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その12 闘技場

 ファルーン国の改革を急速に進めてきたガマラスだったが、ある懸念があった。


 この国には主だった産業が無い。


 現在は貴族たちから没収した資産で国庫は一時的に潤ってはいるが、元々ファルーン国は貧しい国である。魔獣の森の防波堤のような国であり、これと言った産業が無い。

 ガマラスが政治改革を行い、経済効率をいくら高めたところで、流通するものが少なければ経済は育たない。このままでは国として行き詰まってしまうだろう。

 だが、ガマラスは優秀な政治家であっても優秀な商人ではない。他国からの人の行き来が増え、貨幣の流通量が増えるような産業など思いつきもしなかった。

 ガマラスは改革に手ごたえを感じつつも、その限界に悩んでいた。


 そんなある日、いつもどおり、マルス王に政務報告をしていると、いつもは黙って報告を聞いている王から話を切り出された。


「闘技場を建設してくれ」


「闘技場……でございますか?」 

 

 突然の話に、ガマラスは驚いた。マルス王は内政をガマラスに一任しており、何かを提案してくることは今まで一度もなかったからだ。

 しかも、闘技場とはこれまた珍しい。剣闘士奴隷を戦わせる闘技場を持つ国はあるが、それは極少数であり、ファルーン国では当然初めてのものになる。


「そこでハンドレッドのランキング戦を行う」


「……なるほど。ハンドレッドのランキング戦といえば、なかなか見ごたえがあるものと聞いております。それを闘技場で行うことで興行化する、ということですな?」


「そうだ。よくわかっているな、ガマラス」


 ガマラスには王の狙いがわかったような気がした。ハンドレッドのランキング戦を興行化して、この国の名物にしようというのだろう。現在国内では、ハンドレッドのランキング戦はその激しさで有名となっている。ただし、それを見ることができるのはハンドレッドに加入している者だけだ。

 ハンドレッドに加入するには、モンスターの肉を食べたり、剣の腕が必須だったりと普通の人間にはハードルが高い。ランキング戦のみを見たいという人間は数多くいるのだが、現状それはできないのだ。

 それを考えれば、ランキング戦の興行化は良い案と思えた。


「ありがとうございます。では、国の事業として見物人から観戦料をとるというお考えで宜しいでしょうか?」


 見物客を集めれば、その観戦料は良い収益になるだろう。他国から人を呼ぶことができるかもしれない。


「いや違う」


「違う? ではどうやって収益化を……」


 観戦料を取る案を否定されて、ガマラスは思案した。慧眼である王のことだ。まさかタダで見せるためだけに闘技場を建設するなどという愚かなことはしないはず。

 観戦料を取らずに収益を上げる方法……少し間をおいてガマラスはある考えに至った。


「まさか! 賭博の対象にするということでしょうか!?」


 ランキング戦はただの模擬戦ではない。己の腕と名誉を賭けた真剣勝負と聞いている。その勝敗を巡って賭けの対象とすれば、観戦客はさぞかし熱狂するだろう。

 賭博は一般的に非合法ではあるものの、国が公式に認めたものは立派な産業である。他国では賭博で大きな収益を上げているところもあると聞く。


「そうだ、ハンドレッドのランキング戦を賭博の対象とし、闘技場を国の事業とする」


 素晴らしい案だった。まるで王には自分の苦悩を見抜かれていたようだ。……いやきっと見抜いていたに違いない。この王には底知れないものがある。ファルーン国に主となる産業がなく、それが国としての弱みであることは、とっくに気づいていたのだろう。

 ひょっとしたら、ハンドレッドを組織した時点で、ここまでの展開を描いていたのかもしれない。


「素晴らしい! 闘技場は必ずや国の柱となる事業となるでしょう! 早速手配いたします!」


 ガマラスは王の深慮遠謀に心服し、全力でこの事業を進めるために急いで玉座の間を後にした。


―――――――――――――――――――――


 半年経たずに闘技場が完成した。何だろう……僕の想像の倍以上でかくて立派だった。

 客席には何千人と収容できるらしい。間違いなくファルーン国でもっとも立派な建築物だ。

「こんなものを造って、うちの国は破綻しないだろうか?」と僕は先行きに不安を感じていたが、いざハンドレッドのランキング戦が始まると、客席は満員となった。

 ハンドレッドの上位ランカーによる見ごたえのある戦いに観戦客たちは熱狂し、それ以上に金をかけた。噂を聞きつけた近隣の国からも見物客が押し寄せ、経済効果がかなりのものとなっている。

