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その17 鎮圧

 私が生まれたのは、カドニア南部にあるリームという小さな村だ。

 これといった特色のある村ではなく、どこにでもある集落のひとつだと思う。

 この村はカドニアの王都モスと魔獣の森の中間くらいにある。わたしは村長の娘だから年に1回くらいモスに連れて行ってもらえる機会があった。モスに行くことが一番の楽しみで、周りの子への自慢でもある。

 あと、「悪いことをするとモンスターがやってきて食べられてしまうぞ」と大人たちから脅されるくらいには、モンスターは身近な恐怖だった。

 でも、実際にモンスターが村に現れたことはなくて、時々「近くでモンスターを見た!」という目撃情報が出るくらい。その度に大人たちはちょっと慌てるけど、被害に遭ったことなんかなかった。

 最近はモンスターの動きが活発になっていて、もっと南の魔獣の森に近い村では被害が出て、「村の近くでモンスターを見た」という話は多く聞くようになってきたけれど、私自身は見たことがなくて、「1回見てみたいなー」って漠然と思っていたくらいだ。

 

 だからモンスターがどれくらい怖いかなんて知らなかった。


 今日までは。


 朝ご飯を食べた後、農作業を手伝っていると、村の外から誰かが走ってきて叫んだ。


「モンスターの大群だ! 見たこともないような数だ!」


 村人たちが一斉に村の外へと走る。私も一緒に見に行った。

 遠くに土煙が見える。すごい数の何かが走っている。

 よーく見てみると、大きな動物のような、でもちょっと違うような何かだ。


「一直線にモスに向かっている!」


 誰かがそんなことを言った。

 確かに方角的にはモスの方に向かっていた。でも、モスは大きな城壁がある。騎士や兵士もたくさんいるから、きっと大丈夫なはずだ。


「なんかモンスターの群れが広がってないか?」

 

 よく見れば、一直線に思えたモンスターの群れから、逸れるように少し方向を変えているモンスターが現れ始めた。

 モスまでは結構遠い。面倒くさくなって他のところへ行こうとしているのかな?


「他の街や村に行こうとしているんじゃないのか?」


「まさか、ここには来ないよな?」


 わたしと同じことを考えたのか、大人たちに動揺が走る。

 私はここに来ないように祈った。あんな大きなものがここに来たら、どうしようもない。


「みんな、逃げる準備をしろ! モンスターが来てからじゃ遅いぞ! 自衛団も戦う用意をしておけ!」


 いつの間にか、わたしの側に立っていたお父さんが言った。

 村長であるお父さんの言葉を聞いて、みんなが一斉に準備に取り掛かった。

 自衛団は、男の人たちが弓や槍を持って、いざというときにモンスターと戦うグループだ。時々思い出したように訓練をしている。でも実際に戦っている姿を見たことはない。


 そうして、みんなが思い思いの準備をして、息を潜めるように成り行きを見守っている中、昼下がりにソレはやってきた。


 白い猫のような何か。猫といっても牙をむき出しにして、目はギョロギョロ血走っていて、全然可愛くないし、何よりも大きい。大人2人分くらいの大きさがある。

 そんなのがリームの村にやってきたのだ。


 自衛団が弓を射るが、全然当たらない。ヒョイと簡単に避けてしまう。気にした風もない。


「ダメだ! 逃げるぞ!」


 お父さんが村人たちに指示を出した。みんなが荷物を持って、一斉に走り出そうとしたけど……


「村長! ダメだ! 囲まれている!」


 逃げようとした方向にも大きな猫が現れたのだ。じゃあ、別の方向に……と思って、周囲を見渡すと、土煙が見えた方角からだけじゃなくて、ポツンポツンと村の周りに猫が見えた。


 囲まれてる!


