その14 王様の仕事
モンスターの量産化計画が始まった。だけど、よく考えたらモンスターを軍団化して戦力にするって何の意味があるのだろうか? 国内のモンスターの被害は減ったし、こんな辺境の小国をわざわざ侵略してくる国もいないし、使い道がないのだ。
僕の代わりにハンドレッドの相手でもさせようかな?
僕は闘技場が出来てからというもの、毎日ハンドレッドと戦っていた。
それというのも、僕が玉座の間で冒険者たちを倒した際に、重力の腕輪と毒の指輪を外して、本気を出したことがハンドレッドの連中に知れ渡ってしまい、「本気を出してなかったなんて騙された!」「よそ者の冒険者に本気を出すなんてズルい!」という意味不明の非難が、僕のところに殺到したのだ。
要は本気で自分たちと対戦しろという話なのだが、その要望がハンドレッドのほぼ全員から来たので面倒臭かった。
そこで僕が考えたのが「希望者は闘技場でのランキング戦に勝ったら、その後で特別試合をしてあげる」というアイデア。ランキング戦で疲れたところを一網打尽にして、一気に連中の不満を解消する我ながら素晴らしい思い付きである。
そして、これが上手くいった。ランキング戦は実力が伯仲した者同士の戦いなので、その後のもう一試合となると、さすがの脳筋たちもボロボロになっており、10人以上相手にしても簡単に蹴散らすことができた。
僕の計算では、この特別試合を2・3回繰り返せば、対戦希望者を一通り消化できるはずだった。
……だったのだが、あの馬鹿どもは何を考え違いをしたのか、「ランキング戦に勝てば何度でも特別試合に参加できる」と勝手に思い込み、ランキング戦に勝つたびに特別試合を要求してきたのだ。
そんなことしたら、僕は毎日のように闘技場で試合をしなければならなくなる。ランキング戦の常連だって、身体を休めるために5日は休養を取るようにしているのだ。何で僕だけ毎日闘技場で戦わなければならないんだ。剣闘士奴隷か? いや、剣闘士奴隷だって毎日は戦わされないはずだ。
そういう人道的な理由で断ろうとしたのだが、ガマラスからも要望がきた。
「王が特別試合をやると客の入りが違うので、何回でも行ってください」
何でも僕が試合をすると、観客がたくさん入る。国民は僕の試合を熱望している。むしろ、僕の試合を楽しみに生きている。だから、毎日戦ってくれ、という話だった。
そう言われると弱い。確かに観客たちは大声援を送ってくれるし、勝てば「ゼロス王万歳!」の大合唱となる。あれは悪い気はしない。僕の正式名はマルス王のはずなのだが。
「まあ、そこまで言うのなら……」
とつい調子に乗って、特別試合を毎日開催することを引き受けてしまった。
これが大失敗だった。癒し手として雇った冒険者の僧侶ルイーダが、どんどん回復魔法の腕を上げていった結果、相打ち状態で終わった試合の勝利者まで特別試合に参加するようになったのだ。頼むから大人しくしていてくれ。
しかも、「手負いの状態で王と戦うのは失礼にあたる」とか何とか言って、大してダメージのないヤツまで疲労回復の癒しをもらい始めた。
今では10人を超える絶好調のランカーたちを相手に、僕は毎日闘技場で戦う羽目になっている。
しかも日々強くなりやがるし、相手にするのが大変になってきたのだ。
何故こうなった? 王様って剣闘士奴隷以下の存在なのか? あんな僧侶、雇うんじゃなかった……
そんなわけで、ガマラスにクレームを入れようと思ったのだが、政務を丸投げした結果、過労死ラインを余裕で超える勢いで働いている宰相にそんなことを言えるはずもない。
王の存在意義に関して疑問を感じつつも日々を過ごしていると、今度はハンドレッドの上位陣の間で腕輪が流行り始めた。そう、囚人御用達のあの重力の腕輪である。
わざわざ、他国の商人から仕入れてきたようだ。
「これで少しでもゼロス王に近づければよいのですが……」
などとクロムたちが照れた顔をして言っていたが、おまえらはせっかく稼いだ金を使って、何で囚人グッズなんか購入しているの? 他国で罪を犯せばプライスレスで手に入るアイテムにお金をかけるとか馬鹿なの? 僕だって好きで付けているわけじゃないんですけど!
おかげでガマラス以外の我が国の重臣たちは、囚人の腕輪を付けた状態で王城を歩いている。この城は監獄か?
ちなみに僕の付けている腕輪は、昔のものと変わっている。
僕が王になってから、初めての誕生日を迎えたとき、妻であるフラウからプレゼントとして貰ったのだ。
「プレゼントがある」
と寝室でフラウが言い出したときは、「ああ、こいつも可愛いところがあるんだなぁ」と思ったのだが、出してきたのが腕輪だった。
「わたしが作った。効果は5倍」
「……いや待て。5倍って何だ? グラビティの効果か? そんなの付けたら歩けなくなるぞ?」
「グラビティ5倍の付与は高難易度。大変だった」
まったく大変そうに見えないフラウのいつもの無表情だが、確かにグラビティ5倍の魔法自体聞いたことがないし、それを腕輪にエンチャントさせるのは確かに至難の技だろう。大迷惑だけど。
「大変だったかもしれないけど、それを付けたら僕の日常生活が大変になるんだけど?」
毒を克服し、重力3倍の腕輪も克服し、暗殺の恐れもなくなり、ようやく僕の日常に平和が訪れたのに、何が悲しくて、そんな苦労をしなければならないのか。
「他の女の腕輪は付けているのに?」
「うっ……」
それを言われると弱い。僕の師匠であるカサンドラの存在をフラウだけは知っていた。
今付けている指輪と腕輪は、確かに師匠の贈り物である。妻であるフラウの前で、それを付けているのは不実と言えなくもない。付与されている効果は最悪だが。
それに、師匠を女として扱うのは無理があると思う。それ以前にアレを人として数えていいのかも疑問だ。
「フラウ、それはそうかもしれないけど、何もグラビティ5倍のものを作らなくてもいいじゃないか? プレゼントというなら何かしらの魔法的な加護を与えてくれるアイテムのほうが嬉しいんだけど」
どうせ身に着けるなら身を守ってくれるような素敵な魔道具が良い。何で呪われたアイテムの効果をわざわざ強化しなければならないのか?
