その16 スタンピード
カドニア国へ行く日が来た。
隣国とはいえ、遠出をしたことがほとんどなかったので楽しみである。
護衛として付いてくるのは、オグマを筆頭としたハンドレッドのランカーで構成された精鋭50名と、フラウ直属の魔道師団10名。
最初は騎士団を護衛に付けるという話もあったが、「そんなに数は必要ない」と断ったら、「なるほど、少数精鋭というわけですな!」とか言われて、こうなった。
……なんだろう。僕としては親善で行くのだから、もっとこう外交官とか文官が多めの、優雅な使節団みたいなものを想像してたのだけど、これではまるで何かの討伐部隊みたいだ。
それでもまあ旅路は楽しかった。フラウと共に豪華な馬車に乗りながら、のんびりとどこかに行くのも悪くない。護衛たちがモンスターを発見するなり、向こうが襲い掛かってくる前に、襲い掛かっていたのは見なかったことにする。
「盗賊とかが襲ってきたら、もっと楽しいんだけどな」
などとオグマたちが言っていたが、こんな殺意の高い集団を襲ってくる盗賊はいないだろう。
ともあれ、3日ほどの行程でカドニア国の王都モスが見えた。のだが、何か様子がおかしい。煙がいくつも上がっている。
さらに近づくと、モスの周りを尋常ではない数のモンスターが包囲しているのが見えた。
何が起きているのかと、馬車から首を出して見ていると、オグマが馬を寄せてきた。
「黒の騎士団が予定通り上手くやったようですな」
予定通り? 予定って何? 僕はこんな殺伐とした予定は立てていませんけど?
「さて、どうしますか?」
オグマが聞いてきた。どうするもこうするもない。人として、助ける以外の選択肢はないだろう。
「モンスターどもを一掃する!」
この言葉に護衛たちがいきり立った。我先にとモンスターの大群に突っ込んでいく。
魔導士たちもここぞとばかりに強力な魔法の詠唱を始める。
気付いたらフラウも馬車から降りて、魔法の準備に入っていた。大気がピリついているので、かなり強力な呪文なのだろう。心なしかフラウの表情が嬉しげだ。
そして発生したのは黒い炎の渦。それが波のようにモンスターの大群を呑み込んでいく。
ダークネスフレイムというフラウが新たに習得した呪文なのだが、威力がえぐい。いつも思うのだが、普通に生きていく上で、こんな物騒な呪文を覚える必要があるのだろうか?
フラウの呪文で一気に数を減らしたモンスターたちは、さらに護衛たちの攻撃を受けて、急速に勢いを失っていった。
ちょっとしたハプニングはあったものの、だからといって予定を遅らせて良いことにはならない。
僕は時間通りカドニア王と面会すべく、馬車を降りて、城門に取りついていたモンスターを倒しながら、モスの中に入った。
中には侵入したモンスターたちと必死に戦っていた騎士団がいたので、そのモンスターたちをサクッと斬り倒す。数は多いものの、モンスターの強さは中級程度である。
「助力感謝いたします!」
騎士団を率いていた隊長らしき人物が、僕に礼を述べてきた。
「ファルーン国のマルス王である。カドニア王に取り次ぎ願いたい」
黒の騎士団をモンスター討伐に向かわせたのに、モンスターが減るどころか王都にまで被害が及んでいる。カドニア王にはどう言い訳しよう?
「これはマルス王! 失礼致しました。わたしはゲオルクと申します。モスの護りを担っている騎士団の団長を務めております。そして、申し訳ございませんが……カドニア王は不在です」
ゲオルクという初老にさしかかった騎士は苦渋に満ちた表情を浮かべていた。
「カドニア王はモンスターの大群が迫っている報告を受けるや否や、近衛騎士団を引き連れて、モスから脱出されました」
良かった! 謝らなくて済む! さすがに今日会うのは気まずかったんだよね。
カドニア王と顔を合わせる前に、モンスターをできる限り駆除しとこう。
そんなことを考えていたら、護衛たちがやってきた。
「城外のモンスターの掃討は完了しました。城内に侵入したモンスターもほとんど倒したようです」
オグマが報告してきた。全身モンスターの返り血で汚れているが、とても満足そうである。見ると他の護衛たちも恍惚とした表情を浮かべている。久しぶりの大規模な戦闘を楽しんだのであろう。もっと他に健全な趣味を持って欲しい。
「あの数のモンスターを全滅させたのか! 信じられん!」
カドニアの騎士たちから、ざわめきが起きた。
そりゃまあ、領内のモンスターを絶滅に追い込むような連中なので、あのぐらいの数のモンスターを駆逐することなど造作もない。
「モスだけでなく、カドニアの他の街にもモンスターの被害は広がっているのか?」
ゲオルクに尋ねた。
「はい。現在、モンスターの被害はカドニア南部に広がりつつあります。残念ながら我らの戦力では抑えきれず……」
不味い。そんなに被害が広まったら、さすがに賠償金が足りなくなる。かといって、これ以上、賠償金を増やすと、今度はガマラスに怒られそうだ。
「わかった。我々が何とかしよう」
「何と! いやしかし、ファルーン国にそこまでして頂くわけには。カドニアの体面というものも……」
「国の体面のために民を犠牲にするのか!」
僕はわざと怒ってみせた。
頼むから僕たちに討伐させて欲しい。これ以上、お金を払いたくない。
「それは……確かに……」
ゲオルクがうなだれる。
「聞いたか、我々はこれよりカドニアに侵入したモンスターを討伐する! 一匹も逃すな!」