 あの大きな猫たちは私たちが逃げようとしていたことを知っていたかのように、村を取り囲んでいたのだ。

 行き場を失った村人たちは、村で一番立派な建物である教会に集まった。

 私たちは身を寄せ合い、あの大きな猫がどこかに行ってくれることをひたすら神に祈った。


 けれど、その祈りも虚しく、教会のドアはあっさりと破壊され、あの大きな猫たちが姿を現した。

 自衛団の人たちが構えていた槍で必死に追い払おうとするが、じゃれる様に前足で自衛団を薙ぎ払う。


「うわっ!」


 自衛団の人が簡単に教会の壁に叩きつけられた。すごい力だ。これがモンスター。怖いなんてものじゃない。こんなのどうしようもない。


 猫が口を歪めた。怖がっている私たちを見て笑っているようだった。そして、グッと姿勢を屈める。私たちに襲い掛かるのだろう。


 もうダメだ!


 と思った、その時。上から何かが降ってきて、私たちと猫の間に割って入った。

 若い男の人だった。私よりもちょっと年上くらい? 手に剣を持っている。一応、鎧みたいなのは身に着けているが、騎士が身に着けているような、しっかりしたものじゃなくて、もっと軽装なものだ。

 どうやら、教会の屋根についている使い道のよくわからない窓を破って入ってきたみたいだ。


「ホワイトタイガーか。まあまあってとこだな」


 男の人が猫に向かって言った。どうやら、この猫はホワイトタイガーというモンスターみたいだ。

 そのホワイトタイガーは、さっきまでの余裕が嘘みたいに、男の人を警戒し始めている。

 男の人は軽く剣を横に構えると、滑らかな動きでホワイトタイガーに向かっていく。

 ホワイトタイガーは牙をむき出しにし、前足から爪を立てて、覆いかぶさるように襲い掛った。


 そして次の瞬間、ホワイトタイガーの首が落ちていた。


 男の人が剣を振るったのだ。私の目には全然見えていなかった。

 モスで見た噴水のように、ホワイトタイガーの首から血が噴き出した。

「ヒィッ!」とか「ウワッ!」とか村人たちが悲鳴を上げる。


 男の人はそれを気にする風もなく、すぐに次のホワイトタイガーと戦い始めていた。

 今度のホワイトタイガーは牙と爪を使って、素早い攻撃を仕掛けている。


「いいぞ、いいぞ、その調子だ!」


 男の人は何故かモンスターの攻撃を褒めながら、軽やかにかわすと、矢継ぎ早に剣を振るった。あっという間に切り刻まれていくホワイトタイガー。

 そうして弱ったところに、男の人が剣を突き立てて、止めを刺した。


 もう一匹いたホワイトタイガーは怯えていて、じりじりと教会の外へと下がっている。


「モンスターを全部倒したら戻ってくるから、それまでここで待ってろ!」


 男の人はそう言うと、残るホワイトタイガーを追って、教会から出て行った。


「あれは誰だ?」「騎士じゃないよな?」「冒険者か?」「冒険者だったら報酬が必要になるかもしれないぞ?」

 大人たちはそんなことを話し始めていた。



 しばらくして、男の人は戻ってきた。 


「村にいたモンスターはすべて片付けた。死体は焼くなり埋めるなりしないと、他のモンスターが寄ってくるぞ」


「わっ、分かりました。……ところであなたはどちら様でしょうか?」


 村長であるお父さんが代表して、男の人に質問した。


「俺はハンドレッドの100位、ジュウザだ。ファルーン国、国王ゼロス様の命令でこの村を救いに来た」


 ハンドレッド? それはよく知らないけど、ファルーン国はカドニアの隣の国だ。何で隣の国の王様がこの村を救ってくれるのだろう?


「ファルーン国のゼロス王が? 何故この村を?」


 私と同じことを思ったのか、お父さんが聞いた。


「この村だけじゃない。我が王はモンスターに襲われたすべての街と村に助けを出している」


「すべての街と村に? ファルーン国にはあなたのように強い方が他にもいらっしゃるのですか?」


「俺は100位だからな。ハンドレッドでも一番下っ端だよ。大きな街にはもっと上位の方々が向かっている。言っちゃ何だが、ここは小さな村だからな。俺で十分だと判断されたし、実際そうだった」


 ジュウザさんが事も無げに言ったけど、私たちには衝撃だった。ジュウザさんが下っ端? 100位ということは上に99人、もっと強い人たちがいるの?

