その20 モンスター軍団
何でこうなった?
ニコルからの書状を受け取った僕は頭を抱えた。
ドルセンから、カドニアの元第一王子に、カドニアの王位を明け渡すよう促す書状が届いた。
それはまあいい。明け渡せば済む話である。面倒くさいし。
ところがニコルは明け渡すどころか、
「ドルセンと開戦する可能性が高いので、ファルーンの最大戦力を派遣されたし」
と要請してきた。
え? 何で? ニコルって武闘派だったっけ? 穏やかな文官系だと思って、カドニアを丸投げしたのに話が違う。
しかも、この書状のことを知った部下たちはヒートアップしていた。
「よっしゃ! 戦争だ!」
「ぶっ潰してやるぜ!」
「逆に、こちらから攻め込んでやりましょうよ!」
と手が付けられない。
前回のカドニアのスタンピードでは出番がなかった赤の騎士団は、先走ってカドニアに行ってしまった。
「ドルセンの圧力で、動揺しているカドニアを抑えるためにも我々が行ってきます!」
などと、もっともらしいことを、赤の騎士団団長のワーレンに言われて、
「そっ、そうか。わかった」
としか言えなかった。凄い剣幕だったので、ちょっと止めることができなかった。
唯一、戦争に反対してくれそうなガマラスに至っては
「さすがは陛下。ちょうど、モンスター軍団が仕上がる時期に開戦を合わされたのですな? すべては陛下の計画通りというわけですか!」
とか訳の分からないことを言っている。
そんなこと計画した覚えはない。
誰が好き好んで戦争などしたいものか。平和が一番に決まっている。
成り行き上、カドニアを併合した形となったが、もともとファルーンの領土ではないのだから、手放してもいいはずだ。
何とか戦争を止められないものか?
そう思って、僕は
「待て。ドルセンの国力はファルーンの5倍だ。戦争となれば国民たちも動揺する。ここで早急に決めるべきではない」
と告げて、判断を先延ばしにすることにした。
とりあえず日和ったわけだが、これに重臣たちは特に異を唱えなかった。
みんな、「わかってますよ?」的な笑顔を浮かべている。
こいつらと僕とでは意志の疎通が一切出来てないのじゃないだろうか?
そして翌日、王城の中庭にハンドレッドのメンバーが集結していた。
別に僕が声をかけたわけではない。ドルセンと開戦するという情報を聞きつけて、自然と集まったのだ。
僕は自室の窓から、その様子を見下ろしていた。
オグマが王城のバルコニーに立って、演説を始めている。
もちろん、僕は許可していない。
要するに、これは無許可の違法な集会なわけだが、何で誰も注意しないのだろうか?
「よくぞ集まった、我が精鋭たちよ!」
勝手に集まるんじゃない。
「おまえたちも知っての通り、ドルセン国がカドニア国を譲り渡せと言ってきた!」
いや、カドニアを元の王位継承者に返還しろと、至極真っ当なことを言ってきただけだ。
「ドルセンの糞どもの、この暴挙を許すことができようか!」
王を差し置いて勝手に王城で演説を始めるのは暴挙じゃないのか?
「カドニアが盗み取られようとしていることに、貴様らは黙って見ていられるのか!?」
頼むから、おまえが黙ってくれ。勝手に煽るな。
集まったハンドレッドのメンバーからは怒号のような声が上がる。
「見過ごすわけがない!」「ドルセンの盗人どもに鉄槌を!」「相応の対価を支払わせてやる!」等々、血の気の多い意見がほとんどだ。
彼らの反応に満足したオグマは、一旦言葉を切った。
そして、場が落ち着くのを待つと、今度は静かに話し始めた。
「ドルセンは大国であり強国だ。兵士の数はファルーン国の5倍は揃えてくるだろう。
それも訓練され、装備も整った兵士たちだ」
この言葉に、少し戸惑ったようなざわめきが起きる。5倍の兵力差に冷静になってくれたのだろうか?
「怖気づいたヤツはいるか? 別に帰っても構わんぞ?
ゼロス王が求められているのは勇者だけだ!
