その15 カドニア国の要求
カドニア国から使者が来ているという知らせを受けた。
他国の人間と会うのは、即位後初めてである。何しろ、僕が国王になってから、一切外交というものをやってない。というか、担当していた貴族が全員死んでしまったので、やりようがなかったのが実情だ。
ガマラスは内政にかかりきりだし、これ以上、彼の仕事を増やしたら過労死してしまう。
即位後の僕の仕事といえば、闘技場でハンドレッドの相手をしていただけ。……これは国王のやる仕事ではないだろう。
ようやく、初めて国王らしい仕事ができそうなので、カドニア国から使者と会うのが楽しみだったのだ。
オッドと名乗ったカドニア国の使者は、かわいそうなくらい顔色が悪かった。
僕の臣下として玉座の間に並んでいるのが、ほとんどハンドレッドの人間である。一応、武官という扱いだが、連日のランキング戦で痣と生傷が絶えないし、人相もいかつい。騎士とか武人というような上品な感じではなく、ゴロツキ感が半端ない。
こんな連中に囲まれたら、さぞかし緊張もするだろう。
一通りの挨拶を交わすと、オッドがカドニア王からの書状をガマラスに渡し、ガマラスがそれを僕に渡した。非常に王様っぽい感じで良い。
書状にはカドニア王からのクレームが書き連ねてあった。
要は「おまえらが生態系が乱れるレベルでモンスターを乱獲したから、うちの領地にモンスターが流れ込んできて被害が出ている。責任を取って、うちの領地のモンスターを討伐し、今までの賠償金として金貨3000枚を払え!」ということだった。
……うん、そうなるよね。ドラゴンがうちの領土を迂回する勢いでモンスターを狩っていれば、周囲の国に被害がいくだろうさ。まったく悪いことをした。
「ふむ」
僕は目を通した後、書状を再びガマラスに渡した。
ガマラスが書状に目を走らせると、怒りで顔を赤らめた。
「カドニア国はモンスターの被害を我が国のせいにし、モンスターの討伐と賠償金を求めているのですか! 信じられませんな。モンスターの討伐は各国の責任においてなされること。それを我が国に押し付け、今までの補償まで求めるとは……カドニア国には国としての体面がないのですかな?」
ガマラスがオッドを詰問する。
「いや、今までは対処できていたのですが、近年、貴国がモンスターを大量に乱獲し、また急速に魔獣の森を開拓したため、逃げ出したモンスターが我が国に流れ込んできているのです。そのため、対応に苦慮しておりまして、人員も費用も足りておらず、ご配慮いただけないかと……」
オッドが申し訳なさそうに答えた。
ですよね。うちの馬鹿どもがご迷惑をかけております。
「論外ですな。我が国は国是としてモンスターの討伐と魔獣の森の開拓を推し進めているだけのこと。それを他国から非難される謂れはありますまい」
ガマラスは手厳しい。言っていることは正論だが、うちの国にも責任はあると思う。
「そうだ! モンスターが増えたら自分たちで駆逐すればいいだけのこと。軟弱にもほどがある!」
赤の騎士団団長ワーレンもガマラスに同調した。それをきっかけに、ハンドレッドの面々が一斉にカドニア国の非難を始めた。
「モンスターを倒せないなど訓練が足りない」とか「モンスターが増えたら食えばいいのに」とか「うちの国ではモンスターが不足しているのにもったいない」とか言いたい放題だ。
みんながみんな、おまえらのような脳筋じゃないんだよ。
オッドは申し訳なさそうに身をすくめている。
埒が明かないので、僕は止めに入った。
「待て」
一応、王様なので、皆が口をつぐむ。
「カドニア国からの要求を受け入れても良いと思っている」
その言葉に皆が絶句した。オッドまで信じられない、という顔をしている。
うちにはモンスターを倒したくてしょうがない連中がいっぱいいるし、金なら闘技場で儲かっているし、特に問題はないだろう。何より僕は平和主義者なので、隣国とは仲良くしておきたい。
「我が王よ、ご再考ください! このような要求を受け入れれば、我が国が侮られることになりますぞ!」
黒の騎士団団長クロムが僕を諫めた。言っていることはわかる。外交で譲歩し過ぎるのは良くない。しかし、迷惑をかけたのは事実だし、これも良い機会だから、たまにはフラウを連れて他の国に行ってみたい。
「私には私の考えがある。隣国との外交も重要だ。賠償金に関しても、即位の挨拶がてら、フラウも連れて私が持って行こう。そうだな……1月後であれば準備できるだろう。問題ないか、ガマラス?」
「準備であれば1月あれば十分ですが、王自らですか? しかもフラウ様を連れて?」
ガマラスは怪訝な顔をしている。
「そうだ。1月後だ。その間にカドニア国側でモンスター討伐を行うとしよう。オッド殿もそれでいいかな?」
「はい! 何も異存はございません! マルス王の寛大なる決定に感謝いたします!」
オッドは這いつくらんばかりに頭を下げる。