 ガマラスによると闘技場によって国の収入が倍以上に増えるらしい。

 まあ、金が増えることは良いことだろう。

 

 オグマを筆頭とするハンドレッドの面々にも闘技場は好評だった。大観衆の声援の中で戦うのが楽しいらしい。出場者には賞金も出しているので、収入面でも良かったようだ。ハンドレッドは平民の出身者が多く、収入を得るために他に職業を持って働いていた者も多かったのだが、闘技場の収入を得たことで、ハンドレッドに専念することができるようになった。

 今やハンドレッドのランカーといえば富と名声と地位をすべて兼ね備えたスター的な存在となった。ハンドレッドの加入希望者は国の内外から集まっており、その数は膨張している。

 力はあっても身分が低く目が出なかった者、冒険者として腕に自信がある者、力試しのために加入を希望する者など様々だ。

 彼らはモンスターの肉を求めて、魔獣の森を狩場としていたため、結果として魔獣の森の開拓が進んだ。ファルーン国は魔獣の森の抑えのような存在なので、肥沃な土地でもある魔獣の森の開拓は国土の拡大へと繋がる。

 闘技場で収入が増え、魔獣の森の開拓で領土も増える。すべてが順調である。


 が、ひとつ問題が持ち上がった。ある日、ガマラスが報告してきたのだ。


「キラーラビットが絶滅寸前だと?」


「はい、領内ではほとんど見かけないそうです。ハンドレッドの新規加入者が増加し、その影響でモンスター肉の中でも最も食べやすいキラーラビットが乱獲された影響です」


 キラーラビットはモンスターの中でも弱い部類だが、家畜や農作物に被害をもたらす困った存在だ。そのため、駆け出しの冒険者が討伐する対象となる。だが、絶滅したという話は聞いたことがない。


「モンスターが絶滅したなんて聞いたことがないぞ? モンスターは無限に湧き出るものではないのか?」


「わたしも初めて聞きました。絶滅寸前というよりは領内から駆逐されただけかもしれません。現に領内ではキラーラビット以外のモンスターの目撃情報も著しく下がっているようです。最近ではドラゴンすら領内の上空を飛ぶのを避けているという話もあります」


「ドラゴンが避ける?」


 ドラゴンはモンスターの中でも最強種である。見かけることはほとんどなく、たまに最も弱いワイバーンが領内の上空を横切る程度だ。


「はい。ドラゴンの肉は貴重ということで、我が領土の上空を飛ぶと、弓・槍・魔法が乱れ飛び、墜落したところを容赦なく狩られるそうです。そのためモンスターの中でも知能が高い竜種は、我が国を避けるようになり目撃数が激減しています」


「いや待て。魔法が飛んでくるとは、どういうことだ?」


「最近ではフラウ様率いる魔法師団もモンスターの肉を食しているようで、実戦を兼ねて上位モンスターの肉を中心に積極的に収集しているようです」


 そういや、フラウもモンスター肉を食ってると言ってたな。魔力が上がるとかいう理由で。部下にも食べさせていたのか。

 確かにドラゴンの肉は貴重だ。魔獣の森でもそれなりの深部に行かないと、ドラゴンを見かけることは無い。だが、同時に最強の種族であり、領内でドラゴンを見かけた場合は緊急事態となる。近隣の住民を避難させ、討伐部隊を編成して差し向けることとなる。

 僕が王になってから目撃報告がまったく上がってこなかったが、どうやら肉を目当てに勝手に討伐していたらしい。しかもハンドレッドと魔法師団の争奪戦になっていたとは。

 ……しかし、ドラゴンすら逃げていくって、この国はどんな魔境なのだろうか?