「夫を強くするのも妻の役目」
「そんな妻、聞いたことないよ!」
「ダメ?」
フラウがじっと見つめてきた。フラウは何を考えているのかわからないが、僕のために働いてくれていることはわかっている。僕との婚約の破棄を周囲から勧められたときも、頑なに断ったらしい。
僕もフラウのことは嫌いではない。少々人間味に欠けるが、妻として愛おしい存在だ。
「……わかった。付けるよ。プレゼントありがとう、フラウ」
「良かった」
フラウの表情は満足げに見えた。
翌日、玉座が僕の重さに耐えきれずに大破した。早急に新しい玉座を作らせたが、耐久性を重視した結果に、見るからにでかくて頑丈そうで威圧感があるものとなった。
妻の愛が物理的に重い。
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カドニア国の外交官であるオッドは、重たい足取りでファルーン国の王城を歩いていた。
彼が今回ファルーン国に来たのは、ファルーン国にある要求をするためだ。
カドニア国はファルーン国の隣国であり、共に南に魔獣の森と領地が接している間柄である。要はカドニア国もファルーン国も、中央の国々のための魔獣の森の緩衝地帯になっているのだ。
国の規模は同程度だが、カドニア国のほうが建国の歴史は古く、ファルーン国よりも少し格上の国ということになっている。
そのカドニア国では現在困ったことが起きていた。モンスターの被害が激増しているのだ。
魔獣の森と接しているため、元々モンスターの被害は多い国ではあるのだが、近年その被害が甚大なものとなっているのだ。
被害の原因ははっきりしている。ファルーン国がモンスターを積極的に討伐し始め、魔獣の森の開拓を進めた結果、カドニア側の魔獣の森に大量のモンスターが逃げ込んできたのだ。
これにカドニア国王が怒った。格下の国のせいで自分の国が損害を被っているのである。その怒りはわからなくもない。
だが、ファルーン国もカドニア国も国の成り立ちから、モンスターの討伐は使命のようなものであり、魔獣の森の開拓は国是でもある。ファルーン国がやっていることは当然のことであり、非難されるようなものではないのだ。
今回のカドニア国からファルーン国への要求は、カドニア国側のモンスターの討伐と、今まで被った被害の賠償金として金貨3000枚。
外交的に無茶な要求である。格下の国とはいっても、国の規模は同程度。こんな理不尽な要求が通るような相手ではない。
しかも相手は悪名高いファルーン国の狂王である。
現ファルーン国王であるマルス王は元々王太子だったのが、その素行の悪さから廃嫡寸前だった。ところが自分が次期国王の座から追われると見るや、ゼロスを名乗り、ならず者たちを率いて反乱を起こした。そして、力と恐怖で騎士団を掌握すると、逆らった貴族たちを根絶やしにするという血の粛清を行ったのだ。
何でもマルス王は自分の配下となった人間に、猛毒であるモンスターの肉を食べさせて、忠誠の証としているらしい。モンスターの肉を食べると強くなるという噂もあるが、あれが毒で食べてはいけないものというのは、赤子でも知っている常識である。そんなわけはない。
だが、毒を食べさせて忠誠を誓わせているのだから、その結びつきは強固なものなのだろう。王直属の軍団をハンドレッドといい、力さえあればどんな素性の者でも入ることができるという。噂によると殺人犯などの重犯罪人が数多く在籍しており、マルス王はそんな凶悪な人間を屈服させるのが趣味ということだ。
王となった後は、闘技場を建設。そこで毎日のようにハンドレッドの戦士たちを互いに戦わせて、愉悦に浸り、それを賭博の対象とすることで収益まで得ている。しかも、戦いに勝った者たちを最後に自らの手で蹂躙し、観客に力を誇示しているというのだ。
まさに狂王。彼の通った後には、血の河と骸の山ができるという。
そんな狂王が今回の要求を呑むはずがない。恐らくオッドは生きて帰ることはできないだろう。
出立前に彼は家族に遺書を残しており、悲壮な覚悟でこの国へやってきたのだ。
意外にもファルーン国は前王のときよりも活気があった。巨大な闘技場を中心に、新たな建築物が数多く建っている。平民たちの表情も明るい。
だが、王城に到着し、中に入ると貴族の姿をまったく見かけなかった。やはり貴族を根絶やしにしたという話は本当だったのだ。
そして玉座の間に入ったとき、オッドは驚いた。居並ぶ重臣たちは宰相であるガマラス以外は全員武人の装いをしており、その全員が本来は罪人がつけるはずの重力の腕輪をしているのだ。
重犯罪人を部下にしているという噂は本当だったのか!
オッドの背筋に冷たいものが走る。犯罪者たちを臣下にするなど、マルス王は気が触れているに違いない。
よく見れば玉座も前王のときとは変わっている。以前のものよりも巨大で重厚なものとなっており、見る者を威圧するものとなっていた。
今の王を象徴するような玉座である。
そしてマルス王が入ってきた。予想に反して平凡な貴族の青年のような人物である。だが、当然油断はならない。人の良さそうな顔をして、裏では謀略を巡らせる人間など、貴族では珍しくないのだ。