通り結界を張って、防御に徹した。

 その結界にファルーン軍から放たれた攻撃魔法がいくつも激突する。

 大気が震えるような轟音が鳴り響き、軍馬が動揺する。

 キンブリーは傍に控えていた魔導士に状況を聞いた。


「予想以上に強力な魔法です。しかし、防ぎきれます。相手の魔力切れを狙って撃ち返しますか?」


「いや必要ない」


 こちらが魔法攻撃を撃ったところを狙われるのを嫌ったキンブリーは、魔法師団に結界の維持を命じた。

 そして、ファルーンの攻撃魔法が止んだところで攻勢に転じた。


「右翼の第3、第4騎士団、左翼の第5、第6騎士団を出撃させろ」

 

 敵ファルーン軍の右翼は赤の騎士団500、左翼は黒の騎士団500が布陣していた。

 それに対して、ドルセン軍の両翼からは4個騎士団を投入した。1個騎士団あたりに人数は500名であり、片翼1000の兵力。ファルーン軍の2倍である。


 騎兵同士主体の戦力である両騎士団はすぐに激突した。

 数的には圧倒的に優位なはずだが、押し込んでいる様子はない。


「強いな……」


 キンブリーは呟いた。

 出撃させたのは、いずれも経験豊富な練度の高い騎士団である。

 それを相手に、しかも倍の数を抑えるとは、想像以上に敵騎士団は強い。


 だが、それも想定内である。赤の騎士団、黒の騎士団はそのほぼ全員がハンドレッドに所属しているという情報を得ており、事実上の最精鋭部隊だと考えていたからだ。

 むしろ、2000の兵力でファルーン軍の約半分の兵力の相手をできていると考えれば十分であった。


 残るファルーン軍は1000。カドニア軍が後衛として1000程度いるが、それは恐らく戦力にならない。

 対して、残るこちらの兵力は8000。本営が3000なので、主軍は5000である。相手の5倍の兵力だ。


 まったく問題が無い。


 そう判断して、キンブリーは主軍に攻撃を命じた。こちらは歩兵主体である。

 両翼の騎士団が戦っている戦場の真ん中を突っ切るように、5000の兵が進んでいく。

 ファルーン軍もすぐに応戦を始めるが、数的劣勢は明らかである。

 事実、こちらの軍勢が徐々に押している。


 後はゼロス王が戦場に姿を見せたら、五天位のふたりを戦場に投入するだけである。

 それでこの戦争は終わりだ。


 勝ったな。


 キンブリーは自軍の勝利を確信した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 マルスはドルセン軍の戦いぶりに満足していた。

 ドルセンの兵は数的優位を活かして、常に1対2もしくは1対3の戦闘に持ち込むように、よく訓練されていたからだ。

 特にドルセン軍の主力となる歩兵は、3人のグループを組んでいる。大楯を持つ兵士が防御、槍を持つ兵士が牽制、剣を持つ兵士が攻撃の役割を持っており、まるでモンスターを相手にするかのように、こちらの兵士と戦っているのだ。

 これにはハンドレッドのメンバーたちも対応に苦慮しており、押し込まれていた。

 恐らく、自分たちがいつも狩っているモンスター側の気分になっていることだろう。


 だが、マルスは自軍の苦戦を気にしていない。

 マルスが危惧していたのは、ハンドレッドの上位陣があっという間に敵兵を蹂躙してしまうことである。

 その場合、下位の者たち、特にハンドレッドのランキング100位に入っていないメンバーが十分に戦えない。


 それは困る。


 モンスターとの戦いと対人戦は異なるし、闘技場での戦いと戦場における戦いも違う。 

 この調子だと、いつ次の戦争が起こるかわからないのだから、戦場における戦い方をなるべく全員に経験させておきたい。

 集団戦に慣れることも必要だ。

 この戦いはマルスが率いるファルーン軍の初陣であり、できるだけ経験値を積んでおきたかったのだ。


 両翼の赤の騎士団、黒の騎士団には騎士団長であるワーレン、クロムには指揮に徹しさせ、敵をほどよく抑え込むように指示を出している。

 フラウにも自分で攻撃するのを控え、魔法士団の魔法使いたちを上手く使うように言った。

 上の人間が突出しがちというのも考えものなので、今回は戦場での部下の統率を覚えさせるつもりだった。


 というわけで、現在はランキング外の者たちを主体に戦っており、良い感じの苦戦具合だ。

 

 ドルセン軍にも適当に戦っていただいて、疲れて退却して欲しい。

 あまり大きな被害を与えると遺恨が残ってしまう。


 そんなことを考えていたら、オグマが声をかけてきた。

 