「……まあ、モンスターがいなくなるのは良いことではないか? 農作物や住民への被害が減るだろう」


「はい。本来は冒険者を雇って退治していたモンスターが一掃されたわけですから、農作物の収穫量が建国以来最高となっています。農民からは王に対する感謝の声が絶えません。さすが我が王、ここまで計算してモンスターの肉を普及させていたとは……」


 ガマラスがうっとりとした目で僕を見た。気持ち悪い。

 別に計算していたわけではない。他に食うものが無かったから、モンスターの肉を食べていただけで、それで強くなったことを他のやつにも教えたら、こういう結果になっただけだ。


「では問題なかろう。キラーラビットが絶滅するのは良いことではないか」


「それがそういうわけでもないのです。オグマ殿の報告によると、キラーラビットよりも強いモンスターの肉は、食べ慣れていない者には猛毒になるようで、ハンドレッドの新規加入者をモンスターの肉に慣らすことができなくなるとのことです」


 いや食うのやめろよ、そんなもん。毒だし、不味いし。

 ちなみに僕も今でもモンスターの肉を食べている。何せ師匠であるカサンドラがいつ来るかわからない。修行をサボったり、モンスターの肉を食うのを止めたりしたら、彼女は王だろうが王子であろうが躊躇なくぶち殺すだろう。

 あと、僕がモンスター肉を好んで食べていると思われているのか、ハンドレッドのメンバーからも献上されて、普通に食卓に上がる。

 何で王様になっても、こんな食事を取らなければならないのだろうか? もっと美味しい物が食べたい……


「ふん、そんなにキラーラビットの肉が食べたければ、自分たちで飼育すればいいではないか」


 好き好んでモンスターの肉を食べる連中の気が知れず、皮肉交じりに僕は言った。


「飼育……ですか? モンスターを? それは考え付きもしませんでした。さすが我が王、常識にとらわれないその発想、このガマラス、感服致しました!」


 あ、やべぇ。こいつ、本気にしてる。どこの世界にモンスターを飼育する国があるんだよ。しかも食肉用に。他国から頭のおかしな国だと思われるわ。


「いや待て、ガマラス。食べるために飼育するわけにはいかない」


「食べるためではない? ……ということは、見世物にするというわけですか?」


 見世物? こいつ、変な方向に頭の回転が速いな。


「見世物とかではなくだな……」


「見世物でもない? もしや! モンスターをわが国の戦力とする第一歩としてキラーラビットの飼育を始めるということですな! さすが我が王。北方の国では竜を飼育し、それに騎乗する竜騎士なる者たちがいるそうですが、我が国でもそれに倣ってモンスターを兵力にするというわけですか!」


 何言ってんだ、こいつ? モンスターを兵力って、僕は魔王か?


「いやそうでは……」


 話がやばい方向に行こうとしていたので、暴走するガマラスを止めようとしたら声が出ない。


「食肉、見世物、戦力……言われてみれば、モンスターを飼育するメリットは計り知れません。難しいですが、やってみる価値はあります!」


「いやいやいや、僕はそんなこと言ってないから!」と言おうとしたのだが、さっきから声が出ない。

 嫌な予感がして周囲を見渡したら、いつの間にかフラウが執務室の片隅に立っていた。例によって、契約紋でガマラスとの会話を盗み聞きして転移してきたのだろう。

 そして何やら魔法を発動させている。俺の声が出ないのはそれのせいだ、絶対!


「では早急に手配を進めますので、私はこれで失礼致します」


 ガマラスはフラウに気付かないまま退室していった。フラウも姿を消している。理由はわからないが、フラウはモンスターの飼育がしたいようだ。

 

「止めても無駄だろうなぁ」


 声が出るようになったことを確認しつつ、国の先行きを考えると暗澹たる気分になった。

 フラウが興味を持った以上は、どうせ止めても無駄なのだ。王妃となった彼女は金や権力に一切の執着を見せない一方、自分が興味を持ったことには暴走する傾向がある。

 全力で止めに入れば、フラウを抑え込めないこともないが、恐らく周囲への被害が半端ないことになるだろう。だからもう放っとく。モンスターの軍団化とかロクでも無いことになるだろうが、城が崩壊するよりはマシだ。

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― 新着の感想 ―
ドラゴンの会話を聞いてみたい。 『ファルーンって国知っているか?』 『ああ、あの森の隣の。なんかあったのか?』 『間違ってもあそこには行くなよ。魔法が飛んで来て落とされるぞ』 『人間ごときの魔法?蹴散…
王は国の運営が一切できない無能… 王妃は常識のないやばい女… 今まで見る限り一番普通のってガマラスだけですよね。
 あれ?先王と同じ道を辿るーーーちょっと、違うか。
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