兵力差が気になるような腰抜けは、家に帰って震えるがいい!」
そんなこと言われて、本当に帰るヤツなどいないだろう。本当に帰らせたかったら、もっと優しく語りかけて欲しいものだ。
もちろん、誰一人微動だにしない。皆黙って、オグマの言葉の続きを待った。
「全員戦う意志があるということだな。
ならば言おう! 兵力差はたったの5倍なのだ。ひとりが5人倒せば良いだけだ!」
何言ってんだ、こいつ? 掛け算の問題みたいなことを言い始めたぞ?
「まさか、5人程度倒せないという軟弱なヤツはいないだろうな?
俺はハンドレッドの1位の名において、その10倍の50人を倒し、その首を我らが王ゼロスに捧げると宣言する!」
「いらねぇ!」
僕は思わず叫んだ。部屋の中だから、もちろん、彼らに声は届かない。
目の前で50個の生首がゴロゴロ転がる光景を想像してウンザリする。
「俺も10人の首を取ってゼロス王に捧げる!」
「それなら俺は20人だ!」
「ならば俺は30人!」
急速に下がる人命の価値。
そして、僕の想像上のゴロゴロ転がる生首もどんどん増えていく。
こうして、
「ゼロス王にドルセンの豚どもの首を捧げよ!」
という迷惑な合言葉と共に、無許可の違法集会は最高の盛り上がりを見せて終わった。
その後、国中に「ドルセンと戦争になる」という噂が駆け巡ったが、国民は特に動揺しなかった。
収集させた主な意見としては、
「ファルーンに理不尽な要求をするドルセンに報いを受けさせるべき!」
「ハンドレッドの強さを他国に知らしめるチャンスだ!」
「ゼロス王の威光をアレス大陸全土に知らしめる時がきた!」
等々、戦争に肯定的なものがほとんどだった。
察するに、国民たちは闘技場で毎日激しい戦闘を観戦しているものだから、戦いに対する忌避感が薄まってしまったのではないだろうか?
同時にハンドレッドに対する信頼が厚い。彼らが戦えば負けるはずがないと思っている。
おかげで集まった国民の声の中に、戦争に反対するものがほとんどなかった。
そして、開かれた対ドルセンの対策会議では当然
「時は熟しましたな!」
という意見しかなかった。
「戦士たちの士気は旺盛です!」
「国民もドルセンとの戦いを後押ししています!」
「モンスター軍団の準備も整いました!」
等々、逃げ場がまったく無い。
「よろしい。ならば戦争だ」
と僕はしぶしぶ告げて、ドルセンとの戦争が決まった。
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ドルセンとの開戦が決まった次の日、僕はモンスター量産化の責任者と会うことにした。
責任者はフラウ配下の魔導士で、今まで会わずに勝手にやらせていたのだが、さすがに戦争となるとその進捗具合が気になる。
モンスター量産化の拠点としては、城の裏側にある魔獣の森を開拓して新たな施設を建造していた。
貴族の館程度の大き目の建築物ひとつと、その周囲には巨大なテントが立ち並んでいる。
僕はフラウと共にそこへ赴いた。
「お初にお目にかかります、キーリと申します。フラウ様のもとでモンスターの研究を行っております」
出迎えたのは、キーリと名乗る女魔導士だった。黒髪黒目で背は低い。少女のような外見だが、狂信的な宗教者のように目が爛々と輝いている。
「聞いている。モンスターに詳しいそうだな」
「はい! キエル魔道国でモンスターの研究をしておりました」
キエル魔道国は開祖が魔法使いという変わった国で、魔法の研究を国是としている。アレス大陸の中央に位置し、各地から魔法使いたちが集まり、魔法使いの理想郷とまで言われている。
「なぜキエル魔道国からファルーン国にきたのだ?」
「あの国は、モンスターの研究がどれだけ有用なのかを理解しようとしないのです!
