その13 僧侶ルイーダ
―――僧侶ルイーダ視点―――
大観衆の中、2人の男が戦っている。
ひとりは短く刈り込まれた金髪に精悍な顔立ちをしている男で、ハンドレッドのファースト・オグマだ。もうひとりはその親友のブルーノで、ランキングは……5位くらいだったと思う。何というか、ブルーノはオグマより大柄で逞しい身体つきをしているのだが朴訥な顔立ちで、農夫でもやってたほうが似合う。
ブルーノはランキングで5位から8位ぐらいを行ったり来たりしているから、今何位だったか正確には覚えてない。オグマはずっと1位をキープしてるのでわかりやすい。
その2人が激闘を繰り広げている。それを観て、闘技場に集まった観客たちが熱狂していた。まあ気持ちはわかる。ハンドレッドのトップランカーの実力は、冒険者で言えばSランククラス。常人がたどり着ける領域を超えており、見世物としてはこれ以上のモノはなかなかないだろう。
とはいえ、オグマの力はその中でも頭一つ抜けていて、ブルーノは善戦してはいるものの、徐々に押され始めている。単純な力だけならブルーノのほうが上なのだが、オグマは力・速さ・技のバランスが良く、隙が少ない。
そうこうしているうちにブルーノがオグマの一撃を受けきれずにバランスを崩し、オグマがその右腕を斬り落とした。
ワーッと観衆から悲鳴とも怒号ともつかない声が上がり、ブルーノが負けを認めた。それを確認したオグマは自分が斬り落としたブルーノの腕を拾うと、もう片方の手でブルーノと握手をした。
戦った後にお互いの健闘を称えあうその姿に、観衆からは温かい拍手が送られる。
いやいや、無いから。友達同士でガチの殺し合いとか常軌を逸している。せめて模擬戦用の木製の剣でも使って欲しい。しかもこいつらの使ってる剣って、ミスリル製の魔法の加護が付与されているヤツで、普通の鎧なら紙のようにたやすく斬れる危ないシロモノだ。
ふたりとも爽やかな笑顔を浮かべてるけど、落とし物みたいに斬った友達の腕を拾うとか、人としてどうなの?
……などと考えていると、ブルーノの腕を持ったオグマがこちらに向かってきた。わたしがいるのは闘技場内の医療施設だ。緊急時に備えて、戦いが見えやすい場所に設置されている。
「姐さん、こいつを頼む」
ドン、と私が目の前のテーブルにブルーノの腕が置かれた。酒の入ったジョッキを置くかのような気安さだ。
ハァッ、とわたしはため息をひとつつくと、ちょっと気まずそうな顔をしているブルーノに、斬られた腕を当てがって神に祈りを捧げる。
しばらくすると黄金の光が切断部を包み、ブルーノの腕は繋がった。
「さすが姐さん、A級の僧侶の腕は伊達じゃないねぇ」
ブルーノがお世辞と本気の中間ぐらいの口調で言った。そして、懐から小金貨1枚を出すと、わたしに投げて寄越した。
わたしはそれを空中でパシッと掴むと
「もっと早く負けを認めなさい。首が落ちたら治せないからね。あとオグマも腕を斬り落とさずに負けを認めさせなさいよ、治すこっちの身にもなってよ!」
と、いつもの苦言を呈した。
ふたりともバツの悪い顔をしているが、反省する気はまったくないのは知っている。
ハンドレッドの連中は筋金入りの負けず嫌いで、大怪我するか気絶するかしない限り、絶対負けを認めない。だからこそ闘技場が大繁盛するわけなのだが。
あとこいつらはひとつ勘違いをしている。わたしは確かにAランクの冒険者だったが、だからといって切れた腕を簡単に治せたわけではない。わたしが長けていたのはダメージコントロールで、パーティーメンバーが常に過不足なく動けるように回復をかけたり、致命傷を避ける程度に細かく傷を癒していくのが上手かっただけだ。
こんなに治癒の技能が上がったのは、ハンドレッドに入ってからなのだ。
わたしはかつて銀翼の鷹というパーティーに属していた。それは剣士のキース、戦士のハインツ、スカウトのチャド、魔法使いのミカ、そして僧侶のわたしの5人のパーティーだった。
銀翼の鷹は突出した何かがあったわけではなかったものの、全員それなりに優秀で、パーティーとしてのバランスが良く、地道に依頼をこなしていきながらランクを上げていった。
そんなある日、わたしたちはこの国の宰相ガマラスから依頼を受けた。
依頼の内容は、ガマラスがファルーン国の不穏分子であるマルス王子を排除するにあたって策を立てており、最悪のことを考えて、銀翼の鷹を雇いたいのだという。要はわたしたちはバックアップ要員で出番はないかもしれないのだが、その割には報酬は良かった。
もちろん、そんな美味しい話があるわけがないのはわかっている。依頼を受けるにあたって、わたしたちはファルーン国の城に行き、ガマラスと話を詰めることにした。
城に行ってわかったことだが、ファルーン国の騎士は弱かった。白の騎士団という近衛騎士たちは貴族意識が高くて偉そうなだけで、実力がないというのが見て取れた。恐らく冒険者ならばDランク程度の腕しかないだろう。