「はっ、すべては我が王のために!」
僕の号令に、オグマたちが嬉しそうに返答した。
―――それから3日後、カドニアに侵入してきたモンスターたちは、マルスたちの手によって殲滅されることになる。
――――――――――――――――
マルスたちがモスに到着する少し前に時間は遡る。
カドニア国王は近衛騎士たちに護られて、モスから脱出していた。
報告を受けたモンスターの数から判断するに、モスの陥落は免れないという判断からだった。そしてそれは間違いではなかった。もっとも、ある程度時間を稼げば、マルスたちが勝手にモンスターを撃退したわけなのだが……
「何故だ、何故こんなことになった! 何故私が城から逃げねばならぬ! ファルーン国の連中は何をしていた! 黒の騎士団とやらは確実にモンスターの数を減らしていたのではなかったのか?」
馬車の中でカドニア王は自問していた。
マルスたちに先んじてカドニアにやってきたクロム率いる黒の騎士団は、到着するや否や、魔獣の森近辺のモンスターを撃退したと聞いていた。さらにモンスターを駆除すべく、魔獣の森の中に入っていったとも。
にも関わらず、カドニアはモンスターの侵攻を受けている。カドニア王としては訳が分からなかった。
現在は黒の騎士団とは連絡が取れていない。連絡役に付かせた部隊との定期連絡が途絶えているのだ。
「……まさか、黒の騎士団がこうなるように仕向けたのか? いや、最初からファルーン国の策略だったのでは?」
カドニア王がそう考えたところで、突然馬車が止まった。
「何事だ!」
御者を叱りつける。
「それが……周囲を取り囲まれていまして……」
馬車から外をのぞくと、黒い甲冑を身に纏った騎士たちによって包囲されていた。
既に近衛騎士たちと戦闘に入っているが、一方的にやられている。
「黒い甲冑? まさか、ファルーン国の黒の騎士団か!」
黒の騎士団の強さは報告で聞いている。カドニアの騎士たちが苦戦していたモンスターたちを蹂躙するような精強な騎士団だと。
近衛騎士たちはカドニアの騎士の中でも精鋭中の精鋭だが、そんな彼らが次々と倒されていく。黒の騎士団はひとりも逃すまいと、着実に包囲網を縮めていた。
そしてとうとう、残るのはカドニア王の乗る馬車のみとなった。
逃げ出そうとした御者はあっさり斬り殺され、馬車を動かす者もいない。
すると、黒の騎士団からひとりの騎士が馬車に近づいてきた。
「お初にお目にかかります、黒の騎士団を任されているクロムと申します」
黒の騎士団団長クロムがカドニア王に呼びかけた。
観念したカドニア王が馬車からゆっくりと外に出る。
「モンスターを倒すという約束を破っただけでなく、わたしを殺す気なのか?」
カドニア王が問い質した。
「約束を破るなど、とんでもない。我々はかなりの数のモンスターを倒しましたよ。少なくとも、我々が到着した時点で侵入していたモンスターはすべて撃滅したはずです」
「ならば何故我が国はモンスターの侵攻を受けている!」
カドニア王のその言葉に、クロムはニヤリと笑った。
「モンスターの習性のひとつに、倒されたモンスターの血の匂いに誘われて、さらに上位のモンスターを招くことがあるそうです。中途半端にモンスターを倒すと、かえってモンスターを招くのですよ」
「馬鹿な! モンスターを倒した結果、スタンピードが起こるなど聞いたことがないわ!」
その言葉を受けて、クロムは懐から小瓶を取り出した。中にはどろりとした液体が入っている。
「後はこういうものもあります。我が国の魔導士が作ったモンスターを招き寄せる薬です。これに血を混ぜると劇的な反応を起こし、モンスターへの誘因効果が何百倍にもなるそうです。これを魔獣の森からモスまで撒かせて頂きました」
「やはり、おまえたちがスタンピードを起こしたのか……」
「どうでしょう? 確かに我々はスタンピードを起こすために行動しましたが、そもそもあなたが他国の騎士団を自国に招き寄せなければ、こんなことにならなかったと思いますが? 我が王に賠償金を要求した上に、モンスター討伐までやらせようなどと、恥知らずな真似をしなければね」
クロムの冷たい視線に、カドニア王はたじろいた。
「待て。嫌なら断れば良かったではないか。こんな真似をする必要がどこにあった?」
「あなたのその愚かな行動すら、すべては我が王の計画通りなのですよ。さて、私としては事実を明らかにしたことで、王に対する礼儀は充分果たしました。そろそろ終わらせて頂きます」
クロムは小瓶の栓を抜くと、中の液体をカドニア王にかけた。
「何をする!」
「その薬はモンスターの血でなくても効果を発揮するんですよ」
狼狽するカドニア王にクロムが剣を向ける。
「待て! 金をやる! いや、おまえたちがカドニアに寝返れば、領地も地位もいくらでもくれてやろう! だから……」
必死で言い募るカドニア王の胸に、クロムは剣を突き刺した。
「残念ながら、わが国には金や領地で釣られるような騎士はいないのですよ」
物を言わなくなったカドニア王の骸に、クロムは呟いた。
カドニア王の血と薬が混じり、生臭く甘い臭いがあたりに漂い始める。
クロムたち黒騎士団はその場から距離を取ると、どこからともなくモンスターたちがカドニア王や近衛騎士たちの死体に集まり、その死肉を喰らい始めた。
「可哀そうなカドニア王は逃亡中にモンスターに襲われた、と」
証拠の隠滅を見届けると、クロムたちはその場から姿を消した。