この研究を進めるにあたって多少の犠牲はやむを得ないのに、少しばかり被害が出たくらいで私を国外追放にするなど……」
そこからキーリはブツブツと文句を言い始めた。どうやら、彼女が研究で強化したモンスターが暴走したらしく、そのせいで何人か死んだらしい。
……うん、こいつ要らない。
俺は隣にいるフラウにそっと視線を送った。フラウは軽く首を横に振った。
とりあえず話を聞け、ということだろう。一緒に生活するようになって、何となくフラウと意思疎通が取れるようになった。
「で、モンスター軍団はうまくいっているのか?」
「はい、もちろんです! モンスター軍団はわたしの夢でもありました! キエルではその研究に許可が下りませんでしたが、ファルーン国では好きにしていいということなので、全力で取り組ませて頂きます!」
モンスター軍団が夢……そりゃ追放されるわな。あと、好きにしていいと言った覚えはない。
「それにしてもモンスターを食用、見世物、軍用に使おうなどとは、さすが噂に聞くファルーン国の王であらせられますね! 常人ではとても思いつかない発想です。わたしはモンスターを研究したい一心でしたが、その研究をここまで活用できるとは夢にも思いませんでした!」
「噂? わたしは他国ではどのように噂されているのだ?」
そういや他の国で僕がどんな風に言われているのか知らない。
「はい! ゼロス王といえば、ならず者たちを率いて王位を簒奪した後、逆らう者を根絶やしにし、今までの倫理、常識を無視して国を統治していると、もっぱらの評判です!」
「……そうか。そこまで倫理を無視したつもりはないのだがな」
改めて指摘されてみると、僕ってとんでもない悪い王様みたいだな。しかも否定できるところがひとつもないのが悲しい。
「いえいえ! しかも、魔法の発展のためには人体実験も厭わないそうではありませんか!
魔導士にとっては理想的な王であらせられます!
今ファルーン国には、わたしのように国を追放されたはぐれ魔導士が集まりつつあります。これもひとえにゼロス王の人徳の為せる業でしょう!」
はぐれ魔導士? それって倫理的にアウトな研究をして国を追放された魔法使いたちでは?
何でそんな連中が勝手にファルーン国に集結しているの?
あと、戦争のどさくさに紛れて、魔法の人体実験をやったのはフラウだ。僕じゃない。
再びフラウのほうに視線を送ると、プイッと顔を背けていた。
……ああ、頭のいかれた魔法使いたちを集めている犯人はこいつか。
「そういえば、食用化に向けた動きはどうなっている?」
「順調です。こちらはキラーラビットの捕獲に成功し、繁殖の目途が立ちました」
ごらんください、と指し示された先には、少し高い柵におおわれた敷地の中に、たくさんのキラーラビットが元気に跳ね回っていた。
「ずいぶんたくさんいるな。絶滅寸前と聞いていたが」
「元々、この国の風土に適したモンスターですので、ある程度の数を保護するだけでも勝手に増えます。
ただ、ハンドレッドによる討伐ペースが速すぎただけです。
さすがはファルーン国ですね! 通常はキラーラビットのような下位モンスターは討伐してもしきれるものではありません! それを絶滅寸前まで追い込むなんて異常です!
わたしもモンスターの捕獲の現場に同行しましたが、この国ではモンスターが人の姿を見ただけで逃げていきました。完全に人とモンスターの立場が入れ替わっています! これは驚くべきことですよ!」
モンスターが人を見ただけで逃げていく……って、安全面では良いことな気もするが、素直に喜べないのは何故だろう?
「……そうか。では、モンスター軍団はどこだ?」
「それはあちらに」
キーリが立ち並ぶテントの中でも一際大きいテントの中へと案内した。
中にいたのはウォーウルフと呼ばれる犬型のモンスターだった。犬型と言っても人間の大人くらいの大きさをしており、さらに集団で襲撃してくるので、その強さは侮れない。
数は全部で100匹はいるだろうか? テントの中をうろうろ動き回ったり、うずくまったりしている。
「少し大きい気がするが……」
僕の知っているウォーウルフより一回り大きい。人間の大人のサイズを超えている。
「餌としてモンスターの肉を与えています。元々、他のモンスターの肉を食べる習性がありますが、普段食べることができない上位種のモンスターの肉を与えることで大型化したようです。
スタンピードのときに持ち帰った大量のモンスターの肉が有効活用できました。
あと、私が調合した薬も混ぜていますので、戦闘力も大幅にアップしております」
キーリが胸を張って答えた。
そういや、スタンピードのときにモンスターの肉を魔導士たちが冷凍保存してたな。
あれは飼育していたモンスター用だったのか。自分たちで食うには多すぎると思ったよ。
あと、戦闘力が上がる薬って何? それってヤバイ薬なのでは?