「ゼロス、下の連中はそろそろ限界です。上の連中を投入しても良いですか?」


 オグマの言う通り、中央の軍と戦っている兵士たちに疲れが見え始めていた。

 多数を相手にした戦い方に慣れていないのに加えて、そもそも生きるか死ぬかの戦いに慣れていない者たちがほとんどだった。

 まあ、経験としては充分だろう。


「良いだろう。徐々に入れ替えていけ」


 そう許可を出した。

 入れ替えと言っても、いきなりオグマたちが戦いに出たわけではない。もう少し下のランキングの者たちが、苦戦していた場所に入っていくだけだ。


 とはいえ、その効果は充分だった。



 ハンドレッドにはワンフーという男がいる。

 縦も横もでかい大男で、禿頭で髭もじゃ。ギョロリとした目をしている。

 元々、木こりをやっており、どんな巨木でも切り倒す怪力として知られていたらしい。


 割と早い段階からハンドレッドに参加し、その風貌から目立っていた。

 力任せの攻撃が信条で、技もへったくれもなく、剣や斧を叩きつけるように戦っていた。

 これが強烈で、受け止めても痛いし、受け流そうにもワンフーの力が強すぎて上手くいなせない。


 結果、「ワンフーの攻撃は避けるに限る」というのがハンドレッド内の共通認識となった。

 トップランカーたちはワンフーに対して機敏な動きで立ち回り、隙を付いて攻撃することで対処した。

 闘技場ではその怪力ぶりから人気はあったものの、ランキングは20位前後に留まり、それより上にはなかなか行くことができずにいた。


 だが、ワンフーは自分のスタイルを変えなかった。

 それどころか、勝てないのは力が足りないからだと考えていた。

 食べるモンスターの肉も、熊や大猿のような力の強いモンスターのものを好んで食べ、訓練も力を付けることばかりやっていた。

 そのおかげもあって、どんどん力を増していき、「力だけはハンドレッド最強」という評価となっている。


 マルスもワンフーと一緒に戦ったことがある。

 何年か前に、魔獣の森の奥のほうに巨大な木のモンスターがいたのだ。ジャイアントツリーというモンスターの亜種だが、通常のジャイアントツリーより巨大で硬かった。

 あまりの硬さに辟易したマルスは、木こりで力の強いワンフーを討伐に同行させたのだ。

 防御力は高いが動きは遅いそのモンスターとの戦いにワンフーはうってつけで、その怪力を存分に発揮してモンスター討伐に貢献した。

 討伐した際に、ジャイアントツリーの亜種は赤黒い棒のような物を残した。それはモンスターの核となっていた部分だった。

 長さも太さも槍よりも一回り大きく、とにかく重くて硬い。

 マルスは何かの素材になるかと考えたが、硬すぎて加工できない上に、重すぎて使い物になるとは思えなかったので、討伐の手柄としてワンフーに渡すことにした。


 これに感激したワンフーは以降、その棒をそのまま武器として使って戦っている。

 ハンドレッド内の評判は最悪だった。

 とにかく痛い、受けた防具や武器が破損する、闘技場の設備が壊れる等々、非難囂々だったが、ワンフーは意にも介さず、使い続けた。その棒はブラッディロッドと名付けられ、ワンフーと共に知られるようになっていった。



 そのワンフーが前線に出た。

 すぐさま立ちふさがる3人の敵兵に、ワンフーはブラッディロッドを振るった。

 防御役の大楯を持った兵がそれを受けるが、受けた盾はひしゃげて、その兵士は腕を折って、のたうち回った。

 いきなり防御役を失って動揺した残りの2人に、ワンフーは容赦なく攻撃を仕掛ける。

 怪力から繰り出されるブラッディロッドの質量の前に、受け止めようとした剣や槍はへし折られ、吹っ飛ばされた兵士たちは、文字通り身体を折られて死んだ。

 

 想定を超えたワンフーの力の前に、ドルセン軍の集団戦法は無意味だった。

 ワンフーがブラッディロッドを振るうたびに、ドルセンの兵士たちは死んでいった。

 2、3人まとめて吹き飛ばされる兵士たちもいる。

 頭部に直撃を受けた兵士は、頭がボールのように飛んでいった。残された身体からは血が吹き出ている。

 その血をブラッディロッドは吸っていた。ブラッディロッドの元となったジャイアントツリーの亜種は吸血種でもあり、核となっていたブラッディロッドもその性質を引き継いでいる。

 ワンフーは知らなかったが、新たな血を提供してくれるワンフーをブラッディロッドは宿主と認めており、その吸血の効果を還元していた。すなわち、体力や傷の自動回復である。

 決して機敏ではないワンフーは戦いにおいて無傷ではなかったが、ブラッディロッドが回復してくれるので、気にすることなく戦うことができた。

 まるで歩く要塞である。

 ブラッディロッドの効果で血煙をまとったワンフーは、ドルセン軍にとって恐怖だった。


 人間じゃない、化け物だ、と。

  

 ワンフーだけでなく、新たに戦線の投入されたハンドレッドのランカーたちは、その力を存分に発揮し、あっという間に戦況を覆しつつあった。

どこに何を書いたかわからなくなったので、全話にサブタイトルを付けました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 「誰が勇者を殺したか」から遅ればせながら遡って読ませていただいています。 勘違い系として上手くまとまってて大変面白いです。 [一言] ソニックブレードが剣聖剣技で天位(噛ませっぽいけど)も…
[良い点] モデルは侍魂の王虎でしょうか?笑
[一言] ハート様みたいなのが100人以上向かってくるとか悪夢でしかない。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