「その間、モンスター討伐に我が国の者たちがカドニア国に入ることになると思うが問題ないな?」
「それはもちろんでございます!」
「そうか。では、下がってもいいぞ」
「はっ!」
僕が退室の許可を出すと、オッドは脱兎の如く玉座の間を後にした。
後に残ったのは、我が国の人間だけだが、みんな何となく不満そうである。
「王よ、此度の件はどのようなお考えがあってのことでしょうか? できれば我々にもわかるように説明して頂けると、ありがたいのですが……」
代表してガマラスが聞いてきた。よっぽど今回の僕の判断に疑問があるのだろう。
さすがに不味かったかな? 「ちょっと他の国に行ってみたかっただけ」とは言えないし、何か適当な言い訳をしなければ。
「……スタンピードが起こる可能性がある」
「スタンピード……ですか? 王はスタンピードを懸念していると?」
ガマラスが聞いた。
スタンピードとは、突如として大量のモンスターたちが押し寄せてくる現象のことである。原因は特定されていないが、モンスターの生態系の変化やモンスター間の縄張り争いなどではないかと考えられている。だから、モンスターの乱獲が原因で発生してもおかしくはない。
また、スタンピードがひとたび起これば、近隣の国々は壊滅的な被害を受ける。仮にカドニア国で起これば、ファルーン国も被害を免れないだろう。
……という理由で、言い訳としては最適である。
「そうだ。今カドニア国ではモンスターたちが活発化している。さらにモンスターたちを刺激するような何かが起きたら、スタンピードに繋がる可能性が高い。そうなればカドニア国はどうなる?」
「壊滅的な被害を受けるでしょう。……なるほど! そのためにカドニア国でモンスター討伐を行うのですな!」
ガマラスは理解したようだ。表情が輝いている。他の者たちも「まさかそのような計画であったとは!」「そこまで先を見通していたのか!」と言っている。みんな納得してくれて何よりだ。
「ということは、1月後に王がカドニア国に行くというのは、そのタイミングで……」
クロムが質問してきた。
「そうだ。そこまでに終わらせる」
僕がカドニア国に行くタイミングで、モンスター討伐が終わっていれば相手の印象も良いだろう。
「わかりました。ではカドニア国でのモンスター討伐は、我が黒の騎士団にお任せください。必ずやその大任、果たして見せましょう!」
何だか妙にやる気があるが、そう言ってくれるとありがたい。
「そうか。では黒の騎士団に任せよう。1月後、楽しみにしているぞ」
「はっ、お任せください!」
クロムが跪いて答えた。
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―――黒の騎士団団長クロムの視点―――
やはり我が王の智謀は計り知れない!
王が退室した後、我々は口々にゼロス王のことを讃えた。話が漏洩したときのことを考えて、王ははっきりとは言わなかったが、これを機会にカドニア国を制圧するつもりだ。それもスタンピードという奇策を使って。
カドニア国が馬鹿げた要求をしてくることも計算に入っていたのだろう。いや、そうなるように仕向けるために、魔獣の森の開発を進めたに違いない。
当初、カドニア国の要求を全面的に呑むといったときは、その御心が理解できなかったが、なるほど、モンスター討伐にかこつけて、カドニア領内でモンスターの扇動を行い、王が賠償金の支払いに来るタイミングでスタンピードを起こす。
スタンピードが本当に起こるかどうかは知らないが、魔獣の森からモンスターどもを追い立てれば、それに近いことはできるだろう。
そうすれば、カドニア国は壊滅的な被害を受ける。そしてそのタイミングで、我が国の最大戦力であるゼロス王とフラウ様がカドニア国へ入る。
完璧だ。我が国は、カドニア国の要求通りに動いたに過ぎない。
モンスターに襲われている村や町を救う、という形で、カドニア領を我が国の影響下に置くことができるだろう。
いや、王のことだからカドニア王都であるモスを一気に制圧するつもりなのかもしれない。
モンスターを討伐しているかのように見せかけて、いかにモンスターたちをスタンピードに仕向けることができるか、我が黒の騎士団の任務は重大である。
だが、我が国ではモンスター量産に向けて、モンスターに関する研究も進んでいる。その研究成果を使えば、モンスターたちを上手く扇動することもできるだろう。素晴らしい。ゼロス王のなさることには何もかも無駄がない。
恐らくゼロス王の頭の中では、アレス大陸の統一への絵図が描けているのだろう。我らのような凡人にはその考えを窺い知ることはできないが、少しでもそのお役に立てるよう努めなければならない。
カドニアは我が国と同等レベルの相手だが、その先はもっと大きな国との戦いになるだろう。ゼロス王は我々に次々と戦いの場を与えて下さるおつもりなのだ。楽しみでならない。