「しかし、この中にいるのは100匹程度だろう。戦争で使うには数が少ないのでは?」
ドルセンの将兵はよく訓練されていると聞く。100匹なら、あっさり対処してくる可能性がある。
「ここにいるのは一部ですね。躾が済んだ群れは、魔獣の森で放し飼いにしてあります。あまりに多いと餌をやるのも大変ですから。なので、一応伝達してありますが、魔獣の森でウォーウルフを見かけても、絶対に手を出さないでください」
その話なら聞いている。魔獣の森のウォーウルフに手を出すなと。捕獲対象だから保護するものと思っていたが、そういうことだったのか。
「放し飼いになどできるのか? そいつらは本当に戻ってくるのか?」
森に放したウォーウルフが素直に帰ってくるとは思えない。
「ウォーウルフは群れの主に絶対服従のモンスターです。群れの主がこちらの言うことを聞く限り、こちらの呼びかけに応じます」
群れの主? そういや、ウォーウルフって誰の言うことを聞くんだ?
まさか、キーリの意のままに動いたりするのか? それは大分不安だぞ?
「その群れの主はどこにいる? そいつは誰の命令を聞くんだ?」
「群れの主は魔獣の森で勢力を拡大中です。おかげで支配下のウォーウルフの数は日に日に増えているんですよ。あと、群れの主はゼロス王に絶対服従です。というか、形的にはゼロス王が群れの頂点に位置しています」
「私が頂点? 何故だ?」
そんな話は今初めて聞いたんだけど。
「あれ? 覚えてませんか? 1年ほど前にウォーウルフを捕まえてきてくれましたよね?」
1年前? そういや、それくらい前にウォーウルフを捕まえたな。
実のところ、軍団化するモンスターとしてウォーウルフを選んだのは僕なのだ。
理由は簡単。人に懐く犬に近いから。
爬虫類系とか虫系の気持ち悪いモンスターはあまり使いたくなかったし、レイスのような死霊系やトレントのような植物系は不気味だし、ゴブリンやオークみたいな人型も抵抗があった。
で、考えた結果、ウォーウルフにしたわけだ。
そのサンプルが欲しいとフラウに言われたのが1年ほど前。
何で王様の僕がそんなことをしなきゃいけないのかと思ったけど、モンスターを従属させるに当たって、倒す人間の強さも重要な要素らしく、ファルーンで一番強い僕が適役とのことだった。
そう言われると悪い気がしなかったので、魔獣の森の中を探し回って、一番立派なウォーウルフを捕まえてきたのだ。
捕まえるにあたって、殺してはいけないので、剣を使わず素手でボコボコにしてから城に持ち帰った。
その後のことは知らない。
「そういやサンプルとして捕まえたな。それがどうした?」
「あのウォーウルフはゼロス王に捕まえられたときに、トラウマを抱えたようで、可哀そうなくらい、ひどく怯えていましたよ?
おかげで、ゼロス王のことを自分より上の存在と認識していたみたいで、ゼロス王に従属させるのは簡単でした」
……俺、なんか悪いことをしたのか? ちょっと大人しくなるまで殴り倒しただけなんだけど。
「『言うこと聞かないとゼロス様を連れてくるよ!』と言うと、素直に指示に従ってくれるので、軍団化は意外とスムーズに進みました。連れて来ていただいたウォーウルフは元々一群の主の優良個体だったことも功を奏したようです」
「……あっ、そう。それは良かったね」
「ですので、支配下にある個体数は500頭を超えていると思います。戦力としては充分なのではないでしょうか?」
それだけあれば確かに十分だろう。一軍にも匹敵する数だ。
何か釈然としないものを感じたが、ドルセン軍との戦いの準備は整いつつあった。