ガマラスの手駒がこの程度ではわたしたちを雇いたくなるのは無理がない、と納得がいった。
また、ガマラスの話し合いではさらに懸念が持ち上がった。
マルス王子自身が幾多の暗殺を切り抜けており、どうやら戦士としてもそれなりの力を持っていること。また、ファルーン国には雷帝と呼ばれる切り札的な存在の女魔法使いがいるのだが、彼女はマルス王子の婚約者であり、周囲の説得も聞かずに今もなお婚約を解消していないのだという。雷帝がどう出るかはわからないが、最悪敵に回ることも考えられた。
それらのことをすべて考慮した結果、わたしたちはガマラスの依頼を受けた。理由はマルス王子の味方がほとんどいないのでガマラスの策の成功率が高いと思われたことと、音に聞こえた雷帝といえども魔法使いひとりならば、Aランクパーティーのわたしたちが総がかりで相手をすれば難しい敵ではないと判断したからだ。
だが、事態はガマラスやわたしたちの想定を超えた。裏でハンドレッドという秘密結社を組織していたマルス王子は、赤の騎士団と黒の騎士団をも手中に収めており、ガマラスの策を逆手にとって大規模なクーデターを起こしたのだ。
マルス王子はあっという間に王城にまで攻め込むと、わたしたちが待機していた玉座の間にひとりで乗り込んできた。ガマラスは「首謀者であるマルス王子を捕らえれば何とでもなる」と言い、わたしたちもそれに乗った。
これが大失敗だった。
マルス王子は自身がSランク級の、いやそれすら超える実力の持ち主であり、重力魔法のグラビティやチャドの使った猛毒をものともせずに、あっさりハインツとチャド、そしてキースを殺した。
マルス王子の見た目や物腰は凡庸な青年貴族そのものだったが、それゆえにその強さが際立った。
わたしとミカは逃げることもできずにその場にへたり込んでいた。
こうして、王子のクーデターは成功した。
わたしは「ちょうど回復役が欲しかった」という理由でマルス王子にハンドレッドに専属の僧侶にさせられ、「これは私がもらう」という雷帝フラウの意向でミカは魔法師団に引き取られた。
わたしがハンドレッドに入る前までは、回復役などというものはおらず、メンバーたちは自然回復に身を任せるだけで、全身に傷と痣が絶えなかったようだ。それでもお互いにギリギリのところで手加減があったのだが、わたしという回復役ができたことで、ランキング戦は激化していった。
最初は単純な切り傷や打撲を癒していたのだが、徐々にその度合いが悪化していき、腕や足が切れたりするのに時間がかからなかった。
「そんなの治せないわよ!」とわたしは猛烈に抗議したのだが、「頼むから回復魔法をかけてくれ」と押し切られて、しぶしぶ癒しを施した。すると意外とすんなりと腕が繋がったのだ。
「さすがA級の僧侶は違うねぇ」と称賛されたものの、わたしの能力はそこまで高くなかったはずだ。
これはわたしの推測だが、戦場並みにひどい怪我人が毎日出るハンドレッドで、ぶっ続けで回復魔法を使いまくったおかげで、わたしの僧侶としての能力が上がったのだろう。そして、もうひとつの原因がモンスターの肉だ。
「ハンドレッドに入ったからには肉を食え!」と言われて、モンスターの肉を強制的に食べさせられたのだ。不味かった、というよりタダの毒だった。
わたしはその毒を食べながら、自分に解毒の癒しをかけるという神を冒涜するような行為を行った。
「お姉さん、なかなかいける口だねぇ」とか褒められたものの、冗談ではない。これは人が食べて良いものではない。例え飢えて死にかけていたとしても、こんなもん食うくらいなら、人としての尊厳を選んで餓死するべきだ。
モンスターの肉を日常的に食べているハンドレッドは常軌を逸している。
……が、その効果は認めざるを得なかった。そもそもハンドレッドのメンバーたちの回復力は普通の人間よりもはるかに高い。わたしが入るまで自然回復で何とかしていただけあって、通常は癒しが必要な傷でも時間経過で簡単に治るのだ。これはメンバー全員に共通することで、恐らくモンスターの肉を摂取していることが原因なのだろう。
また、わたしの回復能力が上がったのも、モンスターの肉を食べたせいだと思われる。いくら毎日死ぬほど回復魔法を行使したところで、駆け出しの頃ならともかく、限界が見えていた今の年齢でそう簡単に癒しの力が上がったりはしない。
それが徐々にだが上がっていったのだ。そして決定的な出来事が起きた。
「頼む、治してくれ! 俺の友達なんだ!」
と言われて見たのが、胸に剣がぶっ刺さっている死体だった。
刺した馬鹿がアーロン、刺された被害者はバリーで、ふたりともハンドレッドの古参メンバーだった。ランキング戦に熱が入り過ぎて、つい刺してしまったのだという。
殺人犯でももっとマシな言い訳をすると思う。というか友達なら刺すなよ!