 そんなざわめきを聞き取って、ジュウザさんが答えた。


「99人じゃない。ハンドレッドの上にはゼロス王がいらっしゃる。あの御方は真に偉大だ。ハンドレッドが束になってかかっても勝てないくらい強い上に、御心も広い。だから、他国の村にも救援を差し向けられるのだ」


 強くて優しい王様? そんな王様はおとぎ話でしか聞いたことが無い。


「で、おまえが村長か?」


 ジュウザさんがお父さんに尋ねた。


「はい、私が村長です」


 お父さんは緊張していた。他国の王様が村を救ったのだ。タダで済むはずがない。何か要求されると思ったのだろう。


「村に被害は出たか?」


「まあ多少は」


 畑や作物が荒らされ、建物もちょっと壊されてたはずだ。でもジュウザさんが壊した、教会の屋根の窓が一番高い気もする。


「そうか。じゃあこれをやる」


 ジュウザさんが懐から小さな革袋を取り出すと、それをお父さんに渡した。


「これは?」


「中に金貨が入っている。被害はその金貨で補填しろ」


「金貨!」


 驚いたお父さんが革袋から中身を出すと、中には金貨が10枚も入っていた。

 金貨なんか滅多に見ることができない。この村全員の財産を合わせても、金貨1枚にならないと思う。


「これを……我々が使っていいのですか?」


「使っていい。元々我が王がこの国のために持ってきた金貨だ」


 村人が騒めいた。助けてくれた上に金貨までくれる王様。そんな王様はおとぎ話でも聞いたことが無い。それは王様じゃなくて神様だ。


「我が王は最高の王様だからな!」


 そう言って快活に笑うと、ジュウザさんは去っていった。去り際に、ホワイトタイガーの肉を切り取って齧っていたのが、少し気になったけど、それは大したことじゃない。

 私たちは残されたホワイトタイガーの死体を焼いて処分しながら、口々にファルーン国の国王ゼロス様を称えた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 面倒くさいことになった。

 カドニア王がモンスターの襲撃にあって死んでしまったのだ。

 モスから北へ向かう街道沿いに晒されていた遺体は、モンスターに食い荒らされて無残な状態となっていたらしい。他にも近衛騎士たちの死体もあることから、カドニア王であることは間違いないとのこと。

 それはいい。所詮は会ったこともない他国の王だし、特に胸に痛みも覚えない。

 何よりスタンピードの責任を問われて、文句を言われなくなったのは幸運ともいえるだろう。

 だが、そのせいで僕たちはファルーン国に帰れないでいる。


 モスに着いた後、すぐに連れてきた護衛たちをモンスター討伐に派遣した。僕自身も比較的被害の大きい街を何か所か回り、モンスターを討伐している。ついでに持ってきた金貨をバラまいた。カドニア国のために金貨を使って、既成事実を作ってしまえば、後で賠償金について文句を言われないんじゃないかなーという計算である。金貨を受け取ったカドニア国の人たちはみんな喜んでくれたようなので、使い道としては間違ってなかったと思う。


 で、再びモスで護衛たちや黒の騎士団と合流したわけだが、このタイミングでカドニア王が死んだという報告を受けたのだ。この報はモス全土に流れたようで、様々な反応が起こった。


 特に反応が激しかったのが南部一帯の領主たちからで、「国王が真っ先に逃げ出した挙句、モンスターに殺されるとは情けないにも程がある」と。まあそこまでは良い。

 問題は「そんな国にはいられないから、ファルーン国に帰属する!」とか言い出したのだ。


 え……何それ面倒くさい。何でカドニア国のごたごたに僕が巻き込まれなきゃいけないの?


 とはいえ、僕が滞在するモスに、次々と領主や町長、村長といった人たちがやってきて、僕と面会して勝手に忠誠を誓ってきたのだ。言うことは大体みんな同じで、要約すると「助けてくれてありがとう、お金をくれてありがとう」という感じだ。

 しかも、「一度言い出したからには、今更カドニアには戻れません!」と脅すようにファルーン国への帰属を認めさせようとしてくるので、仕方なく認めた。

 場所によっては、カドニアの貴族と争いになっているところもあったが、そういうところにはハンドレッドのメンバーが嬉々として援軍として向かっていったので、あっさりと解決したようだ。


 そして、気付いたらカドニア南部はほとんどがファルーン国領になっていた。

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