「無理無理無理それは無理!」とわたしは断った。これが治せるなら、キースたちだって死なずに済んだはずだ。
だが、アーロンは元より、オグマたちが血眼になって頼むので、というより、やらないと殺されそうだったので、ダメもとで蘇生の魔法をかけた。わたしが蘇生の魔法を教わった時は、ネズミの死体すら復活させることはできなかった。能力的に使えなかったのだ。以来、使用したことが無かった魔法だ。
わたしは一心不乱に祈った。周囲を殺気立った男たちに囲まれ、文字通り私の命もかかっていた。
そして、奇跡が起きた。バリーが蘇生したのだ。死んで間もないことも成功した要因のひとつだろうが、間違いなくわたしの能力も上がっていた。
「さすがAランクの僧侶! さすがだぜ!」
とアーロンたちは盛り上がったが、わたしはブチ切れた。
「ふざけんじゃないわよ! こんなの二度としないからね! 今度から死んだヤツはゾンビにするわ! あと殺した奴は黙って牢獄にでも行きなさい!」
と涙目になって説教した。
以来、わたしの呼び名は「姐さん」となり、ハンドレッドの馬鹿どもも致命傷は避けて戦うようになった。
そして、現在に至る。
さきほどのオグマとブルーノの戦いでランキング戦は終了し、これから特別試合が始まる。
新たに闘技場に現れたのはこの国の国王ゼロスだ。正式名はマルス王だが、ハンドレッドのメンバーからゼロスと呼ばれ続け、それが周りに広がっていってゼロス王が正式名だと思っている人間も多い。
ゼロスは本気を示すために腕輪と指輪を外した。
腕輪には重力魔法、指輪には毒の呪いがかけられている。
そんなものを身に付けているのは、ゼロスか死刑囚ぐらいなものだろう。
さすが、狂気の集団ハンドレッドの指導者だけあって、ゼロスが一番頭がおかしい。
その対戦相手は今日のランキング戦の勝利者全員だ。彼らにとって本気のゼロスとの戦いが一番の報酬なのだという。
そして、その全員が返り討ちにあい、瀕死の状態になるのがお約束だ。
で、彼らを回復するのが私の仕事。
それにしても、ゼロスは底知れない。この特別試合にはふたつの計算が隠れている。ひとつはハンドレッドのメンバーを蹂躙することによって、その強さと恐ろしさを身体に刻み込み、ハンドレッドからの忠誠を一層強固なものとすること。もうひとつは、ハンドレッドに勝利することで観客である臣民に王としての威厳を示し、国に対する帰属意識を高めることだ。
普通、王などというものは雲の上の存在であり、「何となく偉いんだろうなぁ」程度にしか思わないのだが、王が王たる所以を強さによってわかりやすく示すことで、ファルーン国民はゼロスを熱狂的に支持しているのだ。
ハンドレッドという精鋭集団と雷帝率いる強力な魔導師団、そして国民からの強固な地盤を得て、今度はモンスターによる軍団を組織するという話も聞いている。ゼロスは一体何をする気なのだろうか?
アレス大陸の統一を目指しているという噂もある。ファルーン国のような小国でできるようなことではないものの、ゼロスなら……とも思えてしまう。
わたしがゼロスをどう思っているかと言うと、キースたちを殺された恨みがないといえば嘘になるが、今の待遇には満足している。激務だが、闘技場の給金と出場者からのチップによって、わたしの収入は冒険者をしていたときの何倍にもなっている。モンスターの肉は不味いが、僧侶としての能力も以前でも考えられないレベルに達した。お金と力が手に入っているのだから文句はない。
魔法師団に入ったミカとも時折会っている。彼女も魔法兵団で力をつけているようだ。時折、虚ろな目で雷帝のことを礼賛しているのが気になるが、元気なのだろう、多分。
ハンドレッドの連中も何だかんだと良い連中だし、ゼロスの野望も気になるので、わたしはしばらくこの国の行く末を見守ろうかと思う。